幕間五拾九話 桐谷不動産上映会
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パソコンのキーボードを叩く音が淡々と鳴り響く部屋に、お昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く。長くも短い午前中の業務が終了したので私、喜田川美奈子は座りっぱなしで凝り固まった背を伸ばした。毎日腰痛と闘いつつ、桐谷不動産で事務員をやっています。
まぁそれはさておき、お昼休憩です。1時間と然程長く無い事ですし、時間は有効に使わないと……。
「やっとお昼ね。美奈子ちゃん、一緒に御飯行きましょう?」
「はい、良いですよ。今日はどこに行きます?」
「そうね、今日は中華屋さんに行きましょうか?」
「中華屋さんというと、アソコですね。了解です」
私は先輩の女性事務員さんにお昼を誘われ、一緒に会社近くにある中華屋さんへとお昼を食べに行く事に成りました。向かうお店は結構本格的な中華のお店ですが、ランチ定食を安く出してくれているので度々お世話になっているお店です。ディナーコースは結構な金額になるので、会社の忘年会とかでしかいった事無いですけど。
そして店に入り注文を終え、頼んだ定食が出てくるまで先輩と雑談をしながら時間を潰す。
「そう言えば美奈子ちゃん、朝礼で社長がお昼から1本のビデオを見て貰うって言ってたけど、どんなビデオなんだろう? 聞いてる?」
「いえ。でも業務中に見るビデオですからね、流石に映画って事は無いと思いますよ。多分、何かの研修ビデオじゃ無いですか?」
「研修ビデオか……不動産会社の研修ビデオだとすると、土地登記とかの法律系のビデオかな?」
「さぁ、如何なんでしょう? ああでもそう言えば昨日、湯田さんが内見先で使うって撮影機材一式を持ち出してましたから、もしかしてその時撮ってきた映像を見るとか?」
私は湯田さんが撮影機材を持ち出し申請をしていたのを思い出し、もしかしたらと先輩に伝える。
「内見先で撮ったビデオか……何かトラブルでもあったのかな? 不法投棄とか土砂崩れとか?」
「ああ、あり得そうですねそれ。ウチの管理してる物件って結構山奥にある物とか多いですし、もしかしたら地主さんとかから通報があったのかも……」
「そうなると今日の上映会は、諸々の対策を皆で考える為とかって感じかな?」
「多分、そうじゃ無いですか?」
意見を出せと言われても不法投棄の場合、監視カメラを取り付けるとか道にバリケードを設置するなどの警備を厳重にするくらいしか私には思いつかないかな。基本的にこの手の問題は現行犯逮捕が基本であり、常時人を張り付かせるわけにも行かないので解決は難しい。偶然不法投棄の犯行現場をカメラに抑えるでも無い限り、後になって犯人を逮捕したって話は中々聞かないね。
言い方話悪いけど、皆で見るというのは時間の無駄な気がするな。
「お待たせしました。ご注文の麻婆豆腐定食と酢豚定食を、お持ちしました」
先輩と上映会について話しをしながら待って居ると、店員さんが注文していた定食を持ってきてくれた。御飯とスープ、メインとサラダにデザートがついた中々のボリュームを誇る定食である。
コレで1000円以下なのだから、本格的中華料理店のランチとしてはお得だろう。
「じゃぁ御飯も届いたことだし、温かいウチに食べちゃいましょう」
「そうですね。じゃぁ……」
「「頂きます」」
手を合わせた後、私と先輩は食べ始めた。因みに私が酢豚定食で、先輩が麻婆豆腐定食だ。
私は先ず、サラダから食べ始めた。数種類の細切り野菜に中華ドレッシングが掛かったサラダで、程良い酸味が食欲を増進させてくれる。次に御飯を1口食べメインを食べる準備を整え、酢豚の皿に箸を伸ばす。香ばしく揚げられた衣を纏った豚肉に甘酢餡が絡まり、店内照明の光を反射し輝く宝石のような魅力を放っている。口に運ぶとまずは熱々の餡のトロみと表面の心地よい食感を感じ、次に餡の甘酸っぱさと豚肉の甘さが口の中に広がった。私は思わず御飯を追加で掻き込んでしまったが、正しい対応だろう。
そして口の中に入った御飯と豚肉が無くなった頃を見計らい、湯気の立つ中華スープをユックリと1口啜る。トロみのお陰でスープは熱々具合を保っており、鶏ガラ出汁と数種類の具材の野菜出汁が入り交じったおかげで豊かな香りと味をしていた。
「美味しい……」
思わず私の口から感嘆の声が漏れ出た。
「そうね。やっぱり自分で作るのとお店の料理じゃ大違いだわ」
「ほんと、どうやったらこんなに美味しく出来るんでしょうね?」
「そこはほら、アレよ。プロの技ってヤツよ」
思わず漏れた私の言葉に、先輩も幸せそうに表情を綻ばせながら同意してくれた。このお店にはよく食べに来ますけど、ココの料理はどれを食べても本当に美味しいと思う。
それから私と先輩は話しもそこそこにし、手と箸を止めず料理に舌鼓をうった。
美味しいランチを食べ終える頃にはお昼休みの時間も終わりに近付いており、私と先輩は遅れないように少し足早に会社へと戻ってきた。まだお昼休憩が終わるまで少し時間があるので、まだ戻ってきていない人も居るが大体の人は席に着いている。
先輩と別れた私は自分の席に座り、残った時間でスマホニュースのチェックをしたり、午後からの業務に備え準備を進めた。そして……。
「あっ、もう時間だ」
午後業務の開始を知らせるチャイムが鳴り響き、昼休みが終了した。でも、まだ社長が戻ってきていないので、上映会はもう少し後になるかな。そう言う訳で、上映会が始まるまで私は午前業務の続きを行うことにした。
そしてお昼休みが終わって暫く経った時、社長がバツの悪そうな表情を浮かべながら会社に戻ってきた。
「皆、遅れてすまない。10分後を目処に上映会を始めるから、見る用意をしてくれ」
そう言うと社長は戸棚からプロジェクターを取り出し、上映会の準備を始める。私達もそんな社長の姿を見て、直ぐに作業を中断出来る人は上映会の準備を手伝い始め、直ぐに中断出来ない人も急いで中断の準備を始めた。私は直ぐに中断出来る方だったので、窓のカーテンを閉めたり準備の手伝いを行う。
そして10分後、上映準備が整い全員が上映を見る準備も整った。
「では上映会を始める。今回皆に見て貰う映像は、とある御客様の内見に同行した湯田君が撮影した映像だ。この映像に映る御客様は最近話題の探索者業をやっていて、今後増えるであろう探索者業の御客様の要望を聞き取る際の参考にして貰いたい。それと……かなり衝撃的な映像の連続となる、余り驚きすぎないように、アクション映画を見る心積もりをしておいてくれ」
「アクション……映画ですか?」
「ああ、皆もテレビなんかで探索者が常人離れした運動能力を誇っているのは知っているだろう? この御客様は、その探索者の中でもトップクラスの探索者だ。テレビで良く見る探索者芸人なんかの動きとは明らかに別物だから、アクション映画を見るつもりでと言ったんだ」
つまり、アクション映画みたいな動きをする探索者が出るって事かな? 確かにいきなりそんな映像を見せられたら、私だったら驚きの声を上げちゃうかもしれない。
でも、探索者芸人の動きとは別物か……アレでもかなり常人離れした動きで凄いって思ってたんだけどな。
「映像の解説は同行した湯田君にやって貰う。質問は映像を見た後に時間をとるので、その時に纏めて質問してくれ。では湯田君、後は頼むよ」
「はい。では、早速ですが上映の方を始めさせて貰います。今回皆さんにお見せする映像は、つい先日私が同行した探索者業をされているお客さまです。少々年齢の若い御客様ですが、探索者としてはトップクラスの方達です。コレから映す映像は少々揺れが激しい物になりますので、気分が悪い時は無理なされないようにお願いします」
社長の代わりに司会に立った湯田さんが、コレから映す映像の基本情報を説明してくれた。3人の年若い探索者のお客に同行し、山中にある物件を内見する映像のようだ。詳しい説明は上映中に、随所随所で挟むらしい。
「では、上映を開始します」
そして一通りの説明が終わった後、部屋の照明が落とされスクリーンに映像が映し出される。
映像は普通そうに見える山中、湯田さんがカメラを持っているらしく3人の少年少女の姿が映し出される。
【では湯田さん、出発しますね?】
【よろしくお願いします】
「少々画角が変ですが、ココでの私は彼等のウチの1人に背負って貰っている状態です。何故かというと、一般人の私と探索者である彼等では移動速度が違うのでこう言う形なりました」
湯田さんの説明が挟まれつつ、映像に映る少年少女達が山中に向かって歩き出した。最初はユックリとした登山程度の速度だったのだが次第に移動速度は上がっていき、映像には高速で迫る木々の姿が映し出されるようになり始めた。
……確かにコレはアクション映画かも、それもハイスピードアクション映画。
「後で聞いた話なんですが、この様な速度で移動していますが、彼等にとってはこの速度でも軽いジョギング程度の感覚だそうです。一般的な探索者と、トップクラスに位置する彼等を同等と考えるのは間違いですが、一般的……中堅クラスの探索者なら似たような移動速度は出せるだろうと彼等は言っていました」
「こんな速度での移動が普通に出来るんだ……」
思わず私の口から声が漏れてしまったが、皆映し出される映像に目が釘付けになっており誰も気にしない。それはそうだろう、こんな衝撃映像を会社の上映会で見るだなんて誰も想像していなかったんだから。
そして移動映像は1分ほどで終わり、今度は休憩中の映像が映し出される。休憩場所は山頂に近いのか、木々の隙間から見える他の山の山頂がちょっとだけ見えた。だが、その映像の画面下の隅に映し出される録画時間の数字がおかしい。移動を開始して数分しか経過していないのはどういったことだろう? だが、その疑問も長くは続かなかった。
「く、熊!?」
「きゃぁっ!」
予想外の熊の登場に、部屋のアチラコチラから悲鳴が上がる。映像からも湯田さんと思わしき悲鳴が聞こえ、その時の緊迫感が伝わってくる。無傷の湯田さんがココで映像の解説をしている以上、何とかなったというのは分かっているのだが、私は思わず生唾を飲み映像の進行を見守った。
なんだけど……。
「「「「えっ?」」」」
映像に映る熊は3人のウチの一人が話し掛けると、一瞬怯えたような表情を浮かべた後、説得に応じるようにその場を動かず黙って湯田さん達を見送る。
あれ? 本当に説得が通じたの? 思わず私……いや、私を含め映像を見ていた人は全員が視線を解説をしている湯田さんに向けた。
「……あの熊さんは、話の分かる熊さんでしたよ」
私達の視線を感じた湯田さんは、何処か遠い目をしながら説明してくれた。話の分かる熊さんって、どう言う事ですか?
そして熊の映像の衝撃が抜けないまま、映像は続き次に切り立つ崖が映し出された。下を覗き込むような画角の映像に、思わず身が縮む。こんな所から落ちたら、怪我するどころか死んじゃうよ。
「皆さん、この先の映像は覚悟して下さい。かなり衝撃的なシーンが映し出されますので……」
「「「「?」」」」
衝撃的って……さっきの熊登場の映像だけでかなりの衝撃を受けたんですけど、まだ何か衝撃的なことが起きるんですか?
湯田さんの忠告にそんな疑問を持っていると、映像にその意味するところが映し出された。
「「「うわぁぁっ!?」」」
「「「きゃぁぁっ!?」」」
熊登場以上の悲鳴が部屋の中に木霊する。一瞬、少年の体が浮き上がり無重力を感じさせる映像が映し出されたかと思って居ると、姿が消えたかと思うと崖下へと急落下していく映像が始まった。続くようにカメラのマイクに大きな風切り音が響き、カメラ映像もドンドンと崖下へと落下していく様が映し出される。
落下する映像は数十秒にわたって続き、誰もが撮影者を含め終わったと思った。だが、そんなことは無かった。無事に崖下におり笑顔で崖下りの感想を述べる少年少女の姿を目にし、私達は絶句し何も言えなくなってしまったからだ。
「この崖下り、フリーフォールみたいで楽しかったそうですよ」
死んだ魚の目でやさぐれた表情を浮かべながら、湯田さんは呆れたような声色でこの時のことを説明してくれた。勿論、驚きの余り心ココにあらずと言った状況だった私は何の感想も持てなかったけど。
そしてその後も映像は続き、大きなイノシシなども登場したが驚き疲れた私達は大した反応を示せなかった。
「さて、映像の前半はコレにて終了です。質問を挟んだ後、後編に入りたいと思います。誰か質問はありますか?」
ええっ!? コレで映像の半分、まだあるんですか!?
もうお腹一杯なんですけど!?




