第387話 安請け合いは簡単にするモノでは無い
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暫くして湯田さんの体調が回復したので、俺達は車に乗り込み事務所目指して帰路へとつく。大体1時間少々で帰れるそうなので、日の高い内に事務所へ到着出来そうだ。
まぁ色々紹介条件の変更点を相談するので、ウチに帰り着くのはもう少し遅くなりそうだけど。
「ゴメン、待たせたね。もう大丈夫だから、皆はユックリしててよ」
「あっ、はい。運転、よろしくお願いします」
まだ少々調子が悪そうな感じも残っているが、運転をする分には問題無いようだ。
そして湯田さんの運転する車に揺られ、俺達は山を後にする。
「で、今日は2件回ってみたけど……どうだった? 実際に見て回った感じはさ?」
「そうですね……中々良さそうな感じでしたよ。一般の人達にはキツい道程だとは思いますけど、探索者なら特に問題無い道程だと思います」
「そうか……アレでも問題無いんだね、やっぱり」
「ええ。と言っても、俺達基準の探索者ならって制限は付きますけどね。まだ一般人の身体能力に近い低レベル探索者だと、普通に苦労する道程のはずですよ」
まかり間違っても、探索者ならと一括りにしないで下さいね? こんな道程を辿る必要がある物件を、低レベル探索者に売りつけたら非難囂々ですよ。高額で、瑕疵物件を売りつけられたってね。
まぁ2次検証もやるみたいだから大丈夫だとは思うけど、念の為にもう一押ししておいた方が良いだろうな。裕二もそう感じたらしく、湯田さんに一言伝える。
「念の為に言っておきますけど俺達のチームって、俺達が通っているダンジョンでは上位クラスに位置してますからね? テレビとかで紹介されてる探索者で、大体中位クラスです。上位クラスと下位クラスだと、結構レベル差がありますから気を付けて下さいね?」
「ああ、やっぱり君達って探索者の中でも上位陣なんだね。了解、まぁその辺はキチンと社長とかに伝えておくよ」
「お願いしますね」
コレだけ言っておけば、後になって話が違うじゃ無いか!?とは言われないだろう……多分。
湯田さん、絶対に低レベル探索者に2次検証をしようと進言して下さいね?
「他には何かないかな?」
「そうですね。さっき2人とも話したんですけど、かなり長期間放置されていたので雑然としていますけど、植林山は何と言うか整然とし過ぎている印象ですね。さっき大樹と一緒にゴムボートを取りに行った時、帰り道で森の中を走ったんですけど予想より走りやすくて……」
「……走りやすい? えっ、でも、木や草が生えていて走れるような環境じゃ無かったと思うんだけど?」
裕二の発言に、湯田さんは怪訝気な表情を浮かべていた。まぁあの森の中を走って移動したと言われたら、一般人的感覚だと信じられないだろうな。合流した時も怪我は勿論、特に服に汚れや乱れが無かったからさ。
ある程度整ってはいる物の乱雑に生えた木々、伸び放題になっている背の高い下草、緩やかでは有る物の隆起に富んだ不安定な斜面……走れるような条件の場所では無いな。
「意外と行けますよ。確かに下草とかが少し邪魔でしたけど、スコップで簡単に打ち払えば進める程度ですからね。問題は、簡単に走れるって所ですよ」
「……ああ、訓練場として使うと言ってたもんね」
「ええ。でも実際に内見してみると、そう言った条件の場所って中々無さそうだなって。特に俺達みたいな身体能力が一般人離れに向上した探索者だと、世間一般で言われる険しい場所とか過酷な場所とかでも物足りないというか……」
「……簡単に崖下りが出来るくらいだからね。君達にとっては、まぁそうなるか」
湯田さんは疲れた様に溜息を漏らしつつ、軽く頭を振る。湯田さんや不動産屋的には今回紹介した物件、辿り着くまでの道程が過酷極まりなく誰にも売れなかった塩漬け物件だったのに、それをこう言われたら立つ瀬が無いよな。
たぶん今の湯田さんの頭の中では、どうやって俺達の紹介条件を満たせる物件を探し出そうかと考えが回ってるんだろうな。
「切り立つ崖もショートカットコース扱いで野生動物も全面降伏状態だったし……君達基準で厳しい環境の山となると、あるのかな?」
まぁそんな物件、普通の不動産屋さんじゃ扱って無いだろうな。
なので苦笑いを浮かべた裕二が、湯田さんに少々申し訳なさげな口調で話し掛ける。
「ああ、それでなんですけど。今回の内見をして感じたんですけど、物件の条件を変更しようかな……と」
「えっ!?」
「正直な所、今回の内見が色々アレだったので、幾つか条件を削ろうかなって話してたんですよ」
少なくとも、険しいや野生動物一杯は削るべきだ。
そしてその削る予定の条件を湯田さんに伝えると、心底安堵したというような表情を浮かべていた。まぁ無理難題をどう攻略しようか頭を悩ませている所に、難題そのものが無くなった様な物だからな。残っている条件も、削った条件に比べればかなり難易度が下がる。
「本当にその条件を削って良いのかい? コチラとしては助かるけど……」
「ええ、どう考えても解決困難な条件ですからね。その分、他の条件に注力した方が幾分マシです。それに条件を削ったとは言え、本質的には余り変わらないかなと……」
一般人には到達困難な人里離れた物件。その条件だけでも達成していたら、特別な条件が無くとも、自然険しく野生動物豊富な場所になる。なので、この条件は絶対に!と縋るような条件では無い。
そう伝えると、湯田さんも納得がいったという表情を浮かべ頷いていた。
「なるほど……確かにそうなるね。そう考えると、別に削っても問題無い条件だね」
「ええ、俺達もそう思ったので、削ってしまおうと話してました」
「そうなると、コチラとしても紹介出来る物件に選択肢が増えるよ。人里離れた所にある廃棄村一帯とかね」
「……廃棄村、ですか? そこって大丈夫なんですか?」
湯田さんの口から出た紹介物件候補の名前に、一抹の不穏さを感じた裕二は心配げな表情を浮かべながら問いただす。
廃棄村って、大丈夫なのか? 何かしらかの問題があって、住民が逃げ出した村とか……。
「ああ、心配しなくて良いよ。廃棄村と言っても、時代の流れで地場産業の需要が無くなって、全住民が移住した結果、村が消滅したって経緯だから」
「……ああ、そう言う理由ですか」
「元は炭焼きで生計を立てていた村らしいけど、電気やガスが普及していって生計を立てられるほどの収入が得られなくなり、自然と人が土地を離れていって廃村になったって聞いている」
「へぇー」
時代変遷期の煽りで廃村か、それなら特に問題無いかな? 産業というのも炭焼きなら、前回の鉱山のような環境汚染が……的な事もそう無いだろう。
需要が無くなれば廃れる、炭焼き専門の村だったというのなら、まぁそうなるよな。
「まぁコレは一例だけど、条件が緩和されるというのなら色々紹介出来る物件も変わってくるね」
「御手数をお掛けします」
「いやいや、コッチとしてもお客さんの望む物件を紹介するって言うのがお仕事だからね。人生における大きな買い物って言われる安くない商品を扱っている商売な以上、お客さんが納得する物件が見付かるまで付き合うってものだよ」
「ははっ、そう言って貰えると助かります」
そういった感じで俺達は、物件の紹介条件変更点を湯田さんに相談しつつ事務所への帰路を急いだ。帰り道の中である程度条件を決めておけば、桐谷さんと相談し話す時間も短縮出来るだろうからな。
予定より少し早く事務所まで戻って来れた。湯田さんは俺達を2階の事務所に案内した後、桐谷さんを呼んでくると出て行った。
なので俺達は応接椅子に腰を下ろしつつ、この後の桐谷さんへどう条件変更の話を切り出すか相談する。
「さて、どう切り出したモノか……」
「裕二、そう悩まなくても、湯田さんが事前に話を通してくれてると思うぞ?」
「そうね。それに今日の内見の感想とか聞かれるでしょうし、話の流れで自然と聞かれると思うわよ?」
裕二は若干申し訳なさそうな表情を浮かべ心配しているが、そんなに心配しなくても良いと思う。確かに色々紹介して貰っているのに、また条件変更を伝えるのは心苦しいと言う気持ちは分かるけど……ココで変に妥協するのはどちらの為にもならないだろうからな。
それに湯田さんが概要は伝えてくれてるよ、多分。
「そっか、そうだな。話の流れに沿って話せば大丈夫か……」
「そうそう」
と言うわけで、少し緊張しつつ湯田さんと桐谷さんが来るのを待っていると、5分ほどして事務所の扉が開く音が聞こえた。
「お待たせしたね、どうだったかな内見の方は?」
「あっ、はい。両方とも、中々良い感じの物件でしたよ」
「それは良かった。映像も撮ってきて貰ってるようだから、そっちの方は後で見させて貰うよ。簡単にで良いから、話を聞かせて貰えるかな?」
事務所に入ってきて直ぐ、桐谷さんは早速今日の内見に付いて感想を聞いてくる。どうやら湯田さんから、内見の様子はある程度聞かせて貰っているようだ。
その証拠に、桐谷さんの顔には少々困惑した表情が見え隠れしている。
「あっ、はい。一件目の方は説明があった様に、険しい道程が……」
裕二は向かいの応接椅子に腰を下ろした桐谷さんに向かって、今日見て回った物件の内見の感想を伝えていく。
と言っても、中々マイルドな伝え方だけどな。その証拠に、桐谷さんの横に座って話を聞いている湯田さんが微妙な表情を浮かべている。
「へー、動物が道を空けてくれるなんて事があるんだね」
「ええ。向こうも縄張りに入ってきた余所者の様子見って感じで争う気は無かったようなので、何とか無事に山を通らせて貰うだけで済みました」
「……」
湯田さんが何か言いたげな表情を浮かべているが、話が長引くので今は黙っていて下さい。後で映像を見ながら、説明された方が納得して貰えると思いますし……フィクション映像と最初は思われるかもしれませんけど。
「崖下りか……探索者の身体能力が高いとは言え、苦労したんじゃないかい?」
「結構起伏に富んだ形状で足場になる岩も多かったので、そこまで苦労はしてませんよ。思われているより、意外にスイスイと下る事が出来ました」
「……」
湯田さんが何デタラメを言ってるんだコイツと言った眼差しを向けてくるが、別に嘘は言ってない。何より、俺達視点で語った場合は裕二の言う通りなので、そんな目をしないで貰いたい……難しいとは思うけど。
「川は増水していたのか……やっぱり数日前とは言え雨降った後に川移動は厳しいのかもしれないね」
「そうですね。でも、ちゃんと装備が整っていれば行けない事も無いと思います。実際、俺達も少し苦労はしましたが、目的地の山まで川を遡上出来ましたし……」
「……」
裕二が内見の感想を述べていくに従い段々と、湯田さんの目から光が無くなり空虚な眼差しを向けてくる様になった。いやいや、ですから嘘は言ってませんよ? あくまで俺達視点での感想ですって。
そして10分ほど掛け、湯田さんに心労をかける内見感想報告会が終わった。
「なるほど、大凡の所は把握させて貰ったよ。ご苦労だったね湯田君、中々大変な内見になったようだ」
「あっ、いえ。物件までの道程は皆さんに連れて行ってもらったので、そこまで苦労するような事は無かったですよ。お陰で確かに皆さんの言う様に、探索者なら問題にならない道程だと言うのに納得が行きました」
「そうか。そうなると確かに湯田君が伝えてくれたように、物件紹介条件を変更したいという申し出の方にも納得がいくと言うモノだね」
どうやら条件変更の件は、湯田さんが話を通してくれていたようだ。
なので、俺達は軽く頭を下げつつ条件変更に話題を切り出す。
「すみません桐谷さん、何度も条件を変更して……」
「いやいや、そこは気にしなくて良いよ。実際に内見してみると、気になる点って言うのはどうしても出てくるモノだからね。私達の仕事は、お客さんが納得がいく物件を紹介する事なんだから」
「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします」
「うん。じゃぁ変更する条件について話そうか?」
こうして俺達は改めて、紹介物件の条件変更に話し合った。と言っても、大体は帰りの車内で話した湯田さんと決めた通りになったんだけどな。
そして条件変更の話が終わった後、桐谷さんから1つお願いがあった。“改めて新しい物件を紹介する為にも、今回の内見映像を検証してからにしたいから、次回の内見は予定通り3件目の物件を見に行って貰えないか?”と。条件変更はコチラから申し込んだ事なので、特に問題も無いと俺達は桐谷さんのお願いを快く了承した。
後に俺達は思う。この時、嫌ですと断っておけば良かったと……。




