第388話 面倒なモノを見付けてしまった
お気に入り32650超、PV75620000超、ジャンル別日刊94位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
コミカライズ版朝ダン、スクウェア・エニックス様より書籍版電子版にて販売中です。よろしければお手に取ってみてください。
実地の内見で様々な問題点を見付け改善しようと、物件紹介条件の見直しをしてから1週間。俺達は再び桐谷不動産の事務所を訪れていた。この1週間の間、文化祭の準備や内見で得た情報の再検証などで色々と忙しかったので、時間の流れが随分と早く感じたな。
そして事務所で軽く紹介条件変更の打ち合わせをした後、俺達は湯田さんの運転する車に揺られ3件目の内見へと出発する。以前の条件で紹介されていた、湿地帯に島が浮かぶ物件だ。色々とロマンを感じる物件ではあるが、実用性という点では?が付く物件である。何せ、建物を建てるのに適する土地が、島部分だけだからな。
「今日もよろしくお願いします、湯田さん」
「ああ、よろしく。と言っても俺がよろしくするのは主に、物件近くまでの車での運転くらいなんだけどさ」
「ははっ、そんな事無いですよ。毎回、色々と無茶苦茶な俺達の内見に付き合ってくれる湯田さんには、本当に感謝してるんですから」
「ははっ確かに、色々と衝撃的な初体験が目白押しの内見同行だったね。あっ、そうそう。例の動画、前回内見に行った時の映像を職員皆で見たんだけどさ、反響がもの凄かったよ」
湯田さんは苦笑を浮かべつつ若干遠い眼差しをしながら、俺達の内見映像試写会の様子を語り始める。ただし、嬉々とした口調では無く、疲れたと言いたげな口調で。
うん、まぁアレだ、色々と衝撃映像の連続だっただろうからね……。
「まず1件目出発の段階で悲鳴……いや、感嘆の声かな?それが上がったよ。迫り来る木々を避けながら山の斜面を凄い速さで駆け上がっていく君達の姿に、いつ木にぶつかって怪我をするんじゃ無いかって。まぁスタートして1分も経つ頃には、ぶつかる気配がちっとも無い事に気付いてからは感心している様子だったけどね。流石は探索者だ、って感じでさ」
「そんな反応だったんですか。俺達としては普通に、小走り気味に走って移動をしただけなんですけどね……」
「……アレで小走りだったんだ」
「ええ。湯田さんを背負ってましたし、そこまで急ぐ道程でもありませんでしたしね」
湯田さんは少し驚いた様な表情を浮かべながらも、どこか納得といった感じで頷いていた。
もしかしたら、裕二がスコップを買いに行った時の事を思い出したのかもしれない。あの時の裕二は待ち時間的に、車と同じくらいの早さで動いてただろうからな。湯田さんが言う、山の斜面を登っていた時とでは倍近く速度差が出ている。
「まぁ、その辺はそう言う事だと思っておこう。それはそうとして問題なのはその後、熊と遭遇したシーンの時は本気の悲鳴が上がったよ。皆内見中に、熊と遭遇するとは思ってなかったみたいだからね」
「ああ確かに、熊なんて動物園とかにでも行かないと生で見る機会はありませんからね。そう言えば不動産屋さんって、こうした内見に同行した時に遭遇したりはしないんですか?」
「普通は無いかな? 俺もあの時が初めての体験だったよ、熊との遭遇は。ウチではお客さんに紹介する物件は出来るだけ安全に……あまり野生動物とかが居ない物件を優先して紹介するし、もしその手の物件を紹介する時には地元猟友会の人を紹介して同行して貰う様に勧めるからね。こう言っては何だけど、君達の様に自分達から野生動物が沢山生息する物件を希望するお客さんは滅多に居ないよ」
「ははっ、そう言われるとそうですよね」
普通は危ない条件が付く物件を紹介したりしないよと、湯田さんは半目になりながら若干非難混じりの眼差しで俺達を一瞥してくる。すみません、俺達に付き合わせ怖い目に遭わせてしまって。
改めて考えると、一般人にとって熊との遭遇なんて絶体絶命の状況だもんな。遭遇しないように元々その手の物件は回避するだろうし、動物避けグッズや猟友会同行等と言った安全対策も万全にする筈だ。なのに俺達ときたら……はぁ。
「まぁ熊との遭遇自体は、何事も無かったから不運な出来事で済んだんだけど、その後の方がもっと騒ぎになったよ。俺はあの時目を閉じてたから何となくでしか理解してなかったけど、映像を見て本気で冷や汗を掻いたよ。まさか、あんな状況だったなんてさ……」
「えっと……移動しただけですよ?」
「うん。確かに君達からすると移動しただけなんだろうけど、端から見ているとアレは普通に滑落や飛び降りって表現出来る行為だからね? 敢えてあの映像に近いモノを上げるとすると、スカイダイビング……いや、ベースジャンプかな?」
その映像を思い出したのか、湯田さんは若干青ざめた表情を浮かべていた。まぁ無理も無いか。多分、また同じ状況になったら即座に拒否されるだろうからな。事実、崖下りをした直後は今以上に青ざめてたしさ。誰だって、人力フリーフォールを2度も体感したいとは思わないだろう。
そしてそんな表情を浮かべる湯田さんの姿に、俺達はせめて事前に確り説明をして同意をとっておくべきだったと改めて反省した。
「そして、イノシシの腹見せ降伏でもう皆絶句してたよ。なんだコレ?って感じでさ……」
「は、ははっ、そ、そうですか。だから桐谷さん、事務所であんな反応だったんですね……」
「う、うん。まぁ社長はどちらかと言うと、蛙の子は蛙、血筋は争えないなって感じだと思うよ? 大分遠い眼差しをしてたしさ。ほら、社長は広瀬君のお爺さんの事をよく知ってるみたいだしね?」
「ああ、うん。あの反応は、そう言う事ですか……」
裕二は頬をひくつかせながら、湯田さんの言い分?説得?に納得?したように頷いた。
イノシシが腹見せ降伏する所を見て、血筋は争えないって感想が出てくるあたり、重蔵さんは桐谷さんに一体どんな姿を見せてたのだろう? もしかして桐谷さんは、重蔵さんが何かを腹見せ降伏させる所を見た事があるのかな? ……絶対に無いと言えないかな。
「と言った感じで、衝撃映像を見たってのが1件目の内見映像に対する反応だよ。2件目の感想も聞くかい?」
「ははっ、1件目だけで満腹ですよ」
「いやいや、是非とも聞いてくれよ。気苦労は皆で共有すべきだろ?」
「そ、そうですかね……?」
湯田さんが一瞬拒否は許さないよ?といった感じのすわった眼差しを向けてきたので、俺達には素直に2件目の反応も聞くと答える事しか出来なかった。
そして俺達が頷いたのを確認し、湯田さんは2件目の映像に対する事務所職員の反応を語り始める。
「まぁ1件目の続きとして見始めたから皆、正直ダレた感じで見始めたよ。驚き疲れたって感じだね。そして俺達がゴムボートで遡上を開始しようとすると、アチラコチラから非難の声が上がってね。主に俺に対してなんだけどさ」
「湯田さんに、ですか?」
「うん、こんな増水して流れの速い川に入るなんて非常識だ!ってね。まぁ映像で改めてみると、確かに川に船を出すような状況じゃ無かったよ。あの時は1件目の内見後で、俺も色々と振り切れてたから……まぁ何とかなるだろうってさ」
「あの時、妙に落ち着いているというか達観していたのって、そう言う事だったんですね……」
前回の内見の時、湯田さんは2件目で川上りをすると決めた時に特に反対をしていなかった。川がアレだけ増水していたら普通、再度時間を取る事になったとしても川上りは諦めるモノだ。と言うか、如何に俺達がアレな様子を見せていたとしても、不動産屋からの同行者……大人として子供が無謀な川上りに乗り出そうとしていたら諦めさせるだろう。
それを諦めさせるどころか、多分大丈夫だろうとゴーサインを出していた湯田さん。うん、精神的に疲れて色々と振り切れていたってのは事実だろうね。
「ああ。そして非難の声が上がる中、映像の俺達は増水した川に出港したんだ」
「……大丈夫でしたか?」
「悲鳴が上がったよ。流されるぞって……だが、それも君達がオール?を漕ぎ始めるまでだったけどね」
その時の事を思い出したのか、湯田さんは苦笑いを浮かべていた。
「漕ぎ始めると同時にボート後部に水柱が上がって、一気に川を遡上し始める所が映し出されると、それまで非難の声を上げてた人達は一斉に唖然と口を開いて黙り込んじゃったよ。いやぁ、あの落差は見物だったね。ははっ」
「そ、そうですか……」
「その後は皆、気まずげに川上りのシーンを眺めてたよ。あのシーンだけ見てると、只の川上りだったからね」
湯田さんはドコか清々し気な表情を浮かべながら、どこか楽しげにその場の様子を語ってくれた。
色々切羽つまっていた精神状態の時の行いを咎められ、色々と鬱憤が溜まっていたのだろうな。すみません、そんな状態にまで追い詰めちゃって居て。
「後は1件目の時と余り変わらなかったかな? 山の内見自体は、大体内容は同じ感じだったからね」
「そうですか……鹿の所も?」
「うん。何と言うか……ああ君もそんな反応なんだ、探索者ってそう言う人達なのかな?って感じの目で見てたかな?」
湯田さんはその時の職員達の反応を思い出しつつ、俺達の様子を確認するように眼差しを向けてくる。当然、そんな俺達が浮かべている反応とは、額を手で押さえつつ頬が引き攣っていると言うモノだった。俺達、探索者についてエラい誤解を生んでいるような気がする。
そして少し間を置き冷静さを取り戻した裕二は、軽く溜息を吐きつつ湯田さんに質問を投げ掛けた。
「……あの、湯田さん? 俺達が探索者としては上位層にいる、って説明はして貰えてますよね? 何か、探索者全般に対して誤解を生んでいるような気がするんですが……」
「一応伝えては居るよ。社長には、広瀬君達は高レベル探索者って言う上位層に位置する探索者だから、他にも探索者を雇って比較検証もした方が良いですよってさ」
「そうですか……聞いて貰えそうですか?」
「多分大丈夫だと思うよ。桐谷社長もあの映像を見て、確かに比較検証はした方が良いだろうなって言ってから」
それなら良かった。全力は出してないが、俺達を基準に考えられると平均的な探索者の能力について誤解されたままになってしまうからな。
何せ俺達の軽くは、低レベル探索者の全力と大差ない。つまりそれだけ身体能力の強化率にも差があるのだ。そんな状態で俺達が苦労するような場所を紹介されたら、非難囂々のクレームが来るのは間違いない。
「まぁ以上が、君達の内見映像試写会に対するウチの反応だね。お陰で社長も君達の紹介条件変更について、コレでは変更も無理も無いって言ってくれたよ。お陰で幾つか良さげな物件がピックアップ出来たからね。今日の内見が終わったら、事務所の方で紹介させて貰うよ」
「ありがとうございます、楽しみにさせて貰いますね」
「ああ、楽しみにしていてくれ」
内見映像試写会の反応で幾分気疲れしてしまったが、新しい物件を紹介して貰えると聞き俺達の気分も若干持ち直した。外部に映像が漏れさえしなければ良いのだと、割り切って考えるしか無い。
それよりも、この後の内見も手早く、そして確実に終わらせて帰るとしよう。そうすれば新しい物件を紹介して貰えるんだからな。
車で近づける3件目の物件最寄り地点まで到着した俺達は、前回と同じように撮影装備を調えた湯田さんを背負い、目的地まで移動を開始した。既にオンブダッシュも4回目という事もあり、湯田さんも大分慣れた様子で周囲の景色を裕二の背中越しに眺めている。
とは言っても、抑えているとは言え激しい上下運動が続くので、段々と顔色が悪くなり始めてるけどな。
「大丈夫ですか湯田さん? 少し休みましょうか?」
「ああ、いや大丈夫だよ。それにもう直ぐ到着するし、着いてから休ませて貰うよ」
「そうですか、分かりました。我慢出来ないようだったら、遠慮無く言って下さいね」
「ああ、その時は頼むよ」
そして暫く走ると、遂に俺達は3件目の物件に到着した。資料にある通り、湿地帯が広がり島が浮いている。足下は泥沼でこそ無いが、まるで水を多分に吸ったスポンジのようだ。事前に防水性の高い靴を購入し履いているので浸水の心配は無いが、流石にこのスポンジのような場所に建物を建てるのは困難だろうなと理解した。
そして俺達は建物の建造が可能そうな場所である島を目指し、足下を踏み抜かないように気を付けつつ湿地帯を進んでいく。だが……。
「……なぁ裕二?」
「……なんだ?」
「何かさぁ、嫌な予感がしないか?」
「嫌な予感?」
何と言うか、島に近付くにしたがって見知った空気感を強く感じるのだ。自然と体に緊張が走り、無意識に周辺を警戒し始めている。話を振った裕二も表面上は気にしてないようにしているが、体に無駄なく力を張り巡らせ始めているのが見て取れる。
そして俺達がある程度島に近付いた所で、知った空気感を醸し出す元凶の正体を知った。
「おいおい、マジかよ」
「うわぁ、コレは無いわぁ」
「勘弁して欲しいわ……」
「えっ? えっ? どうしたの皆、急に頭を抱えてさ? 何、コレが何か分かるの?」
俺達はこの後の展開を想像し激しい頭痛を感じつつ頭を抱え、湯田さんは俺達のそんな反応に困惑し動揺していた。見た事が無い湯田さんには目の前のコレは正体不明の建造物だろうが、俺達にはそれの正体が分かっている。
いや、だってさコレ……。
「ええ、知ってます。コレは……ダンジョンの入り口です」
俺達の目の前には、島の中央に鎮座するダンジョンの入り口が存在した。
なんでこんなモノがココにあるんだよ……。




