第433話 順調な時にこそ面倒は……
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自由時間一杯まで文化祭を楽しんだ後、俺は少々重い足取りで自分達の部室へと向かっていた。部室の外まで続いていた行列が、少しでも短くなってますようにと祈りつつ。
昨日までの想定では、もう少しユックリ店番が出来ると思ってたんだけどなぁ。まさかまさかの事態だよ。
「……そうだよな、そう簡単になくなりはしないよな」
自分達の部室がある階まで階段を上った俺は、目の前に広がる光景を目にし小さく溜息を漏らした。何故なら、無くなっていてくれたら良いなと思っていた行列が、更に長さを増していたからだ。
何で更に長くなるのかな……。
「見ててもしょうが無い、覚悟を決めて中に入るか」
俺は行列を作るお客さん達に軽く会釈をしつつ、部室の中へと足を踏み入れる。部室の中には何人ものお客さんが居て、展示されている資料を熱心に見学していた。
館林さんと日野さんがお客の質問に答える説明役をやっていて忙しそうなので、先ずは受付をしている裕二に声を掛ける。
「お待たせ。そろそろ交代時間だから来たんだけど……相変わらずの忙しさだね」
「ああ、寧ろドンドン忙しくなってる気がするよ。さっきお前にコピーしてきて貰った配布プリントも、もしかしたら足りなくなるかも知れないぞ?」
「そんなにか……先にもう少し追加コピーしてきた方が良いかな?」
「微妙な所だな……」
俺と裕二は渋面を作りながら、配布プリントの残り束に視線を向ける。既に結構な枚数コピーしているので、全部無くなるかは微妙なラインだしな。コレから文化祭も終わりに向かう時間なので、来客数が減る可能性は高い。
それにプリントが余っても、他に使い道が無いしな。
「……ごめんなさいするか」
「その方が良いかもな。これ以上追加しても、不良在庫になるかも知れない」
「最悪足りなかったら、配布プリントの原本をスマホで撮って貰うか」
コピーするのにも経費が掛かる以上、余り無駄に追加はしたくないしな。最近のスマホならカメラの画質も良いので、字がつぶれて内容が読めないって事は無いだろう。
プリントが足りることを祈るばかりだな。
「じゃぁ配布プリントの件はそれで良いとして、他に引き継ぎに関して何かある?」
「基本的にはないな。お客さんが多いから、混乱が起きないように気を付けてくれれば大丈夫だと思う。長い行列のせいで、少し気が立ってるお客さんとかもいるだろうしな」
「確かに、結構な長さの行列が出来ちゃってるからな」
「基本的に大人ばかりだから、早々変な騒ぎは起きないとは思うけどな」
「何事も心配しすぎぐらいの心構えの方が、実際にトラブルが起きた時に対処しやすいしね。想像もしてませんでしたじゃ、後手後手に回るのが目に見えるしさ」
トラブルシューティングは、どれだけ事前に事態を想定し対処法を考えておくかが肝だからな。まぁ偉そうなこと言ってるけど、こんな事態は想像もしてなかったんだけど。
館林さん達から午前中に来たという迷惑客の話を聞いた時は、どうやって穏便に対応するかは考えていたけど、こんな行列が出来るほどお客さんが来るとは……。
「まぁ、気を張りすぎない程度に頑張れよ」
「そうだね……」
そして暫く裕二と雑談という引き継ぎを続けていると、ドコか不安げな表情を浮かべた美佳が部室に入ってきた。
「お、お待たせしました」
「おっ美佳、来たのか」
「あっ、お兄ちゃん。ねぇ、コレってどういう事? 何でこんなに行列が出来てるの?」
「さぁな? どういう訳か、行列が出来るほど大人気になったっぽい」
美佳は心底驚いていると言いたげな表情を浮かべつつ尋ねて来たが、俺こそ理由を聞きたいよ。如何してこうなったんだ? ウチ、特別なことは一切やってないぞ?
ネットで少し調べれば出てくる程度の情報を、お茶濁しにと軽く纏めただけなんだけどな。
「美佳ちゃんも来たことだし、一旦お客さんに断って交代するか」
「そうだね」
「館林さん達とも少し話して置いた方が良いだろうしね」
お客さんには申し訳ないが、交代時の引き継ぎ報告は確りしておかないと後々面倒な事になるからな。3人ともこの後は、自分のクラスで出し物の担当をするって言ってたし、簡単に教えに来て貰うってのは難しいだろうしね。
自分達だけで対応出来るように、確り注意点などの話を聞いておかないと。
お客さんに断りを入れた後、俺達5人で引き継ぎ作業を行う。と言っても、ある程度は裕二から聞いているので主に、館林さんと日野さんから展示物の説明時に良く聞かれる質問を教えて貰う程度だけどな。引き継ぎ作業短縮の為に、裕二から聞いた分は後で俺から美佳に伝えるつもりだ。
そして予想通りお客から良く聞かれる質問というのは、モンスターのドロップアイテムのおおよその買取相場と学生探索者の年間収入予想……後は税金についてだそうだ。
「予想通りと言えば、予想通りの質問ばかりだね」
「はい。主に学生探索者の年間収入予想について聞かれることが多いです」
「レアドロップ品の買取相場を教えると、皆さん驚いてました」
「まぁレア物は、買い取り価格が価格だからな。扶養範囲を一発で超えてしまう代物が、ザラだしね」
スキルスクロールなど物によっては安くて数十万、少し高いと簡単に数百万に達する。一応パーティで山分けしたとしても、少人数パーティの場合だと一発アウトの可能性は決して低くはない。
そりゃぁドロップアイテムの買取相場を知らない人からすると、驚きの声の一つもあげるだろうな。
「本当にそうですよね。今回の展示物の参考資料にと、色々と見て回って驚きましたよ。調べて見れば、高い物は本当に高値で取引されてましたから。ダンジョン産のドロップ品は」
「まぁその高値で取引されている物が手に入るかどうかは、かなり運次第なんだけどね」
「それでも、ですよ。運が良かったら、初ダンジョンアタックの素人探索者でも数百万円の物が手に入るんですから。実際、手に入れたって新人探索者のネット投稿を何件も見ましたよ?」
「……まぁ探索者の数が数だからね。確率で言うと、それなりの人が手に入れるのは可笑しいことじゃないと思うよ?」
レアドロップ品の入手確率が通常の数百分の一だったとしても、多数の探索者で行えば一日でそれなりの数のレア物は手に入る。その内の幾つかを新人探索者が手に入れれば、ビギナーズラックの運が良い探索者の出来上がりだ。
そして、その内の何人かが館林さん達が見たというネット投稿をすれば、後に続けとダンジョン探索に乗り出す輩も増える。そして新たな……と、運の良い新人探索者の夢は終わらないよな。
「そうなんですかね」
「そんなものだよ。さて、他に無いのなら引き継ぎを終えて交代しようか?」
「はい。他には特にありませんね。午前中に来ていたと聞いていた迷惑なお客さんも来ませんでしたし、お客さんの数が多いことぐらいです」
「そこは何とか上手くさばいていくよ。じゃぁ、これで引き継ぎ報告は終わりで良いかな?」
軽く全員の顔を見回してみると、皆軽く頷いたので終わりで良いらしい。
「じゃぁ3人ともお疲れ様、後は俺と美佳で引き継ぐよ」
「よろしく頼むな。じゃぁ俺達は自分達のクラスに帰るから、何かあったら……申し訳ないけど柊さん達に連絡してくれ。流石にクラスの出し物を抜けて、手伝いに来るのは難しいと思うからさ」
「了解。あっ、クラスの方で柊さん達と顔が合ったら、ココの現状を伝えてもしかしたら連絡が行くかもと伝えておいてよ。出来るだけ手は借りないようにするつもりだけど、流石にこの状況だとね? いきなりヘルプの連絡が行くより、少しはマシだと思うからさ」
「了解、上手く言っとくよ」
せっかくの自由時間中に申し訳ないが、流石にこの盛況ぶりは予想外だったので、万一の保険は掛けておくに限る。変に見栄を張って大丈夫と言っておいてキャパシティオーバーで潰れるより、素直に助けを借りるかも知れないと言っておく方が助けに入る方も心構えが出来てマシだろうからな。
本当に申し訳ないけどさ。
「じゃぁ大樹、頑張れよ」
「「美佳ちゃんも頑張ってね」」
「ああ、何とかやってみるよ」
「ははっ、うん。頑張る」
こうして裕二達は俺と美佳に見送られ、ドコか解放感に満ちた笑みを浮かべながら部室を後にしていった。まぁコレだけ大量のお客さんの相手をしていたのだ、解放的な気持ちになるのも仕方が無いだろうな。
裕二達から店番を引き継いだ後、俺と美佳は慌ただしくお客さんの相手をしていた。聞いていた通りと言うより、聞いていた以上に忙しい。恐らく3人でお客をさばいていたか、2人でさばくかでの違いだろう。展示資料の説明を求めるお客さんが中々に多いので、少し手が足りないというような状況だ。
一つ幸いなのは、事前に館林さん達から聞いていたような質問が主だったので、説明に困らなかったという事だけだな。何度も何度も繰り返し説明しているウチに、大分説明し慣れたよ。
「ですので、スキルスクロールの平均的な買い取り価格は主に企業系探索者の需要に依って大きく変動します。最近は水魔法といった、ダンジョン内生活に活かせる系の魔法を覚えられるスクロールが高値で取引されています。以前は直接戦闘に使えるようなスキルを覚えるスクロールが高値で取引されていましたが、最近は大分価格も落ち着いてきています」
「なるほど、最近のダンジョン系企業の行動目的が、短期目標から中長期目標にシフトしたという感じなんだね?」
「はい。そのお陰と言うかせいと言うか、ダンジョン食品系も今まで希少と呼ばれていた物が大量に供給されるようになり始め、買い取り価格に大変動が起きていますね」
「最近ダンジョン食品の価格が下がってきているのは、ダンジョン系企業の目標転換も絡んでいるのか……」
といった感じで、俺はお客さんの質問に出来る限り説明を行っていく。美佳には割と分り易い税金関係の説明を任せ、こういった専門的な質問は俺が主に答えていた。役割分担して説明の負担をへらさないと、パンクするってホント。
お陰で、何とかお客さんをさばき切れている感じだ。
「学生の探索者でも、そんなに収入があるなんて……」
「……はい。もしかしたら扶養の範囲を超えているかも知れませんね。1度話し合いをした方が良いかもしれませんよ?」
「あの子、毎週のように週末はダンジョン探索に行ってるから、少し話をしておいた方が良いかもしれないわね」
「ウチで作った配布用の資料もありますので、お持ち帰り下さい。何かの参考にはなると思います」
美佳も少し困りながら困惑顔の保護者?と思わしきお客さんを相手に、質問というか相談に乗っている。恐らく早めに来店した保護者仲間から聞いて来たのか、軽く展示資料を眺めると直ぐに探索者の税金関係について尋ねてくるお客が一定数いた。探索者学生の保護者だろうな……。
美佳の話を大体聞き終えると、眉を顰め思案顔をするまでがワンセットである。
「すみません、この資料頂きますね」
「はい、どうぞ。って、あっ。すみません、配布資料は一人1部でお願いします」
「えっ? 友人にも渡したいから、2部欲しいんだけど……」
「すみません、他のお客さんにも欲しいという方が多いので、出来るだけ多くの人に渡せるようにしたいので1部でお願いします」
あれだけ追加していたのに、ドンドンと配布用の資料がなくなっていく。既に俺が追加コピーしてきたプリントが、残り3分の2を切っている。
やばい、足りないかも知れない。
「はぁ、全然お客さんが途切れないな」
「そうだね。良い事だとは思うけど、流石にココまで多いと……」
俺と美佳は説明作業が途切れたタイミングで、互いに愚痴を漏らし合う。既に裕二達と店番を交代してから1時間近く経つのだが、まだまだお客の足が衰えない。部室の前の行列も、まだ10人以上続いている。勝手に第3部と言わせて貰うが、第3部になり文化祭も終わりに向かっているのに、何で客の足が衰えないんだ?
そんな風に俺と美佳が小声で愚痴を漏らし合っていると、また説明を求めるお客の声が聞こえた。
「せっかくウチのような出店に来てくれているお客さん達だ、何とかやりきるぞ美佳」
「うん……頑張ろうお兄ちゃん」
俺達は疲れたといった表情を隠し、笑顔を浮かべお客さんの相手に戻る。
そして更に1時間、文化祭の終わりも見え客足が減って来たのを感じた俺と美佳は安堵の息をつきつつ、少し心に余裕を持って来店対応が出来るようになった。だが……
「やっと順番が回って来たよ、君はあの動画に映っていた生徒さんだね? ちょっとお話良いかな? わたし、こういった者なんだけど……」
順調な時にこそ、問題という物は起きる物だ。俺の目の前には、場違いなスーツを着込んだ中年男性が俺に名刺を差し出してきていた。
マジか……。




