幕間六拾話 桐谷不動産上映会 その2
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何とも言えない雰囲気が部屋に流れる中、湯田さんに質問は無いかと聞かれ互いに牽制し合うような視線を向け合う。質問と言われても……違和感しか無いので何から質問すれば良いのか分からないと言う状況だ。
そんな牽制し合いが数秒続いた後、意を決したように一人の中年男性職員が手を上げ質問を口にする。
「ああ、何だ湯田。正直に言うと、何から質問をしたら良いのか分からないんだが……何だコレ?」
「何だコレと言われても、紹介物件の内見見学の同行映像としか言えません。まぁ、何が言いたいかは理解出来ますが……」
「……じゃぁ率直に聞くけど、コレのドコを参考にしたら良いんだ? 確かにテレビなんかで見るから、探索者が一般人と掛け離れた身体能力を持っていることは知ってるよ。でもさぁ……流石にコレはぶっ飛びすぎてないか?」
男性職員の口にした意見に、私達は無言で頷き同意する。いや、本当に何なんだろうねコレ。最初に映画を見る気持ちで見ろと言われたけど、まさか本当に映画さながらの映像を見せられるとは思っても見なかった。
寧ろ映画の方が、与えられる衝撃力は少なかったような気がする。野生の熊が出てくるは、崖から飛び降りるは……イノシシの腹見せ命乞いを見た時は驚きすぎて何も感じられなくなっていたしね。何だろ、イノシシの命乞いって。
「そう思われるのは仕方ないですが、全て実際に起きた事です。私は彼等に背負われ移動している状況でしたが、彼等は特に苦にした風も無く平然としていました。聞いてみましたが、ダンジョン探索をする時はもっと重い荷物を背負っている時もあるそうで、私程度の体重では重しにも成らなかったそうですよ。ですので、今見て貰った動き程度でしたら中堅探索者でも出来る可能性は高いと思って貰った方が良いかと」
「……彼等だけが特別では無く、探索者なら出来る動きという事か」
「そうみたいですよ。まぁ熊や猪が見せたあの対応は、彼等自身の強さが反映された結果だと思います。いわゆる、弱肉強食ってヤツですね。勝てない相手とは無駄に争いたくないと」
そっか……探索者になると出来るんだ、あんな動きが。テレビとかで見る探索者芸人さんとかで知っていた気になってたけど、本物の探索者さんってやっぱり常人離れしてる超人って感じなんだね。
でも、熊さん達が攻撃しなかったり、猪さんが降伏したのは彼等個人の力か……彼等って高校生だったよね?
「そんな事が出来るのを相手に、コレから商売をしていかなくてはならなくなるのか……コレまでの常識が役に立たなくなるな」
「そうですね。でも今回の事で、探索者のそう言う現状を知れる私達は他社に対して一歩リード出来ていると思います。コレまでに需要が無かった土地が売れるようになるので、探索者相手に新しく市場を広げるビジネスチャンスですよ」
「そうかも知れないが、これは中々の難事だぞ? 今まで無理だと思っていたことが可能になることは良い事だと思うが、今まで持っていた常識を変えるってのは難しいからな。リードを保つ為にも急ぎたいという考えは理解出来るが、この辺は時間を掛けて慣らしていく必要がある。それに、彼等はトップクラスの探索者だと言っていたな? ビジネスに役立てるのなら、平均的な探索者のデータも必要だ」
「そうですね。ですので彼等とは別に、中堅クラスの探索者を雇い比較データ採取も提案します。上位層に居るという彼等だけのデータを対象にしていては、他のお客さんには不適当な物件を紹介してしまいますからね」
確かに今見せられた映像の出来事が全て、顧客になるかも知れない探索者さん達に適用されるとは限らないものね。上ばかりを見て、平均的な要求を見誤ったらビジネスにならなくなっちゃうしね。
湯田さんが言うように、別の探索者さんで再検証するというのは大事だ。
「なるほど……まぁ他にも色々言いたいことはあるが、とりあえず質問は以上だ」
「ありがとうございました。では、他に質問がある方は居ませんか?」
最初の質問が終わり、湯田さんは他に質問者はいないかと部屋の中を見回す。私も一緒になって見回してみたが、誰も彼もが突っ込みたいことが盛りだくさんすぎて、質問はしてみたいが何を口にすれば良いのか迷っているという感じだった。
私も熊や猪なんかについて質問してはみたいのだが、今一歩踏み出せずに口には出せない。イノシシが命乞いするなんて、一体全体どう言う状況よ。
「どうやら居ないようですね」
互いに迷って牽制し合った結果、2人目の質問者は出てこなかった。
湯田さんも仕方ないよなと言った表情を浮かべながら、話を進める。
「では映像の後半、2件目の内見物件同行映像を流します。1本目と同様に随所随所で説明を挟みますので、質問は映像を見終わった後に纏めてお願いします。では、上映を始めます」
湯田さんはそう言って、2本目の映像の再生を始めた。
2本目の同行映像の上映が終わり、湯田さんによって落とされていた部屋の照明が点けられた。その照明の灯りによって照らし出された光景は、心底疲れたと言った表情を浮かべた桐谷不動産の社員一同だった。誰も彼も頭が痛いとばかりに眉間を指先で揉みながら、大きな溜息を漏らしている。
勿論、私もその内の1人であった。
「以上で本日皆様にお見せする予定だった、内見同行映像の全てになります。……コレまでの映像を御覧になって、何か質問がある方はどうぞ」
「「「「……」」」
湯田さんに質問は無いかと促されるが、部屋の中には気怠げな雰囲気が漂い誰も彼もが沈黙していた。質問と言われても、こんな映像を見た直後では質問を口に出す意欲が湧いてこない。
1本目の映像も大概おかしな物だったが、2本目も負けず劣らずおかしな物だった。何でボートに乗って、増水した川で激流遡りなんてやってるのよ?
「……良いか?」
「ええ、どうぞ」
「さっきも言ったと思うんだが……なんだコレは?」
「内見同行の記録映像です。多少見やすいように編集はしてますが、映像内での出来事は全て事実です」
「いや、そうなんだろうけど……内見映像にしては色々おかしくないか? 何で川の遡りをしてるんだ? 何でまた鹿が、腹見せしてるんだよ!」
1本目の時と同じ男性職員が湯田さんに向かって、胸の内に溜まった物を吐き出すように質問……愚痴?を叫んだ。その質問……愚痴?は、コレまで一緒に映像を見た全ての者の総意である。
そんな叫びを受けた湯田さんも不快そうな表情を浮かべることも無く、達観や諦めにも似た笑みを浮かべつつ質問に対する答えを口にした。
「だって、彼等ですから」
万感の思いの籠もった湯田さんの叫びにも似たその言葉を耳にし、私達は思わず湯田さんに同情の視線を向けてしまった。一体全体どんな事を見聞きしたのか、湯田さんは皆から向けられる同情の視線に憤ることも無く、穏やかそうな表情を浮かべたまま何かを思い出すように天井を仰ぎ見る。
いやいや、本当にどうしたんですか湯田さん!? 危ない雰囲気が笑顔から漏れ出てますよ!
「おいおい湯田、お前大丈夫か? かなり疲れてるように見えるぞ」
「ははっ、お気になさらないで下さい。ちょっと色々思い出しただけですから、大丈夫ですよ」
「……ほんと、疲れてるんなら限界が来る前に言えよ?」
「ありがとうございます」
湯田さんの纏う危うい雰囲気を心配し、不安げな表情を浮かべながら男性職員は気を使うように声を掛けた。今にも倒れそうと言う雰囲気では無いのだが、湯田さんは1度何も考えずにリフレッシュ休暇を取った方が良いとは私も思う。
映像試写会が進むにつれて、湯田さんも疲れた表情が色濃くなっていったしね。
「ああ、じゃぁ質問を続けるが先ずアレだ、何でゴムボートに乗って川を遡上することになったんだ? かなり僻地にある物件を紹介していたというのは理解しているが、川が増水していたのなら陸路で向かっても良かったのでは?」
「ええ。現場近くに着いた時に川の増水を確認しましたので、その選択肢もありました。ですが今回の内見では、今後の探索者向け物件の模索という思惑もありましたので、コチラの要請もあり彼等が探索者なら可能であると判断したので行いました。この物件とは別に、川を遡上しないと到達出来ない物件というのもウチにはありますので」
「データ取りと言う事か……だが、流石にあの増水した状態の川は危険だと思うぞ? 彼等には……彼等だから可能だったと考えて、後日他の探索者に頼む時は遡上は中止を考慮した方が良い。今回は運が良かったから何事も無かったが、万が一という事は常に考慮しておかないといけないからな……」
「はい、その辺は重々承知しています。私も1件目の件が無ければ、彼等が大丈夫だと言っても止めていたでしょうから……」
1件目の件と言うと……崖下りのことかな? 確かに、あんな僅かな突起を足場にして崖を飛び跳ねながら下りられるのなら、少々流れが強くても川上りくらい出来るだろうって思っちゃうよね。実際映像でも、最初は苦戦してたみたいだけど時間が経つにつれて慣れたのか、エンジン付きボートみたいなスピードで川を遡っていく姿が映っていたし。
ほんと探索者相手になると、何が無理で何が危ないか一般人じゃ判断付かないよ。
「そうだな。これからウチも探索者を相手にしていくのなら、その辺も詳しく把握しておかないといけないな」
「ええ。幸い彼等は協力的ですので、コレからも内見で同行する時にそれとなく聞いておきます。ウチに探索者資格を持つ者が居ない以上、探索者のことは探索者に聞いて回るしかありませんから」
「余り幅広く聞いて回ると他社に漏れそうな気がするが、中途半端な基準を設定し事故が起きるよりはマシだろうからな」
「ええ。彼等にとって平然と行える行為であっても、一般人に毛が生えた程度の探索者では危険極まり無い事だと思います。少し囓っただけの探索者だと、鍛えたアスリートレベルの身体能力だと彼等も言ってましたから。彼等は気軽な感じで山の中を駆けていましたが、スピードが乗った状態で木に当たれば大怪我を負ってしまいます」
少し囓っただけで鍛えたアスリートレベルの身体能力ってのは驚くけど、確かにそれと人を背負って崖下りが出来るのを比べたら雲泥の差だよね。確かに探索者だからと同じ基準で語ってたら、紹介する物件を間違って無用な怪我をしちゃうかな。
そうなったら、抗議の嵐だよ。
「その辺はコレからおいおいだな……とりあえず俺の質問は以上だ。鹿の件や他にも言いたい事は色々あるが、余り深く突っ込んでも彼等は探索者だからなとしか言えなさそうだしな」
「ははっ、そうですね。ありがとうございました。では他に、質問がある方はいませんか?」
湯田さんは他に質問は無いかと聞いて回るが、男性職員が言ったように結局は探索者だからと言う結論にしかならなさそうなので、皆一様に疲れて諦めたような表情を浮かべつつ頭を横に振っていた。
その皆の反応を見て、湯田さんもこれ以上の質問は無いと判断し社長に声を掛け交代を促す。
「では、上映会は以上とさせて頂きます。……社長」
「うん、ありがとう湯田君。さて皆、今回見て貰った映像には色々衝撃的なシーンが盛りだくさんだったと思う。だが、今後ウチとしても、探索者を相手に商売の幅を広げていこうと思っている。探索者相手では自分の常識に合わないトンチキな要望を出されると思うが、その時は今回の内見映像を思い出して貰いたい。君達が相手にする事になる探索者というのは、映像で見たような事が平然と出来る者達だ。自分達の常識に沿わない要望であっても、探索者が相手では当たり前に入る要求の可能性がある。その際はまず相手の話を良く聞き、互いの常識の擦り合わせから行って貰いたい。相互理解を深めないままで話を進めるのは、どちらにとっても時間の浪費でしか無いからね」
社長の話に湯田さんは何度も力強く頷き、賛同の意を示していた。恐らく湯田さんはこの映像に映っている彼等と相互理解を深めないまま物件を紹介して、時間を無駄にした経験があるんだろうな。確かにこの映像を見てると、一般人と探索者では常識……基準がかなり違ってくるって言うのは理解出来る。崖や激流が障害にならないなんて、誰が想像出来るって言うのよ。
そして社長は話の締めとして、皆の顔を一瞥してから口を開く。
「これから探索者業界は、ますます大きくなると思う。だがそれは同時に、我々のビジネスチャンスでもある。皆、慣れない事の連続で大変だと思うが、社員一丸となって頑張っていこう!」
「「「はい!」」」
力強い社長の檄に、私達は大きな声で返事を返した。
ダンジョンが出現した事で、私達がいる不動産業界も変革を求められている時代。時代の変革に乗り遅れないように、私達も頑張っていかないといけないわね!
そして数日後、険しい表情で電話に出ていた社長が大きな溜息を漏らしながら、受話器を置き顔を上げた。
「皆、少し手を止め話を聞いて貰いたい。例の彼等と物件の内見に行っている湯田君から連絡があった……内見先でダンジョンを発見したそうだ」
「「「……はぁ?」」」
「コレからダンジョン協会の専門部署の方が現地に派遣され、ダンジョン認定調査が行われることになった。ダンジョンと認められた場合は、ダンジョン及びその周辺地の譲渡手続き代行を行う事になると思う……皆、忙しくなるぞ」
「「「ええっっ~~!!」」」
ダンジョン発見って何ですか!? 湯田さん、何を見付けてるんですか!?




