第41話 マジックアイテムと国の動き
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幻想金属応用利用プロジェクト報告会議と時を同じくし、同じ建物の別会議室ではマジックアイテム担当チームが会議室のテーブル中央に置かれた分解されたマジックアイテムを前にし、白衣を着た研究者達が頭を抱えていた。
彼らの視線の先には、会議室備え付けのモニターに1枚の電子顕微鏡写真が映し出されていた。
「まさか、ナノ粒子状に微細化されたコアクリスタルが素材の中に鋳込まれて、魔法陣状の大規模集積回路を形成していたなんて……」
初老の研究員、木村はモニターから目を逸らし頭を抱える
写真には複雑な構成の魔法陣が幾つも連なり、大規模な魔法回路を形成していた。
「こんなの、どうやって再現しろって言うんだ?」
「コアクリスタル粒子の配列は、集積回路の製造技術を応用すれば何とかなるかもしれないが……製造技術を確立させるとなると、一朝一夕にはいかないだろうな」
「まて、製造技術の前にまずは、各魔法陣の役割を解析する事が先だろ?共通部分の抽出から……」
「いいや。その前に魔法陣を構成している文字列……魔法文字の解析が先だ。構成文の意味が分からなければ、魔法陣の役割を見定める事もままならん」
「……言語学者の手配を要請しないといけないな」
会議室のあちらこちらから溜息が漏れ、研究者達は途方に暮れた。
「上は早急に成果を出せと言ってくるが……」
「それは無理でしょう? 一番単純そうに見える、このライターっぽいマジックアイテムをコピーしようにも、コアクリスタル粒子を正確に鋳込む技術の開発をしなければならないんです。最低でも、1年はかかりますよ」
「1年……そうだな」
木村がコメカミを揉みながら小声で漏らした言葉に、若い研究員は溜息混じりに吐き捨てる。一朝一夕で新技術が出来る訳がない。
「それまでは魔法文字の解析や、魔法陣の法則性解析などでお茶を濁しながら、鋳込む技術が完成する時間を稼ぐしかないな」
「……ですね」
「……では、早急に手を打つとしよう」
気合いを入れ直した木村は、会議室に集まった研究員達に指示を出していく。
「坂口と森田はマジックアイテムから使用されている魔法陣の収集と分類、日田と柳は魔法陣の機能解析を行ってくれ。如月と新田は加工方法の研究を、私は上と交渉して言語学者の手配をする」
「了解です(しました)」
「では各員、作業を開始してくれ」
木村の指示に従い、研究員達は動き出した。
首相官邸の会議室に、閣僚達が集合していた。
手元の資料を流し読んだ首相が、大臣達に疑問点を問う。
「で、ダンジョンの入場規制の影響はどうですか?」
「はい。現在の所、適正数を越える過剰入場の混乱は終息し、各階層毎に適度に分散している様です」
「それに伴い探索者のレベルも上り平均潜行階層数も伸びているようで、ドロップアイテムの質も向上し取得数も徐々に増加しています」
「一般市場に流れるダンジョン産のアイテムも増えており、徐々に価格も下がってきています」
「ただ、入場券の抽選漏れにあった一部の探索者が抗議デモを行うなどの混乱も出ています。中には、入場規制によって被った損害を賠償しろと言う訴えを起こしている者も……」
問題行動を行う探索者に、思い当たるフシがある数人の大臣は顔をしかめた。
空気を読んだ首相は話題を変えようとする。
「そうですか。しかし、随分上手く分散する物ですね?」
「その為のランク制度です。ランク毎に入場者数と入場時間帯を操作する事で、探索者達を上手く各階層に分散させる事に成功しました」
「……そんな事をして、大丈夫なんですか?」
「無論、表立って明言はしていません。まぁ、気付いている者も居るでしょうが、この調子ならば後1,2ヶ月程でダンジョンの入場規制を解除出来ます。上手く各階層に分散する流れが出来始めているので、再び表層階層で探索者が遅滞する事はないでしょう」
「……そうですか」
説明を聞き首相は微妙な表情を一瞬浮かべたが、財務大臣は上機嫌にある事を告げる。
「国としても高ランクの探索者は高額納税者候補なので、税収増の為にも頑張ってランクを上げて貰いたい物です。Aランク探索者が1000人程誕生すれば、200億円ほどの税収増が見込めますからね。ダンジョンに関連して、各企業の業績も上がっていますので来年度の税収は期待出来ますよ」
「全国各地で建造中の1000万kWh級コアクリスタル発電所が稼働すれば、電気料金の値下げもあるので更に各企業の業績も上がるでしょう」
「そうですな。不況からの脱却も既に秒読み段階、今から楽しみですよ」
財務大臣に釣られ、経産大臣も饒舌に来年度の展望を語る。
興奮気味に語り合う両大臣に、若干呆れを含んだ眼差しを一瞬向けた首相は話題を変えた。
「そうですか。そう言えば、マジックアイテムや幻想金属等のドロップアイテムを使った、技術研究プロジェクトの進捗状況は? 技術立国を自称する我が国としては、他国に先駆けていち早くダンジョン産の魔法技術を物にせねばなりませんが……」
総理の疑問に、文科大臣が答える。
「万事順調……とは言い難いですが、概ね順調です。幻想金属を応用した技術研究プロジェクトは、幻想金属の資源量不足が問題ですが研究プロジェクト自体は順調と言える進捗状況です。逆に、マジックアイテムの研究プロジェクトは、停滞しています」
「? 何故ですか?」
「マジックアイテムに使用されている魔法回路を形成する技術が少々特殊である事と、魔法文字と魔法陣の解析に時間がかかっております。全力で解析作業を進めている様ですが、マジックアイテムの再現には暫く時間が掛かります」
「魔法文字……異文明言語ですか?」
「恐らく。魔法文字は魔法回路や魔法陣の随所にありますので、プログラミング言語の様な物だと思われます。現在、招致した言語学者が魔法文字の解析を行っておりますので、そう遠くない内に結果は出るかと」
「そうですか……。早急に魔法技術を物にしたいですが、急いては事を仕損じるとも言います。確実に作業を進めて下さい」
「はい」
首相の言葉に、文科大臣は首を縦に振って応える。
技術開発の話を一通り聞いた首相は、外務大臣に視線を向け質問を投げかける。
「現在の、国外情勢はどうですか? ダンジョン出現後、各国共にかなりの混乱が生じていたはずですが……」
「はい。ダンジョン出現後の各国の混乱は、目を見張る物がありましたが現在は沈静化しています。先進国を中心に、各国で我が国の探索者制度に似た制度が導入され、ダンジョンに潜るものたちの行動はある程度統制が効いています。ですが……」
「ですが?」
「発展途上国等では現地政府の統制が上手くいかず、未報告のダンジョンに民間人が勝手に入り込む事態が横行しています。現地政府は少数のダンジョンを国直轄のダンジョンとして管理し、他のダンジョンの管理は放棄しています。問題は、管理が放棄されたダンジョンの一部が犯罪組織やテロリストの管理下に置かれ、資金源にされている事です。国が管理し市場に流通させている以外のドロップアイテムが、ブラックマーケットに大量に流通している事も確認が取れています」
外務大臣の報告を聞き、首相は眉間を指で揉む。
「……そうですか。それは早急に、何らかの対策を取らねばなりませんね。活動資金の問題は勿論の事、ダンジョンでスキルを得たりレベルを上げた犯罪者やテロリストが我国に入り込めば、通常の治安機構では後手に回ります」
「……首相。その件なのですが、よろしいでしょうか?」
「……何ですか、官房長官?」
「現在警察庁にて、警察内部の高レベル探索者を中心に集め特殊部隊を創設する動きが出ています」
「? 既に、DPという組織があるじゃありませんか? 彼らとは別の組織を立ち上げるのですか?」
「はい。現在のDPの活動は、ダンジョン周辺の治安維持や警備が主任務です。言ってみれば、DPは拠点防御の組織です。高レベル探索者やテロリストがダンジョン外で起こす凶悪犯罪に対し、警察が即座に対応出来る部隊を保持し目に見える抑止力とする事が目的です」
「……その役目は、SAT等の特殊部隊ではダメなのですか?」
首相の疑問に、官房長官は首を左右に振る。
「残念ながら、SATなどの既存の特殊部隊はあくまでも通常の犯罪者に対する抑止力です。垂直に10m跳べたり、パンチでブロック塀を砕いたりする様な探索者を相手にする事は想定していません」
「……ですが、銃を使えば制圧は可能なのでは?」
「低レベルの探索者ならば銃も効くのでしょうが、高レベル探索者になると一般人が携行可能な大きさの銃では威力不足です。マグナム弾などの大口径拳銃を近距離で使用しても、精々張り手を食らった程度の痛みを感じる打撃武器扱いでしょう。戦車とまでは言いませんが、装甲車クラスの耐久力がありますよ、きっと」
会議室に沈黙が流れる。
首相は喉を鳴らしながら唾を飲みこみ、口を開く。
「……高レベル探索者とはそれ程なのですか?」
「はい。これらに加えて魔法やスキルを使用されれば、通常の特殊部隊がコレを制圧する事は困難かと。対抗するには、こちらも高レベル探索者で構成された部隊を用いるのが有効だと思われます」
「……」
「ですが、問題もあります」
「? 問題ですか? 官房長官の話を聞くと、早急に部隊を創設した方が良い様に思うのですが……」
首相には官房長官が言う問題にピンと来ないようだったが、経産大臣や文科大臣は顔色を変えていた。
「現在ダンジョンから得られる幻想金属等のレアリティーの高いドロップアイテムを取得しているのは、警察や自衛隊の精鋭チームです。そして、高レベル探索者と言える者達は現在の所、その精鋭チームの者達だけで、数が少ない。彼らを引き抜くと言う事は、レアリティーの高いドロップアイテムが得られなくなると言う事と同義です」
「それは困ります! 少量とは言え、今供給されている幻想金属が途絶えれば、現在進行中の技術研究プロジェクトはそう遠くない内に行き詰まります! そうなれば、他国に先駆け魔法技術を確立すると言う国策が崩れます!」
「私も反対です! 彼らが取得するドロップアイテムが得られないとなれば、経済に悪影響が出るのは必至! 漸く長い不況を脱しようとしている今、ブレーキとなる様な要因は避けていただきたい!」
両大臣が猛烈な勢いで反対意見を官房長官に進言し、官房長官はその反応は想定内とでも言うようにあえて反論はしない。
「……現在、高レベル探索者と呼べる精鋭チームは、警察と自衛隊合わせて6チーム70人と言った所です」
「……少ないですね」
「補給やバックアップの為に人員を多く回している関係上、精鋭と呼べる人員は少なくなります」
攻略した階層から確実に、ドロップアイテムと言う収益を出す為、国が確保しているダンジョンでは、5階層毎に物資集積地点を設け、自衛隊と警察が共同で、攻略に勤しんでいる。
精鋭チームが新階層を先行探索し、後続部隊は精鋭チームが切り開いた階層を占拠しドロップアイテムを収集。補給を受け持つバックアップチームが、収集されたドロップアイテムをピストン輸送で地上に送り出していた。
個々の思惑で動く民間探索者と違い、一つの目的で統一された集団と言う強みを生かし、効率的なドロップアイテム収集機構を作り上げている。
「この人材を現時点で多く引き抜くと、ダンジョン攻略にも支障をきたします。時間が経てば高レベル探索者の数も増え、特殊部隊創設に必要な人員確保も問題ないのでしょうが、その時間があるのかが分かりません。ダンジョンが出現して、もうすぐ1年。犯罪組織やテロリストが高レベル探索者を揃えている可能性がある以上、対抗手段の早期構築は必須です」
「しかし……」
「ですので、代案として精鋭チームの人員を中核にし、足りない人員を民間の探索者の中から有望な者をスカウトしようと言う話が出ています」
「? 民間の探索者、ですか? ですが彼らは……」
「ええ。大多数の探索者は混乱の中、表層階で屯していた様な低レベルの者達ばかりです。ですが、中には飛び抜けて優秀な者もいます。その者達の中から人格面で問題ない者を、と言う事だそうです」
「……」
官房長官の提案に、首相は目をつむり考え込む。
経産大臣や文科大臣は民間探索者のスカウトと言う事に悩んでこそいるが、ドロップアイテムの供給が滞るくらいならと概ね賛同している様子だ。
「分かりました。ですが事は慎重に運んで下さい。無理やりスカウトした人員が、反乱を起こしたと言う事態は願い下げですからね」
「無論です。態々、不発弾を内に抱え込む様な真似はしません」
「お願いします」
「はい」
首相が釘を刺すと、官房長官は深く頷いた。
治安対策話です。
こう言う特殊部隊は、必要ですよね?




