第413話 文化祭前日
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祭り前の日々というモノは、慌ただしく駆け足で過ぎていく。一日一日、学校の何処かで騒ぎと混乱が起こり、誰かが開催日という締め切りを目の前にし悲痛に満ちた絶叫を上げている。そんな忙しい日々を過ごす生徒達の顔に浮かぶ表情は楽しいや待ち遠しいといった肯定的なモノが多く、仕方なく付き合っているといった態度を示す生徒達も気怠げな表情を浮かべているがヒッソリと輝く目がその心情を雄弁に語っていた。
そして、とうとう本番前日を迎えた俺と美佳の学校へ向かう足取りは、心情が表れている様に少々足早気味である。まぁ俺はどちらかというと、美佳に引っ張られている感じなんだけどな。
「とうとう明日が文化祭本番だね、お兄ちゃん! 楽しみだな……」
「ああ、そうだな。部の方の準備も大方終わってるから、後は明日始まる前に細かい準備をやるだけで良いから気が楽だよ。クラスの方は……まぁ間に合うだろう」
「良いよね、お兄ちゃんの方は簡単で。ウチのクラスのメインの出し物、まだ調整が終わってないんだよ? 思いついたモノを片っ端から作ったから、成功率が……」
「その割には、楽しそうだけど?」
美佳のクラスは、出し物が出し物だからな。美佳もドコか落ち込んでいる雰囲気を出してはいるが、顔に浮かんでいる表情自体は何としても成功させてやるとヤル気に満ち楽しげだ。
いいね、文化祭を全力で楽しんでるみたいで。ウチのクラスとは大違いだ。
「勿論! 高校初めての文化祭なんだし、楽しまないと!」
「そうだな。そういえば明日の文化祭には、母さん達も様子を見に来るって言ってたぞ? 成功させないと、帰ってから弄られるだろうな……」
「ええっ、それは嫌だな……。うん、明日は絶対に成功させられるように頑張らないとだね!」
「まぁ、無理しない程度に頑張れよ」
親の見学と言う話に気恥ずかしさとプレッシャーを感じているのか、少々落ち込みそうになっている美佳を励ましつつ、去年の文化祭で美佳達が遊びに来た時は俺も同じように気恥ずかしさを感じたんだぞ?と言いそうになった。帰ってから出し物のお化け屋敷でやった、お化けメイクをからかわれたのも憶えているので、メインの出し物が失敗したら何とコメントしてやろうかな。
そんな事を美佳と話ながら歩いていると、前方を歩く見覚えがある後ろ姿の人物を見付けたので声を掛ける。
「よう裕二、おはよう!」
「ん? ああ、大樹と美佳ちゃんか。おはよう」
「おはようございます」
何時もより少し早めに登校していたという裕二に挨拶をし、道中の話題として明日の文化祭について話を始める。
「裕二の方の、部の発表資料の準備はどうだ?」
「ああ、何とか納得の行く形で修正出来たと思うぞ。内容は変えてないけど、多少は見やすく……取っ付きやすくはなったと思う」
「まぁ文章の羅列だけだと、取っ付きにくいからな……」
「日野さんの画力……うん、画力のお陰だな」
裕二が一瞬、難しそうな表情を浮かべたことに不穏さを感じたが、まぁ3人で組んでやっているので変な事にはなってないだろう。画力が良いということは、イラスト自体は上手いのだろう。
それに、ウチの様なお堅い部の発表を観に来る物好きもそう多くないだろうし、多少変だとしても問題無いだろう。
「そっか……まぁ後の楽しみとして期待させて貰うよ」
「ああ、うん。……余りハードルの高い期待はしないでいてくれよ?」
「……何、その牽制?」
「絵自体は上手いんだよ、絵自体はさ」
期待は出来るようだが、何かしらの問題があるようだ。多分アレだ、いわゆる独特なセンスのもと描かれた絵、ってヤツなんだろう。
まぁそれでも裕二が一応大丈夫だと言ってるし、信じるとしよう。
「じゃぁ、盛大にハードルを上げつつ楽しみにしてるよ」
「おい」
「冗談だって冗談」
と言った感じで裕二と軽口を叩きつつ、この話題を締めた。余り深掘りしなくとも、後で答えは分かるんだからな。
そして3人一緒に学校へ到着し昇降口へ向かうと、丁度上靴に履き替えている柊さんと顔を合わせる事になった。柊さんも何時もより早めに登校していたらしい。
「あら? おはよう、今日は3人一緒なのね?」
「うん、途中で裕二と合流したからね。それよりも、おはよう柊さん」
「おはよう柊さん、ちょっと早めに家を出たら偶然会ってね」
「おはようございます!」
珍しいと言いたげな表情を浮かべる柊さんに、俺達は軽く事情を教えながら挨拶を返す。一緒の家に住んでいるので特別なイベントでも無い限り俺と美佳が一緒に登校するのは良くある事だが、登校時間が少し異なる裕二や柊さんと教室外で会うことは珍しいからな。
俺達は手早く靴の履き替えを済ませ、行き先の異なる美佳と別れる。
「それじゃぁ美佳、準備の方頑張れよ」
「うん」
「美佳ちゃん。ウチの部の準備の方は殆ど終わってるから、無理に顔出ししなくても良いって他の3人にも言っといてくれよ」
「私達の方がクラスの準備は早く終わるでしょうから、部の出し物の準備はやっておくから気にしないで」
「分かりました、ありがとうございます。あっでも、途中で抜けられそうなら顔出しはします」
俺達に見送られながら昇降口で別れた美佳は、気合いが十分といった様子で小走り気味に自分のクラスへと向かっていった。うん、まぁ頑張れよ。
そして俺達は美佳を見送った後、自分達の教室に向かって移動を始めた。
俺達が教室に到着した時には、登校済みの生徒達で席の殆どが埋まっていた。どうやら皆、普段より早めに登校してきていたらしい。
「「「おはよう」」」
「「「おはよう」」」
俺達が挨拶をしながら教室に入ると、入り口側の席のクラスメート達から普段の倍ほどの挨拶が返ってきた。朝も早いというのに返答の挨拶の声には張りがあり、ドコか気合いと興奮が入り交じった声に感じられる。どうやらヤル気が無さそうに見えていたが、文化祭前日ともなれば秘めた感情を隠しきれなくなったらしい。
出し物のテーマを決めた時の無気力さを思えば、静かに燃えていると表現出来る現状は良い傾向だと思う。テンションが上がりすぎたせいで、いきなり無茶を言い出すヤツが出なければ良いんだけど……。
「やっぱり皆も、張り切ってるらしいな」
「そうだな。まぁ年に1回のお祭りなんだし、不承不承といった感じでやるよりも良いさ」
「外部からお客さんが来るんだし、これなら最低限のお持て成しが出来そうね。折角来て貰うんだもの、悪い印象を持たれて帰られるより、良い感想を持って帰って貰いたいわ」
ヤル気に満ちるクラスメート達の姿を見て、俺達も頑張るかと気合いを入れる。最近色々あって文化祭の準備に集中出来なかったが、皆の足を引っ張らないようにしないとな。
そして俺達は自分の席に着き時間が来るのを待って居ると、チャイムが鳴ると同時に先生が教室に入って来る。
「お前等席に着け、HRを始めるぞ」
先生の号令を聞き、席を立って話していた者達が慌てて自分の席に戻る。
そして全員の着席を確認し、先生は連絡事項を話し始めた。
「おはよう。いよいよ明日、文化祭本番だ。今日は午後から文化祭の準備に時間が当てられているが、午前中は普通に授業があるので余り浮つきすぎないように気を付けるように」
朝の挨拶と共に、今日の大雑把なスケジュール確認が行われる。先生が言うように今日は午前中だけの半日授業で、午後から明日の文化祭へ向けての準備だ。基本的に事前に準備している小物や書き割りなどの大物を設置していく流れになっている。
「部活の方で出し物の準備がある生徒は、離脱する前に責任者と事前に調整しておくように。何も言わずに、勝手に居なくなるなよ? 一応授業時間を利用しての準備だからな、無断欠席扱いにはならないが良い事ではないぞ。それと、実行委員の方も相談されたら無碍に断らず、出来るだけ調整してやってくれ」
「「「はーい」」」
先生の準備における注意事項の説明に、俺を含む生徒達は軽い感じで返事を返す。ウチのクラスの出し物の準備は会場設営が主な作業なので比較的、準備作業からの離脱は容易である。少し手伝うことを約束し、申請さえすれば大丈夫だろう。
普通こういう準備作業が行われる時、重量物の運搬等で人手がいるので離脱は嫌がられるが、去年とは前提条件が異なるので大きな問題にはならない。
「ウチのクラスは比較的探索者資格持ちの比率が高いから重量物の運搬に困ることは少ないだろうが、出来るからと言って一人では作業をするなよ。特に大物を運ぶ時は、最低ペアで作業するように。一人でやっていると、思わぬ事故に繋がったりするからな。前日の準備で大怪我をするような生徒が出たら、最悪の場合文化祭は中止になるぞ」
そう、去年と異なり探索者資格を持つ生徒が大勢居るので、人手を多くとられる運搬等で少人数化が可能なのだ。探索者キャリアの長い……それでも1年ほどだが、探索者が多く居る2、3年生はそれが顕著になるはずだ。
そしてキャリアが短くレベルが低い探索者が多い1年生でも探索者は探索者、小柄な女子生徒だとしても体が出来上がった大人と同じ程度の運搬作業は可能だろう。
「それと、資材調達や注文した物資の搬入の為に学校を出る生徒も居るだろうが、あくまでも授業時間中での準備だ。学校を出る必要がある生徒は、担任や部活顧問の許可を貰った後に出るように。無断で学校を出た場合、早退や欠席の対象になるから注意しろよ」
まぁ当然の注意である。先生が言うように、本来授業を受けているような時間に許可を得ずに無断で学校を出ればな。最悪警察のお世話になって、先生に迎えに来て貰うコースか?
そして他にも細々とした注意事項が幾つか説明された後、朝のHRが終わる。
「というわけだ。文化祭本番を目前にして浮かれる気持ちは分かるが、浮かれすぎて午前中の授業を疎かにしないよう気を付けるように。では、コレでHRは終了する……日直」
「起立、礼」
「「「ありがとうございました!」」」
連絡事項を伝え終えた先生は、俺達の礼が終わると同時に教室を足早に出て行った。何時もより早足だったので、先生も文化祭前で忙しいようだ。
そして先生が教室を出て行くと、クラスメイト達は再び席を立ち騒ぎ出し始める。
「俺達も部活の準備で離れるって、申請しておいた方が良さそうだな」
「一緒のタイミングで離脱出来るか分からないけど、そう多く作業があるわけじゃないからな」
「じゃぁ取り敢えず、柊さんの分も含めて実行委員に話だけは通してくるよ。こういう事は、早めに言っておいた方が良いだろうからな」
「おう、頼むな大樹」
というわけで俺は文化祭クラス準備の途中退席の許可を求め、実行委員との交渉へと向かう。素直に申請が通ると良いんだけどな……。
無事に午前中の授業は終わり、文化祭へ向けての準備が始まる。最初に担任の先生から改めて幾つかの注意事項が伝えられた後、クラスの出し物の準備作業が始まった。
といっても、掃除と机を移動させ教室内の飾り付けをするぐらいなので、大した労力は掛かっていない。事前に確りと準備をしていたので、実にスムーズに作業は進んだ。
「後は、飲食物の搬入だけかな?」
「それは当日搬入する予定のものだから、担当者が明日持ってきてくれるよ」
「つまり今日する予定の作業は、全部終わったって事よね」
準備開始1時間ほどで、ウチのクラスの出し物の準備は終了した。簡単簡単と言っていたが、思っていたより大分早く終わってしまったな。
なので俺達3人は実行委員に断りを入れ、部活の出し物の方に向かう事にした。今なら問題無く許可が貰えるはずだ。
「俺達部活の方の準備に行きたいと思うんだけど、行っても良いかな?」
「うん、良いわよ。こっちは大丈夫だから準備頑張ってね」
「ありがとう、頑張ってくるよ」
というわけで、許可を貰えた俺達は教室を出て部室の方へと移動する。道中、学校のアチラコチラから準備に勤しむ喧噪が響き渡っていた。時には喧嘩でもしているのか?と思える声も聞こえてくるが、良く耳を澄ませてみると飾り付けに使うオブジェの配置に関する討論だったので、問題無いだろう。
そして喧噪響く中を通り抜け部室に到着した俺達は、事前に相談していた展示物の配置を思い出しつつ丁寧に作業を開始。飾り付けも大した量は無いので、作業自体は直ぐに終わった。
「良し、コレで完成だな」
飾り付けが終わった部室の中を眺めながら、俺達はいよいよ明日に迫った文化祭に思いを馳せる。
やる事はやった事だし、後は出たとこ勝負だな。




