第431話 感性もレベルアップする?
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裕二に配布プリントを渡した後、俺は残りの自由時間を使って挨拶回りを兼ねて他の部の展示を見て回ることにした。一応、他の部がどんな出し物をしているかはある程度把握してないと拙い。予想外の展開だけど、何故かウチの部の店に行列が出来たからな。行列が出来て忙しかったから近所の部の発表内容を何も把握してない、なんて言ったらお高くとまりやがってと反感を買う可能性が出てくる。
今後の平穏な部活動の為にも、せめて同じ階の部の出し物ぐらいは謝罪を兼ねた顔見せがてらに覗いて把握しておかないと……。
「……取りあえず、お隣さんの所から覗いていくか」
と言うわけで、先ずは一番近くでウチの行列で迷惑しているだろう鉄道研究部のお店に入る。
「お邪魔します」
「いらっしゃい……って、君はお隣さんの」
「九重です。済みません、この度はご迷惑をお掛けしちゃって」
「ははっ、迷惑って……少し羨ましくはあるけど、気にはしてないよ。そんなに畏まらないでくれ」
お店に入って挨拶をすると、苦笑を浮かべる眼鏡を掛けた男子生徒の先輩が出迎えてくれた。部屋の中には、何処かの路線を走る鉄道写真やこれまた何処かの鉄道の路線図や時刻表が所狭しと展示してあった。
後、部屋の中央にメイン展示物と思わしき、そこそこの大きさを誇るジオラマ鉄道模型が置いてある。
「それにしても、大盛況みたいだね」
「ははっ、そうみたいですね。俺はこの後の店番交代要員なので、コレまでの様子は伝え聞きでしか知らないんですが、結構な事になってたみたいです。想定外の客層の人がたくさん来ちゃったって」
「午前中までは程々の賑わい方だったみたいだけど、午後からはホントに凄いみたいだよ。行列は出来るし、配布物のプリントかな? それがなくなったからって、謝りながら急いで追加コピーをとりに行ってたみたいだし」
「まさかまさかの事態ですよ。ウチの展示内容的に、こんなにお客さんが来るとは思ってなかったですから」
俺が頭が痛いといった感じで若干疲れた表情を浮かべると、先輩は苦笑の色を強くした。
「まぁ、お客さんが見に来てくれるのは良い事だよ。切っ掛けが何であれ、自分達の活動を知って貰えて評価されるってのは嬉しいものさ。特にコレまで関心を持っていなかった層のお客さんが、自分達の活動を切っ掛けに興味を持ってくれたりするとね」
「まぁ、そうですね。どちらかというとウチの展示内容は、知ってもらう切っ掛けになればって啓蒙活動的な意味もありましたから」
「ウチもそこそこお客さんは来てくれるんだけど、元々興味がある人達が中心で新規のお客さんは少ないもんだよ。興味を持つ人が増えて、この趣味の裾野が広がれば良いなって思ってるんだけどさ」
そう言って先輩は視線を展示物の方に向ける。
「今回のウチの展示は、広く浅くって感じで幅広い人に興味を持って貰える感じで揃えてみたんだ」
「確かに、興味を引かれる良い感じの写真が沢山ありますね。コレは先輩達が撮った物なんですか?」
「半分ぐらいはね。自分達のは地元の鉄道を中心に撮った物を飾ってるよ、身近な物の方が興味を持って貰えると思ってさ。その雪降る冬景色の中を走る物や、アルプス山脈の中を走るヤツなんかは有名なプロが撮ったヤツだよ。何処かで見た事がある気がするだろ?」
「言われてみると、そんな気もしますね」
「他の展示物も地元の物を中心に、有名所のを混ぜてるって感じだね」
確かに遠く離れた地の有名な物より、身近で見れる物の方が親近感も湧いて興味を持つ切っ掛けになりやすいかな。普段見ている物が、少し視点が変わると見える意外な一面……そのギャップから興味を持つってのはあるあるだからな。新規客を狙う先輩達からすると、なるほどといった展示内容である。
といった感じで、先輩と展示物について穏やかに話をしていると、俺とは別のお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
「あっ、じゃぁ先輩。お客さんも来たみたいなので、俺はそろそろお暇しますね。またこの後もご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
「大人気なのは良い事だよ、気にしないで君のところも頑張って」
「ありがとうございます。では」
先輩に向かって軽く一礼し断りを入れた後、俺は鉄道研究部を後にした。
何とか穏便に済んで良かったな、さて次に行ってみるか。
鉄道研究部を後にした俺は、次にウチの部を挟んで反対側にあるクイズ研究部のお店に向かった。中から問題を出し合っているような話し声が聞こえるので、どうやらお客さんがいるようだ。
「お邪魔します」
「いらっしゃい……あっ君は」
俺が部屋の中に入ると、驚いた表情を浮かべる男子生徒の店員が出迎えてくれた。部活をやる際に、偶に廊下で顔を合わせる程度の付き合いではあるが同学年の知り合いである。
「隣の部の九重です。この度は、ご迷惑をお掛けして済みません」
「ははっ、気にしないで良いよ。ちょっと予想外に大盛況みたいだけど、行列は綺麗に並んでるし邪魔にはなってないよ。少し前にも、君のところの子が謝りに来てたしね」
「そう言って貰えると助かります」
一番迷惑をかけているだろう両サイドの部から色よい返事を貰え、俺は胸をなで下ろしながら安堵する。コレで迷惑していると抗議されたら、一言断りを入れてから鉄道研究部の方に並ぶように行列の整理をする必要があったからな。
流石にそこまでの余剰人員はウチにはない、こういったイベント事での少人数部活あるあるの欠点だ。人数が多い部活なら、余裕を持ってローテーションが組めるのだろうけど。
「それにしても、本当に大人気だね。昨日少し聞いた展示内容だと、探索者やってる生徒がメインターゲットだと思ってたんだけど……開けてビックリ、その親御さん?が多数来店だなんてね。もしかして、狙い通りだったのかな?」
「まさか、想定外の事態だよ。何で外来客……それも保護者らしき人達がこんなに寄ってくるのかサッパリだね。基本的にウチの部の展示品って、かなりお堅い内容なんだよ?」
「確かに、ダンジョンの物流関連や税金の話がメインて言ってたね。何でそんなに人気が出たのさ?」
「さぁ? でも、行列とか出来ると捌ききれなくて困るよ」
それは俺の方が聞きたい。閑古鳥が鳴くのは嫌だが、こんなに大忙しな事になるのも望んでいなかった。昨日までの想定では、ポツポツやってくるお客さんに、軽く展示物の説明をしながら帰り際にプリントを渡すという物だった。まさか行列が出来るほど引っ切り無しにお客さんが来る上、配布用にと用意していたプリントを追加コピーする事態になるなんて。
俺は疲労と困惑が入り交じった表情を浮かべながら、思わず小さく愚痴を漏らす。
「何て贅沢な悩みなんだ……と言うべきなんだろうけど、あの忙しさを見ると本当に困ってるみたいだね」
「ああ、うん、ゴメン。少し考え無しだった」
「いやいや。もしウチにあんな行列が出来てたらって考えると、多分おんなじ様な事を思うだろうからね。少人数のウチ等みたいな部活だと、あんなにお客さんが来られても困るだけさ」
羨ましいようで羨ましくない事態、それが今ウチの部の展示で起きている騒動の正体である。
そんなバツの悪い表情を浮かべる俺の心情を察してるように、男子生徒は苦笑を浮かべていた。
「ははっ、まぁこの騒ぎも今日一日だけのことだろうから、何とか頑張るよ。もう少し迷惑を掛けると思うけど」
「特に邪魔だとか言って抗議するつもりもないから、その辺は心配しなくても良いよ。まぁ文化祭が終わるのも、もう少しなんだし頑張って」
「ありがとう、頑張るよ」
俺は軽く会釈をしながらお礼を言い、クイズ研究部のお店をお暇することにした。
「じゃぁ、そろそろお暇するよ」
「想定外に忙しいだろうけど、頑張って」
「ああ、ソッチも頑張ってくれ」
店員の男子生徒に見送られながら、俺はクイズ研究部のお店を後にする。
取りあえず最低限の挨拶回り?は終わったので、残り時間を使って他の部の出し物を見て回ることにした。といっても残り20分もないので、軽く外から覗いて回るぐらいしか出来ないだろうけど。
というわけで、俺は1階まで降りてきた。下の階から見て回って上がって行く方が、効率が良いからな。
「えっと、先ずは美術部の展示からかな?」
俺が先ず足を向けたのは、美術室を活動拠点としている美術部の展示からだ。文化系部としては結構な人数が所属している大所帯の部活である。
そして少し緊張しつつ、俺は美術室へと足を踏み入れた。
「おお、結構な枚数展示されてるな……」
美術室の中には沢山のパーテーションが設置されており、そのパーテーションに美術部員達が描いたと思われる絵が多数貼られていた。少数だが、テーブルの上に彫刻物や粘土細工?も展示されているな。
軽く部屋の中を一瞥した感じ、50点近くの作品が展示されている。
「時間も無いし、軽く見て回るか」
他に見学しているお客さん達の邪魔にならないように、俺は素早く展示されている作品を見て回る。
「うーん、何ていうか世相を反映してるって言えば良いのかな?」
美術室に展示してある絵の半分ほどが、探索者関係ダンジョン関係の絵だった。モデルが武器を構える探索者だったり、探索者パーティーがダンジョン内を探索している物、探索者がモンスターと戦っている物だったりといった具合である。
ついでに、テーブルの上に置かれている彫刻や粘土細工?等も、探索者やモンスターがモデルの物だった。ダンジョン関係の出来事が日常に浸透していると言うべきか、浸食されてると言うか……難しいところだ。
「コレは中々迫力がある構図だな、もしかして制作者は探索者をやってるのか?」
俺の目に止まった絵は、棍棒を振りかぶり攻撃してくるオークを今まさに迎撃しようとしている探索者、といった構図の絵だ。絵に関して俺は素人なので何と言って良いのか分からないのだが、迫力があるというか、作者が見て体験した事があるシーンを切り取って描いた、といった感じがする。
「おや、良く分かりますね。アナタの推察通り、その絵の作者は探索者をやってる人ですよ」
「……えっと、何方で?」
「すみません、急にお声かけをして。この部の部員で、展示物の案内をしています。興味深げに絵を御覧になられていたので、お声を掛けさせていただきました」
「はっ、はぁ」
俺に声を掛けてきたのは穏やかそうな雰囲気の小柄な女子生徒で、この部の部員さんで案内担当らしい。絵の前で立ち止まり見ていた俺が気になって、声を掛けてくれたようだ。
余り時間が無いので少し見てから出て行くつもりだったのだが、こうなるとこの作品の説明ぐらいは聞いていかないと少し気拙いな。
「では少し、この作品について説明をさせて頂きますね。ご推察の通り、この作品の作者は探索者をやっている生徒で、特に印象に残ったシーンを切り取ったと言っていました」
「……つまり、このオークとの一戦が印象に残ったという事ですね」
「初めての、オークとの戦いだったそうです。5人パーティーだったそうですが、大苦戦の末に討伐に成功したそうです。作者が言うには、一番苦労した戦いで一番印象に残った戦いだったそうですよ」
「なるほど……大苦戦だったのでしょうね」
この切り取られたという絵の構図が正確な作者目線による物だというのなら、恐らくこの作者はこの後の迎撃に失敗し負傷したんだろうな。何というかこの絵からは、オークの迫力に気圧され振りかぶられている棍棒を認識し切れていない様が感じられる。
俺が絵を見て迫力があると感じたのは、恐らく作者の恐怖心が雰囲気として描かれているという事なのだろう。無意識のことなのだろうけど。
「でもその経験のお陰で、作者はこんなに迫力ある絵が描けたんです。こう言っては何ですが、去年までの作品と比べると雲泥の差があります。探索者になったことで、一皮剥けたのでしょう」
「一皮剥けた、ですか……」
案内役の女子生徒は少し自慢気に作者の作画技量の向上を褒め称えているが、俺は微妙な表情を浮かべていた。技能向上の対価が大怪我というのは釣り合いは取れるのだろうか? 話を聞く感じだと、回復薬で回復出来る程度の怪我だったのだろうが、オークの一撃をもろに受けたとしたら恐らく骨折程度はしていたと思う。
この作者が周囲に絵を絶賛された結果、変に味を占めて無理をしない事を祈るしかないな。




