幕間 弐話 民間の動き
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政府放送でダンジョンの発生が告げられてからのTVは臨時報道番組の嵐だった。予定されていた番組は急遽中止され、アナウンサーが緊張した面持ちで現在分かっている情報を繰り返し報道する。その姿はヘルメットこそ被っていないが、大地震などが起きた際に行われる、災害報道と何ら変わりなかった。
「おい! 政府から追加の情報は来ていないか!」
「まだです! 記者クラブの連中も、さっきの政府放送が有るまで何かで動いている事は掴んでいても、ダンジョンの事だとは掴んでは居なかったようです!」
「ちっ! それなら、ダンジョンの実物は!? 他局の連中が抜く前にうちで抜くぞ!」
「ダメっす。今の所、各地の特派員からも視聴者情報からもダンジョンに関するものは入ってないっすよ。ネットも煽りのガセネタばかりで……」
「くそっ! こんな特ダネだってのにっ!」
報道フロアには各担当者が集い、ホワイトボードと椅子を並べただけの簡単な臨時会議室を作りダンジョン報道に関する作戦会議を行っていた。
その時、スマホ片手に臨時会議室に慌てて走り寄ってくる者が居た。
「ダンジョンの追加情報が来ました! 警視庁の機動隊が動いてXX区のXX町付近に展開、周辺住民の避難と道路封鎖を行っているそうです!」
「本当か!?」
「はい! 警視庁に詰めている奴からの報告です!」
「よし! 屋上のヘリを飛ばせ! 地上班もだ! 生中継で行く、他局に遅れるなよ!」
「「「はい!」」」
各担当者は散らばり、生中継の準備に入る。
そして十数分後、現場上空に到達したヘリから映像が届き、ダンジョンの姿と道路を封鎖し近隣住民を避難誘導する物々しい警察の動きが全国中継される事となった。
ダンジョンが出現した町では、誘導棒を握り笛を吹く警察官やシールドを構えた機動隊員が多数見受けられた。誘導に従い着の身着のままといった様子で避難をする住民達。朝の静けさは何処へやら、街中に緊急事態を知らせる拡声器による大声や、空を飛び回る多数のヘリのローター音により事態の物々しさが伝わってくる。
「現在、この付近には避難指示が発令されています! 近隣住民の皆さんは、警察官の誘導に従い至急避難を開始して下さい!」
「この道は封鎖されています! 誘導に従い、迂回路に回って下さい!」
「誰もいませんか! 手が必要な方は申し出て下さい!」
警察官が避難区域内の家を1軒1軒見て回り、避難に遅れたものはいないか見て回る。要介護者等の一人で動けない者を、数名の警察官が協力し担架で運び出す。あちらコチラで似た様な光景が広がっていた。 そして、避難区域内の広めの公園には大型テントが設置され、慌ただしく人が出入りしている。
「避難状況は順調です。この調子なら1時間以内には、避難区域内の住民の避難を完了させられます」
「分かった。で、件のダンジョンの様子は?」
「変化ありません。現在出現したダンジョンの周りに機動隊の装甲車を並べていますが、何かが出てくる様な兆候は見受けられません」
「そうか」
タブレット端末を持った機動隊員が順調に進む避難状況の報告をするが、報告を受ける指揮官の男は厳しい顔つきのまま手元のタブレットを一瞥した後テーブルの上においた。
「避難予定者の数が凡そ600世帯で2000人……か。いつまで続くんだろうな」
「わかりません。そもそもダンジョンの出現など誰も想定していなかった事態なんですから」
「分かっている、単なる愚痴だ。我々は命令された通りダンジョンを監視し、危険区域から住民を避難させる事しか出来ん」
指揮官の男は、警察官に誘導され避難していく住民の姿を申し訳なさそうな眼差しで見ている事しか出来なかった。
事実、この封鎖が解かれる事はなく、政府より補償金が出た事で住民は別の場所へ生活拠点を移す事となる。
ネットの書き込みから、一般市民が警告を無視しダンジョンに入った可能性があるとサイバー犯罪対策課から連絡を受けた地元警察は、IPアドレスから割り出した投稿者の所在地へと急行していた。
場所は少し山の中に入った、小川の側に作られたオートキャンプ場。現場に到着した警官達は早速パトカーから降り、件の書き込みを行った端末があるテントへと向かっていたのだが、キャンプ場の管理事務所であると思わしきログハウスが妙に騒々しい事が気になった。
「おい、先にあっちへ行くぞ」
「あっ、はい」
上司らしき初老の男性警察官は、同行していた若い男性警察官に行き先を変更することを伝える。ログハウスに近づくに連れ、騒がしさは増し怒鳴り声らしきものや悲鳴の様な物も聞こえて来た。
「救急車はまだなのかよ!?」
「うるさい、連絡は入れた! もう直ぐドクターヘリが来てくれる筈だ! 今は兎に角、傷口を押さえて止血するしかない!」
「どうにかならないのかよ!」
「無い! ここにある医療道具は、飽くまでも応急処置用だ! 手術道具や輸血用の血液なんてストックしていない! 何より医者がいないんだ!」
尋常ではない会話の応酬に、警察官達は慌ててログハウス内に踏み込む。そして警察官の視界に飛び込んできた物は、赤。鮮血に染まった若者が、管理人らしきツナギを着た中年男性に詰め寄っていた。
クマにでも襲われたのか、胸部を引き裂かれ、服を真っ赤に染め、応接用のソファーに転がっている若者。部屋の隅に座り込み、頭を抱え震えながら、何かを呟き続けている若者。片腕を失い大出血を起こし、血の気の無い顔色でソファーに寝転がされている若者。凄惨な惨状がログハウス内に広がっていた。
踏み込んだ警察官達も流石にこの惨状は予想外だったのか、動きを止め唖然とした眼差しでログハウス内を凝視する。そんな警察官達に気付いた管理人の中年男性は、喜色を浮かべる。
「おおっ! 良かった! 助けに来てくれたんですね!?」
「あっ、いや、我々は……」
「救急隊は!? 救急隊はどこにいるんですか!?」
血に染まったツナギを着た管理人に、状況がイマイチ飲み込めない二人の警察官は戸惑った。
「落ち着いて下さい! 我々は別件でここに来たんです! 一体何があって、どう言う状況なんですか!?」
「……別件」
「そうです。まず状況を教えて下さい。教えて貰わないと、我々も対処のしようがありません」
自分の望んでいた存在ではなかったと知った管理人は暫し黙り込んだ後、ポツポツと事情を話し始めた。
「私が知っているのはホンの少しです。30分程前に、コイツらが血塗れの姿でここに来ました。一人を除き自力で動く事が出来たのですが、到着早々一人は気を失い、一人はあの様に震え続け、一人は腕を失い大出血を起こしていました。私は慌てて彼らに応急処置を施し、緊急無線で救助要請をしました」
「そうですか」
「ケガを負った詳しい状況は、アイツに聞いて下さい」
「分かりました。おい、救急の出動状況の確認と本署へ応援の要請をしておけ。大事になりそうだ」
「はい!」
管理人は若者達の中で、血塗れではあるが無事な姿の若者を指さす。指を向けられた若者は一瞬身を震えさせる。その若者の姿を横目で見つつ、初老の警察官は若い警察官に指示を出す。指示を出し終え若者に視線を送ると、若者は観念したかの様にケガを負った状況の説明を警官に始めた。
「俺らが怪我を負った場所は……ダンジョンです」
「ダンジョン……もしかして、ネットにダンジョンへ入ったと書き込んでいたのは君達かね?」
「そうです。俺らの一人が、書き込んでいました」
「そうか。……続けてくれ」
書き込みを行った人物を見付けたのは良いのだが、想定していた中で最悪に近い状況を目の前にし初老の警察官は目眩を感じた。こうなる事があるから入るなとあれ程警告されていたのに、と。
「俺らは朝一で、釣り竿を持って川の上流に遡っていました。そこでアレを見つけたんです」
「ダンジョンだね?」
「はい。ネットの電子ニュースで政府放送を見ていましたから、ダンジョンの存在は知っていました。ニュースでも流れた、ドーム状の象形文字の様な装飾が施された奴です」
「では何故入ったのかね?政府放送でも、繰り返し危険だから入るなと言っていた筈だが?」
そこで、若者は悔しそうに表情を歪める。後悔しても後悔したり無いと言う様に。
「……好奇心、ですね。ファンタジーの存在だったダンジョンが実在する。そう思った時、俺らの中には、ダンジョンに入らないって言う選択肢はなくなっていました……」
「そうか。ではダンジョン内で起こった事、君達がケガを負う事になった時の状況を教えてくれないか?」
「……状況もなにも、俺らも良く分からない内に血塗れになりましたよ。最初はスマホでネットに状況を書き込む程度の余裕はあったんですけど、ダンジョン内は薄暗く目がなれない内に動き回って一人が軽い怪我を負いました。あの部屋の隅で震えている奴です」
初老の警察官は、件の部屋の隅で震えている若者を見る。確かに、腕に血が滲み出ている包帯をしていた。
「仲間が流血する様な怪我を負った事で俺らの興奮も落ち着いて、ダンジョンが放送で言っていた様に危険な場所かもしれないと思い至りました。それで、サッサとダンジョンを出ようとした所でアイツが俺らの前に……」
「……モンスターだね?」
若者は体の震えを抑えながら、小さく頷く。
「良く分からない内に一人、胸を切り裂かれ血を噴き出しました。その血が俺らにも降りかかってきた事を、今でもよく覚えています」
その場面を思い出したのか、若者の体の震えが大きくなり、声の震えが大きくなる
「咄嗟に、持って来ていた釣竿を振り回しモンスターを振り払って逃げ出しましたが、もう直ぐ出口と言う所でモンスターに追いつかれ、アイツの腕を食いちぎられました。俺らは兎に角持っていた物をモンスターに投げ付けて時間を稼ぎながら、腕を食いちぎられたアイツを背負ってダンジョンから逃げ出しました」
壮絶な修羅場をくぐり抜けて来た様だ。若者は顔を真っ青にし震えているが、しっかりと状況を伝えてくれる。だが一つ気になる点があった初老の警察官は、辛いことを思い出させる事に申し訳なく思いながら若者に問う。
「モンスターは、ダンジョンの外には追って来なかったのかね?」
「理由は分からないですけど、ダンジョンから出てくる事は無かったです。入口で暫くウロウロした後、ダンジョンの中に戻って行きましたから」
「そうか、ありがとう」
大まかな状況の聞き取りが終わった初老の警察官は、報告を任せていた若い警察官に救急の出動状況を聞く。報告によると、ドクターヘリは後1〜2分程で到着するとの事で、本署からの応援も機動隊を含め1時間以内に到着するとの事だ。
ドクターヘリ到着後、ケガを負った若者達は同行していた医師により輸血等の応急処置を受けながら、病院へ緊急搬送されていった。残った二人の警察官も、キャンプ場に残った他の客へ事情を説明しつつ、避難を呼びかけながら本隊の到着を待つ。本隊到着後キャンプ場は閉鎖され、機動隊を中心とした部隊が件のダンジョンを包囲封鎖した。
更新されないネットの書き込みを巡り一悶着あったが、サイバー課が火消しに乗り出しなんとか鎮火させ終息。今回の書き込みが事実であった点が重視され、ネット上の書き込みは更に注意深く監視される事になった。
夕方の報道番組で、民間人のダンジョン侵入が取り上げられる。侵入した者達の怪我の状況が知られるに従い、多くのコメンテーターの意見はダンジョンを危険視する意見が占めたが、中には論点をずらした言い掛かりの様な意見も述べるコメンテーターもいた。
「ダンジョンの存在を知っていて放置した政府にも、今回の件では責任があるのではありませんか?」
「はぁ? どこにそんな物があるんです?」
「そうですよ。政府放送でダンジョンへの侵入をしない様にと、何度も繰り返していたではありませんか?」
「ですが、政府が多くのダンジョンを封鎖している以上、件のダンジョンを封鎖していなかったのは政府の怠慢から来る失態ではありませんか!?」
珍獣でも見る様な眼差しが他のコメンテーターから向けられるのも意に介さず、件のコメンテーターは奇天烈な持論をぶち上げ続ける。辟易とした空気がスタジオに流れ、ADのカンペには早くコメンテーターを黙らせ次のニュースへ行く様に、とのMCへの指示が出る始末。
しかし後日、このコメンテーターのトンデモ持論を取り上げた野党の国会答弁が更に世間を賑やかす事になるとは、この時は誰も思わなかった。
数話ほど閑話です。