第38話 税金問題勃発
お気に入り8930超、PV2370000超、ジャンル別日刊11位、応援有難うございます。
ダンジョンの入場規制が行われて1ヶ月。色々と問題を内包しつつも時は流れ、3月に入った。
ダンジョンに潜る探索者達は不満や確執はあれど、入場規制の効果もあり順調にレベルを上げ到達階層を伸ばし程よい感じに各階層へと分散し始めた。この調子なら、規制解除もそう遠くはないだろうと言われてはいるのだが、順調故の問題も出てくる。
探索者達の頑張りで、ダンジョン産アイテムの種類と量は順調に増え、需要増加からくる高騰していた価格も落ち着きを見せた。……落ち着き始めたのだが、価格が下がると言う事は同時にマジックアイテム等を除くドロップアイテムの買取金額も下がると言う事でもあり、探索者の収入減と言う新たな問題が発生。表層階層を主な狩場とする一部探索者らが、買取額の維持と値上げを求めダンジョン協会に抗議行動を起こすと言う新聞沙汰の事態が発生したのだ。
協会側の主張は、需要と供給の関係から買取金額の値下げは妥当な対応で有り、撤回するつもりはないと回答。対する一部探索者側は、ドロップアイテムの最低買い取り金額の設定と探索者活動支援補助金制度の導入を要求。互いに意見を妥協する事なく主張し、話し合いは平行線の模様を見せ始めていた。
重蔵さんとの稽古を終え帰宅した俺は、夕食後、久し振りに家族全員でTVを見ていた。
少し前まで美佳は高校受験の最後の追い込みだと、部屋に引きこもって勉強していたので家族一緒にTVを見るのは本当に久しぶりである。因みに、見ているTV番組は面白ハプニング映像集だ。
「にしても美佳。随分余裕そうだけど、お前受験は大丈夫だったのか?」
「? 勿論、大丈夫だよ。自己採点したら入試テストは8割から9割は解けていたから、今年の平均がかなり上がっているなんて事がない限りは、大丈夫だと思うよ」
「そうか」
えらく自信満々だな。まぁ、変に落ち込んでいられるよりは気が楽だから良いけど。試験前はかなりピリピリして、喋りかけづらいほど不機嫌そうだったからな。
俺が美佳の説明に納得しかけていると、母さんが苦笑を漏らしながら横から口を挟んで来る。
「何を言ってるのよ。あなた確かに入試テストの方は上手くいったって言ってたけど、内申点の方が心配だって頭を抱えてたじゃない?」
「ちょ、お母さん!?」
「へー」
「ち、違うからね!? もうお母さん、何をいきなり言い出すのよ!」
母さんの暴露に、美佳は慌てて口を閉じさせようとする。
見栄を張ってたんだな、こいつ。でもまぁ、今の母さんと戯れあってる姿を見ていると、そんなに心配しなくても大丈夫そうだな。
俺が微笑まし気に母娘のやり取りをお茶を啜りながら見ていると、同じ様に微笑まし気に見ている父さんと視線があった。
「そう言えば、大樹」
「? 何?」
「お前の方はどうなんだ? 最近はたまにしか、ダンジョンの方にいってない様だけど」
「ああ、うん。中々入場予約が取れなくてね。入場規制がかけられてからは、まだ2回しかダンジョンに入ってないよ」
「そうか。結構怪我人も出ていると聞くけど、お前達は大丈夫なのか?」
「うん。無理はしない範囲でやっているから、今の所は大した怪我もしていないよ」
父さんが心配そうに聞いてくるので、俺は笑みを浮かべながら心配しないでと伝える。
一度レッドボアに跳ねられて軽い打ち身はしたけど、次の日には跡形もなく治ってたから、大した怪我はしていないって言うのも嘘じゃないよね?
それに、俺達のレベルとコレまでの実戦経験から言えば、モンスター部屋みたいな複数同時にモンスターが出て来る罠に掛からない限り、怪我らしい怪我は負わないと思う。実際、ゴブリン部屋も無傷で切り抜けられたし、返り血は大量に浴びたけど……。
それを聞いて父さんは安心したように、息を吐く。そんな父さんの姿を見ていると、怪我がないとは言っても結構心配をかけているんだなと実感する。
「……しかし、探索者ってのは結構儲かるんだな。まさかお前の探索者としての収入が、扶養者控除額を超えかけるとは思ってもみなかったぞ?」
「ええっと、ああ、それは……ゴメン。先に相談しておけば、面倒事はなかったね」
「まぁ、今年の分は何とかなったから良いけどな。でも、これからもこの調子でお前が稼ぐなら、ちょっと会社の方に相談しておかないと拙いよな……」
父さんが少し頭を掻きながら、物思いにふけりだした。
ほんと、これは申し訳なかったと思う。俺はこれを見落としていた。未成年の俺は今の所、父さんの扶養家族と言う扱いである。冬休みにダンジョンに行かなかったのが功を奏し、幸い12月31日までにダンジョンで稼いだ金額はギリギリ103万円を超えなかった。今回は問題なかったのだが、今後もダンジョンに潜り続ける事を考えれば何かしらかの対策を取る必要がある。
「……大樹。確認するんだが、お前はコレからも探索者を続けてダンジョンに潜り続けるか?」
「うん。取り敢えず今の所、探索者を辞めるつもりはないかな?」
「そうか。じゃぁ、これまでと同じ様な頻度でダンジョンに行くと言う認識でいいか?」
「うん。今は予約が取れたら行く、って感じだけどね。入場規制が解除されたら、前と同じ様に週末はダンジョンに行こうと思ってるよ」
「そうか」
父さんは俺の意志を確認し、頭をひねり出す。その姿になんだか、申し訳ない気持ちが湧いてくる……。
頭をひねる父さんに母さんも加わり、話は進む。
「そうなると、まずは大樹を扶養控除の対象から外す必要が出てくるな。となると、保険も別にしないと拙いか?」
「そうね。大樹が今のままの収入を維持出来るって仮定すると、とてもじゃないけど扶養控除の対象には成らないわね。社会保険の加入条件からも外れるでしょうから、国民健康保険に切り替える必要があるわ」
「やっぱり一度、会社に相談してみないとダメだな」
「そうね。下手に自分達だけで考えるより、専門の人に相談した方が良いわね」
何か面倒な事になって来たな。
よくよく両親と話してみると、俺が未成年の扶養家族である事が話をややこしくしていた。これが元々扶養を外れた成人の社会人なら、探索者と言う自営業者に転職したと言うだけの比較的簡単な話なのだが、未成年の扶養家族だと色々と問題が出てくる。
例えば、俺が父さんの扶養家族から外れると、父さんの給料天引き額が上がる。実質上の、増税だ。他にも父さんの社会保険を外れた場合、俺は国民健康保険に加入しないといけなくなるのだが、その保険料が目の飛び出るほど高い。ネットで拾った計算式を使って、仮定年収で計算してみると上限金額一杯、年間ウン十万円だった。
明日、裕二と柊さんにも相談してみるか。
翌日の放課後、人が減った教室で裕二と柊さんに、この話をして見ると、二人共達観したような表情を浮かべた。
どうやら二人も、同じ問題で一悶着あった様だ。
「ああ、その事か……。確かにちょっとした騒ぎになったな」
「私もよ。買取金が振り込まれた通帳を親に見せたら、頑張り過ぎだって言われたわ」
「頑張り過ぎって……」
「今年の分は扶養範囲内で大丈夫だけど、来年には扶養対象から外して計算しないと拙いって言われたわ。家の店でお願いしている税理士さんに、相談するって言ってたから大丈夫だと思うけど……」
「俺の方も、柊さんと似た様な感じだな。うちも担当の税理士の人に相談するって形だな」
どうやら2人の所も、結構面倒な事になっていた様だ。
一応、探索者免許取得講習の時に貰ったテキストを見返してみたのだが、ダンジョン関連特別措置法には未成年者のダンジョン所得に関するモノは一切書かれていなかった。勿論、扶養者所得上限に関する特例措置の文言も一切ない。通常の税制で通すと言っているのだろう。
コレはあれなのだろうか?銃刀法の時の様に、未成年者がダンジョンに入るのを抑止する為の政府が考えた策なのだろうか?扶養範囲を逸脱しそうになれば、保護者たる親がダンジョンへ行くのを止める。または頻度を減らすように説得すると。
そう考えると、ダンジョンが一般開放された時期が10月だったと言うのも、敢えてその時期を狙っての事だろうか?本当ならキリが良い様に、年明けの1月からでも良かった筈だ。
そこまで考え俺はある物の存在を思い出し、スマホを取り出しある事を調べ二人に尋ねる。
「……裕二、柊さん。もしかして、探索者カードのランク制度の位って、課税される所得金額で決まってるのかな?」
「……?」
「! それは……ありえるかも知れないわね」
裕二は首を捻っているが、柊さんはハッとした様に考え込み俺の意見に同意する。規制後初挑戦したダンジョンの帰り、協会の窓口でドロップアイテムを換金する時一緒に確認した俺達のランクはD。
つまり探索者のランクとは、S(~4000万)、A(4000万~1800万)、B(1800万~900万)、C(900万~695万)、D(695万~330万)、E(330万~195万)、F(195万~)の所得別で分けてあるのでは?と俺は疑ったのだ。そう考えれば、10月にダンジョンが公開した意味も分かる。
軽く計算してみたのだが、扶養者所得の上限103万円を超える額を3ヶ月で未成年者が稼ごうと思えば、月34万円以上稼がねばならない。そして、それだけ稼げると言う事は年収は400万円を超え、20代サラリーマンの平均年収を優に超える。
そうなれば如何に未成年者とは言え、扶養対象者とは言えないだろう。
「……大樹の推測が当たってるとすると、探索者ランクって称号じゃなく、マジモンのランクって事だよな?」
「……そうね。急にランクに現実の重みが掛かってきたわね」
ゲームの様に只の称号だと思っていた物が意外に重い物だと気が付き、俺達は周りの空気が急に重くなったように感じた。
はぁ。なんで高校生で、こんな事に頭を悩ませないといけないんだ?
気を取り直し、俺達は下校準備を進める。3人連れ立って下駄箱に向かう途中、校舎に華やかな飾りが残っている事に気が付いた。
「卒業式の名残かな?」
「多分そうね。今週の頭にあったし、片付け忘れたのでしょうね」
「卒業式か……そう言えば、卒業生の先輩の何人かが入院して、卒業式に出られなかったって話を聞いたな」
ああ、その噂か。それの噂なら、俺も聞いた事がある。
何でも、2月の登校日がない期間中にダンジョンに行っていたらしい。確かに平日なら入場予約者も少ないから、入りやすいんだろうしな。で、噂の先輩達は数人のパーティーを組んでダンジョン探索に乗り出したらしいんだけど、初めてのゴブリン狩りで返り討ちに遭い傷を負ったと聞いた。幸い骨折程度で済んで命に別状はないとの事だが、全員何かしらのトラウマを一緒に負ったらしく、精神的に不安定で卒業式への出席は見送ったらしい。折角の晴れの舞台なのに、ご愁傷様である。
にしても、噂の先輩たち無理をして下の階層に潜ったんだろうか?それとも、人型モンスターを前にして、戦う事を躊躇している間に隙を突かれたんだろうか?
「卒業式に出られないなんて、残念だったでしょうね」
「そうだね。でもやっぱり、ゴブリンを倒せるかどうかが探索者としての一つの線引きみたいだね。その先輩達、探索者を辞めるのかな?それとも続けるのかな?」
「今のままだと、辞めるんじゃないかしら?」
「でも、それでも良いんじゃないか?トラウマを持ったままダンジョンに潜り続けたら、今度こそ命に関わることになるからな」
確かに裕二の言う通りだな。今回は骨折で済んだが、次も骨折程度で済むとは限らない。修業して腕を磨き再挑戦するのならまだ良いが、トラウマをこじらせ突撃を繰り返す様な事になれば……。
重傷を負うか、死ぬな。
「ま、俺達がどうこう言える問題じゃないけどな」
「そうね。結局は本人達が決める事だしね」
そう。何だかんだ言ってるが、結局俺達は部外者でしかないからな。
靴を履き替え校舎を後にし、裕二の家に向かう道すがら裕二が思いだしたように俺に話を振ってくる。
「そう言えば大樹、美佳ちゃんも今年卒業じゃなかったか?」
「ん?ああ、そうだけど急にどうしたんだ?」
「いや、なに。大樹の家に行く時、毎回顔を合わせているからな、卒業記念のプレゼントでも用意しておくかな?って思ってな」
「あら?それじゃぁ、私も何か用意しておこうかしら」
「えっと……」
二人に美佳の好みは何かと、色々と聞かれたので俺は出来る範囲で答える。話し合いの結果、お祝いのパーティーを高校入試の合格発表後に開こうと言う事で話は纏まった。
うーん、一応俺も何かお祝いしようとは思っていたから丁度良かったのかな?
控除限度額ギリギリセーフ、って所ですね。
どれくらいの扶養対象者達が、限度額オーバーしたんでしょうね。




