第419話 1年の教室へ行ってみよう
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母さんの来店後、俺の担当時間中に他の知り合いは来なかった。館林さん達から聞いた話からすると、ウチにも知り合いの外来客やスカウト名目の人が来るかもと警戒していたが、幸か不幸かそういった人物は来ず平穏無事に担当時間は終了。午前組とお昼組の交代時間になった。
また交代組の皆も時間前に集まっていたので、交代はスムーズに行っている。
「引き継ぎの連絡事項は以上よ」
「了解。特に問題は無いみたいね」
「ええ。BGMの件は急遽になっちゃったけど、事前に連絡は入れて了承は貰ってるから。その子に頼んでね」
「その件はウッカリしてたわ。確かに、何もBGMが無い静かな店ってのは片手落ちだったわ。アレだけ話し合ってたのに、何でそこまで考えが回らなかったのかしら……」
東さんと引き継ぎの遣り取りをしているのは、一緒になってクラスの出し物の準備をしていたお昼組のリーダーである女子生徒。BGMの件を聞き、不甲斐なさ気な表情を浮かべながら大きな溜息を漏らしていた。まぁこういうのは事前にどれだけ話し合っていても、実際にやってみないと気付かない部分というモノがあるからな。
役所への申請ミスや商品の搬入ミスなどの致命的な問題では無く、すぐにリカバリー出来る問題だっただけマシだよ。
「まぁ、今の所大きな問題は出てないから、気負わずにやってくれれば良いわ。来てくれるお客さんだって、私達が慣れてないことは知ってるから」
「簡単に言うわね……でも、了解」
「じゃぁ、お昼からよろしくね」
という訳で、大きな混乱も無く引き継ぎ作業は終了した。交代時間確保の為に新しいお客さんは受け入れずにお待たせしてるので、当番が終わった俺達は早々に退出するとしよう。
だが、まぁその前に……。
「お疲れ様、柊さん。ウチに来てくれた館林さん達から聞いたよ、部室の方が中々大変な事になってたらしいね……」
「お疲れ様、九重君。ええ、そうなのよ。ウチの出し物を見に来てくれた、普通のお客さんだけなら良かったんだけど……」
「そうじゃ無かった?」
「ええ」
柊さんは疲れた様な表情を浮かべながら、本当に迷惑そうに愚痴を漏らす。
「どうも以前、学校経由で私達にスカウトの話を持ち込んできた所の人達だったらしいのよ」
「ええっ? それホント? じゃぁ、断った腹いせ?に乗り込んできたって事?」
「腹いせ……かは分からないけど、直接顔を見てやろうって感じかしら? ウチの部の出し物そっちのけで、何で話を断ったんだって話し掛けてきたから……」
「うわぁ……」
流石にそれは、非常識な行動じゃ無いか? せめて出し物の内容を見た後、感想交じりに……といった感じの方が良い。与える印象が段違いだからな。一応今回の発表内容は探索者関連全般をあつかった物なので、感想の流れで俺達の探索者活動について触れるというのは自然な流れだ。今回の発表には、実際の探索者で無いと知りえない体験談とかも書いてるからな。
それらを一切合切無視して、スカウト関係の話をしてくるって……。
「ああ、でも安心して。流石にそんな非常識な事するような人達が、何時までも校内に野放しにはされたりしてないから」
「? どういう事?」
「ウチの騒ぎを聞きつけた生徒から実行委員会や教員の方に話が行ったみたいで、スカウト話をしてた人は全員お引き取り願えたから。多分、もう学校の外に放り出されたんじゃ無いかしら?」
「ははっ、それは……安心だね」
どうやら対処済みらしい。余程相手をするのが面倒くさかったのか、柊さんは凄い良い笑みを浮かべていた。
「それと特に問題ないのだけど、ウチの生徒の親御さんが多く見に来てたわ。特に九重君の発表を、皆熱心に見ていたわね。何人かは、表情が引き攣っていたけど……」
「ああ、アレね。事と次第によっては数ヶ月後には問題になる内容だし、子供の探索者活動の詳しい話を聞いてない親の関心を引いたって所かな? 引き攣ってた人は……子供のお金遣いの荒さとかで心当たりがあったのかもね」
「そうね。親の知らない内に子供が扶養控除の枠を大きく越える収入を得ていた、そんな事になっていたら会社勤めだと年末調整とかが大変だもの」
申請直前になって知らされるのなら最悪一歩手前だが、申請後に発覚となると修正手続きが七面倒くさくなる。最悪、年明けに確定申告の書類が子供に届き……とでも成ると、うん。そういう事だな。
今年は子供が学生探索者をしている家庭で、その手の問題が多く出るかも……。
「それと九重君が用意してた配布プリント、結構好評で来てくれた親御さんが皆持って帰っていたわ。私が交代する前には半分近くなくなってたから、後で追加のプリントを用意した方が良いかも……」
「ああ、アレね。了解。後で部の方は様子を見に行くから、その時に追加分を持って行くよ。職員室のコピー機、使わせて貰えるかな?」
「大丈夫じゃ無いかしら。何人かの先生は職員室に詰めてるでしょうから、事情を話せば使わせてくれるはずよ」
「じゃぁ後でコピーして、部の方に持って行くよ」
追加で50部ぐらい刷れば足りるかな?
ああでも、柊さんの話を聞くにもう少しあった方が良いか?
「お願い。もし保護者の間で話が回ってたら欲しがる人が増えるかも知れないから、少し多めに刷っておいた方が良いかもしれないわ」
「多めね、了解。多めに100部も刷れば、足りるだろう」
「そうね。午前中の勢いを考えると、そのくらいあった方が良いかもしれないわ。親御さんだけじゃ無く、話を聞いた生徒の方も欲しがるでしょうしね」
「本当は、探索者やってる生徒全員に配った方が良い類いのものだからね」
そして柊さんと情報交換をした後、俺は一緒に担当した午前組の皆に挨拶してから教室を後にする。
さぁて、コレから自由時間だ。まずは、どこから見て回るかな……。
教室を出た俺はまず、美佳達のクラスの出し物の見学に向かう事にした。時間切れで見に行けなくなった、とかって言ったら怒るだろうからな。先ずは確実に回っておかないといけない所から回った方が良い。
というわけで、早速1年生のクラスがある階に来たんだが……。
「……あらためて見ると、どこのクラスもかなり凝ってるな」
俺の眼前には、派手な装飾付けされた壁や入り口が目に飛び込んでくる。廊下には作り手の拘りを感じる立て看板や、ポップが所狭しと設置されていた。一目で何の出店か分かるクラスもあれば、派手に飾り付けしすぎて何の出店なのか分からないクラスもある。
今年の1年生は色々あったせいか、ドコのクラスも思いっきり楽しんでいるみたいだ。
「まぁやる方も楽しんでいるのは良いことだな、うん」
俺はクラスの前で客引きをしている1年生の後輩達の誘惑を躱しながら、目的の教室へと向かって足を進める。その道中、中々興味を引かれる出し物をしている教室があったので、後で回ってみるのも良さそうだ。
そんな事を考えつつ俺は目的地、美佳達の教室へ辿り着く。
「ココだな」
美佳達の教室も他の教室と同じように、紙の造花等の装飾で飾り付けられており、ちょっとばかり聞いていた出店の内容とチグハグなのでは?と思った。花飾りで埋め尽くされている扉って……カラクリ装置の出し物なら、もう少しそれっぽい装飾は無かったのだろうか?
例えば扉に誰でも遊べる様にしたコイン落としの仕掛けを付けて、お客さんの興味を引くとかさ……。
「うん、まぁ取りあえず入るか」
俺は色々突っ込みたいのを飲み込みながら、教室の扉に手を掛け開く。扉が開く大きさに比例し、部屋の中の騒ぎ声が聞こえてくる。
歓喜の声や悲鳴のような声が聞こえるので、教室の中では成功と失敗が繰り広げられているらしい。
「残念、タイムアップです!」
「ああ、クソ! あと一カ所だけだったのに!」
「コチラ参加賞になります」
教室の一角で、男子生徒が悔しげに地団駄を踏んでいた。
「お見事、成功です!」
「やったぁ!」
「コチラ成功の景品になります」
別の一角では、女子生徒が喜びの声を上げている。
どうやら、お客さん参加のゲームがあるらしい。
「あっ、先輩、来てくれたんですか?」
「あっ、沙織ちゃん」
俺が入り口に立っている事に気付いた沙織ちゃんが、俺の側に寄って声を掛けてくる。接客衣装か、どこかホームセンターの店員さんを彷彿とさせるエプロンを身につけていた。
カラクリを使う出し物なので、それを意識した結果かな?
「美佳が随分頑張ってる様子だったからね、その成果は見てやらないと」
「そうですか。美佳ちゃんは午前中の担当だったから、今は居ないんですよ」
「聞いてるよ。丁度同じタイミングで、クラスの出し物担当だったからね」
「美佳ちゃんは今が自由時間の筈なんで、もしかしたら先輩のクラスを見に行ってるかもしれませんね」
そうだったら行き違いになってしまったという事になるが、どうせ後で部の出し物の方で一緒に担当するので、まぁ良いだろう。
俺は沙織ちゃんに案内され、教室の中へと進む。
「どうぞコチラへ、先ずは展示されている仕掛けの紹介をしますね」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「はい! じゃぁまずは……」
俺は沙織ちゃんの説明を聞きつつ、展示されているカラクリ装置を見学していく。
どうやら教室の中央に鎮座する大型のカラクリに使われている仕掛けを、小分けして各構造を説明していくスタイルらしい。まぁいきなり全部総まとめのカラクリ仕掛けを見せられるより、ドコにどんな仕掛けが使われているかを事前に説明されておく方が、見るべきポイントを見やすい。
まぁ初見の感動は薄れるかも知れないけど、もう一度見たいと言われてもすぐに準備出来るような物でも無いし妥当な所だろうな。
「へぇ、こういう仕掛けもあるんだ」
「そうなんですよ。今回の出店の企画の為にこう行った仕掛けを調べていくと、今まで見たことが無い様なモノが色々出てきたんです。でも制作難易度が高かったり、成功率が低い仕掛けは結構弾いてるんですよ、コレでも」
「コレも結構成功率低そうに見えるけど……」
「角度調整が難しいだけで、1度決まってしまえば成功率はそう低くありませんよ」
俺は沙織ちゃんの説明を聞きながら、目の前の仕掛け……斜めに角度のついた空き缶の上をピンポン球が跳ねながら進んでいく仕掛けを感心しながら見ていた。
簡単そうに角度調整が難しいだけって言うけど、コレが成功するまでにはかなりの回数試して見ないと最適解なんて分からなかっただろうな。
「こんなのまだまだ序の口ですよ、次の仕掛けを説明しますね」
「ああ、頼むよ」
沙織ちゃんに手を引かれながら、俺は次の仕掛けを説明して貰う。
ただし、次の仕掛けの説明の為に沙織ちゃんに手を引かれた時に視線を感じた。
「……」
「如何かしました?」
「いや、何でも無いよ」
沙織ちゃんに何でも無いよと装いつつ、軽く視線を移動させ辺りを観察してみると、教室で店員をしている生徒達から忌々しげな眼差しを向けられていた。
ただし、忌々しげな眼差しだけで無く、恐れ警戒しているような眼差しや感謝の眼差しも向けられている。コレは……アレだな。集団中退事件や体育祭の余波だ。
「そういえば沙織ちゃん、文化祭は楽しい?」
「えっ? あっ、はい! 勿論、楽しいですよ!」
「それは良かった。色々あったから、心配してたんだよ」
「ははっ、そうですね。色々ありましたから……」
向けられる視線の意味を確認する為、わざとコレまでに起きた色々について話題に上げてみると、各々違った反応を示す。居心地悪げに視線を逸らす者、何かを思い出し忌々しげに薄く表情を歪ませる者、小さく溜息を漏らしつつドコか呆れた様な表情を浮かべる者。
どうやら俺達の与えた影響は、俺達が思っている以上に当事者であった1年生達に影響していたらしい。まぁ混乱を収めたのも、混乱を起こしたのも俺達が原因だからな。どう接して良いの分からず、遠巻きに見ているしかないって感じか。
「それはそうと先輩。中央の仕掛けはもう少し時間を置いてから動かす予定なんですけど、まだ時間がありますからゲームをしながら待ちませんか?」
「ゲーム?」
「はい。制限時間以内に、指定された仕掛けを成功させたら景品が貰えるってゲームです。仕掛けの難易度によって、景品の種類が変わります」
「へー、面白そうだね。やってみようかな」
一通り展示されている仕掛けの説明をして貰った後、俺は沙織ちゃんに誘われるままお客さん参加型のゲームコーナーへと移動する。先程から沢山の悲喜感嘆の声が上がっている所だ。
こういう場合、最高難易度のゲームに挑戦するのがお約束かな?




