第417話 さっそく厄介事の予感が……
お気に入り34450超、PV87420000超、ジャンル別日刊54位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
文化祭実行委員長の開催宣言と同時に、学校のアチラコチラから賑やかなお客さんを呼び込む声が響き始めた。まだ開催直後なので外部のお客さんは入ってきていないだろうから、早速気の早い自由時間組の学生達が動き始めたという事なのだろう。
現にウチのクラスの自由時間組も、午前組に一言断りを入れてから教室を出ようとしていた。
「自分の交代シフトを忘れないようにね!」
「「「はーい」」」
そして東さんの注意の声を背に、自由時間組は文化祭を満喫しようと各々の興味が赴くままに学校のアチラコチラへと旅立っていった。
まぁ、すぐ隣の教室から歓迎の声が聞こえたので、近場に駆け込んだ輩もいたみたいだけど。
「さてと。それじゃぁ皆、お客さんを出迎える準備をしましょう。ウチのような喫茶店にすぐに来るお客さんがいるかは分からないけど、いつ来ても大丈夫なようにね」
「了解。飲み物の方は、お湯も既に沸いてるから大丈夫だよ」
「デザートも幾つかは解凍し始めてるから、お客さんが入る頃には丁度良くなってると思う」
「飾り付けも確認したし、出迎えの準備は大丈夫よ」
自由時間組が居なくなり少しガランとした教室の中を見て回り、出迎え準備の最終確認を行う。ウチのクラスは喫茶店という形式上、開催と同時にお客が来店という事は少ないだろうが、東さんが言う様にいつお客が来てもいいようにはしておかないとな。
セオリーを無視している俺……とかいう、変わり者というのは何処にでも居るものだ。
「じゃぁ、後はお客さんが来るのを待つだけね……呼び込みとかもした方が良いのかしら?」
「した方が良いのかも知れないけど、まだ良いんじゃないかな? やっぱり皆、最初は色んな所を見て回りたいだろうしさ」
「賛成。三〇分位待ってもお客さんが来なかったら、それからしたら良いんじゃないかな? 余り早くからやっても、入って貰えなさそうだしさ……」
「それもそうね。じゃぁ皆、何時お客さんが来ても良いようにしつつユックリ待ちましょう」
既にお客さんが入ってるだろうクラスから上がる歓声を耳にしつつ、俺達は何時でも接客出来るようにしつつ雑談で暇を潰しながら待つ事にした。
何時お客さんが来るのかと不安ではあるが、早く来てくれると良いんだけどな。
文化祭が始まって10分ほどし、最初のお客さんが来店する。最初のお客さんは、クラスメートの女子が所属する部活の後輩女の子2人組だった。
そっと教室の中を覗き込む2人組に対し、最初の御客様という事で俺達は息を合わせお決まりの台詞を口にする。
「「「いらっしゃいませ!」」」
東さんの練習の成果が出たのか、思わぬ大声が出た。
そのせいでお客さん2人組が一瞬、驚いた様に体を震わせ驚きに目を向けてきたのはご愛敬だろう。
「いらっしゃい! ささっ、そんな所にいないで入って入って!」
当然、接客はその後輩の先輩に当たるクラスメートで、驚き微妙に腰が引けている二人組を教室の中へと誘う。誘われた2人はおっかなビックリといった様子で後に続き、案内された席へと腰を下ろす。
周りに自分達以外に誰もいないという状況に、2人は若干挙動不審げに辺りの様子を不安げな表情を浮かべながら伺っていた。まぁ幾ら仲が良い先輩がいるとはいえ、上級生のクラスに乗り込んでいるって状況は緊張するからな。
「良く来てくれたわね、貴方達がウチの最初のお客さんよ!」
「えっ? 先輩、私達が最初なんですか?」
「ええ。もう少ししたらお客も増えるだろうとは思うけど、文化祭の初手で喫茶店ってのは中々いないと思うわよ」
「……そう、ですね」
それは言外に、折角来てくれた後輩2人組が変わり者だと言って無いかな? 本人は何の気無しに言っているようだが、後輩2人は何かを察した様に微妙に表情が引き攣ってるぞ?
そんな後輩2人の様子を察しないまま、クラスメートは和やかな笑みを浮かべながらメニュー表を差し出す。
「はい、メニュー表をどうぞ」
「ありがとうございます」
「本日のオススメは、紅茶とクッキーのセットです」
メニュー表を受け取った後輩2人は少し悩んだ後、先輩のオススメする紅茶セットを注文した。まぁ先輩にお勧めされたら、後輩としては中々断り辛いよな。
「紅茶セットを2つですね? ご注文承りました、少々お待ち下さい」
注文を受け取ったクラスメートは軽く一礼した後、素早くパーテーションで区切った調理コーナーへ向かった。そして若干居心地悪そうに後輩2人が待つ事数分後、トレーに紅茶セットを乗せたクラスメートが出てきた。その姿を見て、ホッとした表情を浮かべる後輩2人の表情が印象的である。
意外に待ち時間があったので、気を紛らわせる為に何かBGMで音楽でも流した方が良いかもしれないな。そこまで気にしていなかったので、ロクに用意してなかった。後で東さんに提案してみるか。
「お待たせしました紅茶セットです、ミルクと砂糖はお好みでご使用下さい。ごゆっくりどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
紅茶セットを受け取った後輩2人は、ドコか焦っているような表情を浮かべながら紅茶に手を伸ばす。うーん、ユックリして貰いたいのだが、やっぱり居心地が悪いのかも知れないな。
俺は教室の中を見回し東さんの姿を確認した後、BGMの件について話し掛けに行く。
「東さん、ちょっと良いかな?」
「何かしら九重君?」
「ちょっと思ったんだけど、BGMって使わないのかな? 今来ているお客さんの様子を見てると、何かしらかのBGMを流しておいた方が良いんじゃないかな? 注文が届くまでの気が紛れるしさ」
「あっ、確かに……あの様子を見てると何かしらかのBGMはあった方が良さそうね」
まだ他にお客さんがいないので先輩のクラスメートが話し相手になって居るが、後輩2人の表情を見るにやはりドコか緊張している様子だ。もう少しお客さんが入っていれば話も変わるのだろうが、広い教室内に少人数のお客さんだけしかいない状況と言うのはキツい。
何かしらかの気を紛らわせる物が必要だろう。
「今から出来るとなると、スマホでクラシック曲とかをBGMとして流すくらいかしら……」
「今からとなると、学校の音響機材の貸し出し許可は貰えないだろうからね」
「そうね。ちょっと皆と相談してみるわ」
そう言うと東さんは何人かのクラスメイトを呼び寄せ、俺の提案したBGMの件について話し始めた。
そして数分後、結論が出る。
「聞いてみたら何人か、スマホのデータプランが定額無制限の子がいたから、BGM配信サイトの無料トライアルに登録して貰える事になったわ」
クラスメート達も何だかんだで探索者として稼いでいるようで、微妙にお金の使い方が高校生としてはリッチである。偶にスマホを一括で最新機種に変えたとか、高性能ゲーミングPCを買ったって話を聞くしな。
それとクラシック音楽は著作権フリーで自由に使用できると聞くけど、実際は作者の死亡で著作権が切れていたとしても、著作権切れ後に新たに編曲や演奏されたものに関しては著作隣接権が切れていなかったりと七面倒な事になっているので、商業利用する場合は専門の配信サイトを使った方が無難……との事だ、東さん曰く。
「じゃぁ、BGMの件は大丈夫そうだね」
「ええ。如何して準備の段階で思いつかなかったのかしら……」
「東さんは色々手続きや手配で駆け回ってたんだし、寧ろ俺達みたいに手隙だったヤツがその辺は詰めておくべきだったんだから、気にしないで」
まぁ俺達の場合、未発見ダンジョンの件でテンパってたんだけどさ。
そんな俺の下手な慰めに、不手際に落ち込んでいた東さんは気を持ち直し若干苦い物を含んだままではあるが笑顔を浮かべていた。
「ありがとう。じゃぁ早速、BGMを流しましょう」
「うん」
気を取り直した東さんは件の協力者と何をBGMとして流すか相談し、暫くすると落ち着いた曲調のクラシック音楽が教室の中に鳴り響き始める。
音楽一つで随分と雰囲気は変わるらしく、ドコか焦っていた様な感じだった後輩2人の表情が柔らかく解れ始めており、クラスメートの先輩との話が次第に弾み出す。どうやら上手く、居心地の悪さが改善出来たようだ。
「うん、成功みたいだね」
「あの二人には悪いけど、お客さんがたくさん入って来る前に気付けて良かったよ」
BGM問題が上手く解決した事を東さんと話していると、2組目のお客さんが来店する。男子生徒3人組で、今度もやっぱりクラスメートの知り合いだった。
そして2組目を案内している内に、3組目も来店し、いよいよ文化祭も本格的に始まったという感じになってくる。俺達は気を引き締め直し、次々に来店するお客さん達の来客対応に勤しむ。
文化祭開催から1時間で7組来店というのは、喫茶店としては中々に良いペースなのでは? 教室内に用意していたテーブルはその殆どがお客さんで埋まり、順番待ちこそ出来ていないが引っ切り無しに来客があるという状況だ。
最初は店員をやっているクラスメート達の知り合いが来店する流れだったが、開催30分も経過するとチラホラ外来客も顔を見せるようになってきていた。
「いらっしゃいませ、1名様ですね? お席に御案内しますので、コチラへ」
今来店した男性は外来客のようで、俺達より少し上の年齢……大学生か新社会人くらいかな?
キョロキョロと辺りを見回しているので、ウチに誰か知り合いでもいるのかな?
「元木さん! 来てくれたんですか!?」
「やぁ、がんばってるみたいだね。他の奴らも来ようとしてたんだけど、急な依頼が入って予定が合わなくてね。折角誘われてるのに、誰も行かないのもアレだから俺だけでも顔見せに来たんだよ」
「それは……ありがとうございます。あの、依頼の方は大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。急な収集依頼だったから人手が欲しいって事で呼ばれたけど、アイツらが行ってるから問題無いよ」
ん、収集依頼? という事はもしかしてこの人、アイツの探索者パーティーのメンバーって事か? 確かアイツは何処かの依頼受注型の探索者パーティーに所属して、ドロップアイテムの採取を主に受けてるって言ってたしな。態々来てくれるって事は、パーティーの仲は中々良好らしい。
そうか、外来客が来るって事は、そういう知り合いも来る事もあるんだよな。
「そうですか……じゃウチの文化祭を楽しんでいって下さい。皆気合いを入れて準備しているので、楽しめると思いますよ」
「そうだね。折角なんだし、高校生時代を思い出しながら楽しませて貰うよ。でも、その前に先ずは君の所の出し物を楽しませて貰おうかな?」
「はい! じゃぁコレ、メニュー表です。オススメは紅茶セットですよ」
「ありがとう、参考にさせて貰うよ」
元木さん?はメニュー表を一瞥した後、コーヒーセットを注文した。コーヒー派なのかな?
といった感じで外来客もチョコチョコと顔を見せ始め、本格的に内々だけのイベントに留まらなくなり始めてきた。
「いらっしゃい……って、お母さん!?」
どうやら今度はクラスメートの親御さんも顔を見せ始めたらしい。そういえば、ウチの母さんもその内に顔を見せに来ると言っていたから、いつ来てもいいように心づもりをしておかないとな。
アタフタしながら母親への来客対応をしているクラスメートの姿を見ながら、俺は慌てずに対応しようと心に決めた。変に慌てると、後になってクラスメート達にからかわれる事になる。流石に、それは嫌だしな。
皆と一緒に接客を続けていると、新たなお客さんが来店する。
そのお客さんの顔には見覚えがあり、俺の姿を見付けると小さく手を振りながら俺に声を掛けてきた。
「あっ居た居た。九重先輩、顔見せに来ましたよ!」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、館林さん日野さん」
顔を見せに来てくれた俺の知り合い、それは部活の後輩である館林さんと日野さんだった。二人は俺に挨拶をしつつ教室の中に入ってきたので、他のクラスメート達に視線で自分が応対すると伝え出迎えに向かう。
その際、男子のクラスメート達から何かを燃やしている様な熱い眼差しを向けられているのを感じたが、気のせいだろう……多分。若干怖い顔をしていた様な気もしたが、見間違えの筈だ。俺は努めて気にしないようにしつつ、館林さんと日野さんを空いている席へと案内する。
「あらためて、いらっしゃい。良く来てくれたね」
「いえ、自由時間になったら顔を見せにいこうって決めてましたから」
「まだ開催からそんなに時間も経ってないのに、結構お客さんが入ってますね」
「おかげさまでね。まぁウチは喫茶店だから、本番はお昼以降かな?」
まぁお客さんも一日中居るというわけでは無いだろうから、そうだと決まってるわけじゃ無いだろうけどな。でもまぁ、ちょっと一息入れて……となるとある程度文化祭を見回ってからだろう。
そして俺がメニュー表を渡した際、館林さんが周りを軽く見渡した後、小声で俺にある報告をしてきた。
「あっ、そういえば九重先輩。ここに来る前に、部の方の様子を見に行ってきたんですけど……」
「閑古鳥でも鳴いてた?」
「いえ、逆です。凄い沢山のお客さんが来てましたよ。それも、ウチの学校の生徒より外来客の人が多い感じでした」
「……はい?」
若干深刻そうな表情を浮かべた館林さんの報告に、俺は思わず呆けた返事を返してしまった。
外来のお客さんが沢山来てる? えっ、何それ? 何か、もの凄く厄介事の予感がするんだけど……。




