第409話 スカウトはお断りしたいと思います
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意外にスムーズに面談も終わったと一安心した所に、宮下さんが発した一言。俺達は虚を突かれそうになったが、元々想定していた事態である事を思い出し直ぐに正気を取り戻す。
俺達がこれまであげた実績を考えれば、協会からスカウトの声が掛けられるのはある意味当然だからな。実際、断って貰っているが今も学校の方には、俺達宛てにダンジョン系企業なんからスカウト話が何度も届いてるそうだ。
「協会専属に……ですか?」
「ええ。皆さんがコレまで上げられた実績の方は、協会の方でも大変興味深く評価されています。未成年の学生探索者でありながら、国内民間探索者グループとしてはトップクラスの実績を上げられていますからね。ダンジョンの入場記録の方を調べさせて頂きましたが、主に週末を利用し探索を行われていらっしゃいますよね?」
「まぁ、そうですね。あくまでも俺達学生の本分は学業だと思っていますので、学業に支障が出るような探索は慎んでいます。少し前に問題になったように、ダンジョン探索にのめり込む余り留年したなんて言う事態は避けたいですから」
「それは立派な心がけですね。私達の立場としましてはダンジョン攻略が進むのは喜ばしい事なのですが、学生探索者さん達が探索にのめり込むあまり留年するという事は望んでいません」
宮下さんは少し無念そうな表情を浮かべながら、嘆くような声色で愚痴のような感想を漏らした。恐らく春先の留年生大量発生問題で、協会の管理運営に問題があるのでは無いかと色々突かれていたせいだろうな。正直アレは協会と言うより、留年するほどダンジョン探索にのめり込んだ学生探索者当人の問題だと思う。
何せダンジョンに一時期人が集まりすぎ、入場規制が掛けられた時期だってあったのだ。加熱しすぎたダンジョンブームに水を差す出来事であり、熱くなりすぎた頭を一旦冷やすチャンスは誰にでもあった。実際、多くの学生探索者はあの出来事のお陰で探索頻度を考え直し、ギリギリではあるが留年は免れたという学生探索者は多かったと聞く。それでも留年したとなれば……ね?
「はい。ですので学生のウチは休日等を使ってダンジョン探索を行うだけにし、学業に無理が出るような探索は行わないつもりです」
「なるほど。そう言った方針なのでしたら、皆様の探索時間が学生探索者の平均探索時間を少し下回る程度なのにも納得です。高い実績を上げている学生探索者グループの方達の多くは、休日だけで無く平日にも探索をされているので平均の倍以上の時間をダンジョン探索に当てられていますからね」
「……そんなに探索に時間を割り当てて、その人達は大丈夫なんですかね?」
「さぁ、どうなんでしょう? 春先の事もありますし、皆さん程々に自制されているとは思うのですが……現状のまま続くと余りよろしくないとは思います」
休日をメインに活動している俺達で平均の少し下程度なら、平均の倍以上ともなれば出席日数を削ってまで探索している連中は多いのかも知れない。また今年の終わりにも、大量の留年生が出るって事なのかな?
宮下さんの浮かべる頭痛を堪えているような表情を見るに、その可能性は少なく無さそうだ。
「そうですか。まぁそう言う訳で申し訳ありませんが、学生である内は学業とダンジョン探索の両立をと考えていますので、どこかに所属しダンジョン探索へ行くと言うのは今の所は考えていません。学生を終えたら将来的に、探索者業へと本格的に進む事もあるかも知れませんが」
「……分かりました。皆様がそう言う方針でいらっしゃるのなら、無理強いはしません。ですが、協会としては優秀な人材を求めています。この先、ダンジョン業界はますます需要や規模が大きくなっていくと考えていますが、それを適切に運営管理する為にもダンジョン協会では何より優秀な人材が多く必要になってきます」
俺達の探索方針を裕二から聞いた宮下さんは、俺達3人の顔を一瞥しつつ真摯な眼差しを向けながら軽く頭を下げてきた。
「ダンジョン業界が適切に管理運営されるという事実は、コレからの安定した社会を目指す道程に大きく関わる問題です。既にダンジョンから産出されるドロップアイテムにより、社会は大きな変革期を迎えています。エネルギーを始め食料に資源、何よりレベルやスキルという強力な力を得た人材。これらを一切の漏れなく厳格に管理するというのは難しいでしょうが、守るべき最低限のガイドラインを作ることは出来ます。そして作られたガイドラインを人々に守って貰うには、それを運営管理するだけの力がダンジョン協会にはあると多くの人達に思って貰う必要があります」
「思って貰う……ですか」
「はい。とてもではありませんが、ダンジョン協会に決まりを強制させるような力は持てません。ですが、持っていると思わせることは出来ます。その為にも多くの優秀な人材が必要になります、決まりを守らせる実行力があると思わせる為にも……」
「「「……」」」
宮下さんの話に、俺達は思わず聞き耳を立て考え込む。確かに今はダンジョン業界は黎明期、ドロップアイテムや探索者がドコまで出来ドコからが出来ないか曖昧な時期だ。良く分からないからこそ、今はダンジョン出現前の決まりを守って動こうと言う考えの者が多く、社会は安定しているように見える。レベルやスキルと言った力を得ても、今まで培われてきた常識というタガがあるからだ。
しかし万が一、何かの弾みで1度でもタガが外れてしまえば? 社会不安というのはパンデミックなどと同じで、1度広がり始まってしまえば抑えきるのは難しい。そんな万が一の不安材料が生まれない為にも、多くの人々に最低限のガイドラインは守るべきと思わせる体制を整える必要がある。その為にダンジョン協会がとっている対策が、優秀な人材の確保と言う事なのだろう。
「ですので、皆様が協会に属しても良いと思ったのなら、何時でも良いのでお声を掛けて下さい。コレまでの皆さんの実績を調べさせて頂きましたが、実力に人柄共に申し分ないどころか是非ともウチに属して欲しいと考えています」
「……高く評価して頂きありがとうございます。ですが自分達はまだ成人もしていない未熟な学生の身、学業や人としての研鑽を続けたいと思います。何れはお力になれるかも知れませんが、今の自分達ではダンジョン探索で得た力は振るえど、宮下さんが望むような成果は得られないと思いますので」
裕二は残念気な表情を浮かべながら、宮下さんの申し出を断る。確かに探索者としての実績だけを見れば、俺達は相当な実力者だと評価して貰えるだろう。だけど直接俺達に接したことが無い人達の視点で見ると、俺達はダンジョン探索に偶々成功し力を得た調子に乗ったガキとしてみられる可能性が高い。自分より年下の者が自分より上と認めるというのは、若者や年配者問わずに容易なことでは無いからだ。特に俺達は探索者をやれる最若年齢層の高校生、どれだけの人が知名度がある公式大会などの明確な記録を残していない俺達の事を認める度量がある事やら……。
「……そうですか」
「申し訳ありません」
「いえ、コチラこそ唐突な申し出を真剣に検討して頂きありがとうございます。では、その何れが来る事に期待させて頂く事にします」
「ははっ……何れかは何れかですよ。この先どうなるのか分からないですからね、期待しすぎないで下さい」
裕二と宮下さんは互いに微笑みを浮かべながら、朗らかそうな声色で結論を述べ合う。端から聞くと社交辞令染みたやり取りに聞こえるが、互いに目は一切笑っていない所を見るに最後の牽制合戦を行っているのだろう。何れって事はウチに来るんだよね?と言外で言いたげな宮下さん。何れは何れで未定ですよと言外に返す裕二。
最後の最後だというのに、会議室には緊迫した空気が一瞬だけ流れた。ホント、最後まで気が抜けないな。
録音データのコピーを渡し終え会議室を後にした俺達は、宮下さんと宇和島さんに見送られながらダンジョン協会支部の正面玄関エントランスまで移動してきていた。裕二は見送りは良いと遠慮したのだが、コチラの都合で呼び出したのだから玄関までは見送らせて欲しいと宮下さんが主張したので、強固に断るのも失礼だと考えこうなったのだ。
結果、協会に来訪しているラフな格好の探索者や協会との交渉に来ているっぽいスーツ姿のダンジョン系企業の営業マン?達に、協会職員が態々見送っている事に何事だと注目され微妙に目立っている。変な噂が立たなければ良いなと思ったが、少し考え逆だと思い至った。宮下さん達は俺達と同行する事で態と目立ち、俺達と協会が懇意にしているとアピールし牽制しているのだと。
「本日はお忙しい所、態々ご足労頂きありがとうございました」
それを証明するように、宮下さんと宇和島さんは軽く頭を下げながら俺達に向かって丁寧に感謝の挨拶をする。その際、二人が頭を下げた時に一瞬周りで見ていた人々から驚きの気配が発せられたので、この時点で宮下さん達の企みは成功したと言えるだろう。宇和島さん達の顔を知らない探索者達も、上役と思しき協会職員に丁寧な対応をされる俺達を警戒し注目するだろうし、宮下さんや宇和島さんの顔を知っていると思しき営業マン?達は興味は持てど協会から不興を買わないように下手な接触はとらないだろうからな。
俺達の事をスカウト候補として唾付けしておきたい協会としては、コレで周囲への軽い牽制としては十分な効果を得られたはずだ。逆に興味を持って接触しようとする軽い考えの者や協会の圧などモノともしない猛者も出て来そうだけどな。
「いえ、コチラこそ丁寧に対応して頂きありがとうございました」
小さく微笑みを浮かべながら裕二は宮下さん達に丁寧な口調で返答しつつ、自然な動作で右手を差し出す。すると宮下さんも自然な動作で右手を出し裕二と握手をかわした。
うん、端から見ている人には良好な関係を築いているように見える光景だな。
「今日はありがとうございました、またお会い出来る事をお待ちしています」
「本日はお世話になりました」
まぁ当人同士は最後の最後まで、相手の言質を取ろうとしたり言質を取らせないように牽制し合ってるんだけどな。この機会で得た俺達との縁を切らせないようにしたい宮下さん達協会と、協会がらみの面倒事を避けたい俺達。こう言った場合のお約束に従うなら、ココで互いに力の限り握手をし合うというまでが様式美である。だが、裕二がそんな真似したら間違いなく宮下さんの右手は粉砕骨折と言う酷い有様になるので、互いに力を余り入れずに普通の握手を交わすだけの挨拶をしていた。
そして俺達は宮下さん達に見送られながら、ロータリーに止まっていたタクシーに乗って協会支部を後にする。
「……ああもう、疲れた! やっぱり俺、苦手だよあんな交渉!」
「ホントにな。裕二、御苦労様」
「ありがとうね、広瀬君。広瀬君が表立ってくれて助かったわ」
タクシーが走り出して暫くすると、交渉モードの澄まし顔を浮かべていた裕二が心底疲れたと言いたげな表情を浮かべながら愚痴を漏らし始めた。まぁ宮下さんとアレだけ大人顔負けの交渉を繰り広げていたのだ、それは疲れるだろうな。
俺と柊さんは裕二に表立って貰った事にお礼を言いながら、裕二と同じように大きく息を吐きながら肩の力を抜いた。
「お主等……気を抜くのも良いがもう少し加減をせんか。突然のお主等の豹変具合に、運転手さんが驚いておるぞ? すみませんな、こんな孫達で」
「ああ、いえ。お気になさらないで下さい」
ルームミラー越しに見える呆れたような表情を浮かべる重蔵さんの眼差しが、後席に座る力が抜け崩れ落ちる俺達に突き刺さる。重蔵さんが言うように運転手さんも、俺達の変わりように驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。まぁ、衣装負けせずスマートカジュアルを着熟していた若者が、いきなり溜息と共に気を抜き崩れ落ちれば驚くよな。
俺達は軽く咳払いをしつつ、見苦しくない程度に姿勢を正し座り直す。
「まずは、お疲れ様と言っておくかの。二人は初めての交渉事にしては、中々良い感じに出来ておったと思うぞ。あと何回か経験を積めば、気押される事も無く意見を言えるようになって行くじゃろう。裕二も中々上手く相手の要求を躱せておったし、まぁ及第点はやれる出来じゃったな。とは言え、ダメだった所も多々あったので、帰ったら反省会と今後の動きについての検討を行うかの」
「「「……はい」」」
こうして今回の協会との面談は重蔵さん曰く、反省点は多々あるものの一先ず及第点は貰える程度の成功となった。コレでダンジョン発見に関する諸々は一段落したと思って良い筈だ。
……良いよね?




