第400話 手紙が1通だけとは限らない
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気付きたくなかった事実に目を向けた俺達は、溜息をつきつつ若干黄昏れながら落ち込んでいた。ダンジョン探索と訓練が続く日々……血と汗と埃にまみれた高校生活だな。入学当初に考えていた高校生活とは、随分と掛け離れた現状だよ。まぁ世界自体が、ダンジョンという異物が出現した事で常識自体が変わったのが主な原因だけどさ。
とは言え、気付いてしまった以上は多少の改善は試みたいというのが人情だろう。
「とりあえず、だ。遊びに行く計画はまた今度立てることにして、今は協会での面会について考えるとしよう。何だかんだで、コレは正式な形式での呼び出しだからな」
「ああ、うん。そうだね。確かに先ずは、そっちの問題をクリアしてからかな……。まぁ呼び出しと言っても、用件は恐らく事情聴取と機密保持契約関係の話が主な用件だとは思うけど」
「そうね。今回の件において、私達は発見者の一人でしか無いもの。まぁ面倒な物品を見付けたから、それの事で少々面倒な話をされるかも知れないけど」
一応事前に、宇和島さんに調書の協力をお願いするかも知れないと言われていたので、呼び出されること自体は問題無い。今回の件で報告書を作るにしても、正式に発見者協力の下に調書を行ったと言う形は必要だろうからな。
問題は、俺達が提出したマジックバッグの扱いに関する方だろう。
「そうなんだよな。5000万円って言う査定額もパッと見は大きな数字だけど、マジックバッグの価値を考えるとかなり安い。役所が出す金額としては頑張ってるんだろうけどさ、多分この金額の割合の大半は口止め料って事なんだろう。ダンジョンが国の所有という前提で考えると、マジックバッグの所有権自体は国にあるからな。法的に見ると俺達は、ダンジョンからマジックバッグを見付け回収した業者が報酬を受け取っている立場だ。大前提として、ダンジョンから産出された毒物などの危険物は、処分費という名目で報酬を出さずに国の方で処分出来るって事に成っている。今回提出したマジックバッグだって、危険物として処分したと言う形にして報酬を出さなくても良いんだしな」
「まぁ、そうだよね。俺達としても、国と揉める可能性がある厄介物は処分したいって言う意思を何となくという形で宇和島さん達に示していたから、仮に危険物として処分したとされ報酬が出なかったとしても反発はしないからね。何よりマジックバッグ……見た目は只の革バッグを高額査定をして通知する事自体、秘密保持を考えると悪手だ。それでも査定額が出たと言う事は、新規ダンジョンの存在やマジックバッグに関する情報の口止め料と見た方が良い」
「マジックバッグの価値にじゃ無く、口止め料に5000万円を出したと言うことね……役所が」
うん、相手の本気具合が手に取るように分かる。機密費だか予備費だか名目は分からないが、役所がそれだけの金額を即決に近い時間で動かす決断は簡単にはしないだろう。余程の重大事か緊急時でも無い限りは。
つまり、マジックバッグの存在はそれだけの重大事項という事だ。ついでに新規ダンジョンも。
「今度の面会……穏便に済むと良いけどな」
「そうだね……」
「そうね……」
協会との面会は後始末に当たるのだろうが、なかなかの難事に成りそうだ。マジックバッグに関する機密保持契約の締結だけで済めば良いんだけど……はぁ。
週末に行われる協会との面会に関する話を終えた後、俺達は道場へと足を運ぶことにした。重蔵さんに、今回の件に関する簡単な報告を行う為だ。重蔵さんに桐谷不動産との仲介をして貰っている以上、話せる範囲で話は通しておかないとな。
不可抗力とは言え、紹介先をちょっと所では無い迷惑事に巻き込んでしまったのだかから。
「なぁ祐二、昨日の内に重蔵さんに今回の件は話したのか?」
「いや、詳しくは何も。内見先で少々面倒な事に巻き込まれた、って程度の話はしたけどな。どの範囲まで話して良いか現状では分からないから、どうしても知りたかったら問い詰めない程度に桐谷さんに聞いてくれって言っておいた。桐谷さんならこの手の件における、話せる範囲ってのも分かってるだろうからさ。まぁ、丸投げに近い対応だな……」
「確かに話せる範囲がわからない以上、多少なりとも心得てる人にお任せするってのは悪くないかもな。ダンジョンの対応で忙しい桐谷さんには、迷惑な話だろうけど……」
「でも、私達が知った気になって闇雲に話すよりはマシよ。一応まだ正式な機密保持契約は結んでないけど身内とは言え、今回の件は簡単に話す訳にもいかないもの」
多分重蔵さんの事だから、既に桐谷さんと連絡を取ってある程度の状況は把握しているだろうとは思う。桐谷さんにしても、重蔵さんに紹介して貰った俺達を面倒事に巻き込んでいる以上、話せる範囲での報告はするだろうからな。
とは言え、当事者の一人として紹介者の重蔵さんに多少の報告はしておかないのは拙いと思う。
「まぁそうなんだけどさ、桐谷さんには悪い事しちゃったよ」
「今が一番忙しいだろうからね。ダンジョンの譲渡手続きなんて、どんな手続きをしないといけないのかなんて分からないことだらけだろうし、地主さんの説得なんかもある。それも通常業務も熟しながらとなると……」
「修羅場、もしくはデスマーチってヤツだな」
「寝る間もないって位に大変そうよね」
俺達は修羅場の真っ最中だろう桐谷不動産の事を考え、静かに黙祷を捧げた。
頑張って下さい、と。
「……今度桐谷さんの所に行く時には菓子折りを持って行くとしてだ、今は爺さんへの説明だな。何と説明したモノか……」
「先ずは、どの程度事情を把握しているかを確認してからじゃ無いか? 桐谷さんから話を聞いているのなら、わざわざ俺達がもう一度説明する必要も無いんだしさ」
「そうね。この件に関しては重蔵さんは部外者なんだし、最低限の事情説明だけで良いんじゃないかしら? 守秘義務の関係もあるでしょうから」
相手が重蔵さんとは言え、何でもかんでも話せば良いと言うモノでは無いからな。特に今回は守秘義務が発生しそうな案件だ、安易に教えることは出来ない。一応、面倒事に巻き込まれてはいるが事が荒れることは無いだろうから大丈夫だという、安心材料の提供というのが情報提供の妥当な線だろう。
重蔵さんも今回知り合いの業者を紹介した結果、孫と友人を厄介事に巻き込んでしまったと気に病むかも知れないからな。うん……それは無いか。むしろ、良い勉強になっただろう?くらいの事は言いそうだ。
「そうだな、先ずは爺さんに確認をしてからだな」
どう説明するか頭を悩ませながら歩いている内に、俺達は道場の前に到着した。
重蔵さんが道場にいることは事前に確認していたので、祐二が一声掛けてから道場の中へと足を踏み入れる。
「ただいま、爺さん。ちょっと話があるんだけど、今時間良いか?」
「ん? おお祐二か、お帰り。九重の坊主達も一緒か」
「「お邪魔してます」」
「うむ。それで話とは?」
道場の中央で瞑想をしていた重蔵さんに挨拶をした後、道場へ上がり込んだ俺達は隅に重ねて用意された座布団を手に取って敷き、重蔵さんの前に横一列に並んで話を始めた。
「ええっと、昨日の件なんだけど……桐谷さんの所から連絡ってきたかな?」
「ん? ああ、昨日言っておった面倒事の事か。ああ、今日の午前中に桐谷の所から連絡が来たぞ。お前達を面倒事に巻き込んでしまって申し訳ないと」
「ああ、やっぱり連絡が来てたのか……。面倒事について、桐谷さんは何か言ってた?」
案の定、桐谷さんからお詫びの連絡が来ていたらしい。まぁ想定していた事態の一つなので、そこは問題無い。問題なのは、祐二が言うようにどのように説明されたかだ。
すると重蔵さんは頭を縦に振って、祐二の質問に答える。
「ああ。お前達が内見先の山奥で、面倒なモノを見付けたらしいの。守秘義務があるから詳しいことは言えないが、面倒な手続きはコチラで全部済ませるので、お主等には心配しないで欲しいと伝えてくれと言っておったの。無論、後ほどお主等にも直接連絡はすると言っておった」
「了解。桐谷さんから連絡が来たら、いいようにいっておくよ。でも、そうなると爺さんは面倒事についての詳細は知らないって事?」
どうやら重蔵さん、面倒事については詳しく知らないらしい。
そして桐谷さんが何も詳しい事情を伝えていないという事は、俺達も余り踏み込んだ内容については話さない方が良いと言うことだな。
「ああ、知らんし追求する気も無いぞ。守秘義務が発生するような面倒事とも成れば、聞く方も話す方も相応のリスクが発生するからな。互いに直接的な被害が出そうな事柄でも無ければ、何も聞かない話さない方が無難な対応じゃろう。いわゆる、好奇心は猫を殺すと言うヤツじゃ」
「了解。じゃぁこの件に関しては、俺達も何も話さない事にしておくよ」
「それが良いじゃろう。まぁ話せる時が来れば、その時にでも思い出話に教えてくれれば良い」
「その時が来れば、ね」
新規ダンジョンの方は警備や入山規制などの関係もあるので、その内扱いも決まるだろうから話せる時も来るだろうが、マジックバッグの方については何時になったら話せるようになるのか見当も付かない。市場の需要を満たせる数を確保した時か、マジックバッグに類する収納系マジックアイテムの製造法を確立させた時か……何時になるか分かったものじゃ無いな。
「では、この件に関する話はこれで終わりとしようかの。これ以上続けても、ロクな益は無さそうじゃ」
こうして俺達と重蔵さんは、話せない事が多い今回の件についての話を打ち切った。
ロクに事情を話せないのでは、話し合うだけ時間の無駄だからな。
「では話は変わるとして、結局の所どうじゃった内見は? 見識は広められたかの?」
「ああ。俺達がモノを知らないってのが、良く良く分かる内見だったよ。自分達が購入する物件に望む条件の選定が曖昧すぎて、紹介して貰った物件を目にするまで可否が判断出来なかった。桐谷さん……いや、内見に何度も同行してくれた湯田さんには迷惑を掛けっぱなしだよ」
「まぁ何事も失敗を重ねつつ経験を積んでみないと、中々物事を的確に判断出来るようにはなれん。お主等が今後すべきなのは、今回得た経験を糧に反省と改善点の洗い出しじゃ。最初の失敗は兎も角、同じ失敗を2度3度と続けるようではダメじゃからの」
「ははっ、本当にそうだね。良く良く考えてからお願いしないと、俺達だけじゃ無く相手にまで迷惑を掛ける事になっちゃうから。現地まで内見に行かなくとも、紹介物件の資料精査だけでも手間暇がかかるんだしさ」
俺達3人は苦笑を浮かべつつ、今回の物件探しにおける不手際を反省した。希望条件が曖昧だったせいで、何度内見をしても自分達が望むような物件に巡り会うことが出来なかったのだ。もう少し桐谷さんや湯田さんと相談して条件をつめておけば納得……好感を持てる物件に巡り会えていたかも知れない。
今まで曖昧な条件の下に物件を紹介して貰っていたので、中々微妙な評価の物件しか内見出来なかったからな。次回の内見を成功させる為にも、コレまで得られた知見を生かして条件選定を確り行わないといけない。
「納得いく物件を探すと言う事自体は問題無い。桐谷のヤツも長年この商売をしておるから、客が納得いく物件を選ぶのに時間と手間を掛けると言うのには慣れておる。お主等は確りと、自分達が納得いく物件を選ぶことに集中すると良い」
「ありがとう。確かに納得いかない物件を買ってズッと後悔するより、時間を掛けても納得が行く物件を選んだ方が良いよな」
「そうじゃの。まぁ迷惑を掛けてると思うのなら、向こうに行く時に菓子折りでも持って行けば良い。迷惑料を出しているのだからと思えば、多少はお主等の気も楽になるじゃろう」
「ははっ、今度持って行ってみるよ」
確かにそうすれば多少なりとも気が楽になるだろうな……新規ダンジョン発見の後始末のお礼も兼ねて、ちょっとお高めの菓子折りにしよう。後で二人にも相談しておくか。
一通り話を終えた後、俺と柊さんは祐二の家を後にした。明日も学校はあるし、夕食時にあまり長居しても迷惑になるだろうからな。
そして自宅に帰宅した俺は玄関に美佳の靴があるのを確認し、話が長引き少し遅くなったかと心配しつつリビングに入った。
「ただいま」
「ん? あっ、お帰りお兄ちゃん。遅かったね」
「ああ、ちょっと祐二の家で話し込んでてな」
「そうなんだ。あっ、そうだ。はい、コレ。お兄ちゃん宛て」
俺は部屋着でソファーに座っていた美佳から、一通の封筒を受け取った。受け取った封筒にはダンジョン協会のロゴが印字されており、ドコから送られて来た物なのか一目で分かる。
あれ? このタイミングでダンジョン協会からお手紙って……もしかして裕二と同じものか!?




