第420話 無茶振りは止めてくれない?
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沙織ちゃんに案内されながら、俺は教室の一角に設置されているチャレンジコーナーへと移動した。チャレンジコーナーのテーブルの上には幾つかの仕掛けのパーツと、完成品見本の写真が置かれており、どういった配置で組み合わせて使うのかが示されている。
そして俺は、隣の挑戦者が時間内に成功出来ずに無念気な声を上げている横のテーブルの前に立った。
「次の挑戦者さんを連れて来たよ。私の部活の先輩なんだ」
「えっと、沙織ちゃんの先輩というと……」
「うん。その先輩の一人で美佳ちゃんのお兄さんだよ」
「……そう」
チャレンジコーナーの担当をしている女の子に沙織ちゃんが話し掛けると、女の子は少し驚いた様な表情を浮かべながら俺の顔を確認してくる。まぁ1年生からすると、色々な意味で有名人だからな俺達。
そして俺の顔を数秒見詰めた後、その女の子は俺に向かって軽く頭を下げながら軽く緊張した面持ちを浮かべながらお礼の言葉を掛けてきた。
「ありがとうございました、九重先輩」
「? どういう事? 急にお礼なんて……」
「あっ、いえ。先輩達のお陰で助かったので、お礼をと思って」
「?」
見知らぬ下級生の女の子から突然のお礼に困惑気な表情を浮かべながら首を捻っていると、女の子の事情を知っている沙織ちゃんが小声で事情を説明してくれようとした。軽く制服の裾を引っ張られ耳を貸してくれといった感じのジェスチャーをされたので、俺は軽く体を傾け沙織ちゃんに耳を寄せる。
そして沙織ちゃんは口元を手で隠しながら、女の子が感謝の言葉を口にした事情を説明し始めた。
「あのですね。実は彼女、誕生日が7月だったんですよ」
「7月……ああ、なるほど。そういう事か」
「はい。ですので、丁度体育祭前の頃には例の話を持ち掛けられていて困っていたんです」
「だから、ありがとうって事か」
俺は沙織ちゃんから事情を聞き、女の子に視線を向けると今の話に同意するように軽く苛立った感じを滲ませる表情を浮かべながら頷いた。今の表情からすると、相当面倒な勧誘を掛けられてたんだろうな。そんな折に俺達がやらかしたお陰で、勧誘活動も止まったって感じなんだろう。
確かにそんな状況だったのなら、顔を合わせたこの機会に感謝の言葉の一つぐらいは伝えておきたくなるという物だろうな。
「取りあえず、お礼の意味は分かったよ。でもまぁ、予想外の結末に行き着いちゃったから、俺としては感謝されるのはちょっと……っていった所かな?」
「あっ、はい。そう、ですよね。でも、私が困っている所を助けられたという事は本当ですから……」
「うん、分かってる。だから、そこの分は素直に受け取っておくよ」
「はい」
もうちょっとスッキリとした結末に落ち着いていたのなら、彼女の感謝も素直に受け取ることも出来たんだけどね。流石に中退者が大量に出る結末に陥っていると、さ。ある意味で根本的な解決に至ったけど、後味の悪い結末に違いは無い。
そんな感じで若干暗い雰囲気が漂い始めた時、沙織ちゃんが軽く手を叩き場の雰囲気を振り払いながら声を掛けてくる。
「二人とも、その話はそこまでにしておこう。それよりも、そろそろゲームの説明を進めないと後が詰まっちゃうよ?」
「! そ、そうだね」
「あっ、うん。じゃぁ説明をお願いするよ」
「はい!」
女の子はテーブルの上に4枚の完成見本の写真を並べ、それぞれの仕掛けについて説明を始めた。
「このチャレンジコーナーでは、難易度で分かれた幾つかの仕掛けが用意されています。コチラの完成見本の写真にある様に、初級・中級・上級・最難関の4つです。どの難易度でも制限時間は90秒、時間内であれば何度挑戦して頂いてもよろしいので、各難易度毎に用意されたパーツを使い制限時間以内にコチラの球をゴールまで運んで下さい」
女の子は仕掛けに使うパーツを指差しながら、赤いゴムボールとゴールと書かれた紙コップを俺に見せる。
「成功すれば、それぞれの難易度毎に設定された景品が贈られます。また、失敗しても参加賞が贈られますので、頑張って下さい」
「挑戦出来るのは、1人1回なのかな?」
「次の挑戦者さんがおられないのであれば、連続で挑戦して頂いても構いません。とは言っても、限度はありますけど……」
「ははっ、それはそうだね。余り熱中しすぎて迷惑客扱いされるのは、俺もヤダよ」
こういった類いのゲームではたまに出るからな、その手の迷惑客。何度挑戦しても成功せず、頭に血が上って意固地になり周りが見えなくなってるヤツ。店員も周りの客もしらけきった眼差しを向けてるのに、本人だけが気付かず無様を晒し続ける。
折角の文化祭、俺はそんな迷惑客にはなりたくない。
「それで、どの難易度の仕掛けに挑戦されますか?」
「こういう場合のお約束として、最難関に挑戦するものなんだろうけど……成功者って居るの?」
「ははっ。結構なお客さんがそのお約束に従って挑戦されてるんですけど、今の所成功者はいないみたいです。ウチのクラスの者も事前テストで挑戦してますけど、何度も練習した者が数回やって1度成功するって難易度です」
「そういった難易度か……じゃぁ一発勝負で成功ってのは難しそうだね」
お祭りでは、この手のお約束は守るべきなんだろうけど……失敗の可能性が濃厚なのにやるってのは如何なのだろう? 中級辺りを手堅くせめて景品を貰うってのもありだろうが、どうせお祭りだからと挑戦するのも良いんだろうし……悩むな。
俺がどの難易度の仕掛けに挑戦するか悩んでいると、再び隣に居る沙織ちゃんに制服の裾が引かれる。何だろうと顔を向けると、そこには期待で輝く沙織ちゃんの顔が飛び込んできた。
「先輩なら、最難関でもクリア出来ますよね?」
「えっと……えっ?」
何か、凄い信頼と期待がされてるんだけど? 俺が本気?と疑いの眼差しを沙織ちゃんに向けると、沙織ちゃんは軽く視線を逸らしながら高すぎる期待の事情を話してくれた。
「えっと、実は余りにも成功者が居ないので、景品惜しさに難易度を高くして成功させる気が無いんじゃ無いか?ってクレームがチラホラと出てるんですよ。確かに難しいですけど出来ない事は無い、って証明したいんですけど……」
「けど?」
「事前のテストで成功させたことがある子達でも、お客さんの目がある所だと緊張するのか何度やっても成功しなかったんです。そのせいで余計に、絶対に成功出来ないって疑いの目が……」
俺はチラリと視線を担当の女の子の後ろに置かれている景品コーナーに向けると、確かに最高難易度の時に渡されるであろう景品はかなり豪華なモノだった。具体的に言うと、大きな籠盛のお菓子詰め合わせだ。個人で食べきるには多いだろうが、文化祭の打ち上げで差し入れにするには丁度良い量だろう。
……確かにアレなら、景品を取れるお客がいなかったから仕方なく自分達で処分しているんだ、という体にしようとしていると思われても仕方ない。
「つまり、俺に景品が取れるという事を証明して欲しいと?」
「はい。私が知っている中では先輩達が一番取れそうな気がするので、お願い出来ないかな……って」
「うーん」
正直、何かを壊せとか何か大きな物を運べという課題なら、多分出来ると安請け合いしても良いのだが、この手の細かい作業となると出来ると即答は出来ない。レベルアップの影響か、器用度が増しているような気はしないでも無いが、練習無しの一発勝負でとなると……ね?
俺は一発では無理だと言いたいのだが、こうも期待の眼差しを向けられると簡単に無理ですとは言いづらい。なので……。
「練習無しなんだし、失敗しても文句は言わないでよ?」
「ええ勿論。でも、今の所は挑戦者も少なくて空いてるので、何度かは挑戦出来ると思います」
「……」
それはつまり、数回の内に成功して下さいね!という事かな? コレって、練習無しでは、一発では無理、という逃げ道が潰されちゃったって事だよね?
俺と沙織ちゃんの話を聞いていた担当の女の子も、何時の間にか期待の眼差しを俺に向けてきていた。コレは……もう逃げられないよな。
「先輩なら出来ますよ」
「……分かった。でも、期待はしないでよ?」
「頑張って下さい!」
コレは……話聞いてる?
俺は若干諦め気味の溜息を漏らしながら、担当の女の子に最難関の仕掛けに挑戦する事を伝えた。
「分かりました、最高難易度の仕掛けですね。準備するので少しお待ち下さい」
「あっ、うん。よろしく」
担当の女の子はテーブルの上に広げた他の写真をどけ、仕掛けに使う幾つかのパーツを手早く並べていく。角度のついた木の板が5つとスタンドの付いた立て輪が1つ、ゴールの紙コップと球が10個だ。
そして最後に、完成見本の写真を俺に手渡し説明を始めた。
「では説明します。この仕掛けでは球が5つの板を跳ねた後、輪っかを潜り紙コップの中に球が入ればクリアと言う仕掛けです」
「この仕掛けでは、必ず球が板に当たって跳ねないといけないのかな?」
「はい。必ず5つの板で跳ねさせて下さい。全ての板で跳ねなかった場合は、失敗となります」
「なるほど、コレを90秒以内にか……難しいね」
確かにコレなら、未だにクリア者が出ないと言うのにも納得がいく。板の設置場所に角度、球を投げる力に跳ねる角度、更に輪を潜ってゴールまでと……時間を掛け調整すべき要素が多い。こんな物を90秒という時間内にやろうと思えば、焦りに焦ってミスが連発し挑戦者達が失敗するのも当然だ。
えっ? コレを俺が一発で成功するって思われてたの?
「球は10個しか無いの?」
「はい。あまり球が沢山あると、適当に全部投げてしまえば偶然……って考える人がいましたから。そうすると仕掛けを楽しんで貰うという、ウチの出し物の意味が無くなってしまいます」
「ああ確かに、球が一杯あったら数打てば当たるって考える人も出てくるね、絶対」
「はい。一つ一つ仕掛けを調整し、失敗を検討して成功を導き出す。それがこの手の仕掛けの醍醐味ですから」
担当の女の子は楽しげに仕掛けの醍醐味を力説してくれるが、俺は密かに溜息を漏らす。言いたい事は分かるが、流石にこの難易度の仕掛けを短時間で成功させろというのは、無理難題過ぎる。せめて、ゴール前の立て輪は除外した方が良くないか? アレがあるだけでも、難易度が爆上がりしてるぞ。
俺は小さく頭を振って雑念を払った後、担当の女の子に声を掛ける。
「分かった。じゃぁ早速始めようか?」
「はい、それでは始めさせて貰います。制限時間は90秒、カウント5から始めさせて貰います」
担当の女の子の声を聞きながら俺はダンジョンでモンスターと戦う気概で集中力を高め、完成見本の写真を凝視し仕掛けの相関配置を記憶していく。
「では始めます。5・4・」
視線を写真から外しテーブルの上に向け、記憶した仕掛けの相関配置をイメージし微調整する。
「2・1」
テーブルの上に置かれた仕掛けの実物を確認し、更に相関配置のイメージを修正する。
「0、スタート!」
担当の女の子の声を合図に、俺はイメージした相関配置に仕掛けを設置し始めた。
イメージした場所に仕掛けを設置、テーブルの上の時計を確認すると5秒と掛からず終了していた。俺の迷いの無い配置の早業に、沙織ちゃんも担当の女の子も小さく驚きの声を上げる。
まぁ一度も練習した事が無いヤツが、一切の迷いも淀みも無く正しいと思える設置をすませれば驚きの声の一つも上がるという物だろう。
「「凄い」」
しかし、時間も無く周りの驚きの声に反応する時間も惜しいので、俺はさっそく最初の球を手にとる。最初の一球目は様子見だ。条件を一定にする為にリリースポイントを決め、軽い力で最初の板を目掛け球を指で弾き飛ばすようにして投げる。
球は最初の板に当たると勢い良く跳ね、2枚目、3枚目と跳ねていくが、最初に当たった位置が悪かったのか4枚目の板で跳ねた後、5枚目の板を外れた。
「「ああ」」
残念気な声が上がるが、俺はその声を無視して位置がズレた板の配置を手早く直していく。ココまでの工程で15秒。最初の5秒と合わせ20秒が経っているので、残り70秒。細かいロスも考えれば、あと4回は時間内に挑戦出来るだろう。
俺は頭の片隅でそんな事を考えながら、1回目の失敗を検証。現段階で考えられる原因は、弾く力不足と最初の球が当たった角度だろうと推測し、素早く2回目の検証を開始する。
「「っ!?」」
2回目は1回目より強く球を弾き出したが、最初の当たった角度が悪かったのか、5つ目の板まで到達した球は立て輪のスタンドを掠めるように通り過ぎた。
俺は素早く板の配置を直して2回目と同じ力で球を弾きだし、角度を調整し直した位置に当てる。
「「ああ、惜しい!」」
球は輪を潜り抜け紙コップまで到達したが、弾く力が強すぎたのか角度が悪くカップの奥の縁に当たって弾かれた。だが、コツは掴んだ。
俺は手早くズレた板の配置を直し、3度の検証で調整した力で球を弾き、3度目と同じ角度で板に球を当てる。万全の調整を施した球は想定した軌道で跳ね続け、狙い違わずゴールの紙コップへと吸い込まれていった。
「「おおっ!?」」
「「凄ぇ!」」
チャレンジの成功を祝うように、教室全体から歓声が上がった。俺は時計を見て制限時間以内である事を確認し、息を吐き緊張を解く。残り時間30秒、成功である。
どうやら、俺は沙織ちゃんの期待に応えられたみたいだな。




