第414話 文化祭の朝
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静かな室内に甲高い電子音が響き、カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びながら俺は目を覚ました。枕元に置いてあるスマホを操作し目覚ましアラームを止め、小さく欠伸を出しながら目元を擦りつつベッドから上体を起こす。多少眠気が残っているが、おおよそ頭の中はハッキリしている。
ベッドの端に腰掛けつつ、軽く背を伸ばしながら壁に掛けられたカレンダーを見ると、今日の日付に自分で書き込んだ印が目に映った。
「今日が文化祭本番か……長いようで短かったな」
ベッドから起き上がり、窓を閉じているカーテンを開く。窓の外に写るのは、少し雲がかかったくらいの青空。昨日の夜に見たお天気ニュースでも今日一日は晴れ時々曇りだったので、コレなら雨の心配はいらなさそうだ。
折角の文化祭なのに、雨模様で陰鬱な雰囲気の中でってのは嫌だからな。
「天気は良し、後は俺達の頑張り次第って感じだな」
文化祭が盛り上がらなかったのは天候不良でお客さんの数が少なかったから……という言い訳は使えなさそうだ。まぁ、クラスにしても部にしても出し物が出し物なので、そこまでの大入りになるという事は無いとは思うけどな。
だが、折角やるのなら大入りを目指すべきだろう。
「さて、先ずは腹拵えからだな」
俺は部屋を出て階段を下り、洗面所で顔を洗ってからリビングへと入っていく。
「おはよう」
「おはよう大樹、遅かったわね」
「おはよう、お兄ちゃん」
リビングへ入ると既に、両親と美佳の3人がテーブルに座っており挨拶をしてくる。美佳が先に座っているなんて珍しい光景ではあるが昨日、今日は準備の為に少し早めに登校すると言っていたからな。何でも、仕掛けの微調整をしておかないといけないので、少しでも調整時間を確保する為に先に行くらしい。
出し物が出し物とはいえ、気合いが入ってるな美佳のクラスは。
「おはよう。早いな美佳、もう制服に着替えてるのか?」
「うん。もう朝食も終わってるし、もう少ししたら学校に行くつもりだよ」
「随分気合いが入ってるな、昨日で準備が終わらなかったのか?」
「大方は終わってるけど、本番前に微調整はしないと中々上手くいかないからね。見る分には楽しいけど、やる方はすごく大変だよ」
美佳は眉間にしわを寄せながら難しそうな表情を浮かべているが、大変と言っている割に声自体には楽しげな響きが籠もっていた。俺は美佳の言葉を聞き、苦笑いを浮かべつつ軽く頷き返しておく。
そして俺は自分の席に付き、朝食の準備を始めてくれた母さんにお礼を言う。
「そういえば大樹、お前の方は大丈夫なのか?」
「えっ、うん。取り敢えずウチのクラスの方は大丈夫だよ。美佳の所と違って、難しい準備はないからね」
「そうか、随分とのんびりしているように見えたから、少し心配したよ」
「のんびりと言っても、何時もと同じくらいの時間なんだけどね」
俺が席に着くと、父さんが少し怪訝そうな表情を浮かべながら質問を投げ掛けてきた。登校の準備万端と言いたげな美佳と比べ、俺が思った以上にのんびりとした様子に戸惑っているらしい。
なので俺は小さく手を前後に振りながら、父さんにのんびりしている理由を教えた。
「私達のクラスも、お兄ちゃんの所みたいに簡単なのにしておけば良かったのかな……」
「止めておけ、1年生の頃は難しくてもやりたいのをやる方が楽しいぞ。俺達だって去年はやりたいことやった大変さを知ったからこそ、簡単なのをって流れになって決まったんだしな。それに大変さを知らない1年じゃ、余り賛同も得られなかったと思うぞ」
「そっか……じゃぁ私も来年はもう少し簡単なのを提案しようかな」
賛同してくれるヤツがいれば良いな。お祭りやイベント好きなヤツってのは意外と多いから、今年の2、3年生の様に探索者業優先って感じの連中が多くなかったら、普通に実行難易度が高い出し物になると思うぞ?
流石に来年になれば、学生探索者業界も少しは落ち着くだろう。というより、たぶん学校側も今年の色々な出来事を教訓に何かしらかの対策はとるだろうな。
「はい大樹、おまたせ」
「ありがとう母さん」
美佳と父さんと話し込んでいると、母さんが準備が出来た朝食を並べてくれた。今日の朝食は、トーストとベーコンエッグ、サラダとコーンスープだ。ザ・洋風朝食プレートといった所だろうか?
母さんに礼を言ってから、俺は早速朝食を頂く。美佳と違って急いで登校する必要は無いが、あまりのんびりしていると遅刻するからな。
「じゃぁ私、そろそろ行くね」
「あら、もう行くの?」
「うん。お兄ちゃんも遅刻しないようにね」
「ああ、分かってる」
俺が朝食を食べ始めると、美佳は席を立ちソファーの上に置いていた通学バッグを手に取り登校の準備を始めた。どうやら、もう出発するらしい。
普段の登校時間より、50分以上早い。
「母さんも後で様子見に行くから、頑張るのよ」
「了解、頑張るね」
「美佳。父さんは仕事で行けないけど、頑張るんだぞ」
「うん、お父さんも仕事頑張ってね」
「また後でな美佳」
「うん」
皆に挨拶をすると、美佳はリビングを出て行く。
そして少しして、玄関の扉の開閉音がリビングまで響いた。
「行っちゃったわね。大樹は本当に何時も通りで大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。出し物の最終確認も、開会時間前の準備時間で間に合う程度だしね」
「そう、それなら良いけど……」
母さんは若干心配げな表情を浮かべ俺のことを見てくるけど、本当に大した準備は無いので何時も通りの登校で大丈夫だ。
とはいえ、ココまで心配げに見られると、少し早めに登校して安心させた方が良いかもな。
「母さん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。大樹だって分かってるさ」
「そうね、でも心配なのよ。美佳がこんなに早く行くのに……って」
「ははっ」
うん、やっぱり少し早く家を出る事にしよう。
俺は父さんと母さんのやり取りを横目で見つつ、黙々と朝食を平らげていった。
朝食を済ませ自室に戻った俺は急いで着替えを済ませ、教科書などの勉強道具の代わりに文化祭で使う物を仕舞った通学バッグを持ってリビングへ降りていく。
本当はもう少しのんびりとしてから学校に行くつもりだったのだが、先程のやり取りを見てはユックリ普段通りに……とはね?
「あら、もう降りてきたの?」
「うん、少し早めに出ようと思ってね」
リビングには父さん母さんが居て、俺のその言葉に母さんはドコかホッとしたような表情を浮かべた。父さんは俺が急ぎ家を出る理由に気付いたらしく、ドコか申し訳なさげな表情を浮かべながら黙って俺の方を見ていた。
はぁ、結局いつもの登校時間より30分近く早く家を出る事になってしまったな。
「ところで母さんは、何時頃に学校に来る予定なの?」
「そうね。十一時過ぎ……十二時前には顔を見せようと思ってるわ」
「十一時過ぎか……多分その頃の時間帯は、自分の教室でクラスの出し物の手伝いをしてると思うよ。一応、何事も無ければ午前中の担当になってるからさ」
「そう、分かった。じゃぁ適当な所で寄らせて貰うわね」
ウチのクラスの出し物の担当は3交代制になっており、俺が午前中、柊さんが十二時から二時まで、裕二が二時から四時までの担当になってる。文化祭自体は十時から四時までの開催で一般開放もされており、四時以降は片付けとなっている。
学校行事という事もあり、一応時間内にある程度の片付けが含まれているのだ。
「午後からは部活の展示担当と自由時間だから、出来れば午前中にクラスの方に顔を出して貰えると会いやすいから」
「美佳の方を先に覗いてから、貴方の所を見に行くことにするわね。喫茶店をするって聞いてるから、軽く味見もしてみたいし」
「インスタントの飲み物と出来合いのデザートだけだから、味に過度な期待しないでよ?」
ウチで出すのは業務用の品ばかりだから、お店のクオリティーを期待されると困る。そこそこ美味しい事には、違いないけどね。
「そうね、楽しみにしておくわ」
「はぁ……がっかりしないでよ」
そして母さんと楽しい会話をした後、俺は二人に軽く挨拶をして家を出ようとする。
「それじゃぁ父さん母さん、行ってくるね」
「ええ、行ってらっしゃい。頑張ってくるのよ」
「頑張ってな」
父さんと母さんに挨拶を終えた俺は、通学バッグを持ってリビングを出て玄関へと向かう。
「行ってきます」
リビングに届く程度に軽く声に掛け、俺は荷物を持って家を出る。
こんなに早く出る事になるなら、美佳と一緒に出れば良かったかな?と考えつつ。
普段よりかなり早めに登校しているが、通学路を歩いている人影は普段と余り変わらない……寧ろ少し多いくらいだ。どうやら皆、少し早めに登校して出し物の準備をと考えているらしい。
ウチのクラスのように、普段通りで大丈夫という所は少数派なのかも知れないな。
「これは、早めに出て良かったのかもな」
今の時間帯でこの人数となると、普段の通りの時間帯に登校していたら、人通りがガラガラの通学路を歩くハメになっていたかも知れない。別に遅刻しているわけでも無いのに、遅刻しているかのような気分になったかもな。
母さんに急がされた形で早めに家を出る事になったが、現状を見るに早めに出て正解だった。
「裕二や柊さん、大丈夫かな?」
特に部活の方の準備も無く、クラスの方も何時も通りと言われているので、何時も通りに登校してくるだろう2人の事が少し心配になってくる。
今からでも、早めに出た方が良いよと助言した方が良いのかな?
「……まぁ、別に遅刻って訳じゃないし良いか」
朝の準備もあるだろうから、急に早く来いと言われても困るだけだろう。
俺は心の中で裕二と柊さんに謝りつつ、通学路を暢気に歩いて行った。
「美佳が先に行ったって事は、沙織ちゃん達と合流することも無いからな。久しぶりに、一人通学か……」
美佳が高校に進学して以来、何時も一緒に通学していたので久しぶりの一人通学である。何時も美佳が賑やかに話し掛けてくるし、偶に裕二や沙織ちゃん達が合流して更に賑やかになる事もあった。一人静かに……一人寂しくではないからな? 一人静かに通学というのも、普段見ない景色が見えてたまには良いのかもしれない。
ユックリと周りの風景を楽しみつつ自分のペースで歩き、俺は普段より少し時間を掛け学校へ到着した。普段より早くに出たので、急ぐ必要が無かったからな。
「この入場ゲート、良く作ったな」
学校の正門には、文化祭開催を示す派手に飾り付けられた入場ゲートが聳え立っていた。ゲートは明るい色を中心にした紙製の花飾りや、賑やかな絵によって彩られ見る者に楽しげな印象を与える雰囲気がつくられている。
ただ、ダンジョンの入り口に書かれている文様の様な図形がちらほら書かれているのは、制作者達の悪ノリだろう。何処かのクラスの出し物で、モンスターとか出てこないよな?
「探索者資格取得時のトラップ訓練の再現とかって出し物あったかな? もしくは、実録モンスターの映像集とか……」
こういうイベントの際、悪ノリする者が出るのはある意味風物詩だからな。無いとは言い切れないのが怖い。もしかしたら、ゲート制作者達の中でその手の企画をしているモノが居るのかも知れないな。無許可のゲリラ上映会とかって形で。
そんな心配をしつつ入場ゲートを潜って校内へと足を進めると、昨日までと様子が大分変わっていた。
「中庭の出店の準備も大分進んでるな……」
先ず最初に目に飛び込んできたのは、中庭を埋め尽くす勢いで乱立するタープテントの群れだ。タープテントの下では多くの生徒が、会議室などでよく使う折り畳みテーブルを設置し、テーブルクロスなどを掛け忙しそうに出店準備を進めている。飲食物を出す出店、小物を販売する出店、景品ゲーム系の出店等々様々だ。
自由時間になったら、この辺りを回ってみるのも楽しそうだな。
「ココも随分と気合いが入っているな」
生徒が使う昇降口には、赤い三角コーンと黄色と黒のストライプマークが入ったポールに来客使用禁止の張り紙が設置されていた。文化祭の来客達は正面入り口を使って、校舎内に立ち入る形になると言っていたからな。
そして俺はポールを避け昇降口に入ると、そこかしこに昨日は無かった各クラスの出し物を宣伝するポスターが貼られて装飾されているのを目にする。来客が目にする機会は少ないが、在校生徒なら1度は目にするだろうからな。ここは宣伝場所として、ベストポジションの一つだろう。




