第40話 新技術開発の問題
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木崎の衝撃発言を受け、動揺する出席者達を落ち着かせる為に、久山は小休止を入れ会議を仕切りなおす。10分程の休憩を終え、再び落ち着きを取り戻した出席者達は、会議室に集まった。
「では、報告の続きを聞こう。まずはミスリル関連のプロジェクトから」
「では、私から」
久山に促され立ち上がったのは、言い争いをしていた中年の片割れ。メタボ気味中年の北条だ。
「北条です。私が担当しているプロジェクトは、ミスリルを用いた超伝導トランジスターの開発と利用……つまり、量子コンピュータ開発です」
「プロジェクトの進捗状況は?」
「ミスリルの供給量が不足している事を除けば、進捗状況自体は順調です。既に数パターンの実験機が完成しており、実験結果から試作機の選定作業を行っています」
「実験機の性能は、どの位かね?」
「超伝導トランジスターの開発成功により、数千量子ビットを誇るハードウェアが完成しています。演算速度も、現行のスーパーコンピューターとは比べ物になりません。ただ……」
「ただ?」
北条が口ごもるのを見て、久山は続きの言葉を促す。
「この性能を発揮させるには、超伝導トランジスター制作に合金でない純ミスリルをそれなりの量使用します。供給量が限られる現状では、試作機を作成する為に必要な純ミスリルが足りません」
「……」
「ミスリルの供給量が増えない限り、ミスリル合金を用いた性能の劣る超伝導トランジスターで試作機を作る事になります」
「……どれ位性能が落ちるのかね?」
「量子ビットが一桁は落ちると思って下さい。無論、それでも既存のスーパーコンピューターと比すれば、段違いの演算能力があるのですが……」
「……そうか、余りに惜しいな」
量子ビット数が一桁落ちると言う事は、演算性能に天文学的な差が生じる。最高性能の物が実現出来ているだけに、原料不足で実用化を断念せねばならない事は口惜しい。
「だが、無い袖は振れぬ。ミスリル合金を用いた物で、試作機の制作を進めて貰うしかない」
「……そう、ですか」
「すまんな」
久山は目を伏しながら、ミスリルの追加がない事を北条に告げる。
北条は溜息を一つ吐いた後、報告を終え着席した。
北条が着席したのを確認し、今度は北条と言い争っていたメガネを掛けた中年、宮沢が席を立ち報告を始める。
「宮沢です。私が担当しているプロジェクトは、ミスリルを用いた電力貯蔵システムの構築です。現在ミスリル合金を用いたフライホイール電力貯蔵システムと、コイル電力貯蔵システムの実証機制作を行っています」
「それぞれの性能は?」
「鉄道輸送コンテナ一つ分の大きさで、共に10000kWhの電力貯蔵能力を予定しています」
10000kWh、それだけあれば凡そ2500世帯分の昼間消費電力をカバーでき、太陽光発電や風力発電等の発電量が不安定な再生可能エネルギーを安定供給する事も可能になる。
コアクリスタル発電が普及すれば再生可能エネルギーの需要も減るだろうが、バックアップ電源としての地位は変わらない。
「現在は資源量の関係で、ミスリル合金を用いたシステムを構築していますが、純ミスリルを用いればさらなる電力貯蔵能力の向上が見込めます」
「そうか。……やはり、資源量の問題に行き着くか」
「残念ながら。……それと、あの、やはり?」
「……ああ。ミスリルの追加はない」
宮沢も北条と同様、溜息を吐いて席に着いた。
北条と宮沢の後、他のミスリルを用いた各プロジェクトを担当する出席者達が報告を続ける。超電導電動機プロジェクト、超伝導送電プロジェクト、超伝導電力線プロジェクト、超電導推進機開発プロジェクト……順調な進行状況のこれらのプロジェクトに共通する問題は一つ。ミスリルが足りない、この一言に尽きた。
出席者達の悲痛な溜息が、会議室に木霊する。
「……では次に、オリハルコン関連のプロジェクトについての報告を」
頭を左右に振って未練を振り払うように、久山は次の報告を促す。
すると、長身の青年が席を立つ。
「田尻です。私の担当プロジェクトは、オリハルコンを用いた軌道エレベーター研究です。御存知の様に、オリハルコンは既存の素材を遥かに凌駕する頑強な金属素材です。密度はベースの銅と同様ですが、引っ張り強度はカーボンナノチューブに比しても数百倍……TPaクラスあります。極薄のリボンケーブル状に加工し、静止衛星軌道上から垂らしたとしても自重で破断する事はありません。オリハルコンを使えば、軌道エレベーターの実現は可能です」
田尻の言葉に、本格的な宇宙開発時代の幕開けかと会議室が沸く。
夢物語と思われた、軌道エレベーターが実現可能なのだ。これで騒がないはずがない。
田尻が言いづらそうに、次の言葉を発するまでは……。
「ですが、やはり問題もあります」
「……何かね?」
「軌道エレベーター建設に必要な、オリハルコンの量がまるで足りません」
「……またか」
久山は頭を抱え、出席者達は溜息を漏らす。
技術的問題ではなく、純粋に資源量の問題だからだ。技術的問題であれば出席者達も解決策を見出そうと努力するが、資源量の問題には手が出せない。
「……10万kmのオリハルコン製リボンケーブルを用意するには、オリハルコンが5000tは必要です」
「5000……とてもではないが、そんな量のオリハルコンを用意する事は現状不可能だ」
「……無論、オリハルコンの使用量を減らしたオリハルコン合金の開発は進めていますが、やはり純オリハルコンに比べ強度的に劣ります。軌道エレベーターの安全性を考えれば、大黒柱とも言える最初に使用するリボンケーブルは純オリハルコン製が望ましいでしょう。倒壊のリスクが劇的に減らせます」
「……そうか」
軌道エレベーターの倒壊など悪夢でしかない。リスク回避の為にも、純オリハルコンケーブルの使用は妥協出来無い決定事項とも言える。だがそれは、資源量と言う問題に真っ正面から向き合う事と同義だ。
報告を終えた田尻は、疲れた表情を浮かべながら席に座った。
久山は頭を抱えた。
事前に想定はしていたが、ここまで幻想金属の資源不足が深刻だとは。
「……次、ヒヒイロカネに関する報告を」
「はい。南條です。私の担当プロジェクトは、ヒヒイロカネを用いた既存の内燃機関の性能向上です。現在はジェットエンジンやガスタービン等の高温化に取り組んでいます」
「進捗状況は?」
「順調です。何れの物も飛躍的に熱効率が向上しています。また、周辺機材との兼ね合いもあり無理な高温化は行っておらず、純ヒヒイロカネは使用していません。ヒヒイロカネ合金を使用しても十分な性能を発揮し、ある程度の量産も可能です」
「……おお! 本当かね!?」
散々資源量不足が報告される中で、この報告には久山も喜ぶ。
合金の使用で十分な性能を発揮出来ると言う事は、ヒヒイロカネの使用量を劇的に減らせると言う事だからだ。
「はい。ですが、あくまでも既存の内燃機関の改良であって、ヒヒイロカネの持つ性能をフルに発揮できているわけではありません」
「……そうか」
南條の言葉に、久山は眉をひそめた。
新規開発でなく、既存の物の改良ゆえにヒヒイロカネの使用量が抑えられたと言われたような気がしたからだ。それを証明する様に、南條が席に座るのと入れ替わり別の男が席を立った。
「福原です。私の担当プロジェクトは、ヒヒイロカネを用いた航空機用新型電気推進機の開発です」
「……状況は?」
「順調です。現在開発中の推進機の構成ですが、超伝導モーターを使用したコンプレッサーと、陰極にヒヒイロカネを使用した自己誘起磁場型同軸MPDアークジェットを組み合わせています。1000kWを入力し2000kNの推力を発揮する実験機が完成しています」
「2000kN……200トンの推力を発揮するのか?」
「はい。超伝導コンプレッサーで大気を圧縮し、圧縮大気をMPDアークジェットで電離、ローレンツ力で加速排気させ推力を発生させます。電力がエンジンに供給されている限り、大気を燃料とするので航続距離に制限はありません」
航続距離に制限が無い。その福原の言葉に、会議出席者達の間にどよめきが巻き起こった。
久山は動揺を抑える様に一度小さく深呼吸をし、気持ちを落ち着けた後に疑問点を投げかける。
「高性能なのは大変結構なのだが、エンジンを稼働させる電力は何処から持ってくるのかね? 航空機に搭載可能なAPUなどの発電機では、MW級の電力を生み出すのは困難だぞ?」
「はい。確かにその問題はあります。先程報告された超伝導電力貯蔵システムを使ったとしても、数時間の動作が良い所でしょう」
「……では、完成させたとしても使いようが無いではないかな?」
「確かに現状のままでは、その通りです。ただし……」
福原は手元の端末を操作し、会議室のモニターにとある映像を表示する。
「現在、ヒヒイロカネを用いた別プロジェクトが開発中の新型熱電変換素子です」
「熱電変換素子?」
久山を始め、会議主席者達は不思議そうに首を捻る。
福原の報告している新型推進器との関係が、イマイチ理解できないからだ。
「従来の熱電変換素子は変換効率が10%を僅かに越える程度の大規模発電には使えない物ですが、幻想金属を使用した新型熱電変換素子は変換効率99%を誇ります。純ミスリルと純ヒヒイロカネを使いますが、常温から超高温まで幅広く使用出来る素子です」
「「「「はぁ!?」」」」」
「コアクリスタル発電と、この熱電変換素子を併用すれば、小型超高出力ジェネレーターが開発可能です」
驚きで動揺する出席者を尻目に、福原は再び端末を操作し新型ジェネレーターの概念図をモニターに表示する。概念図には、クラシックな圧力鍋の様な外観をしたジェネレーターの姿があった。
「ご覧の様に、アダマンタイトコーティングされたオリハルコン製の圧力容器に水とコアクリスタルを投入し、水を超臨界状態で維持し発熱を確認したら新型熱電変換素子を用いて電力を取り出します。オリハルコンを用いる事で超高圧になる圧力容器を小型軽量化でき、アダマンタイトコーティングを施す事により超臨界流体による腐食を抑えますので、家庭用圧力鍋程度の大きさで1万kw程度の発電能力は得られるかと……」
「……実用化の目処は立つのかね?」
「実際に試作品を作成し実験してみない事には明言は出来ませんが、理論上は可能です。ただ、幻想金属を使用するので……」
「また、資源不足か」
久山は溜息を吐きつつ、会議出席者達の顔を見回す。
その久山の視線に込められた意味を感じ取った出席者達は、一斉に顔をそらした。
「ふぅ……、暫く新型ジェネレーターの試作は御預けだな」
「そう、ですね」
「材料が揃い次第、試作に移れる様に準備をしておこう。ふぅ、また新規プロジェクトを立ち上げねばならんな……」
久山は頭を抱えながら新規プロジェクトの予算を確保する為、財務省との予算交渉の予定を頭の中で組み始めた。
そして出席者達も、新たなライバルと言う幻想金属の奪い合い手の誕生に溜息が漏れる。
「そう言えば、君の報告が途中だったな?」
「はい。現在は新型電気推進器は飛行速度に合わせ、ラムジェット/スクラムジェットに切り替えられる様にする為の研究を行っています。これが完成すれば、スペースプレーン用のエンジンとしても使用出来ます」
「……それも、ジェネレーターが完成すればの話だな?」
「はい。新型推進器とジェネレーターが完成すれば……そうですね。例えば地上の空港から発進し、自力加速で大気圏を離脱。宇宙空間で活動した後、大気圏に再突入し発進した空港に戻ってくると言う事も可能です」
「そうか……ますますジェネレーターを開発せねばならんな」
「はい」
久山は頭が痛そうに、額に手を当てため息を吐く。
福原もそれ以上は何も言わず、席に座った。
出席者達が落ち着いた頃を見計らい、久山は最後の報告を促す。
「……最後に、アダマンタイトについての報告を聞こう」
「はい。篠山です。私の担当プロジェクトは、アダマンタイトを用いたコーティング技術の開発です」
「状況は?」
「順調です。アダマンタイトを薄箔化する事には成功していますので、現在はメッキ加工の技術開発を行っています。そして既に、幾つかの手法は確立間際です」
「なる程……資源量に問題は?」
「特には。確かに全体としての資源量自体が少ないのですが、コーティング剤としての1回当たりの使用量は少ないので問題はありません」
「そうか」
篠山はそれだけ言うと席に座った。本当に問題はないようだ。
久山はその様子に安堵の溜息を吐き、会議を締めようとする。
「さて、諸君。皆の報告を聞いた結果、各プロジェクトの進捗状況自体は順調である事が分かった。共通する問題が、幻想金属の確保だと言う事も……」
「資源の取得量の増加は見込めないのですか?」
「現状では無理だな。幻想金属が取得出来る階層まで潜れる探索者の数が、少なすぎる。民間の探索者が増えれば話は変わるのだが……」
「現状では……難しいでしょうね」
「そうだな。入場規制を掛けた御陰で民間の探索者も潜行階層数を伸ばしてはいるが、幻想金属が取得出来る階層に到達するには、後数カ月は掛かるだろう。それまでは量産化に必要な量の、幻想金属の確保は難しいだろう」
久山のその言葉に、出席者達は諦めにも似た溜息を吐く。
「幻想金属の必要量が揃えば、即量産が可能……そう言う段階まで各プロジェクトを進めて置いてくれ。技術開発で、他国に後れを取る訳にはいかんからな」
「「「「はっ!」」」」
「では、これで会議を終了とする。各員、より一層の活躍を期待する」
久山の閉会の言葉を合図に、各出席者達は会議室をゾロゾロと後にする。
一人会議室に残った久山は、机の上に置かれた冷め切ったコーヒーを一口啜って深い溜め息を吐く。
「無い袖は振れぬ、か。……全く、国家プロジェクトだと言うのに、貧乏ったらしい事だな」
エセ科学のトンデモ理論pt2、幻想金属の利用法の話です。
深く突っ込んで貰わないで貰えると幸いです。
簡単な用語解説
KWh(キロワット/時)……電力の単位。TPa……圧力・応力の単位。KN……力の単位。
超伝導体……電気抵抗が0の物質。量子コンピューター……凄い計算機。超伝導トランジスター……超伝導体を使った半導体素子。フライホイール……電気を貯めるコマ。超伝導電動機……モーター。超電導推進機……船用のプロペラの無い推進機。軌道エレベーター……地表から宇宙まで続くエレベーター。カーボンナノチューブ……炭素で出来た凄い繊維。自己誘起磁場型同軸MPDアークジェット……電気で動く推進器。熱電変換素子……熱を電気に変換出来る素子。超臨界流動体……沸騰しない水。




