第411話 差し入れ選びって難しいね
お気に入り34210超、PV85860000超、ジャンル別日刊79位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
霜降りミノ肉を使った美味しいバーベキューのお陰で、色々あって精神的に疲労困憊していた俺達は大分癒やされた。やっぱり、美味しいモノを食べるだけで元気は出るものである。ダンジョンへ行く前はどこか影がある表情を浮かべていたらしく、家に帰ってきた時には満足げな表情を浮かべていた俺を見て母さんが少し驚いていた。ストレス解消に効果抜群だったと言うより、それだけ未発見ダンジョンの件でストレスを溜め込んでいたって事なんだろうけど。文化祭も目前に控えているので、何事も無く早めに解決して良かったよホント。
そして翌日、清々しい気分で目を覚ませた俺は手早く登校の準備をすませ美佳と一緒に家を出る。
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃい、気を付けるのよ」
母さんに見送られ、俺と美佳は家を後にする。美佳とオシャベリしながら周りを観察していると、文化祭が目前に迫っているせいか、通学路を歩く学生達の顔にはどこか楽しげな表情が浮かんでいた。お祭りは本番より、その前の準備が楽しいと言うが、正にそれだろうな。
そして暫く歩いていると、後ろの方から駆け寄ってきた誰かに声を掛けられる。
「「おはようございます!」」
「ん? ああ、おはよう」
「おはよう! 麻美ちゃん、涼音ちゃん!」
俺達に声を掛けてきたのはウチの部に所属する後輩、館林さんと日野さんだった。二人は俺に挨拶をすませると、早速美佳と一緒に3人で文化祭の話を始め盛り上がる。何と言うか、学年とクラスが違うので仕方は無いが、少し疎外感を感じるな。
そんな3人と一緒に俺は学校へと向かって歩いていく。
「でね、あそこの仕掛けが中々上手くいかなくて……」
「ああ、シーソーの所だね。ビー球が真っ直ぐ転がってくれないと、次の仕掛けに繋がらないから」
「そうそう。でも、あそこの仕掛けを変に変えるとさ……」
3人は楽しそうに文化祭でやるクラスの出し物について、意見を交わし合っていた。話の内容から察するに、出し物の仕掛けが上手く動作せずに困っている様だ。ただし、困っている様だが3人が浮かべている表情は、困難も楽しいと言った明るいモノである。どうやってこの難題をクリアしてやろうかと言った意気込みが、3人の笑顔からありありと伝わってくる。いやホント、全力で文化祭を楽しんでるな。
そして再び歩いていると声が掛けられ、もう一人合流する事になる。
「おはよう! 美佳ちゃん、麻美ちゃん、涼音ちゃん!」
「おはよう、沙織ちゃん!」
「「おはよう」」
声を開けてきたのは沙織ちゃんだった。沙織ちゃんは俺に向かって軽く会釈をして挨拶をした後、早速3人の会話に参加する。すると4人のオシャベリは更に賑やかになり、一緒に歩くには肩身が狭くなった様に感じ若干の居心地の悪さを憶えた。何となく周りから、好奇の視線が向けられてる気もするしな。
とは言え、今更一人で走って学校へ向かうというのもアレな感じだし、もう少しで着くのだから我慢するとしよう。俺は美佳達と距離を開けすぎないように意識を向けつつ、顔を前に向け無心になって歩みを進める。折角楽しく話しているので、無理に話に加わろうとすると迷惑がられそうだからな。
「じゃぁ、俺はココでお別れだな。皆、今日も一日頑張れよ。また放課後にな」
「はーい」
「「「はい、また放課後に」」」
結局、裕二と合流することも無く学校に到着した俺は、学年が違うので美佳達とは昇降口で別れた。教室への道中、同学年の生徒達を観察すると楽しげな表情を浮かべている者と、面倒くさそうな表情を浮かべる者が半々と言った感じだ。美佳達のように高校初めての文化祭に挑む1年生と、既に1度経験し他にもっと興味を引く事を知る他学年との温度差が凄いなと感じる。
まぁ2、3年生の学生探索者からすると、文化祭に時間使うよりダンジョンへ行きたいと言った感じなんだろうな。運にもよるが、放課後の短時間でもダンジョンに潜れば数万単位の収入が手に入る可能性がある。放課後にダンジョンで稼いで、休日に思いっきり遊びに使う……と言ったのが学生探索者の生活スタイルかな? 最近だと就職にも探索者としての成績が関わってき始めているので、実績を稼ぎたい3年生とかも居ると聞く。勢いのあるダンジョン系企業にスカウトされれば、経費企業持ちで安定的に高収入が得られるだろうしな。
俺が教室へ到着した時には、大体教室の半分の席が埋まっていた。クラスメート達の漏れ聞こえる話に耳を傾けてみると、その多くが文化祭に関する話である。出し物の衣装の準備はどうか、机などの貸し出し手続きはどうか、飲食物の持ち込みの手順は……等と、楽しそうに話していた。他にも所属する部活の出し物についての相談や自慢など、若干疲れた表情を浮かべている者もいるが楽しそうだ。
つまり、今クラスにいる者が積極的に文化祭に参加しているグループという感じか?
「おはよう」
軽く挨拶をしながら教室へ入ると、俺の登校に気付いた何人かが挨拶を返してくれる。それらに会釈で返礼をしつつ自分の席へと向かい軽く周囲を観察してみたが、まだ裕二も柊さんも登校していなかった。オマケで重盛も来ていないので、取り敢えず自分の席に腰を下ろし授業の準備をしておく。
そして時間が経つにつれ次第に登校してくる生徒は増え、俺が登校してから10分ほどすると裕二が登校してきた。
「おはよう裕二、昨日振り」
「ああ、おはよう」
「昨日は運が良かったね、お陰で美味しい思いが出来たよ」
「そうだな。また機会があれば、食べたいな」
昨日の霜降りミノ肉バーベキューの味を思い出し、思わず俺と裕二の頬がだらしなく崩れた。あの味は、何度食べてもまた食べたいと思う味だからな。ただ、運任せで手に入れるには難易度が高いから、集中的にミノ狩りをする必要があるんだけど。その階層に居るミノを絶滅させる気で集中して狩れば、一つは手に入るかな?
まぁ同じ階層で活動する他の探索者達の批判に遭いそうだから流石にそんな事はやらないけど、やろうかな……と言う誘惑に惹かれる魅力はある。
「そうだね。それはそうと、アレから2日経つけど何か変化は無い? 桐谷さんからとかさ?」
「いや、特にコレと言った連絡は無いぞ」
「そうなんだ。と言う事は、向こう関係でこれ以上俺達が関わる事は無いって事かな?」
「取り敢えずは、そう思っていて良いと思うぞ。一応、月末には学校の文化祭があるからって言って置いたから、それを考慮して待って居てくれてるのかも知れないな。もしかしたらその内、店舗の方に呼び出され……打ち合わせの来店予約をお願いされるかも知れないぞ」
コレだけ色々な所に関わる事件?に関わった以上、桐谷さんの方からも不動産屋さんとしての対応があるかも知れないからな。一応重蔵さんの紹介って言う形で来店してるから、取引停止なんて事にはならないと思うんだけど……今度行く時には豪華な手土産を沢山持って行こう。恐らく今回の件で、かなり大変な目に遭ってるだろうからな。役所への申請書類の手続き関係だけでも、一体どれくらい提出しないといけない事になったのか想像も出来ない。
何か良いモノは無いか、裕二と柊さんと相談しておいた方が良いだろうな。
「確かに、俺達と協会関係の方は終わったけど、桐谷さん関係の方はまだまだだからね。少なくとも、1度は顔を合わせて話し合わないといけないかな」
「そうだな。流石に電話口だけで……ってのは失礼だろうしな。コレだけ色々迷惑を掛けているとなると」
「俺達がどうこうって言う話じゃ無いけど、俺達がお願いした仕事中に起きた事だしね。コレからも仕事をお願いする立場なんだし、菓子折持って陣中見舞いに行った方が後々の為になるかな」
「確かに誰が悪いって話では無いにしても、コミュニケーションの問題だからな。大変な目に遭っている時に気を使って貰えると、後々余裕が出来た時に親切にして貰える。悪くても、悪印象は持たれにくくなるだろうさ」
今回の件で、会社全体を規定業務以外の書類地獄に叩き込んだ元凶が何のフォローも無く、のほほんとしていたらイラッとくるだろうからな。理性では分かっていても感情的に納得出来ないという事はままあるので、悪印象を持たれないように動いておくに越したことはない。直接力を貸す事は出来ないにしても、陣中見舞い、差し入れ、名称は何でも良いが、休憩時間でつまめる物を差し入れておくべきだろう。自分らでも実感したが、美味しいモノを食べれば少しは精神的に楽になるからな。
と言うわけで、その手の品に詳しそうな裕二に聞いてみることにした。
「じゃぁお店に行く時には、手土産を持って行った方が良いだろうな。裕二、何か良い差し入れ商品って知ってる?」
「差し入れ? ああ確かに、手ぶらで行く訳にもいかないしな。しかし差し入れか……何が良いだろう? 無難な所だと、贈答品の菓子詰めセットか? メロンなんかの果物だと、会社で分けるとなると切ったりする必要があって少々手間が掛かるしな。コーヒー粉スティックなんかのインスタント飲料……陣中見舞いの差し入れには微妙か」
「お歳暮みたいな、ゼリーや缶詰セットとかは?」
「それも悪くは無いと思うけど、あんまり嵩張る系の物は貰う方も困るだろうからな。それに桐谷さんの所の社員さんが何人居るか分からないから念の為に、そこそこの数は用意して置いた方が良い。数が足りずに誰々さんは貰ってないとかってなったら、ただでさえ忙しいだろう所に無用な不協和音を立てることになる。だから嵩張らずに、全員に行き渡るだろう数が多く入ってる物の方が良い」
差し入れって難しいな、色々と考えないといけない。特に相手の事が良く分かっていないと、何をどれくらい用意すれば良いのかサッパリだ。確かに自分にしても、妙な物を差し入れとして貰ったら処理に困るだろうからな。無難や定番と言われるお土産品が選ばれ、長年愛用される理由が良く分かる。貰う方にしても、定番の品と分かってる方が貰う時に気を使わなくて済む。
となると、俺達も定番の品をそれなりの数用意した方が無難かな。コチラとしても変に悩まなくてすむし。
「そうなると駅前の何処かのデパートで、洋菓子の詰め合わせセットでも買って行くかな? 100もあれば、足りないって事にはならないだろうしさ」
「そうだな。変に物珍しさや流行に拘るより、それが無難な選択じゃ無いか? 20個入り位のを5、6個用意すれば、まぁ足りないって事は無いだろうさ」
「じゃぁ裕二、それ系の品でオススメの店はある? それなりの品を持って行った方が良いだろうしさ、迷惑料の意味も込めて」
「そうだな、臨時収入があったから予算は考えなくて良いとすると……」
俺の質問に裕二は顎を手でさすりながら、条件に合うお店のピックアップ作業に勤しみ始めた。友達の家に持っていく手土産なら近所の個人的に使うお店の品でも良いのだろうが、この手の場合に持って行く品となるとそれなりに一般認知されているお店の物の方が良い。店名を聞いて直ぐに、あのお店のお菓子かと分かって貰う方が差し入れとしては効果的だろうからな。コチラは貴方との関係を重視し、それなりの物を差し入れして居ますよと。まぁ、一種の盤外戦術だな。まぁ有名だからと言って、確実に誰もが差し入れの意図に直ぐ気付くという事は無いだろうけど。後になって気になって調べた時に気付いて貰えれば、まぁ効果は減るが意図は伝わるだろう。
面倒ではあるが、差し入れ一つで悪感情をいだかれずにヘソを曲げられ無くなるのなら、多少の手間を掛けることくらい何て事は無い。それに今の時代は東奔西走せずとも、最寄りのデパートに行けばそれなりの品は簡単に手に入るしな。
「裕二、予算があるからと言って変に高い品でなくていいからな? 程々で頼む」
「分かってる。変に高い物だと貰う方も困るだろうし、特に俺達のような学生が持って行けば向こうとしても受け取りづらいだろうからな」
桐谷さんも俺達が探索者としてそれなりに稼いでいる事は把握しているだろうが、それとコレとは別だからな。相手に変な気遣いを強要するような差し入れなど、面倒を掛けている相手への謝罪の意味の籠もった差し入れでは無くなる。一時の癒やしにと、気楽に食べきって貰える物の方が良い。
と言うわけで、暫くアレだコレだと話あっている内に登校してきた柊さんも交え、俺達は桐谷さんの所へ向かう際の手土産について相談しあった。




