第37話 プロ探索者とアマ探索者の確執
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入場制限とランク制度が施行され半月、やはり多数の問題が浮上した。直接探索者に関係する問題から、ダンジョン近郊で探索者需要を見込んだ商売までと幅広く、入場規制問題に関する波紋は暫く続きそうだ。
予約時間に間に合うようにダンジョンに到着した俺達は、着替を済ませ順番待ち列の最後尾に並んだ。
「やっと当選したな」
「ああ。ここに来るのも、半月ぶりだな」
ダンジョン入口のゲートを眺めながら、俺と裕二は感慨に更けっていた。思った以上に入場券は中々当選せず、半月ぶりの来訪になるからだ。
ダンジョンに来れない半月の間、俺達は重蔵さんの稽古をミッチリと受けた。アレはキツかったな。
特に週末の稽古。普段ならダンジョンに行っている日だったのだが、入場制限のせいでダンジョンに潜れないと知った重蔵さんが、特別メニューを組んだのだ。目隠しをした状態で、重蔵さんの攻撃を避けろって……。気配を読み、空気の流れを肌で感じ取る訓練だって言っていたけど、明らかに武術を習い始めて半年にも満たない奴がやる稽古じゃないだろ?敢えて殺気を出してやっているんだから、分かるだろうって。重蔵さんは、一体何を目指しているんだか……。
ここ半月の事を思い出し俺が溜息を吐いていると、柊さんが怪訝な表情を浮かべながら声を掛けてくる。
「……二人共、今日は新しい下層階に向かうより、素材の備蓄を増やす事を優先してくれるって言っていたけど、本当に良いの?」
「うん、勿論。裕二とも話し合ったんだけど、この規制が何時まで続くのか分からないからね。余裕が有るうちに、素材備蓄を優先しようって」
「ああ。備蓄がなくなりかけた時に、入場券が得られなかったら不味いからな。しばらくは備蓄と探索を交互にした方が良いだろ」
「……ありがとう」
ここ最近、入場券を手に入れられなかった柊さんは焦っていたからな。
確かに入場規制の御陰で探索者の平均レベルも向上し、オーク素材の流通量は増えてはいるが、需要に対して供給が全く追い付いていないのが現状だ。市場価格は思った以上に下がっていないので、ダンジョン産食材……オーク素材は未だ高級品扱いだ。柊さんからしたら、やっと安定して来ていた安価な材料仕入れルートが突如途絶えた様な物だからな。お店の業務用大型冷凍庫にはある程度備蓄はあるらしいのだが、1ヶ月もあれば食い潰す程度の量でしかなかったとの事。
本当なら、俺の空間収納に収めている素材を出せば良いのだが、ダンジョンに潜って居ない状態で取り出す事は出来無い。ここでオーク素材を出せば、何でダンジョンに潜っていないのにダンジョン産の素材を持っているのか?と疑われる事になり面倒事がおきるだろう。
売買履歴の無いダンジョン食材の使用。食材の流通量が少なく取り扱い経路が把握し易い今、不審に思い調べられれば直ぐにオーク素材の出処がおかしい事に気付かれる。下手をすれば、ダンジョン協会のみならず、警察や厚労省等の国家機関も動くだろう。しかし、まだそれだけで済めば御の字とも言える。金儲けの匂いを嗅ぎ付けた、企業や犯罪性の高い集団が入手ルートを手に入れようと動く可能性もあるしな。
そうなれば、あとは面倒事の嵐だ。とてもじゃないだろうが、今まで通りの商売はやっていられなくなって、店を閉めるハメになるだろうな。
柊さんもそんな事態は望んでいないだろうし、そんな事態になれば俺も無事では済まないだろう。
ダンジョンが出現してからそれなりに時間が経つ今現在においても、アイテムボックス系のスキルを持つ者の数は世界的に見ても少なく、スキル所有者は各国の政府が積極的に保護し確保しているらしい。もしかしたら、空間収納のスキルはパッシブ系の高コストスキルだから、ダンジョン内でスキルスクロールを開けて習得したのは良いもののEP切れを起こしてモンスターに狩られたっていう空間収納スキル持ちもいたかもしれないな。
まぁどちらにしろ、国からしたらアイテムボックス持ちなど、安全保障問題上無視出来無い存在だから、保護は必須だ。犯罪者やテロリストなんかからしたら、これ以上便利で安全な運び屋はないからな。だからこそ、ダンジョンから産出される空間収納系のスキルスクロールは国が確保しているらしく、一般には出回っていない。有効に使えるのなら流通革命だって夢じゃないのにな……。
「まぁ、その事はもう良いとして……何だろね、この雰囲気?」
通い慣れたその場所の雰囲気が、以前の物とかなり違う事に俺は戸惑う。
ダンジョンに入る為の長蛇の列は無くなり、少し賑わっていると言う程度に落ち着いているのだが、その列に並ぶ人々の雰囲気がおかしい。イベント待ちの和気合い合いとした雰囲気は消えており、互いに牽制し合うギスギスとした物に変化していた。
「ネットで、入場規制以降のダンジョンの雰囲気が悪化しているって書いてあったわ。けど……」
「ちょっと変わり過ぎだな。にしても、まだ半月程度だろ?」
柊さんは顔を軽く顰め、裕二は何処と無く呆れた様子で列に並ぶ探索者達を眺める。
「ええ、半月よ。でも、それだけの期間で十分だったみたい。ネットの反応を見ると、大体2つの派閥が出来て対立していたわ。ダンジョン探索で生活費を稼いでいる人達と、休みの日に趣味程度にダンジョンに来ている人達よ」
「……それって」
「ええ。彼らの主張を簡単に纏めると、“遊びでやってんじゃない、邪魔するな!”と“何マジになってるんだよ!”よ」
うーん。つまり、探索者間の意識の差が、この雰囲気の原因か。
確かに生活が掛かっている探索者からしたら、趣味程度の気構えでダンジョンに潜ってモンスターを減らす探索者達など邪魔でしかないな。反対に、本業の休みの日だけ来ている探索者からしたら、マジになって行動一つ一つに敵意を向けてくる探索者は鬱陶しい存在だよな。
例えるなら、プロの漁師と釣り堀に来ている釣り人位の差かな?
「生活が掛かっている探索者……プロフェッショナルな探索者、プロ探索者って言うけど。プロ探索者からしたら、やっとダンジョンでの収入が安定しそうだった頃にこの規制だもの、それは苛立たしいでしょうね……」
「あの、えっと……」
柊さんは顔を顰めながら列に並ぶ探索者達を眺め、俺と裕二は顔を合わせ何とも言えない表情を浮かべた。言ってみれば、柊さんもプロ探索者だからな。プロ探索者らの抱える気持ちは、柊さんも同感なのだろう。どちらかと言えば、生活に直結せず休みに来る探索者……アマチュア探索者タイプである俺と裕二は柊さんに掛ける言葉が思い浮かばなかった。
そんな俺と裕二の姿に、柊さんは苦笑を浮かべる。
「ふふっ。私、二人には本当に感謝しているのよ? だから、そんな表情浮かべないで。逆に、生活に直結しないで休みの日に来る探索者……アマチュア探索者、アマ探索者って言うわね? アマ探索者からしたら、プロ探索者の存在は鬱陶しいでしょうね。友達同士で和気藹々としているのに、アマ探索者だって言う事だけで敵意を向けられるんですから。実害は出ていないみたいだけど、中にはそれが原因で探索者を辞めていく人も出ているみたいなのよ」
「まぁ確かに、明確な理由がなくアトラクション感覚でダンジョンに来ている人からしたら、敵意を向けられてまで無理に探索者を続ける理由もないだろうね」
「でもそうなると、余計にプロアマ間で確執が残るだろ。其の辺は、どんな感じになってるの?」
「分からないわ。今の所ネット上で互いを罵り合ってるだけで済んでるけど、今後の展開次第では……」
裕二の問いに、柊さんは顔を顰めながら目を瞑って顔を左右に振る。今後の展開が読めないのか、考えたくないのか……。おそらく後者だろうな。
変に過熱する前に、入場規制が解除される事を祈ろう。
話している間に列は進み、あと数組で俺達の番が回ってくる。
「にしても、この雰囲気はちょっと勘弁してほしいな。これならまだ、前の混雑していた頃の方が幾分かはマシじゃないか?」
「そうだよな」
裕二が小声で愚痴を漏らす。確かに、この雰囲気の中にいるのは辛い。
首を軽く左右に振って列に並ぶ探索者達の顔色を窺うと、皆どことなく浮かない雰囲気を放っていた。中には妙にニヤ付いて居る大学生らしき青年や、殺気混じりの苛立たしげな雰囲気を隠そうとしていない俺達と同じ高校生が居る。何か確執でもあるのか、たまに相手に気付かれない様に視線を送り合っていた。……って、もしかしてアイツら独占組と被害者新人探索者か?
ホント、勘弁してもらいたい。
「……表層階はさっさと抜けて、下に降りた方が良さそうだな。この雰囲気、下手に表層階付近を彷徨いていると他の探索者に絡まれそうだ」
「賛成。柊さんは?」
「私も賛成よ。こんな雰囲気の連中が近くに居たら、何時寝首をかかれるのかって心配になるわ」
3人の意見が一致する。
順番待ちする探索者達の雰囲気のおかしさを気にしつつ、俺達は小声で話しながら入場の列に大人しく並んだ。ここで変に騒いで、ダンジョン内で絡まれたらたまらないからな。
そして遂に俺達に順番が回ってきた。
「入場許可の確認を行います。こちらの機械に、入場許可を受けた方のカードを翳してください」
「はい」
係員の指示に従って、裕二が探索者カードを機械に翳す。今回入場許可を当てたのは、裕二だ。俺と柊さんは外している。……それ程運は悪い方じゃないんだけどな、俺?
裕二が機械に探索者カードを翳すと、短い電子音が鳴った後に緑のランプが点灯した。
「はい、確認しました。入場予定人数は3人ですね? お連れ様は、そちらの御二人ですね?」
「はい、そうです」
「ではどうぞ、開閉ゲートにお進み下さい」
係員に促され、俺達は開閉ゲートへ進む。ふぅ、漸くダンジョンに入れる。
俺達は開閉ゲートを潜り、半月ぶりになるダンジョン探索へ出発した。
最短経路でダンジョンを潜り、俺達は10、11、12階層でオーク狩りに勤しんだ。
まだこの階層まで潜ってこれる探索者は少ない様で、探索者に遭遇する頻度よりオークと遭遇する頻度の方が高い。俺達はオークと程良い頻度で遭遇しながらオークを討伐し、それなりの量のオーク素材を手に入れた。
「う~ん、そこそこの量ね」
「そこそこ? ……えっと柊さん、この量で何日分位になるの?」
「そうね……2週間分くらいかしら?」
柊さんの返答を聞き、俺と裕二は顔を見合わせ溜息を吐く。
オーク肉と骨を目一杯詰め込んだ保冷バッグ2個分で、2週間か。これだけ集めるだけでも、1時間はかかったんだけどな……。入場制限がかかっていなかった頃なら兎も角、次に何時来れるか分からない現状では狩れるだけ狩るしかない。柊さんも、ギリギリまでオーク狩りを続ける気マンマンだしな。
今日の予定では、行き帰りに1時間ずつの2時間、休憩に1時間、オーク狩りに4時間を予定していたから、頑張れば8週間分は確保出来るかな?
「そっか、ラーメン屋さんって大変だね」
「そうなのよ。最近飲食業界にダンジョン食材が出回って、客の味に対するニーズも変わり始めてるのよ。まだ数は少ないけど、家と同じ様にダンジョン食材を使ったラーメン店も増えてきているわ。実際、従来品とダンジョン食材を使ったラーメンでは味に格段の違いが出てるのよ。ここで流れに乗り遅れると、徐々に客離れが進んで店が廃れる原因になるわ。だから多少の無理をしてでも、ダンジョン食材を使ってる商品を、って事は分かるんだけど……。でも、こんな消費量を普通に仕入れようと思えば、直ぐに店が潰れてしまうわ。でも、だからって……」
柊さんの口から、延々と愚痴が漏れ出し続けた。
愚痴の内容を纏めると、オーク出汁、うま!でも高!けど出さないと店が……。と言う、板挟みの状況らしい。部外者が経営方針に口出しを出来る訳無いので、俺と裕二は周囲を警戒しつつ黙って柊さんの愚痴聞き相手を務めた。
これで、少しは柊さんの気が紛れたら良いんだけど……。
「……ゴメンなさい」
「ううん。でも、そっか。じゃぁ、頑張ってオークを狩らないといけないね」
「……ええ、勿論。次に何時、ここに潜れるか分からないんだから」
「じゃぁ、休憩も取れた事だし探索を再開しようか?」
「ええ」
「裕二も良い?」
「おう、良いぞ」
休憩を終えた俺達はこの後、探索を再開しオーク狩りに勤しんだ。
結果、今日は保冷バッグ8個分のオーク肉と素材を手に入れた。オーク肉と骨は柊さんが引き取り、他のドロップアイテムは換金し俺と裕二で分けた。最近の報酬分配はこんな感じだ。柊さんが現物支給で、俺と裕二は金銭支給。まぁ、全員納得してこう言う形になったので問題はないんだけどな。
規制後、久しぶりのオーク狩り。
ダンジョンの雰囲気が、大分悪化しています。




