第39話 幻想金属について
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3月下旬、美佳は見事志願高校に合格。不合格だったらどうしようと不安だったが、合格と言う事もあり、美佳と同じ高校を受験し合格した沙織ちゃんも誘って、俺達は盛大に卒業をお祝いした。
因みにメニューは、高級食品とされるダンジョン産のお肉をふんだんに使った、バーベキューパーティ-だ。春分と言う事もあり、バーベキュー会場は少々肌寒かったが盛り上がった。一番人気だったのは、最近到達した20階層で狩れるミノタウロスの肉、ブランド和牛の様に程良いサシが入った美味そうな牛肉モドキだ。
しかし、20階層までは俺達の足でも片道2時間半ほど掛かり、滞在予定時間から探索時間を余り割けず俺達でも大した量が確保できなかった貴重品だ。一般市場価格だと、100g1万円を超える高級品として取り扱われているしな。大した量が用意出来なかったので女子3人分を除くと残りは少なく、俺と裕二は熾烈な争奪戦を展開した。漫画の様に焼けた肉が宙を舞い、空中で俺と裕二の箸がぶつかり合う。残像を引くような速度で行われる肉争奪戦は、ちょっとした見世物だったな。美佳と沙織ちゃんは、驚いて目を丸くしていたし。まぁ、柊さんは呆れていたけど。
因みに争奪戦の勝者は裕二だ、ちくしょう。次ダンジョンに潜ったら、ミノ肉は換金せずに持ち帰ると、俺は美味しそうに戦利品のミノ肉を頬張る裕二を眺めながら誓った。
カーテンが引かれ薄暗い会議室で、侃々諤々の議論が繰り広げられていた。今にも出席者同士による取っ組み合いが始まりそうな程に加熱しているその会議は、幻想金属応用利用プロジェクト報告会議と言う。
「だから、ミスリルが足りねぇって言ってんだろうが!」
「コッチだって足りてねえよ!? 自分の都合ばっかり主張してんじゃねぇ!」
「何だと!? ウチのプロジェクトが、どんだけ重要な物かわかってないのか!?」
「どこのプロジェクトも、重要なプロジェクトなんだよ! テメエん所ばかり優先してられっか!」
腹の出っ張ったメタボ気味の中年男性と、メガネを掛けた白衣が似合う中年男性が、大声で互いの主張に反発し罵り合っている。他の出席者達も眉を顰めてこそいるが、何も言わず2人の討論に耳を傾けていた。
「ウチにミスリルを優先的に回せば、今年度中には超伝導トランジスター……量子コンピューターの雛形が完成するんだよ!」
「コチラも同様だ! 超伝導フライホイールを始めとした、超伝導電力貯蔵システムの実証機が完成間際なんだ!」
「この、インテリメガネが!」
「何だと、このメタボ野郎!」
「「表に出ろ!?」」
討論が加熱し口での言い争いに留まらず、互いに手が出ようとした瞬間、会議室に雷が落ちる。
「止めんか!」
「「!?!?」」
「いい加減にせんか! この会議を何と心得る!」
「「す、すみません!」」
議長席に座る覇気を纏う初老の男性、久山浩一郎の一喝により、今にも掴み掛らんばかりだった男達は借りて来た猫の如く大人しくなった。
久山は軽く溜息を吐いた後、会議室内を一瞥し話し始める。
「諸君。魅力あふれる素材と成果を前に、逸る気持はワシも分からんでもない。だが、今だからこそ、今一度気を引き締め直さねばならんと、ワシは思う。どうかね、諸君?」
「「「……」」」
「……よろしい。では、各プロジェクトの現在の進行状況を改めて報告して貰おう」
久山の話が終わると、左側の席に座っていた薄毛が目立つ中年男性、木崎と言うネームプレートを着けた男性が立ち上がり報告会が始まった。
「では、まず私から。私の担当プロジェクトは、幻想金属の解析と再現です。自衛隊の探索チームがダンジョンから持ち帰った4種の幻想金属を調査した所、驚くべき特性を持つ事が判明しました。尚、4種の幻想金属はそれぞれ、ミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネ、アダマンタイトと呼称されています」
木崎は手元のタブレットを操作し、会議室のモニターに各幻想金属の特性が書かれた一覧表を表示する。
「まずは、ミスリルと呼ばれる幻想金属から。ミスリルを調査した所、凡ゆる温度環境下で電気抵抗が0を示す事が確認出来ました。つまり、温度環境に左右されない恒常的な超伝導素材です」
モニターに、ミスリルの抵抗値計測実験の記録映像が表示される。
液体ヘリウムに浸され超低温状態に冷却されたミスリル、室温の部屋に放置されているミスリル、バーナーで加熱されている高温状態のミスリル、るつぼの中で融解しているミスリル。様々な状態のミスリルが表示されているが、共通する事として全ての状態で電気抵抗計測値が0を指し示している。
「ご覧の様に、ミスリルはあらゆる状態で超伝導状態が維持可能です。まさに、電子電気分野に革命を起こす夢のような素材です。……只、これは幻想金属全てに共通した事なのですが、採取量が極端に少なく現在我国が保有する幻想金属の量は各種共に100㎏を下回ります」
「……採取量増加の見込みはあるのかね?」
「ミスリル等の幻想金属を採取可能な下層階に行ける探索者は現在の所、自衛隊の精鋭探索チームに限られています。民間の探索者が採取可能になるまでは時間が掛かり、早急な大幅採取量増加は見込めません」
木崎のその言葉に、会議室のアチラコチラから溜息が漏れる。
100kg“も”とみるか、100㎏“しか”とみるかで意見は分かれるが、この会議出席者は100㎏“しか”と見ていた。
「ですが、既にミスリルの使用量を減らした超伝導合金の開発には成功しました。銀をベースに数種の物質と微細化したミスリル原石を合成する事で、室温環境下で超伝導状態を維持するミスリル合金です。現在、応用利用を研究するプロジェクトが幾つか動いています」
数名の会議参加者が、木崎の声に応じるように首を縦に振る。先程口論していたメタボ中年とメガネ中年も同様だ。
「次にオリハルコンと呼ばれる幻想金属です。これを一言で表すと、馬鹿みたいに頑強な金属です。強度試験に使用した機材の方が、先に壊れました」
木崎は端末を操作し、オリハルコンの試験映像を表示する。
「ご覧のように、オリハルコンはあらゆる材料試験において、既存するどの金属素材より、優秀な結果を出しました。引張、圧縮、せん断……既存の金属材料に数百倍する値です」
「試験結果が優秀な事は結構だが、ただ頑丈なだけでは使えないのではないかな?加工が出来ないのでは、何の役にも立たない」
「はい。大変手間はかかりますが、オリハルコンの加工は可能でした。100T近い強電磁界の中、3000度近い温度で長時間無酸素加熱すると液化し鋳造加工が可能です」
「……100T? 3000度の無酸素加熱?」
久山の眉が跳ね上がった。
普通に考え、オリハルコンの加工にはコストが掛かりすぎた。普通用途での利用方法では、オリハルコンの使用は到底採算が合わない。良くて、ある程度採算を度外視できる軍事利用、戦車等の装甲材に採用される程度だろうか?
更に、オリハルコンの採取量はミスリル同様少ない。
「後ほど、オリハルコンの利用法については担当者の方から説明してもらいます」
「……そうか」
久山が期待薄といった眼差しを担当者に向けると、担当者は自信有り気な表情を浮かべ笑顔で頷いた。
「では、ヒヒイロカネと呼ばれる、幻想金属についてご説明します」
端末を操作し、ヒヒイロカネの試験映像を表示する。
「ヒヒイロカネを調査した所、ヒヒイロカネは耐熱温度、電流耐性、熱伝導特性、クリープ強度……熱関係に強い事が判明しました」
「熱関連……超高温材料と言う事かね?」
「はい。ただ、現在研究されている超高温材料とは桁違いの性能です」
試験映像にはプラズマ切断機で加熱されても、何ら変化を起こさないヒヒイロカネ。大電流を流され変化しないヒヒイロカネの姿。ヒヒイロカネの上の水が100円ライターの火で沸騰する姿。
「オリハルコンに比べ、ヒヒイロカネは加工が比較的容易でした。また、鉄をベースに数種類の金属を微細化したヒヒイロカネと合成すれば、ヒヒイロカネ合金が製造可能です。性能は落ちますが、既存の超高温素材を超える物です」
「ふむ。超高温素材の利用需要は多い。出来るだけ早く実用化せねばならんな」
「ヒヒイロカネの利用法に関しても、担当者の方から後ほど説明して貰います」
有望な新素材の出現に、久山は期待の眼差しを担当者に向けた。
「最後に、アダマンタイトと呼ばれる幻想金属です。アダマンタイトは様々な耐性を高レベルで持つ、極めて化学的反応性が低い金属と言えます」
木崎は手元のタブレットを操作し、モニターにアダマンタイトへの性質確認実験の結果を表示する。その結果は、従来の金属素材が記録した各耐性値の最高記録を楽々と超えていた。
「アダマンタイトは強度がある上で展延性に優れており、金以上の極薄の箔に加工が可能で、1g有れば数十㎡の薄膜か数十km近くの糸に加工が可能です。また、強度があるので金にあるような、加工後の耐久性の問題は殆どありません。アダマンタイトはその化学的安定性から、コーティング剤としての利用が有力と思われます」
「コーティング剤……金メッキの様にかね?」
「メッキは……難しいでしょう。金箔と同様に箔にし、対象物の表面に貼り付けるのが妥当かと」
「そうか」
金箔張りならぬ、アダマンタイト箔張り。
化学反応耐性と言う面で見れば、張り付ければ金属などに付き物の酸化や腐食の心配がいらなくなる。
「アダマンタイトの利用方法詳細は、後ほど担当者から」
「他の物と同様だな」
「はい。ではこれで、今現在把握している各幻想金属の説明を終えます」
木崎はモニターに映した資料映像を消した。
「では今度は、現在行われている幻想金属の再現実験の経過報告を行います。各幻想金属を精査した所、それぞれアダマンタイトが金、ミスリルが銀、オリハルコンが銅、ヒヒイロカネが鉄の同位体である事が判明しました」
「同位体? 中性子数が違うと言う事か?」
「いえ、どうやらそうではない様です。もちろん、放射能を持っていると言う訳でもありません」
「……と言うと?」
久山は疑問符を浮かべながら、木崎に問う。
しかし、木崎は頭を左右に軽く振る。
「正直な所、良くわかりません」
「? どういう事かね?」
「陽子も中性子の数も変わりません。……ですが、原子核と電子の間に正体不明の粒子が存在している事が確認出来ました」
「……何?」
木崎の報告に会議室内が少しざわつく。
「便宜上、この正体不明の粒子の事を魔素子と呼称しています」
「魔素子?」
「探索者が使う魔法を発動する為に必要な正体不明のエネルギー、魔力と呼ばれているエネルギーの元と言う意味で魔素子と名付けました」
「そうか。で、魔素子の性質調査は?」
「現在進行中ですが、未だ解析にはほど遠い状況です。暫く時間がかかります」
会議室に失意の溜息が響く。
「解析に時間がかかると言う事は……」
「魔素子の解析が終了するまでは、幻想金属の再現実験を行うのは無理です」
「そうか」
幻想金属をダンジョンに頼らず自給出来る様になれば、どれほどの利益が得られる事か……。
失意に沈む面々を眺めた木崎は、ある事を伝える。
「少し話を脱線しますが魔素子を発見する事が出来たおかげで、謎だったコアクリスタルの事が少し分かりました」
「コアクリスタル? どう言う事かね?」
「御存知の様に、コアクリスタルは微細化し水に浸けると自己質量を崩壊させ熱量を放出します。現在発電燃料として使用されていますね。ここで謎だったのが、何故粉末化し水につけると質量崩壊を起こすのかと言う事です。その原子構造も良くわかっていませんでしたが、魔素子を発見した御陰である程度推論が立ちました」
謎が解けたという言葉に、出席者の視線が木崎に集まる。
「コアクリスタルは魔素子だけで構成された、構造的に不安定な元素であると推察されます」
「魔素子だけで構成された元素? そんな物があるのか?」
「実際、コアクリスタルと言う形で存在するのでありますね。で、コアクリスタルは構造的に不安定なので、水に浸けると自励振動を起こします」
「自励振動……ああ、米国の橋が崩壊したアレか」
「ええ、アレです。自励振動が進むと魔素子は質量崩壊を起こし、自己質量を熱量にエネルギー変換し放出します。コアクリスタルが大きな塊である時は自励振動に対する抵抗も大きく崩壊速度も遅いので発熱量も小さいのですが、微細化されると自励振動に対する抵抗も小さくなり崩壊速度が早まり発熱量も増大します。これが現在推測されている、コアクリスタルの熱量変換のプロセスと微細化による崩壊速度の違いの原因です」
「……」
「魔素子の解析が進めば何れ、コアクリスタルに頼らない魔素子を直接利用したリアクターが実現するかもしれませんね」
木崎の説明が終わると、会議室には出席者達の驚愕に満ちた沈黙が広がった。
エセ科学のトンデモ理論なので、深く突っ込まないで貰えると幸いです。




