第408話 面談は終了……
お気に入り34040超、PV84720000超、ジャンル別日刊66位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
コミカライズ版朝ダン、スクウェア・エニックス様より書籍版電子版にて販売中です。よろしければお手に取ってみてください。
マジックバッグの換金額が非課税対象になると言う嬉しいサプライズ発表があったが、面談はまだまだ継続中。ココで気を抜いていると痛い目を見ることになるので、俺と柊さんは素知らぬ表情を浮かべながら与えられたプレッシャー要員のお仕事を続ける。
そして裕二も特に動揺した様子も見せずに、宮下さんとの話を続けていた。
「ではコレで、御提出頂いたドロップアイテムの換金関係に関するお話は終わりとさせて頂きます。何かご質問はありませんか?」
「では一つ、確定申告の際に何か手続きの方は必要ですか?」
「今回の件に関する税手続きは不要です。非課税対象となりますので、ご自由にお使いになられて大丈夫ですよ。但し、今回の件で得られたお金を親御さん等に分配しようとされますと、贈与の対象になりますので贈与税が掛かる場合がありますので気を付けて下さい」
「分かりました」
つまり、今回の件で得たお金を両親や美佳に幾らか渡そうと思ったら贈与税と言う形で税金を持って行かれるから、それが嫌なら自分で使えと言う事か。……世界一周などの高額海外旅行プレゼントなんかはダメとしても、ファミレスで食事を奢るくらいならセーフかな? まぁ噂で良く聞く、宝くじが当たっても他人に吹聴したり無駄遣いするなって言うのを守ってれば大丈夫か。
そんな事を考えながら裕二と宮下さんのやり取りを聞いている内に、話は次の話題へと進もうとしていた。
「他には何か、ご質問ありませんか?」
「俺の方は大丈夫です。……二人は何かあるか?」
「俺の方も取り敢えず大丈夫かな」
「私の方も大丈夫よ」
何か質問は無いかと裕二が確認をとってきたので、俺と柊さんは言葉短く特にないと答えを返しておいた。と言うより、税金関係の手続きが不要と言うのなら、他に何を聞いたら良いのか分からなかったので黙っているって感じだけどな。下手なことを口にして、ボロが出ないように。
そして俺達の反応を見た宮下さんは、軽く頷いてから問題無いと判断し次の話題を口にする。
「では他に質問も無いようなので、次のお話に入らせて頂きたいと思います。よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
次の話……いよいよ俺達が呼ばれた本題の話って事だな。
宮下さんは軽く咳払いを入れた後、姿勢を正し俺達の顔を軽く一瞥し、俺達もその仕草につられるように姿勢を正し、真っ直ぐ宮下さんの顔を見る。
「では、改めて説明をさせて頂きます。今回の件でご存じになられたと思いますが、協会としてはマジックバッグの存在が公になるのは時期尚早と考えています。コレは国も同じ考えで、消費者の需要にある程度応えられる量が確保出来る手段が確立出来るようになるか、マジックバッグ自体を製造出来るようになるかまでは表沙汰にしたく無いと言ったモノです。現状でマジックバッグの存在が公になると混乱が起きるのは必至、何せ需要を全く満たせる見通しがありませんので。品不足による希少性から超高額で取引されるようになるだけならばまだ良いのですが、マジックバッグを欲する余り凶行に走った者により所有者が襲われたり盗難に遭う様な事態は避けたいと考えています」
「そのお考えには同意します。現状、この国でマジックバッグが入手出来るのはこの資料を見た限り、今回のような稀なケースか自衛隊の一部精鋭位でしょうから。それも運が良ければ、と言う但し書き付きでです。とてもではありませんが、現状で需要を満たせる見通しなんかありませんから」
宮下さんの説明に同意するように頷きながら、裕二は先程渡された資料に目線を落としていた。俺と柊さんもつられるように資料に目線を落し、マジックバッグの入手状況に軽く眉を顰める。どうやら資料を見る限り、マジックバッグは結構レア率が高く中々手に入れられないらしい。
無論、俺達に見せるような資料に全ての事情が載っているという事は無いだろうが、現状で需要を満たせる可能性は無いだろうな。でなければ、偶然マジックバッグを手に入れたというだけで、この手の資料を見せてくるわけ無いだろうからな。さっきの宮下さんの説明の中にあった所有者に対する凶行云々も、説明の体をとった俺達への遠回しな忠告だろう。手に入れたと言う噂が流れるだけでも、危険だよっていうな。
「ええ。残念ながら、まだまだ時間が足りません。何れは探索者全体のレベルが上がり、比較的容易に入手出来る環境が整うようになるかも知れませんが、現状ではそれを望める物ではありません」
「確かに、ダンジョンが出現してからまだ1年ちょっとですからね。民間探索者が生まれたのも1年にも満たないですし、何れはそうなるかも知れませんが時期尚早という言葉はその通りかと。ただ、最近のダンジョンにおける企業の動きを見ていると、そう遠くない内に協会が望む環境が整うかもしれないんじゃないかと思えます」
「おや? それは民間トップクラスの探索者としてのご意見で?」
「トップクラス……かは分かりませんが、最近のダンジョン探索において良く思いますよ。俺達の場合は少人数である利点、高い機動性を強みにダンジョン探索をおこなっています。ですが、少人数ゆえ運搬能力に制限があり長期的な探索には不向きですから。逆に企業勢は大人数の利点を生かしダンジョン内に拠点を整え、中長期的に継続的な成果を上げています。拠点を作り補給路を確保しつつですので歩みこそ遅いですが、時間さえあれば確実に攻略は進んでいくと思いますよ」
実際、コレまで30階層を超えるダンジョン内で遭遇した探索者と言えば、企業所属の探索者ばかりだ。俺達のような例外を除けば、階層が下がれば下がるほど組織力が物を言ってくる。一般的な少人数パーティの探索者では20階層を超えるとほぼ確実にダンジョン内で寝泊まりする必要があり、寝泊まりをすると言う事は必要物資が加速度的に増加し、増加した物資により運搬量は圧迫されドロップアイテムの回収量にも制限を受ける。少人数パーティの探索者では最低限の利益を確保する為にも、採算が取れる階層付近で足を止めざるをえない。まぁ誰だって命がけで働いたのに、赤字を叩き出したいとは思わないだろうからな。
そうなるとダンジョンの更に奥へと進めるのは、大人数を生かし補給路を確保しながら進む企業系探索者パーティーだろう。確り利益を確保しつつ進む企業系探索者パーティーなら、多少時間は掛かれど何れマジックバッグを入手出来る階層へと辿り着ける。そうなれば数は少なくとも定期的に、マジックバッグが市場に供給されるようになるだろう。そして1度出回れば他の企業系パーティーや少人数パーティも運搬能力の制限が緩み加速度的にダンジョン攻略も進みマジックバッグの供給量も増えていくはずだ。
「そうですか。協会の方でも彼等の動向には注意を払っていますが、何分ダンジョンの奥深くでの動きともなると把握しきれない所があります。皆様のような実力者の方からそのように評価されるという事は、かなり期待出来るという事ですね」
「俺達の評価がどれ程当てになるかは分かりませんが、今の探索方針で進むのなら何れはと期待しても良いと思います」
裕二の本音とお世辞混じりの評価に宮下さんはドコか安堵したような表情を薄ら浮かべたが、直ぐに元の素知らぬ表情に戻る。協会としても企業勢には期待はしているが、目の届かぬ所での活動が大半なので評価に困っていた所、民間トップクラスの実績を上げている俺達が太鼓判を押した事で安心したって所か?
同席している宇和島さんも、俺達の評価に興味津々と言った表情を浮かべている。新規ダンジョンの初調査に当たる様な部署の人だ、宇和島さんもそれ相応の探索者としての経験は積んでいる筈だしな。企業系探索者パーティーの評価は、気になる所だったのかも知れない。
「そうですか。皆様の御意見、参考にさせて頂きます」
「ああっ、いえ。素人目線の評価なので、一つの意見として気になさらないで下さい」
宮下さんの思わぬ好意的な反応に、若干動揺し戸惑う表情を見せる裕二。この面談が始まってから初めての動揺じゃ無いか、コレ?
そして宮下さんは軽く咳払いをし場の空気を変えた後、動揺している裕二に目線を合わせながら話を続ける。
「すみません、話が脱線してしまいました」
「あっ、いえ。コチラこそ生意気な事を言ってしまいました」
「いえいえ、直接彼等の活動現場を見られた方の意見は貴重です。ありがとうございます」
「はぁ、そう言って貰えると助かります」
短い会話の中で裕二は動揺を収め、元の素知らぬ笑顔を浮かべなおしていた。まぁ急に褒められたって言う程度だから、そうそう動揺は続かないよな。
そして宮下さんは、いよいよ本題を口にする。
「では改めまして、お話をさせて頂きます。マジックバッグを取り巻く環境は今お話した通りなので現状、マジックバッグの存在を知る皆様には暫くの間マジックバッグの存在を口にして貰いたくない、と言うお願いです」
「確かに今のお話を聞いた限りですと、俺達がマジックバッグの存在を吹聴するのは避けた方が良いというのは理解出来ます。俺達も、変な輩に付きまとわれるのは嫌ですからね」
「ご理解して頂きありがとうございます」
「ですが、一つ質問しても良いですか?」
「はい、何でしょうか?」
そう言って裕二は姿勢を正し、少し緊張したような表情を浮かべながら宮下さんに問い掛ける。
「こう言った機密に関わる様な話の場合、普通は守秘義務の契約なんかを結んだりするモノじゃ無いんでしょうか? お願い……だけで済ませて良いようなモノなんでしょうか?」
「確かに、この手の話が外に漏れるのは望ましくありません。ですが今回の場合、皆様が未成年者という事で、法的にその手の契約を結ぶ訳には行かないのです。特にダンジョン協会は公的機関の面があり、進んで違法行為になる様な契約を結ぶ訳にはいかないので……」
「だから、お願い……ですか」
「はい。と言っても契約を結ばないだけで、実質的にはお願いの形をした守秘義務だと思って頂いた方が良いですね。もし皆様がマジックバッグの存在を吹聴されたとしても、法的にはペナルティーはありません。ですが悪質だった場合は、協会として所属探索者へのペナルティーと言う形で課せられる場合があり得ます。それと申し訳ありませんが……広瀬さん」
少し緊張した面持ちで、宮下さんは腕組みをし面談の動向を見守っていた重蔵さんに声を掛ける。
「……何か?」
「申し訳ありませんが広瀬さんには、先程のお話を吹聴しないという内容の機密保持契約を結んで頂きます」
「まぁ当然の措置ですな。そしてもしマジックバッグの存在が孫達の口からから漏れた場合、守秘契約を結んだワシの責任になる、と言った所ですかね?」
「……」
重蔵さんの指摘に、申し訳なさそうな表情を浮かべながら宮下さんと宇和島さんは頭を下げた。可能性の一つとして考えてはいたが、やはりそう言った思惑だったか。何で宮下さんが重蔵さんの同席を拒否しなかったのか、その理由がコレだったという事なんだろう。確かに俺達は未成年者なので守秘契約は結べないが、保護者として同行してきた重蔵さんは大人。つまり守秘契約を結ぶ事に問題は無い、と言う事だ。ただ、問答無用の連帯責任のような扱いはどうかと思うけどな。
だが、そんな契約を重蔵さんも宮下さんのお願いは当然と言ったように頷き了承した。
「まぁ良いじゃろう。孫達も取り巻く状況は把握しておるだろうから、安易に吹聴するような真似はせんじゃろうからな。但し、契約期限が無期限などと言う物は御免被るがね?」
「……ありがとうございます。無論、その辺は考慮させて頂きます」
「では、問題無いですな」
宮下さんは重蔵さんに頭を下げた後、持ってきていた書類ファイルから2枚の紙を取り出し重蔵さんに差し出した。チラリと重蔵さんの手元を覗いてみると、紙には機密保持契約書という題名が書かれているのが見えた。どうやら最初から用意していたらしい。
そして重蔵さんは契約書に目を通した後、内容に納得が行ったらしく2枚の契約書にサインを記入してから宮下さんに渡した。宮下さんも契約書に書かれたサインを確認した後、重蔵さんと同じように2つの契約書にサインを入れてから片方を重蔵さんに返す。互いに1枚づつ契約書を保管する、と言う事なのだろう。
「ではコレにて、新規ダンジョン及びマジックバッグの取り扱いに関する面談の方は終了させて頂きます。本日はお忙しい所、お時間を取って頂きありがとうございました」
「いえ、コチラこそ丁寧な対応ありがとうございました」
特に面談の場が荒れる事も無く、協会との面談は終了した。面倒な事になるかもと警戒していた俺達としては、些か拍子抜けした交渉だったと言えなくもなかったが、態々苦労を背負い込みたいわけでも無いのでコレで良かったと安堵していた。後は録音のコピーを渡せば終わりかな。
だが、宮下さんの次の言葉で安堵するのには少し早かったかもしれないと実感する。
「それはそうと皆さん。話は変わるのですが、協会専属の探索者というモノに御興味はありませんか?」
何気ない感じでそう尋ねてきた宮下さんの顔には、先程の面談において浮かんでいなかった凄く良い笑みが浮かんでいた。まるで、コレからこそが本番だとでも言いたげに。
一旦気が抜けかけていた所への不意打ち。帰るまでが遠足という言葉は良く聞くが、交渉は相手の建物を出るまでが交渉であると言う事なんだろうな。




