第416話 文化祭開幕
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頭を下げお願いする先生の姿に、重苦しい雰囲気が教室に満ちる。確かに、先生達が危惧する事態もあり得なくは無い。お祭りというモノは多くの場合において、気分が高揚し普段しない事をしたりとタガが外れやすくなる傾向にある。両者が共に場の雰囲気に飲まれれば大騒動に発展する危険性は高いが、片方でも冷静に対処出来れば話し合いや小競り合いで済むかもしれないからな。
例え生徒達の祭りに対する高揚感が盛り下がる事になるとしても、文化祭開催直前のこのタイミングでコレを告げるのは効果的である。生徒の精神面への影響を考えなければだけど、な。
「……良し! 暗い話はココまでにして、この後の流れについて話をするとしよう」
先生は軽く柏手を打って場の雰囲気を打ち払い、話を切り替える様に努めて明るい声色で話し始める。俺達生徒側としても、これ以上ダラダラと続けたい話でも無いので先生の話題変えに乗る事にした。誰だってコレから始まるお祭りを、意気消沈した心境のままやりたくは無いからな。
そして先生は俺達の気持ちが切り替わったのを確認し、今後の流れについて話し始めた。
「先ずこの後だが、開催前の最終確認が行われる。着替えや担当部署への人員移動、来客対応準備とかだな。そして準備が終わった後、文化祭実行委員長の校内放送による開催宣言によって文化祭開始だ。開催宣言後、正面ゲートが開かれ来客を学校内に招き入れるので、礼儀正しく笑顔で迎え入れるように」
「先生、開催宣言前に来客は校内に入れないんですか?」
「準備中の所に入られても対応に困るだろ? トラブルの元にもなりかねないので、その辺は来客に我慢して貰う所だな。そういう訳だから最初の接客担当者以外のフリーの者も、開催宣言があるまで他のクラスの出し物を先走って覗きに行かないように。準備の邪魔になるからな」
「分かりました、時間まで待機してます」
先生は質問に答えつつ、軽く他の質問者がいないかを確認してから話の続きをする。
「そして閉幕後、後片付けの時間になるので手の空いている者は素早くクラスまで戻ってくるように。短い時間で片付けないといけないので、人数は多い方が良いからな。特にウチのクラスは生物を扱っているので、片付けは確りとしないと後で困ったことになるぞ。それと部活の方の出し物の片付けがある者は、事前に実行委員の方に連絡を忘れずに入れるように。突然片付けを頼まれる事もあるだろうが、無断で欠席する事が無いようにな」
「先生、部活の出し物を片付ける予定の人からは既に連絡を貰ってますので大丈夫です」
「そうか。だが、さっきも言っていた様に予定外に手伝うことになった者は忘れずに連絡するように」
先生の注意に、東さんが連絡は既に予定者から貰っていると答える。事前に分かっているなら兎も角、無断で片付けを欠席されたらイラッと来るからな。
報連相は重要である。
「学校の予定では1時間ほど片付けの時間が取られているが、大々的な飾り付けや設備を用意した所はそれでは終わらないだろう。ただ学校としてはひと区切りとして何時も通りの時間に終業とするので、部活の出し物の片付けに行っている者もその時間までには1度教室の方に戻ってくるように。放課後、再び片付けに戻って貰ってもらう分には構わないが遅くなりすぎないように気を付けるようにな」
「先生。それは手早く出し物が片付いても、時間までは残るようにって事ですか?」
「そうだ。あくまでも学校行事なので、終業時間まで勝手に帰ることが無い様に」
ウチのクラスの出し物は結構簡単な内装なので、片付けにもそう時間も掛からないだろうが気合いの入っていた一年生は片付けに時間掛かるだろうな。去年は俺達も気合いが入って用意していたので、結局放課後のかなり遅い時間まで片付けに掛かったしな。
少しの時間だけど抜けてくると言っていたが、部活の方の片付けは俺達だけでやった方が良いかもしれない。片付けと言ってもそう大した量でも無いし、後で2人と相談してみるか。
「月曜からは通常授業が始まるので基本的に今日で片付けまで終わらせる予定だが、どうしても終わらない場合は明日の午前中まで一応片付け時間は確保されている。というよりも、明日の午後に業者が文化祭で出たゴミを回収に来るので、それまでならというヤツだ。ただコレは余り推奨されないので、可能な限り今日中に終わらせるように」
「先生、ゴミの分類は通常の分類で大丈夫なんですか?」
「それで問題無い。但し、ゴミ袋に関しては業者専用の袋が文化祭実行委員の方で配布されるので実行委員……東が貰ってきてくれ」
「事前に通達されてるので、片付け前にゴミの量を見て貰いに行ってきます」
「よろしく頼むな」
そして先生は一通り説明が終わったのか俺達を見回した後、軽く何度か頷いてから話の締め括りに掛かる。
「それでは色々注意点や懸念事項はあるものの、皆で相談し協力して準備した文化祭だ。来てくれたお客さんを楽しませるだけで無く、自分達も目一杯文化祭を楽しんでくれ。先生からは以上だ。皆、今日一日頑張ろう!」
「「「はい!」」」
先生の激励に、俺達は元気よく返事をした。
朝のHRが終了し、俺達はそれぞれ開催前の最終準備に取りかかった。部活の出し物に参加する組は一言断りを入れた後に教室を後にし、俺を含めた午前中組と自由時間組がクラスの出し物の最終準備を始める。
「東さん、男子のエプロンってコレかな?」
「ええ。そっちの黒い方のエプロンが男子用で、カーキ色のエプロンが女子用よ。デザインは一緒だから」
「了解。じゃぁ男子の方にコレ配っておくよ」
「お願い」
俺は東さんに確認をとった後、紙袋の中に仕舞ってあった黒いエプロンを取り出し、午前中組のホール担当男子に配る。受け取った男子生徒達はエプロンを広げ、身に着けていく。俺も配り終わった後、エプロンを着用する。
……コレはあれだ、おしゃれカフェのエプロン。そんなエプロンを着け終えた俺達男子生徒に向かって、自由時間組の女子生徒達から感嘆の声が上がった。いや、事前にどういう物だったかは知ってるよね?
「うんうん、こうしてお揃いのエプロンを着けてると中々カッコ良いわね」
「こういう感じの店員さんているよね」
「ここ教室なのに、おしゃれなカフェって感じだ」
不評より好評が良いのは当然だが、何故か背中の辺りがむずがゆくなってきた気がする。そして、そんな遣り取りをしている間にも開催準備は進んでいく。
午前中組の女子生徒達の着替えも終わり、次は飲食物系の準備だ。
「電気ポットのお湯を沸かしておきたいから、誰か水を入れてきてくれるかしら」
「あっ、俺が入れてくるよ」
「じゃぁ、お願いするわね」
俺は5Lと書かれた大きめの電気ポットを受け取り、廊下の端に設置されている手洗い場に水を汲みに行く。水を汲みに行く途中、幾つかのクラスの前を通る事になったが、皆忙しそうに開催準備を行っていた。
ただ、ドコか少しだけ暗い雰囲気があるので俺達が受けた様に、先生からのお願いを気にしているのかも知れない。只楽しいだけのお祭り騒ぎだと思っていた所にアレだからな、気にしていない風を装っていても拭いきれない懸念がある。
「とはいえ、今の段階で中止って訳にもいかないから、やるしかないんだろうけどな」
如何に懸念事項であるとはいえ、知らされたのは当日の開催直前。気にはなるが、やるしか無いという状況だ。学校側も何かしらかの対策はとっているだろうから、生徒として出来るのはお願いされたようにお行儀良く過ごすことぐらいだろう。揉め事を起こさないように一人一人が気を付ければ、大事には発展しないだろう……そう思って動くしか無い。
「っと、良し満杯だな」
俺は電気ポットに水を入れた後、来た道を引き返し自分のクラスへと戻っていく。時間が経つにつれ、次第に賑やかさと緊張が混在する雰囲気が満ち始める。そして俺が教室に戻る頃には、おおよその準備が終了していた。
「お待たせ、水入れてきたよ」
「ありがとう、九重君。コッチの方の準備も大体終わったわよ」
俺はポットを教室の一角をパーテーションで区切った調理コーナーへ置き、電源を繋げお湯を沸かす。沸くまで、それなりに時間が掛かるからな。
そしてポットの準備を終え調理コーナーを出ると、実行委員の東さんの前にエプロンを着けた午前中組が整列していた。その後ろには、自由時間組も並んでいるな。
「あっ、九重君もそっちに並んで」
「えっ! ああ、うん」
「じゃぁ全員揃ったようだし、開店前の声出しをしましょう。後ろの自由時間組も一緒にお願いね、いざ本番という時に声が出ないと困るしね」
俺はエプロン装着組の列に並び、俺達の前で音頭をとる東さんを注視する。
そして東さんは軽く咳払いをした後、声出し練習を始めた。
「じゃぁ基本的な接客の台詞を練習ね。……いらっしゃいませ!」
「「「いらっしゃいませ」」」
声を張る東さんに続き、俺達が少し恥ずかしげに声を上げる。後ろに控える自由時間組も、恥ずかしそうに疎らに声を上げていた。
「皆、声が出てないわよ。折角来てくれたお客さんには、もっと元気に。……いらっしゃいませ!」
「「「いらっしゃいませ!」」」
不服そうに眉を顰めた東さんに指摘された俺達は、今度は腹の底から声を出した。後ろの自由時間組もだ。
「良いわよ、皆声が出て来たわね! ご注文はお決まりでしょうか!」
「「「ご注文はお決まりでしょうか!」」」
「承りました、少々お待ち下さい!」
「「「承りました、少々お待ち下さい」」」
「お待たせしました、ごゆっくりおくつろぎ下さい!」
「「「ごゆっくりおくつろぎ下さい!」」」
東さんは次々に接客で使うであろう台詞を口にし、俺達は続けざまに声を出していく。最初は若干恥ずかしさもあり、中々声が出ていなかったが、繰り返すに従い声が出るようになっていった。
そして満足がいく声が出たのか、東さんによる声出し練習も終わりを迎える。
「ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
最後の締めの台詞で、声出し練習は終わった。
声出しが終わり、ふと視線を感じた俺が廊下にチラリと視線を向けると、そこには何事だと言いたげな表情を浮かべた隣のクラスの生徒の姿が目に入る。まぁいきなりこんな大声が響いてきたら、気になって覗きに来るか。
「それじゃぁ皆、今日は一日頑張りましょう!」
「「「おおっ!」」」
東さんの激励に、俺達は手を上げながら気合いの入った返事をした。隣のクラスの連中に覗かれている中というのは少々気にはなった、まぁその場のノリに飲み込まれて俺も腕を挙げながら返事をしていた。
うん、ノリって怖いね。
「? ああ、お騒がせしてすみません」
教室の外から覗き込んでいる連中に気付いた東さんが謝罪すると、連中は苦笑いを浮かべた後素早く帰って行った。何をやっていたのか分かれば、何時までも居るわけにはいかないだろうからな。
そして暫くすると隣のクラスを始め、校舎のアチラコチラから先程の俺達と同じような声が響き始めた。
「他のクラスでも、声出しやってるみたいだね」
「そうだな」
そんな感じで最終準備時間を使っていると、何時の間にか時間は経ち、文化祭実行委員長による文化祭開催宣言が行われる時間が迫って来た。
いよいよだな。
教室に備え付けられたスピーカーから電源が入る音が鳴り、教室に居た全員の視線がスピーカーに向く。どうやら時間が来たみたいだ。
そして、文化祭実行委員長だろう人の声が響き始める。
「皆さん、おはようございます! 文化祭実行委員長の星野です。いよいよ今日は、待ちに待った文化祭です。皆さんがアイディアを出し合い協力し、創意工夫を重ねてきた成果が発揮される日です。クラスで協力し作り上げた出し物、日々の積み重ねてきた活動成果を見せる部活、人それぞれに様々な思いがあると思います。それらを全てぶつけ、最高の文化祭にしましょう! そして今日は外部からお客様を招き、私達の学校生活で培った成果を見て貰う場でもあります。コレこそが私達が学校生活で学び、培ってきた物だと自信を持って知ってもらいましょう」
実行委員長は星野さんというのか……。俺は今まで意識していなかった実行委員長の名前に感心しつつ、いよいよ文化祭が始まるのだと緊張する。
「これ以上長々と話を続けていると、早く始めろという声がアチラコチラから聞こえてきそうなので、私の話は以上とさせて頂きます。それでは皆さん……」
星野文化祭実行委員長は軽く息を吸い間をとった後、万感の思いの籠もった声でその言葉を口にした。
「文化祭、開催です!」
その宣言が学校中に響くと同時に、星野文化祭実行委員長の開催宣言を打ち消すかのように怒号とも言える生徒達の歓喜の叫びが木霊した。




