第410話 気分転換は美味しいモノを食べるに限る
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無事にダンジョン協会との面談を乗り越えた翌日、俺達3人は気分転換というわけでは無いが何時ものダンジョンへと足を伸ばしていた。今日は軽く動くだけにして、攻略階層の更新は行わないつもりだ。
まぁと言うか、日帰りの一日だけではそれほど潜れないだけなんだけどな。
「何だか、久しぶりの気がするな。こうして気兼ねなく動くのは……」
「まぁ、そうだな。アレを見付けた時に軽く潜ったけど、アレは探索って感じじゃ無かったからな」
「そうね。ここ暫くは文化祭の準備や練習場探しの内見に掛かりっきりだったから……2週間振り位かしら?」
足早に人が減りはじめる階層まで潜った俺達は、階層移動の最短経路から少し離れた位置まで移動しモンスター数体と戦っていた。まぁ戦うと言うより、偶々出て来たから迎撃したって感じだけど。
因みにドロップアイテムとしては、コアクリスタルが1個出ただけとショッパイものだ。
「2週間振りか……1ヶ月以上経っているような感じがするんだけどね」
「色々あったからな、忙しすぎて短く感じるんだろうさ。とは言え、もう文化祭目前の9月も終わりかけだけど」
「そういえば、文化祭も来週あるのよね。もうイベントはお腹一杯って感じがするわ……」
柊さんが言うように、文化祭まであと一週間を切っている。文化祭の出し物の準備自体は順調に進んでいるのでさほど心配はいらないのだが、俺達は既に開催前に疲労困憊と言った感じである。
更に文化祭まで残りわずかという事で、学校の皆のテンションは上がる一方なのも考え物だ。正直に言うと、ちょっと今の心境ではついて行けません、と言った所である。
「文化祭か……準備は殆ど終わってるけど、何だかやる気が出ないな」
「例え俺達はそうだとしても、他の奴らは楽しみにしてるんだ。クラスの奴らは兎も角、美佳ちゃん達だって高校初めての文化祭だって楽しみにしてるんだぞ? なら、出来るだけ表に出さずに乗り越えるしか無いだろう?」
「そうね、折角楽しみにしている所に水を差す事は無いわ。あと一週間なんだし、気合いを入れましょう」
俺達は軽く溜息をつきつつ、頬を軽く叩き気合いを入れる。
クラスの出し物については消極的ではあったが、俺としても文化祭自体は少し楽しみにしていた。こういった、学校単位で騒げるイベントは少ないからな。特にダンジョン関係で荒れる?事になった体育祭と違い、まだ穏便に楽しめそうなイベントだ。ダンジョンの登場で変わりだした世界、どんな出し物が文化祭で出てくるのか楽しみではあった。
道中、モンスターを倒しながら更に階層を降りていくと、段々と探索者達の顔ぶれが変わってくる。協会のマークとは別に、同じ組織を表すマークが付いているのだ。装備品も多少の差はあれ、殆ど共通の物を身に纏っている。
「この辺の階層になってくると、段々と企業系探索者の人数が増えてきたな」
「ここら辺まで潜るとなると、少人数パーティーだと物資の問題が出てくるから。ダンジョン内で泊まらずに日帰りを考えると段々と移動速度的にキツくなってくるからね。移動速度の速い高レベル探索者じゃないと、ここから先は少人数パーティーだとキツいよ」
「逆に企業系探索者パーティーなら数を揃えて、低レベル探索者が主でも拠点を設置して腰を据えた探索が出来るものね。補給線が確りしていれば長期間の探索も出来るから、最初は大変でも人が育てば成果はトップ層の高レベル探索者パーティーにも見劣りしないわ」
そして更に一階層潜ると、階段前広場に幾つもの所属企業の社章?が入ったテントや陣幕が張られているのが目に入る。探索を終えて戻ってきたパーティーや、輸送班と思わしきパーティーが慌ただしく作業を行っていた。かなり手際よく作業は行われており、慣れ親しんだやり取りのようである。
そして、企業所属では無い少人数パーティーである俺達が階段を降りてくると、若干の申し訳なさと迷惑そうな表情が入り混じった表情を浮かべているのが印象的だった。
「少し、居心地が悪いかな……」
「拠点を作るようになって、縄張り意識ってのが出来てきたのかもしれないな。今はまだ良いけど、拠点設置に関する何かしらかの共通ルールはあった方が良いかもしれないな」
「そうね。探索の成果に企業利益が掛かっている以上、拠点設置しやすいココの独占を目論む所は何れ出てくるかも知れないわ。拠点設置に関するルールは今現在無いのだから、早い者勝ちだとか言い出すかも知れないわね」
所属人数が増えれば増える程に人件費や拠点の維持費が掛かり、利益を出すには多くの成果を上げる必要があるからな。毎回毎回スキルスクロールやマジックアイテムなどの高価値ドロップアイテムが手に入るわけでは無い以上、多少査定額が安かろうがモンスター肉の確保などで数を熟すしか無い。
そうなると業績が厳しい企業が考えるであろう事は、競争相手の減少や狩り場の独占だ。同階層にいる人が減ればモンスターと遭遇する機会が増え、ドロップアイテムが手に入る可能性が上がる。そもそも競争相手が居なければ、効率的な利益の独占さえ可能になる。明確なルールが決まっていないのであれば、企業経営が上手くいかず切羽詰まって来ればやる所も出てくるだろうな。
「その辺の規制もその内……って言いたいけど、ダンジョン内での拠点設置権何て誰が管理するんだって話なんだろうね? 権利って事は、最低限利用の有無を管理する必要があるしね」
「上の方の階層帯なら協会でも管理出来るだろうけど、20階層近くになったらまず管理は不可能だろうな。所属探索者達の実力的に」
「アソコに所属する探索者っていうのは半分、救済措置のセーフネット的な意味で採用されたって感じなのよね。深い階層に潜る実力が無くてもできる仕事、新人探索者とかが通う浅い階層の警邏や地上部分の警備、ダンジョンイベントの際のスタッフって言う役回りが主だろうし」
そう。例え設営ルールを作ったとしても、取り締まりをする方に守らせる力が無ければ有名無実化するだろうな。例えば協会所属の人間が辿り着けもしないような階層に一大拠点を設置し占領されたと苦情が来たとして、撤去命令を出そうにも事実確認が出来無ければ命令は出せない。その上、苦情の対応として撤去指示を出したとしても、撤去してないのに既に撤去済みだと答えられたら、目的階層に到達出来る実力が無ければ事実確認さえ取れない。
そして、そんな事を何度も繰り返していれば、協会は管理出来ないのだから何をしても良いと考える輩が出てくる可能性がある。そうなってしまえば、その内ダンジョン協会は口先だけの組織で探索者の行動を管理する能力は無いと思われてしまう。だからこそ、宮下さんは俺達のような学生探索者にもスカウトの声を掛けたんだろうな。
「自衛隊の探索チームとかから、人員を引っ張って来れないのかな? 一応協会も国の出先機関の一つなんだし、出向って形でさ……」
「難しいだろうな。民間開放されてるダンジョンを全て管理するとも成れば、相当な人数が必要になるはずだ。それも30階層以下にもいける人材ともなれば、自衛隊の探索者チームと言えど限られてくるだろうし、その辺のレベルの人材は最前線の探索チームのバックアップを担う存在になると思う。それをゴッソリ、ダンジョン管理の為だけに長期間貸し出してくれるかとなると……」
「無理だと思うわよ。自衛隊の方もダンジョン攻略は国際バランス関係で常時進めたいでしょうから、そのバックアップを担う人材を大量かつ長期間放出するって事はしないはずよ。短期間なら分からないけど、ダンジョンの管理なんて殆ど期日があって無いような案件でしょうからね」
開放しているダンジョンに探索者達が潜っている以上、協会は管理し続ける必要があるからな。その管理人材ともなれば任期による交代はあるにせよ、仕事としてはダンジョンがある限りなくなることは無い。常時それだけの人数を貸し出すともなれば、負担は凄い事になるだろう。そうなってくると自衛隊の常時協力は得られがたく、やはり何れはダンジョン協会独自の管理部隊が必要になってくるだろうな。
それも、それなりの実力と人数の伴う組織がだ。
「スカウトした人材を中心に並行して人材を育てるにしても、組織を作るには相当時間が掛かりそうだね。しかも、ある程度組織に帰属意識が作れ無いと退職して独立しそうだ」
「とは言え、何れは必要になる類いの組織だ。今の段階からでも少しづつやるしか無いだろうな」
「その為の第一歩が、私達の様な人材のスカウトだったって事かしらね」
刻々と変わっていくダンジョン事情に対し、色々な対策をとる為に奔走している宮下さん達に頭が下がる思いだ。放置していれば悪化の一途を辿り、対策しようにも基本的に成果が出るまでは時間がかかる為、仕事をしていないように思われる……か。
色々と手探りな時期とはいえ、損な役回りだな。
「そうだろうね」
俺達は企業系探索者パーティーが拠点を造っている階段前広場を後にし、ダンジョン奥へと進んだ。
ダンジョンの中を適当に歩き巡っていると、美味しいアイツが現れた。
「「「「ブモォォォ!」」」」
血走った目付きで俺達を睨付けながら、大きな咆哮を上げながら4体のミノタウロスが俺達に向かって走って来た。正面から4体同時に突撃を仕掛けてきたので、俺と裕二が前衛に立ち柊さんに後方警戒を任せる。俺と裕二は武器を振るえる距離を保ち通路の左右に分かれ、ミノタウロスの迎撃にあたった。
「裕二、右から攻めるね」
「じゃぁ俺は、左側だな」
「後ろは任せて」
軽い打ち合わせをした後、俺と裕二は剣を抜き一気にミノタウロスに攻撃を仕掛ける。間合いに入るまで待って迎撃するという選択肢もあるが、対多数戦の場合は自分に有利な状況を作るのが先決だからな。
と言うわけで、俺と裕二はまず外側の2体から攻撃し始めた。
「ふっ!」
「せいっ!」
「「ブモッ!?」」
俺と裕二が首を刎ねた事で立つ力を失った2体のミノタウロスが走る勢いそのままに倒れた事で、残りのミノタウロスは巻き込まれ転倒。慌てて立ち上がろうとしたが、その姿は隙ばかりだったので逃さずに俺と裕二は残る2体のミノタウロスの首も刎ねる。良し、上手くいった。巻き込まれたミノタウロスが転倒したのは少々予想外だったが、お陰で苦労せずに倒せたな。
そして倒したミノタウロスが粒子化し始めたのを確認し、俺と裕二は緊張を解いた。
「ふぅ、上手くいったな」
「そうだな。さて、何が出るかな……」
「お肉が一つ出れば良い方じゃ無いかしら?」
また厄介なマジックアイテムが出てもややこしいので、今日は普通にお肉が出る方が嬉しい。普通の探索者パーティーなら、ココでスキルスクロールやマジックアイテムが出るのを祈る所だが、既にお腹一杯な状況の俺達としては、交通費が賄える程度のドロップアイテムが出れば十分な所だ。
また数百万にもなる様なレア物が出ても、扱いに困るだけだからな。
「さて、何かな……って! コレは!?」
俺達の視線の先、4体のミノタウロスが倒れた後に現れたドロップアイテムは1つ。始めは大きさと形からミノ肉だと思ったのだが、良く良く見てみると違っていた。
今回ドロップしたコレは……。
「「「霜降りミノ肉!」」」
俺達でも滅多に入手出来ないレア物、霜降りミノ肉だった。面倒になるからレア物はいらないと言ったが、こう言ったレア物ならば大歓迎だ。
俺は素早く霜降りミノ肉を回収し、二人によく見えるように差し出す。そして少々相談した後、俺達は一つの決断をする。
「良し、今日はもう引き上げて。そしてコレを食べよう!」
「確か下の町にバーベキュー場があったはずだ、駅に看板でてたしな。そこで食べようぜ!」
「近くにスーパーもあった筈だし、他の材料も直ぐに調達は可能よ!」
ダンジョンに来た時は精神的疲労で沈みきっていた俺達のテンションも、霜降りミノ肉と言う抜群のカンフル剤のお陰で一気に平常……平常以上に回復した。やっぱり人間、落ち込んだ時は美味しいものを食べるに限るよな。
俺達は美食に期待し目を輝かせながら、周りの探索者に高レベル探索者なら不審がられないであろう速度で一気にダンジョンを駆け上がった。お陰で短時間でダンジョンを出たので早めの夕食では無く、遅めの昼食ですませられそうだ。
「さっさと査定を終わらせて、コレを食べに行こう」
「ああ。じゃぁ移動時間も見て、1時間後で店に予約を入れとくな!」
そして素早く着替えと査定をすませた後、俺達は途中食材を調達しつつ予約していたバーベキュー場へと向かう。思いっきり動いて気分転換出来れば上々と思っていたが、思わぬサプライズ品のお陰で気力を持ち直せそうだ。コレなら文化祭まで、十分にやっていけるな!
追伸、霜降りミノ肉は何度食べても最高に美味しかったです!




