第427話 劇は終演する
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武器を構え緊張した面持ちを浮かべる3人組に対し、煽るような表情を浮かべ値踏みする眼差しを向ける3体のオーク。どちらが優位に立っているのかは、一目瞭然といった場面である。
そして場が動き始める前に、3人組の作戦会議シーンが開かれた。
「全く、ダンジョンの外でまでコイツらと戦うことになるなんて……」
「文句を言うな……と言いたいが、同感だな。避難誘導の手伝いだけって話だったのに、全く」
「仕方ないわよ。コイツらをココで仕留めるか応援が来るまで押し留めておかないと、町に出たら大惨事よ」
3人組は苦しげな表情を浮かべ愚痴を漏らしながらも、呼吸を整えたり武器を握りしめ直したりしながら戦意を高めていく。先程まで浮かべていた緊張した表情も、徐々に覚悟を決めた表情に変わっていった。
「そうだね。やるしか無いか……それで、どういう作戦で行く?」
「どうって、何時も通りで良いんじゃないか? 変にやり方を変えるより、普段通りやる方が無難だ」
「何時も通り……一体ずつ孤立させて撃破ね。でも、ダンジョンの中じゃ無いから、通路の狭さを利用して行動を抑える事は難しいわよ? ココじゃぁ下手をすると、大きく回り込まれて分断が失敗するわ」
女の子の探索者役の子が言う様に、ダンジョンでは30階層以降のフィールドタイプの階層でなければ、基本迷宮構造で通路の狭さと言う制限がある。この制限は探索者の行動を制限するだけでは無く、モンスターの行動も制限され、特にミノタウロスやオークのような大柄のモンスター相手なら上手くやると仲間との分断も可能だ。その為、多くのパーティーで体格の良いモンスターを相手にするに時は、通路の狭さを利用した各個撃破戦法が多く用いられている。パーティー間の連携さえ確りとしていれば、比較的安全に同時多数出てくるモンスターを倒すことが出来るからな。
だが、ダンジョンの外では道幅という行動制限が無いので何時も通りと油断していると、確りとした援護と位置取りをしていなければ逆に包囲されることになりかねない。
「分かってるって。基本的に俺が孤立したヤツの相手をするから、二人は足止めと援護を頼むよ」
「足止めは良いけど、一人で大丈夫か?」
「まぁ、1対1なら大丈夫かな。横やりが入らなければ、だけど」
どうやらあの男の子の探索者が、あのパーティーのエースで一番力量が高いようだ。1対1でオークを倒せるともなれば、そこそこ上の中堅探索者を名乗って良さそうだな。
「まぁ、そこはコッチも頑張るよ。ただ普段の環境とは違うから、あまり長い時間は持たないかもとは思っててくれ」
「そうね。出来るだけ長く持たせるけど、外で行動制限が緩いから回り込まれる可能性も考えておいて」
「了解。それじゃアチラさんも我慢の限界みたいだし、頑張るとしよう」
作戦も決まり、いよいよオークとの戦闘が始まるようだ。
戦闘シーンのBGMとして、アップテンポの音楽が鳴り始めると同時に、双方共に動き出す。
まず最初に、3人と3体のオークは正面からぶつかりあう。探索者らしい数mの間合いを1秒に満たない時間で詰める素早い動きで接近し、それぞれ近くにいたオークに軽く一太刀入れ直ぐに距離をとり互いの間隔を空ける。どうやら今の攻撃は、ヘイト稼ぎの攻撃だったらしい。その証拠にオークは、それぞれ自分に攻撃を入れた相手に対し、攻撃の意思を見せた。
「良し、ヘイト稼ぎは上手くいったみたいだな。じゃぁ作戦通り、先ずはコイツを仕留めるから他の足止めを頼む」
「了解、出来るだけ持たせるから手早く頼むな」
「援護は任せて」
ヘイト稼ぎが成功した3人は、作戦通りオーク達の分断に取りかかる。後退した時に互いの間隔を空けた結果、3人に向かってくるオークの進路もズレており、上手い具合に誘導することで分断作業はスンナリといった。
そして舞台袖に2人とオーク2体が下がり、舞台上で男の子とオークの1体が残り一騎打ちが始まる。
「さぁて、余り余裕が無いんだから最初っから全力で行かせて貰うぞ!」
男の子とオークの一騎打ちは、劇という事を忘れさせる激しい打ち合いだった。力任せに振るわれる棍棒、回避しつつ鋭く振るわれる剣。余りに素早く振るわれる棍棒と剣によって、BGMに負けない大きさの風切り音が鳴り響く。
流石に模造刀なので得物がぶつかり合う剣戟音は聞こえてこないが、かなりの迫力がある殺陣になっていた。その証拠に観客席から時々悲鳴……感嘆の声か?が響いてきており、特に劇に参加している生徒の保護者っぽい人達からは驚愕といった感じの戸惑いの呻き声?が漏れていた。
「くそっ、やっぱり一人だとキツいな……」
男の子の剣戟はオークに当たっているものの、必殺の一撃を入れるほどのスキは突けないのか、細かい攻撃を当てダメージを積み重ねる消耗戦染みてきていた。
そして何とかオークの攻撃を潜り抜けダメージを積み重ね動きを鈍らせた頃、待ちに待った大きなスキが生まれる。仲間からの援護攻撃だ。
「今だっ!」
男の子は援護攻撃でオークの動きが鈍った瞬間を狙い、必殺の一撃を繰り出す。軽く膝頭を曲げ力を溜めた後、一気に解き放ちオークの首目掛けて鋭い突きを放ち貫いた。まぁ実際に当てる事は出来ないので、オーク役の首の直ぐ横を通り抜けただけなんだけどな。
しかし、コレまでの素早く激しい殺陣の影響で、劇という虚構でありながら現実のように感じていたらしい観客の一部から、実際に首を貫いたと感じたのか大きな悲鳴が上がった。
「ふぅ、何とかなったな」
「おい! 終わったのなら、早くコッチにも手を貸してくれ!」
「っ! ああ、直ぐにいく!」
オークを倒し終え、一安心していると援護を求める声が掛かる。苦戦の上で勝ちを拾い気が抜けるのは分かるが、戦闘自体が終わっていないのに一瞬とはいえ気が抜けるのはいただけないな。
そして男の子は仲間の援護へ向かう為、急ぎ舞台袖へと消えていった。
オークを倒し終えた男の子が援護に駆けつけた事で、3対2になった戦闘は苦戦するも無事に3人組の勝利で終わった。舞台に倒れるオーク役の2人に、荒い呼吸を整えている3人組。決して楽に勝てる戦闘では無かったと、如実に示している光景だった。
そして3人が息を整え終えると、舞台袖から所々防具が壊れ体の所々に赤い何かが滲んだ4人の警備担当職員が姿を見せる。
「やぁ、どうやら3人とも無事だったみたいだね?」
「いやいや! 俺達の事より、皆さんの方こそ大丈夫ですか!? 凄い格好してますよ、怪我は!?」
「怪我の方は支給されてる回復薬を使って治してあるから、大丈夫だよ。防具の方は……まぁ再支給の時に小言を貰うくらいかな?」
「ええっ……」
警備担当職員のリーダーは何でも無いかのように軽い感じで言っているが、観客席からは彼等の格好を見て小さな悲鳴や呻き声が漏れていた。探索者視点で見ると警備担当職員達の姿は、モンスター相手に苦戦をした結果としては、あの程度で終わったのならまだ問題無いレベルである。
何せ、怪我人を担いで悲壮な表情を浮かべているわけでも無く、立って歩いている人数も減っている訳でもないしな。
「それより助かったよ。君達が居てくれたお陰で、無事に乗り越えることが出来た。もし君達がいなかったら、モンスターは倒し切れたとしても、誰かが倒されてたかも知れない」
「いえ、皆さんのお力になれたのなら幸いです。それにモンスターを野放しにしたら、大惨事ですからね。探索者をしている身として、見過ごせませんよ」
「そう言って貰えると助かる。増援さえ到着していれば、君達には避難誘導に専念して貰えたんだが……」
「無い物ねだりしても仕方ありませんよ。それに、その増援もそろそろ到着するんじゃないんですか? モンスターとの戦闘でそこそこ時間も経ちましたし……」
互いの無事を喜びつつ、モンスター討伐成功を喜び、もう少しすれば増援が来るという安心感で、両者ともに気が抜けかけたその時、それは起きた。
入り口ゲートを囲う壁が、内部から吹き飛ばされ大穴が開いたのだ。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
「壁が!?」
突然の事態に、警備担当職員も3人組も驚きの表情を浮かべ、壁に空いた大穴を凝視する。
そして埃舞う壁の中から、それは姿を現した。
「……ビッグベアー、か」
引き攣った表情を浮かべながら、警備担当職員のリーダーは大穴から出てきたモンスターの名前を口にした。まさかの強敵の出現に、茫然自失と言った様子だ。
「マジかよ。あんなのも出てくるのか……」
「こりゃぁ、俺達だけじゃ抑えるのだって難しいぞ」
「無理よ、あんなの」
威容とリーダーが口にした名前で出てきたモンスターの正体を知った3人組は、血の気を失った真っ青な表情を浮かべながら体を震わせ後退りする。まぁ時間が無い中で中堅に手が届くレベルの学生探索者だとしても、上級レベルの探索者がやり合う様なモンスターが相手では及び腰になるのは無理も無い。
だが、そんな相手の事情など知ったことかと言わんばかりに、ビッグベアーは威嚇するように咆哮を上げ7人を敵として認識したようだ。
「クソッ、どうやらあちらさんに見逃してくれる気は無いみたいだ。何とかして押さえ込むぞ。もう少しすれば増援も来る、そうすれば数で押しつぶせるはずだ。何としても時間を稼ぐぞ!」
怯える3人組の姿を見て、警備担当職員のリーダーは覚悟を決めビッグベアーと対峙する。増援が来るまで時間を稼げれば良いと割り切り、班員達に指示を出していく。
そして指示を出し終えると、リーダーは3人組に声を掛ける。
「君達は後ろに下がっていてくれ。悪いがいま君達が逃げ出すと、アイツの敵意の矛先が変わる可能性がある」
「はっ、はい」
「……増援が到着する前に、万が一の事態が起きそうな時は気にせず逃げろ。向こうの建物の方に向かえば、他の警備担当職員に保護して貰えるはずだ」
この場合で言う万が一の事態とは、力及ばずに警備担当職員達が全滅するという事である。3人組もリーダーの言う意味を理解し、申し訳なさと悔しさが入り交じった強ばった表情を浮かべていた。
かなわぬ敵と相対しても無理な意地を張らず、自らの力不足を理解し行動する。言うは簡単だが、本当に理解し実行出来るかと言えばそう簡単な事では無いが。だが、ダンジョン内で絶対に起きない状況かというと、あり得なくは無いという答えしか返せない。
「……はい」
この様な場面に遭遇した時、果たしてどれだけの学生探索者達が素直な行動を取れるだろうか? 勇気を出す、負けん気を発すると言うのは構わない、相手を見誤らなければだけど。何せ誤ってしまった場合の代価が代価だ、簡単に替えが効くモノでは無いからな。
そして劇はいよいよクライマックスへと進み、ビッグベアーと警備担当職員達との殺陣が始まる。
「くっ!」
「うわっ!」
「ハァハァ!」
「……!」
ビッグベアーは連携し襲い掛かってくる警備担当職員達を、腕の一振りで振り払い大損害を与えた。モンスターや常人を越える力を持つ探索者が起こすトラブルに対処する為に配置されている性質上、警備を担当している職員はそれなり以上の腕を持つモノが担っている。その警備職員に腕の一振りで損害を与えるモンスター、それがビッグベアーだった。
そして腕の一振りで警備担当職員達が大打撃を受けたと言う事は、万が一の事態が起きる可能性は極めて高い。
「「「……」」」
警備担当職員達がやられる姿を前にし、3人組は自分達では手も足も出ない事に悔しさと情けなさで顔を歪ませながらジリジリと後退る。
だが、それが悪かったようだ。ビッグベアーは倒れる警備担当職員達を一瞥した後、後退る3人組に狙いを定め動き出す。始めはユックリとした足並みで動いていたが、徐々に速度を上げ瞬く間に3人組との間合いを詰め……。
「すまない、待たせたな。無事か?」
ビッグベアーが3人組を攻撃する前に、その首が切り落とされる。ビッグベアーを倒したのは、警察官である事を示すPOLICEの白文字とシンボルマークの紋章が付いた防具を身につけた一人の男性だった。どうやら待ち望んでいた増援が到着したらしい。
「モンスターの拡散を防いでくれて、協力感謝する。ここから先は任せてくれ」
「えっ、あの」
「私は建物内部に残るモンスターの残党を討伐に行くが、救護班も直ぐに到着する。もう少しココで怪我人の様子を見ながら待機していてくれ」
「は、はい」
「では」
最低限の遣り取りをした後、ビッグベアーを倒した男性は入り口ゲートのある建物の中へと突入していった。その後、駆けつけた救護班に怪我を負った警備担当職員達共々3人組は保護され、舞台袖へと姿を消し舞台の照明が落ち暗転する。
数秒の暗転後、再び照明が灯るとどこか喫茶店のようなセットが組まれており、3人組は暗い顔をしていた。
「結局俺達、力になれたのかな?」
「なれただろ、オークは倒したんだしさ」
「そうね。でも、ビッグベアーが出た時は足手纏いでしか無かったわ」
「「「……」」」
思い出し、3人組は無力感に苛まれた表情を浮かべる。
力になれたようで、足手纏いにしかならなかった。最近は調子が良くランクアップも果たし、若干浮ついていた所に、今回の事件で水を差された形だ。
「強くなったつもりだったんだけどな……」
「つもりは所詮つもりだった、って事だろうな」
「上には上が居るって事よね」
3人は乾いた笑みを浮かべ、水が入った手元のグラスを持ち一気に煽った。
「上には上が居るって分かったのなら、俺達は油断せずに切磋琢磨するしか無いって事だな」
「そうだな、探索者を続けるのならな」
「そうね。少なくとも、今度アレにあっても逃げられるくらいにはなっておきたいわ」
空元気といった雰囲気ではあるが、3人組が探索者を続ける決意をした所で緞帳が下り始め劇は終了となった。幕が下り体育館の照明が薄らとつき始めると、観客席から疎らな感じで拍手が鳴り始めたので俺も一応拍手を送っておく。
何というか一通り劇を見た感想としては、探索者の身体能力を生かしたアクション+命は大事にって感じの啓蒙活動?って感じの劇だったな。




