第406話 面談開始
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宮下さんの反応に俺達は一瞬、緊迫した空気が漏れかけたが何とか耐えニコヤカな笑顔を浮かべ続けた。ここで変に反応すると、面談相手である相手に警戒心を持たせてしまうからな。重蔵さんも穏やかな笑みを浮かべたまま挨拶を続けているし、ココは事前に注意されていたように余裕あるっぽい態度でいるとしよう。
まだ簡単な挨拶をしただけなのだが、既に交渉は始まっているという事だな。
「では、詳しいお話は会議室の方で行わせていただきます。それではご案内しますので、御同行お願いします」
「分かりました、よろしくお願いします」
手始めの挨拶も終わったので、宮下さんの先導で俺達は会議室へと移動する事になった。この段階ではまだ、重蔵さんの面談への同席を断るといった話は出てきていないので、重蔵さんも一緒に会議室へと移動する。まぁこの段階で保護者の同行を拒否するようなら、どのような面談をするのか分かったものでは無いので、印象が悪くなるとしても面談自体をお断りするという選択肢もあったからな。とりあえずは、その可能性はなくなったけど。
そして俺達は宮下さんの先導に従い3階にある、小会議室の一つに通された。
「それでは面談に使う資料をお持ちしますので、コチラで少々お待ちください。あっ、それとお飲み物をご用意しますが何がよろしいでしょうか? コーヒー・緑茶・紅茶の3種しかありませんが……」
宮下さんは俺達を会議室に案内した後、資料を取りに行くと退出しようとした際に飲み物の注文を訊ねてきた。俺達は軽く顔を見合わせた後、4人そろって紅茶を注文する。紅茶には興奮した神経を落ち着かせ緊張を緩和する効果があるそうなので、これから面談に臨むことを考えれば紅茶を頼むのが良いだろう。
因みにこの豆知識、午前中の重蔵さんプロデュース高級店巡りの時に教えて貰い、実地でその効果を体感した。気持ちばかりではあるが紅茶を飲んだ際、緊張が緩和された気がするからな。
「分かりました。ではお席に座って少々お待ちください」
宮下さんは俺達からの注文を聞くと、軽くお辞儀をして会議室を出て行った。
そして宮下さんが会議室を出た後、暫く無言で会議室の中を見て回ってから席に腰を下ろす。
「ふぅ、とりあえず見える範囲で監視カメラや盗聴器の類は設置されてなさそうだな」
「そうみたいね。九重君、そっちの方は?」
「こっちも大丈夫、ダンジョン内みたいに詳しく見て回ったから」
そんな事は無いとは思いたいが、念には念を入れておかないとな。交渉の際の何気ない失言を録画されており、それをネタに……と言う事態にでもなったら大事だ。げんに重蔵さんも俺達の行動に不快感は示しておらず、寧ろ当然と言ったような表情を浮かべ静観していたからな。
交渉事において録音などによって議事録を残すという行為自体は間違っていないとは思うが、それはあくまでも双方が同様に録音などの記録を取る場合だ。間違っても、一方のみが秘密裏に録音などで記録し自己の都合よく編集し利用する事を良しとするものではない。仮に相互検証可能な状態でないのなら、最低でも相手の了承も得ずに記録すべきではないだろうな。
「ふむ。とりあえず現段階でもワシの同席を拒絶しておらず、秘密裏に記録を取ろうとしていないようなら、怪しげな提案をしてくる可能性は低いのかもしれんな。まぁ、交渉が終わるまで油断は出来んがの」
「ああ。仮に今はなくとも、これから持ち込む可能性は残ってるしな。ペンやライター何かの小物に似せた録音録画機なんて、今時はネットを使えば簡単に手に入る時代だ。宮下さん……だっけ? 今度宮下さんがココに入ってきた時にはさりげなく観察した方が良いだろうな」
「資料を取りに出たついでに、って事だよな? おあつらえ向きに、飲み物の用意って言う多少時間が掛かっても不自然じゃない理由もあるしさ。用意しようと思えば、用意する時間的余裕はある、かな……」
「まぁ、用心に越した事は無いとは思うけどね……」
面談の内容が内容な為、俺達は考え過ぎと言われるとしても慎重に慎重を期していた。録音に関しては許可を貰った後、スマホを使って録音し議事録を残すつもりでいた。変な対案をされない為の牽制の意味もあるが、後々になって言った言ってないと押し問答などしたくないからな。
それに、もしも面と向かって許可を申し出たのに録音を拒否される様なら、ロクでもない提案が出てくるかもしれない。拒否されたらされたで、事前に警戒する指標にできると言うモノだ。
「まぁ今は大人しく待つとしよう。どういった提案をしてくるかわからんが、答えに迷ったなら無理に答えず、検討すると言って引き下がればいい。もしその場で返答を強要してくるならば……まぁその時はその時じゃな」
「結局、面談の内容が分からない以上、行き当たりばったりで乗り切るしかないか」
「相談がある……ぐらいにしか手紙には書かれていなかったからね」
「そうね。もう少し詳しい内容が書かれていたら、事前に対策も立てられたんでしょうけど……協会からしたら相談内容が相談内容だけに、了承されるか分からない段階で形が残る手紙として記載するのは無理というものだわ」
協会との面談に臨む前の僅かな時間、俺達は胸中に残る不安を打ち消すように推測や憶測と言う名の愚痴を漏らす。重蔵さんも俺達の心境を分かっているのか、聞き手として黙って付き合ってくれている。
そして資料を取りに宮下さんが会議室を出て行ってから10分程経った頃、宮下さんはもう一人の男性を伴って会議室へと戻って来た。ん、何か見覚えがある様な……?
会議室に戻って来た宮下さんは持ってきた資料を俺達に配り、同行してきていた男性が俺達が注文していた紅茶を配ってくれた。その際、男性は俺達に若干疲れた様な表情を浮かべながら軽く目礼をしてくる。
この人……うん、間違いない。あの人だ。
「お待たせして申し訳ありません。資料をそろえるのに、少々手間取ってしまいました」
「いえ。私が事前相談も無く同行しましたせいでしょうし、お気になさらないでください」
俺達の座る席の向かいに腰を下ろした宮下さんと男性は、申し訳なさげな表情を浮かべつつ軽く頭を下げつつ長時間待たせてしまった事を謝罪していた。対する重蔵さんも、時間が掛かったのは自分のせいだと主張し軽く頭を下げていた。
このシーン、傍から見ると互いの不手際をかばい合っているようにも見えるが、実際には“あんたが勝手についてきたせいだよ”、“あんた等が子供だけ呼び出すような真似をしたせいだろ?”と裏で言い合っている様に俺には見えた。謝罪しているように見えて、既に牽制と言う交渉は始まっているようだ。
「ゴホン。では面談の方を始める前に、改めて自己紹介の方をさせていただきます。私は新規ダンジョン管理課の課長を務めさせていただいてます、宮下です。本件の主任担当者という事になります。そしてこちらがもう一人の担当者である、新規ダンジョン管理課調査班の宇和島君です」
「宇和島です、よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。広瀬裕二です、よろしくお願いします」
「九重大樹です、よろしくお願いします」
「柊雪乃です、よろしくお願いします」
「私はこの子達の保護者として同席させてもらう広瀬重蔵、先に紹介していた裕二の祖父になる」
互いに軽く頭を下げつつ、自己紹介を交わした。この時点で俺と柊さんの仕事?はほとんど終了したので、後は重蔵さんの助言に従ってプレッシャー要員に徹するとしよう。
そして一通り自己紹介が終わると、宮下さんに一言断りを入れてから宇和島さんが俺達に話しかけてきた。穏やかそうな表情を浮かべつつ宮下さんがこの要請に素直に応じていたのは、最初から重蔵さんを交えて交渉を始めるより、顔見知りである俺達と宇和島さんが旧交?を温め場を和ませてからの方が良いという判断だろうか? まぁ見知らぬ交渉相手より、浅い付き合いでも顔見知り相手の方が知ってる人と言う先入観から油断する可能性は高いからな。宮下さん的には、本格交渉前のジャブと言った感じだろうか?
「先日山であって以来ぶりだね、この前の調査ではお世話になったよ」
「いえいえ、コチラこそ先日はお世話になりました。あのー失礼とは思いますが、少しお疲れのようですが、やっぱり先日のダンジョンの事後処理の方が?」
「ははっ、すまないね気を使わせてしまって……少しね。内輪の話で申し訳ないんだが、新規ダンジョンが見つかると関係各所に連絡を入れたり調整をしないといけないからね。新規ダンジョンが見つかると、しばらくの間はテンテコ舞さ」
「なるほど、だからなんですね。現地で一度調書を取っていて、重要度の低い俺達の調書面談が後回しにされたんですね……」
やはり新規ダンジョン発見のせいで、宮下さん達協会は事後処理で大忙しだったようだ。手紙や査定書が即日届いたのに面談日時が後日になったのは、業務に忙殺され重要案件を任せられる責任者の手が回らなかったのだろう。
そして裕二の非難はしていないが非難しているように聞こえる推測を聞いた宇和島さんは、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ反論を口にする。
「いやいや、第一発見者である君達の事は誰も軽視していないよ。ただ純粋に、一度に手が回らなくてね……」
「ははっ、お気になさらないでください。物事には優先順位ってモノがある事は理解してますから。なので一度調書を行っている俺達の事が後回しにされるのは仕方ない事ですよ。寧ろそこまでお忙しかったのに、俺達にお声が掛からなかった事の方がありがたいですよ。いち学生探索者でしかない俺達が、どこまでお力に成れたのか分かりませんからね。こうして忙しい状況がいち段落したであろう状況で呼び出された方が、調書だけだとは言えお力になれると思いますし」
「そう言って貰えると助かるよ」
協会の俺達への対応に穏やかな笑みを浮かべつつ理解を示す裕二の態度に、宇和島さんは何処か草臥れた様な表情を浮かべつつ礼の言葉を述べた。まぁ宇和島さん的には、俺達が協会から侮られてると感じ噛みついてくるような態度をとるかもと思っていたところ、一切の憤りを見せず寧ろ理解と労わりを感じる対応をされたら戸惑うだろうな。
因みに俺と柊さんも裕二に同意する様に、若干申し訳なさげな表情を浮かべつつ軽く頷いておいた。
「ああ、ええっと……旧交を温められるのは一旦その辺にしておき、本題の方に入ってもよろしいでしょうか?」
「えっ? ああ、はい。お願いします」
軽いジャブで様子見と思っていたであろう宮下さんは、俺達と宇和島さんのやり取りにどこか頭を抱えた様な印象のある笑みを浮かべながら、脇道にそれていた流れを強引に引き戻した。まぁ軽い気持ちでジャブを出してみたら、カウンターでノックアウトされたようなものだろうからな。今の宮下さんの強引な横入は、いうなればトレーナーが慌ててタオルを投げ込んだようなものだ。
まず初戦はコチラの1勝、って所だな。
「ゴホン。では早速ですが本題の方に入らせていただきます。本日皆様をお忙しいところお呼び出しさせて頂いたのには、3つほど用件があるからです。1つ目は、今回発見されたダンジョンの発見時の状況の調書を作成する為。2つ目は、ダンジョン発見時に皆様が取得され査定に提出していただいたドロップアイテムの換金に関する説明。そして3つ目、今回発見されたダンジョンと提出していただいたドロップアイテムに関する機密保持に関する話です」
「1つ目と2つ目に関するお話は事前に送っていただいた手紙に記載されていましたが、3つ目のお話はどういった事なのでしょう? 先日山の方で宇和島さんに今回の件に関しては喋り回らないで欲しいとお願いされていたので、今回の面談に保護者として同行してもらう為に仕方なく祖父には事情を説明しましたが……他には話していませんが?」
「約束を守って頂けていて助かります。3つ目の話に関しては、何を話したらいけないのか、どこまで話したらいけないのかに関する説明と、改めて今回の件を吹聴しないで貰いたいというお願いです」
お願いか……機密保持契約を結ぶと言う話ではないが、実質的に機密保持の確約を取り付けたいという事なのだろう。コレが俗に言う、お願いの形をした命令って奴だよな。形としては否と言う事自体は出来るけど、分かってるよね?と。探索者である俺達の場合、協会からの提案に否と言ったら、何らかの理由を付けて探索者資格の取り消しや停止措置何かが取られそうだな。コレは俺達が未成年という事で契約が出来ないから、搦め手を持ち出したって奴だろう。
って、あっ!録音の許可を貰うの忘れてた。今から言い出せるかな……。




