幕間六拾壱話 新規ダンジョン管理課
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燦々と窓から降り注ぐ日の光、微かな風切り音を立てながら流れ出てくる冷風、淡々と響くキーボードの打音。ドコでも見られる、オフィスの夏風景だった。
だが、こんな穏やかな風景を甘受出来るようになったのもそう昔のことでは無い。1年ほど前まではダンジョン発見の連続で仕事で忙殺される日々を過ごしていたが、最近では仲間内で仕事中の休憩と称し茶飲み話が出来る程度には暇が出来たからだ。
「こう言う穏やかな日々が続くと良いんだけどな……」
今日のお昼は何を食べようかなと考えつつ穏やかな心持ちで仕事をしていると、デスクの上に乗った電話機が甲高い音を立てながら着信を知らせる。内線ボタンが点灯しているので、何処か他の部署からの連絡らしい。
資料請求かなと考えつつ受話器を取ると、電話口の向こうから話相手の若干焦ったような声が聞こえてきた。
「はい、コチラ新規ダンジョン管理課丸井です」
「お世話になっています、こちら総合相談窓口担当の者です」
「お世話になっています。どう言った御用でしょうか?」
総合相談からだと聞き、ウチに用件が回ってくると言う事は、またどこぞでダンジョンを発見したという電話が来たのかな?と思いつつ話の先を聞く。こう言った電話は月に何十件もあり、先月は学校が夏休み期間という事もあり毎日発見報告の確認作業で忙殺されていた。
漸く夏休み期間も終わり、ユックリ出来ていたんだけどなと内心愚痴が漏れる。
「つい先程なんですが、ダンジョンを見付けたという相談が届きました。コチラでは判断付かない相談内容ですので、其方に電話を回しても大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
「お願いします。では、お回しします」
総合相談の人と短い引き継ぎのやり取りした後、電話口にダンジョンを発見したと報告してきたと言う人が出る。
「大変お待たせしました。お電話代わります、ダンジョン協会新規ダンジョン管理課の丸井です」
「あっ、よろしくお願いします」
電話口から聞こえた声は、随分若い声だった。この感じだと、恐らく高校生ぐらいかな? 先月の夏休み期間中に、散々聞いた感じの声だからな。そんな事を内心で考えつつ、俺は早速本題に入ることにした。
この手の通報はダンジョンと只の洞穴を勘違いで報告してくる人も居るので、サクサクと確認するとしよう。勘違いだったら、確認作業をしなくて良いんだけどな……。
「では早速ですが、山中でダンジョンを発見との事ですが?」
「あっ、はい。今日……と言うか1時間ほど前の事なんですが、友人達と所用で山を散策中に発見しました。内部を軽く調査して見たところ、モンスターの姿も確認しましたので、ダンジョンで間違いないです」
「!? 確認って、内部に入ったんですか!?」
おいおい、ちょっと待ってくれ。内部に入った!? 何て危険な真似をしてるんだよ、コイツは!? ダンジョン内は危険だから、見付けても内部に入らず通報しろって何度もテレビとかで言ってたよな! もしもそれで誰かが怪我でもしてたら、ウチも世間から管理責任が云々と叩かれるんだぞ!
思わず大声で電話口に立つ高校生?に説教をしそうになったが、俺が口を開く前に補足が入れられた。曰く、自分達は正規の探索者資格を持つ探索者であると。そして照会して貰えれば、自分達が本当に探索者資格を持っている者なのか分かるだろうとも。
「(いや、確かに探索者資格を持っているのなら一般人よりは腕っ節も強いだろうけど、ダンジョンに潜るつもりでいたんじゃ無いのなら武器なんか持ってないよね? モンスター相手に、素手で勝てると思ってたのか?) 照会させて頂きますので、少々お待ちになって下さい」
彼の言い分に思わず頭痛がしそうになったが、ある程度冷静さは取り戻せたので俺は怒鳴り散らすことはせずに、聞き出した情報を元に照会作業を行う事にした。コレでしようも無い実績しか上げてないような探索者なら、後で懇々と説教……注意しないといけないなと思いながら。
若者が過信し調子に乗って無謀な事に挑む事は往々にしてあるが、越えてはいけない一線という物はどんな場所にも存在する。ロクな事前情報も無い未発見ダンジョンに、武器も持たないで探索に行くなどで一線を越える行為だ。取り返しが付かないことを彼等がしでかす前に、一言位は言っておかないとな!
「ええっと? チームNESの広瀬裕二だったな。うーと、おっ出た。コイツか……」
ダンジョン協会に登録してある資格持ち探索者達のデータベースにアクセスし検索を掛けると、幾つかの人物が検出され、更に条件を絞り込むと目的の人物データが出て来た。ファイルを開き詳細データを確認していくウチに、俺は目を見開きながら思わず驚愕の声を上げてしまう。
いや、だって仕方ないだろ? 何だよコイツ等の実績……本当に高校生か?
「どうしたんだい丸井君、急に大きな声を出して?」
「あっ、課長」
パソコンの画面から顔を上げ、俺に声を掛けた人物の方を向く。俺に声を掛けてきていたのは、若干心配げな表情を浮かべたウチの課の課長、宮下課長だった。
俺は慌てて軽く頭を下げ謝罪を口にしつつ、声を上げた理由を説明する。
「なるほど、そう言う事か……。確かに思わず声が出ちゃいそうな実績を上げてるね、彼等」
「ええ、はい。記録だけを見てると、本当に高校生なのかな……って疑いたくなる実績ですよコレは」
「高校生3人のチームでありながら30階層を突破し、現在は更に奥の階層をメインに探索中か……紛れもなくウチに登録されている探索者チームの中ではトップ層だね」
「はい」
確かにこんな実績を上げられる探索者なら、武器を持たずに素手でダンジョンに突入したとしても、1階層に出現するモンスターなら苦も無く倒すことは出来るだろうな。ダンジョンであるかの真偽を確かめる為に、ダンジョン内に踏み込んだという彼等の判断は過信から来る物では無く、裏打ちされた実力から来る物だったって事か。偶然だったが、相手の情報を確認もせずに怒鳴り散らさなくて良かった。
まぁ尤も、不要ではあるのだろうが一言苦言を言っておきたいと言う気持ちは今も燻ってるけどな。禁止されてるんだから危ない真似はするなよ、とね。
「まぁ兎も角だ、こんな実績を積んでる連中がダンジョンを見付けたと連絡してきたんだ。しかも内部でモンスターの存在を確認している以上、誤認による空振りって可能性は無いだろ。直ぐ調査隊が動けるよう準備を進めてくれ、彼等の電話は私が対応する」
「えっ、課長が? 調査隊の手続きでしたら、電話を受けた後に私がやりますが……」
最初の電話対応で課長がいきなり出張るのは如何なんだろう? 今回の発見報告は、報告者が報告者だけに本物である可能性は高い。とは言え今の所、課長が出張るほどの厄介事は起きてないんだけどな……。
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、宮下課長は苦笑を浮かべつつ裏事情?を教えてくれた。
「確かに普通なら、私がこの段階で出張るような案件では無いね。マニュアル通りの対応でも問題無く対処出来る範囲だ。だが今回の報告者は高校生ながら将来有望な探索者だ、可能ならウチで確保したいと思うほどのね。それなら少々手間を掛けてでも、ウチのイメージアップを狙ったアピールをしても惜しくは無いだろ? 市民の声に応え迅速な対応をするダンジョン協会って感じでさ?」
「……青田買いでもする気ですか?」
「したいと思うくらいには魅力的な実績だからね。それにほらココ、悪質探索者の捕獲や負傷した探索者の救護ってある。実力もあり性根も悪くなく実績も十分良いとなれば、ウチに対して良い印象を持って貰えればスカウトする時有利に働きそうだからね」
「……なるほど、色々先々を考えてと言う事ですね」
確かにこの実績を見てみれば、是非ウチに来て貰いたい人材ではある。まぁココまで稼げる探索者が、安月給になると分かっているウチに来るとは余り思えないけど。ドロップアイテムの査定換金実績の項目の数字を見ながら、課長が目論むスカウトは失敗するだろうなと思った。
まぁ、夢を見るのは勝手だけど、とらぬ狸の皮算用になって此方に被害が来なければ良いけど。
「まぁそう言う訳だ丸井君、電話は私の方に回してくれ」
「了解しました。では私は電話を課長に回した後、調査隊に出動準備の要請を行います。ダンジョンの所在地などに関して詳細が分かりましたら、お知らせ下さい」
「ああ、よろしく頼むよ」
課長が自分のデスクに戻ったのを確認し、俺は発見報告者の外線電話を回した。
さてと、じゃあ俺は調査隊の方に連絡を入れるとしますか。
丸井君に代わり電話に出ると、ダンジョンを発見したと通報してくれた高校生……広瀬君かな?その広瀬君が少々戸惑い動揺した声で応えてくれた。どうやら丸井君に代わり、いきなり課長である私が出た事に驚いているらしい。こういう時に、組織がとる対応に理解あるって事だな。
この反応を見るだけで、広瀬君を単なる子供と思って変に崩した親しげな対応はしない方が良いと分かる。新規ダンジョン管理課の課長として、確りとした対応の方が良い印象を与えられそうだ。
「ええ、大体そのくらいになると思います。それと調査員には到着前にソチラへ一報を入れるように伝えておきますので、この電話の番号を伝えても良いですか?」
広瀬君との電話やり取りはスムーズに進み、特に過不足無く今回発見したというダンジョンについての情報を得る事が出来た。話しているあいだ彼には特に動揺している様子は無く、未発見ダンジョンを見付けたという割に浮ついた感じも無く冷静に対応してくれている。こう言う非常時でも冷静に対処出来るというのは、高く評価出来るポイントだな。流石、高校生とは言えトップクラスの経験豊かな探索者だ。
そんな事を考えている内に、電話口に広瀬君とは別の人物が出る。ん?誰だ?
「お話中の横から失礼します。私、桐谷不動産の湯田と申します。この度は、ウチの管理する物件から未発見のダンジョンが見付かったので、コチラの広瀬君に協会への代理報告をお願いした次第です」
「は、はぁ、ダンジョン協会の宮下です。えっと、湯田さんですか? 代理報告とは……?」
「はい。ダンジョンが見付かったのはウチが管理する物件内で、広瀬君達が当店の御客様として物件の内見に来られ発見したという流れになります。本来はウチから連絡を入れるのが筋だとは思いますが、モノがモノですので早急な安全確保の為にもイタズラ報告と思われないようにと、ダンジョン協会に属する探索者である広瀬君に代理報告をお願いした次第です」
「ああ、なるほど。それで代理報告ですか……」
なるほど、その判断は正しい。もし桐谷不動産さんを名乗っての発見報告ならマニュアル通り丸井君が対応し、調査隊の派遣も他の調査案件との兼ね合いから本日以降になっていた事だろう。内部調査をしてモンスターを目撃したと言ったとして、洞穴に入り込んだ野生動物を誤認しただけと判断した可能性が高いからな。広瀬君の年齢は別にして、実績豊富な正規の資格持ちの探索者が報告したからこそ、今回発見された物はダンジョンの可能性が高いと判断しウチも早急な対応に出ている。
そして桐谷不動産の湯田さんと調査員との同行調査について話を詰めた後、再び広瀬君と変わって貰って話す。ただ、その話の中で……。
「公認される前のダンジョンでドロップアイテムを取得した場合、ドロップアイテムの扱いはどうなりますか?」
と言った、中々際どい質問を投げ掛けてきた。確かにダンジョン内で得たドロップアイテムの所有権は国にあり、探索者は金銭による報酬を貰うか現物を買い取れると言う原則が規定されている。彼が投げ掛けてきたこの質問は、未発見ダンジョンの扱いにおけるグレーゾーンだ。国の管理下に無い場所で得たモノの所有権が国にあるのか?と聞かれたら、即座にあるとは断言出来ないからな。調査後仮認定が出ていれば国の管轄と言えるんだが……今の段階では何とも言えない。
それにだ、未発見ダンジョンの最初のドロップ品はレア度の高いアイテムが出る。可能ならレア物は国の方で確保したいと言うのが本音だ。こうやって彼等が隠さず今の段階で聞いてきたと言うことは、分かり易いレア物を手に入れ対応に困っているという事なのだろう。下手に隠して、後々問題にしたくないという判断だな。
「後日、法務担当者と相談の上で回答をさせて頂きたいと思います」
玉虫色の答えだが、私の立場ではこう答えるしか無い。ココで適当な答え方をすると、責任問題に発展しかねないからな。まぁ広瀬君は素直に要請に応じてくれたから良かったが、コレで変にゴネるような事があったら要注意者になる所だった。
そして話も一段落ついたので電話を切り、私は胸に溜まった物を吐き出すように大きく溜息をつく。思っていたよりスムーズに事は運んだが、少し厄介な問題が出来てしまったなと。
「丸井君、調査隊との連絡は付いたかい?」
「あっ、はい。調査隊の派遣の方は問題無いそうです」
「そうか、それは良かった。だが準備を進めて貰っていて悪いが、調査隊の方には私から直接話をさせて貰うよ。少々問題が発生してね」
「はぁ、別に構いませんが……」
レア度の高いドロップアイテムが出ている以上、早急に調査隊を派遣し物品を確保した方が良い。今はダンジョン発見の衝撃からか素直にドロップアイテムの引き渡しに応じてくれているが、時間が経って心変わりされると厄介だからな。話した感じから可能性は低そうだが、魔が差して……ってのは無くは無い可能性だ。
私は調査隊の責任者に電話を入れつつ、最速で調査隊が目的地まで移動出来る手段に考えを巡らせ始めていた。ヘリのスケジュールって空いてたかな?




