第426話 劇は開演する
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体育館に入ると窓には暗幕が引かれており、照明で照らされてはいるが中は薄暗くなっていた。体育館奥のステージの上には緞帳が下りており、恐らく出演者?と思わしき生徒達が慌てた様子で準備を進めている。
どうやら、開演まではまだ時間があるらしい。
「席は空いてるけど……」
予定ではもうすぐ開演という事もあり、体育館の中に設置された数十席の椅子には、生徒や外来客がそこそこ座っていた。前方の方に座る人は熱心な眼差しをステージに向けており、後ろの方の席に座っている人は興味あり気な雰囲気でステージを眺めている。そして席に座らず、壁際で立ち見しようとしている人達。恐らく席に座っている人は発表者の身内や、招待されている人なのだろう。
となると、俺がとるべき行動は……。
「壁際で立ち見かな?」
時間制限もあり、最初から最後まで劇を見たいわけでは無いので、ある程度見たら退出し易いように立ち見一択だな。一度席に座ると、劇中に中座はしにくい。
というわけで、俺はステージが見やすい壁際の方に移動する。
「……開演まで、あと5分か」
予定ではもう少しで劇が始まるらしいが、ステージの方ではまだ慌てて準備している様子が見て取れる。大幅に遅れるという事は無いと思うが、余り遅れるのなら残念だが帰る事にしよう。
そんな事を考えつつ、俺は入り口で配られた劇のパンフレット?を斜め読みし始める。
「ええっと劇の大筋は、ダンジョンから流出したモンスターを探索者が協力して退治する話、か。……アクション劇なのかな?」
大筋だけではどういう話か分からないが、アクション要素が多そうな劇のようだ。確かに昨今の学生探索者増加を思えば、派手なアクション劇の方が客に受けるだろうな。
「まぁ見る前から批判をするのもアレだし、評価は先ずは劇を見てからだな」
パンフレットを眺めている間にステージの方の準備は整ったらしく、司会役と思わしき生徒が緞帳の下りたステージの前にマイクを持って立っていた。
どうやら開演の時間が来たらしい。
「お待たせしました。お忙しい中、沢山の方にご観覧しに来て頂きありがとうございます。コレより演劇部による出し物、探索者戦線の開演です! オリジナル脚本による劇ですので、皆様お楽しみになって下さい!」
観客たちの拍手を浴びながら司会の生徒は軽く一礼した後、ステージを降りていった。
そして開演を知らせるブザー音が体育館の中に鳴り響いた後、照明が消され数秒掛けて辺りが暗くなっていく。
「始まったな」
壁に背中を預けながら、俺は視線をステージの上に向ける。
真っ暗な中で静かに緞帳が上がり、ナレーションと共にスポットライトがステージ中央に立つ誰か達を照らし出す。
『とあるダンジョンにある協会支部に、3人組の学生探索者パーティーが居ました。その探索者達はダンジョンで一仕事を終え、これから帰ろうとしています』
スポットライトで照らし出されたのは、探索者装備を一式身に纏った男女3人だった。使い込まれた感のある装備一式のお陰か、ベテラン探索者といった雰囲気が醸し出されている。
そしてステージ全体が照らし出されると、そこにはダンジョン協会の待合席を模したと思わしき小道具が並んでいた。
「お疲れ様、今日も怪我無く帰って来れたな」
「ああ、それに運も良かった。今日の成果は中々だ」
「そうね、スクロールが出たのが大きかったわ。査定が楽しみね」
「3人は探索の成果に満足し、楽しげな表情を浮かべながら帰り支度をしていました。苦労に実る成果を得られると、誰しも嬉しいですからね」
探索帰りの探索者としては良くあるシーンから劇は始まり、先ずは穏やかに話が進んでいく。簡単に探索時の善し悪しを話し合い、改善点を見付け解決法を話し合うパーティー。普通に良いパーティーだ。適当なパーティーだと、一時の成果を誇るだけでロクに問題点の改善もせず勢い任せで突き進む所もあるからな。そういうパーティーは一度壁に当たると、自分達の何が悪いかも考えず他人の成果を嫉妬し腐っていくだけだ。
迷惑探索者と言われる連中の多くは、この手の反省も改心もせずに惰性に流され続ける輩が多い。あとは突然強い力を得て傲慢になったヤツ、とかな。
「ん? 何だ、このサイレンは!?」
穏やかにブリーフィングを続けた彼等は、突然辺りに鳴り響く非常事態を知らせるサイレンに驚きの表情を浮かべ辺りを警戒する。
暫くサイレンが鳴り響いた後、切迫した事態を知らせるように焦りに満ちた声で館内放送が始まった。
「緊急事態発生、緊急事態発生! ダンジョンより高ランクモンスターが外部に流出中! 現在入り口ゲートを封鎖しているが、突破される可能性あり! Dランク以下の低ランク探索者及び非探索者職員は直ちに避難して下さい! 警備担当探索者職員及びCランク以上の高ランク探索者方は入り口ゲートのある建物に急行し、モンスターの討伐及び避難誘導に当たって下さい!」
緊急事態を知らせる放送に、3人は緊張した面持ちを浮かべ無言で目を合わせる。
「どうする?」
「如何するって、逃げるかどうかって事か?」
「うん。でも俺達も一応Cランクじゃ無いか、先日ランクが上がったばかりだけど……」
「そうだったな。戦うことは出来なくとも、避難誘導の手伝いくらいはした方が良いだろうな」
現在の所、ダンジョンからモンスターが流出するという事例は確認されていないので、協会の要請で現役探索者が事態解決に協力するという法的義務は無い。だが何れ、探索者が任意で避難誘導に協力する努力義務等が制定される可能性はありそうだな。
と、そんな事を考えながら俺は劇の続きを眺める。
「行きましょう」
「「ああ」」
3人の探索者は避難誘導の為に、移動を開始した。
そして3人が舞台袖に移動するのに合わせ、一旦緞帳が下り場繋ぎのナレーションが入る。
「要請を受け移動を開始した3人は、移動中に低ランク探索者や非探索者職員の避難誘導の手伝いをしながら先へと進みました。モンスターの流出には怯えた表情を浮かべる者、ランク規制で避難対象となり不満げな表情を浮かべている者、様々な人が居ましたが宥め賺し避難誘導を進めながら3人は10分ほど掛けダンジョンの入り口がある建物に辿り着きました。するとそこには、3人にとって少々予想外の光景が広がっていました」
ナレーションで繋いだ1分ほどで舞台転換が終わったのか、降りていた緞帳が上がり再びステージで劇が再開する。
見るからに重そうな大道具が幾つも見受けられ、良く1分ほどで移動させられたなと感心する。ここら辺にも、探索者学生の力が生かされてるのかな?
「うわっ、扉がもう破られそうだ」
「ギリギリ間に合った……間に合っちゃったって感じだな」
「それよりもよ。何で、コレだけしか警備の人が居ないの?」
モンスターを封じているとされる建物の扉はボコボコに歪んでおり、いつ破られても可笑しくないことが如実に表されていた。扉の前には数人の制服を纏った人達、ナレーションの説明によるとダンジョン協会所属の探索者資格を持つ警備担当職員が武器を構え待機しており、いつでも動ける準備を調えている。
だが、問題はその人数だ。たったの4人しか待機していなかったのだ。
「すまない、要請を受けてくれた探索者の人かな?」
「えっ、あっ、はい! 一応Cランクの探索者チームの者です」
「そうか、要請に応えて貰え助かる。私達は今現在、他の入り口からもモンスターが出てくる可能性があるので分散配置されているんだ。警報が鳴って直ぐ、近くの支部にも応援を頼んでいるので増援は来るのだが、今暫く時間が掛かる。モンスターが出てきたら直ぐに他の扉を警戒している警備員も応援に来てくれる手筈になっているが、応援が来るまで助力して貰えると助かるのだが……」
「それは……俺達にも戦えと?」
「ココで奴らを取り押さえられず、町中に解き放たれると被害が拡大するかもしれない。応援が来るまで、何としても敷地内に押しとどめたいんだ」
リーダーらしき警備担当職員からの戦闘支援要請に、3人は強ばった表情を浮かべ不安げな眼差しで今にも打ち破られそうな扉を凝視した後、周囲に立ち並ぶビルや民家に視線を巡らせ目を閉じた。
そして数秒間の沈黙が続いた後、3人は覚悟を決めた表情を浮かべ力強く頷く。
「分かりました。増援が来るまで、貴方方を援護させて貰います」
「急なお願いを聞き届けて貰い、感謝します。既に増援の方は準備を整え此方に向かってきているはずなので、それほど掛からずコチラに到着すると思います。それまで扉が持てば……」
警備担当職員がそれを口にした時、モンスターの流出を押し留めていた扉は大きな音を立て破壊された。警備担当職員と3人組はそれを驚愕の眼差しで見つめながら、その奥から出てくるであろうモンスターを警戒した。
いよいよ、劇も大一番を迎えてきたらしい。
壊された扉から出てきたのは、何と言うか……ゴブリンぽい衣装を身に纏った男子とホーンラビットっぽい衣装を身に纏った女子数名だった。まぁ本物のモンスターを連れて来る事は出来ないのでそうなるのだろうけど、もう少しこう……何とかならなかったのかな?
俺達が前に手芸部と合同で作った熊衣装、相談してくれたら貸し出した……いや、無理か。アレは素材が素材だけに、貸し出しは難しいな。万一壊したり盗難に遭った場合の補償などを考えると、安易に貸し出しは出来ない代物だ。例え俺達が気にしなくとも、借り手がとんでもない負い目を感じることになるだろうからな……。
「こちら正面大扉! 扉が破壊されモンスターが出現した、応援を頼む!」
「こちら裏面大扉! コチラも扉が破られそうだ、すまないが応援に向かうのは難しい!」
「こちらスタッフ専用口前! コチラも扉が破壊されモンスターが出現した! 現在対処中!」
警備担当職員は無線で他の扉前で待機する警備員に応援を頼んでいるが、他の扉も突破されており応援に駆けつけるのは不可能になっていた。
つまり、警備担当職員4人と3人組だけで増援が来るまで防衛線を張るしか無い。
「くそっ! すまない、どうやら応援は当てに出来なさそうだ」
「いえ、他の扉も破られてしまっているのなら仕方がありません。今は目の前の事に集中しましょう」
「そう言って貰えると助かる。予定通り私達が前衛でモンスターと当たるので、君達は援護を頼む。撃ち漏らして、モンスターを町中に行かせる訳にはいかないので、私達が撃ち漏らしたモンスターを優先して叩いてくれ!」
「了解しました!」
そうして遂に、モンスターとの攻防が始まる。
先ずは警備担当職員とモンスターの戦闘が始まり、全員探索者資格持ちらしく、中々派手なアクションがステージ上で繰り広げられ始めた。
「「ウサッ!」」
「「ゴブッ!」」
その鳴き声は如何なんだ?と思ったが、まぁ実際の鳴き声を再現するよりは分かり易いので良いかとスルーしつつ、始まった殺陣を眺める。
モンスター組はモデルのモンスターの動きをまねているらしく、ゴブリン組はある程度連携をしながら手持ちの棍棒を大振りで振り回し、ホーンラビット組は直線的な動きで突撃していく。
「行くぞ!」
「「「おう!」」」
応戦を始める警備担当職員達は、素早く動き次々にモンスター達を倒していく。相応の実力があれば本物でも、連携さえキチンと取れれば一蹴出来る敵だからな。
そして1分程の激しい殺陣が続いた後、モンスター組は全員倒れ伏していた。
「取りあえず、第一波は凌げたな。だが、まだ終わりじゃ無いぞ」
警備担当職員だけで第一波を凌いだ後、汗を拭う動作をしながら漏らしたリーダーの言葉を証明するように、第2陣のモンスター達が扉を潜って出てくる。
第一陣より大柄で精強な姿を持つモンスター、オークとミノタウロスの混成チームだ。
「コレは……俺達だけでは手に余るな。すまないが、次は君達にも戦闘に参加して貰う事になりそうだ」
「大丈夫です。それで、割り振りは如何しますか?」
「君達、ミノタウロスとの戦闘経験は?」
「正直、数度しかありません。20階層近く潜るには時間が無くて……」
申し訳なさげな表情を浮かべながら、ミノとの戦闘経験が薄い事を告げる。学生探索者なら、あるあるの理由だ。だからこそリーダーは軽く頷きながら、次の提案を口にした。
「それでは私達がミノタウロスを抑えるので、君達はオークの相手をしてくれ。オークとの戦闘経験は?」
「オークとの戦闘経験ならあります。最近のダンジョン探索では、主にアイツらを相手にしていますので」
「では、任せるとするよ。出来るだけ素早くミノタウロスを倒すので、危なくなったら遠慮せず声を掛けてくれ。安全第一で頼む」
「了解しました」
という割り振りが決まり、3人組をメインに据えた殺陣が始まる。
因みに3人組の戦闘が始まる前に、警備担当職員役とミノタウロス役の人達はソソクサと舞台袖へと消えていった。3人組の戦闘をクローズアップした、という演出なのだろうな。




