第385話 1日に2度は辛いって
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目的地に到着した俺達は、河原にゴムボートを上げ移動準備を始める。帰りは山道を通って帰るので、ゴムボートで川下りはしないからな。
内見調査の為に山道を歩くけど、川下りした方が早く帰れるよな。
「ある程度でいいから、ボートに付いた水分は拭き上げてといてくれ。ずぶ濡れのまま仕舞うと、カビが生えたり生地同士が張り付いたりしちゃうからさ」
「了解です。ああでも、それなら拭き上げて暫く天日干しにして置いた方が良いんじゃないんですか? 内見している間干していれば、きっちり乾くと思いますよ?」
「うーん、それでも良いんだけどさ。帰り道の陸路の入り口?の場所が、丁度ココの反対側辺りになるんだよ……2度手間にならないかな?」
湯田さんは陸路の入り口があると思わしき山向こう側を指差しながら、遠慮気味な笑いを浮かべていた。いやまぁ確かに、山の反対側って言われたら移動が億劫になるよな。
とは言え、だ。
「山を半周するぐらいなら、然程時間は掛からないと思うので遠慮しなくて良いですよ。それに内見するのなら山を一周して戻ってくるでしょうし、干してても良いんじゃないんですか?」
「そう、だね」
湯田さんは少々歯切れ悪そうな表情を浮かべつつ、山の地図を取り出し俺達に見せてくる。
「えっと、ね。今回の内見で見て貰おうと思っていたポイントってのが大体山の反対側に集中しててさ、こっち側はある程度見て貰ったら反対側を重点的に回って貰うつもりだったんだよ。内見後はそのまま陸路で……って感じでさ」
「こっち側に見所はあまり無いんですか?」
「こっちは搬出用の桟橋がメインって感じだね。今回の様に川が増水した時、建物なんかが水没したら大変だから反対側に集中したらしい」
「ああ、なるほど。確かに大雨が降ったら氾濫……とまでいかなくとも、浸水したら大変ですもんね」
氾濫レベルの大雨になったらどの程度被害範囲が広がるのかは分からないが、確かに予防策として川の反対側に施設を集中させたというのは理解出来る。
「まぁそう言う訳だから、こっち側には余り見る物は無いって感じなんだよ。基本的に崖崩れしている危険箇所とかもあまり無いし、一通り見て回れば大丈夫かなって」
「そうなると、確かに今ボートを片付けてって考えになりますね」
「そんな感じだ。で、なんだけど……どうする?」
うーん、どうしよう? ゴムボートは組み立てた時の感じだと、そう片付けも手間をとる感じじゃ無さそうだから、二人も居れば数分もあれば片付くはずだ。コレが海とかで塩水に浸かっていたりエンジン付きだったら片付けも面倒になっていただろうけど、川で手漕ぎだったからな。移動時間と片付け時間を考えれば、例え山の反対側に居たとしても10分もあれば撤収作業は出来ると思う。
となれば……。
「撤収も手間が掛かる事はないと思うので、中途半端に生乾きで仕舞って置くより乾燥するまで干しておきましょう。俺達が取りに来れば、時間もそれほど掛からないと思います」
「そうか……それじゃぁ頼むよ。やっぱり、生乾きより乾燥させた後の方が良いしね」
「了解です」
スコップ買い出しの件を思い出したのか、湯田さんは若干申し訳なさ気な表情を浮かべつつ俺達の撤収作業を承諾した。
そして方針が決まったので、俺達はタオルでゴムボートを拭き上げた後、日の当たる場所に置き風で飛ばないようにロープを木に縛り付け固定する。折角乾かしてるのに取りに来た時、風で飛ばされ川に落ち流されてたとかってなってたら困るからな。
ゴムボートを干した後、俺達は山に足を踏み入れ内見を始める。下草こそ伸び放題になっているが、植林されている山なので木々の間隔は適当に確保されており、乱雑な雑木林と言った印象は受けない。
とは言え、下草が伸び放題になっているので、打ち払いつつ進まないと行けないので中々歩きづらいものがある。
「ここら辺の木は全部植林された物だよ。かなり長い間、間伐とかの処置をされずに放置されてたから、林業山として復活させる気なら手入れをしないといけないね。まぁ植林されてから年月が年月だから、伐採し運び出せばそこそこの価格で買い取っては貰えると思うけど」
「と言う事は、ハゲ山にする気で伐採すれば、購入額の元は取れるって事ですか?」
「うーん、出来るか出来ないかで言えば出来るかもしれないけど、流石にそんな事をしそうな人には売れないかな? 環境破壊は勿論だけど、ハゲ山は土砂崩れや土石流と言った災害の元になりかねないからね。高確率で起きるだろう、人災の片棒は担ぎたくないよ」
やらかしそうな人に薄々感じながら売ったとなったら、気分が良いモノでは無いだろうから。法的な責任はなくとも、道義的にアレだと言われかねない。風評被害で、会社の評判が駄々下がりになる可能性もあるしな。
「まぁ、そうですよね。無茶な開発は事故の元、今ある環境を生かしつつ程々の開発を。そんなところですかね?」
「まぁ、それが理想だね。利益を求めようとしたら、難しい事なんだろうけどさ」
「せめて災害を誘発しない、環境汚染等の公害を発生させないって所が、こう言った僻地開発における落としどころですかね?」
「そうだね、そこら辺が落としどころかな……」
山道を歩きつつ裕二と湯田さんは、僻地の山林開発における環境考慮型開発について話し合っていた。いや、何で植林からそんな感じの話になってんの?
変な方向に飛んでいった話を耳にしつつ、俺は下草を払いながら首を傾げていた。
「もう少し進むと、山頂に到着するよ」
「1カ所目の山と比べると、あんまり高くないですね」
「向こうは狭く高くで、こっちは広く低くって感じなんだよ。急勾配の山と、なだらかな山って感じかな? 敷地……表面積的には似たような大きさなんだけどね」
「購入後に何を作るかで、好みが分かれそうですね」
「そうだね。仮に別荘を建てるとしたら、1個目なら見晴らしの良い別荘、2個目なら広々とした別荘って感じで用途が分かれると思うよ」
「なるほど。使用目的を確り把握していれば、その2択なら選びやすそうですね」
俺達の場合、使用目的が練習場なので、1カ所目の方が利用目的に適してるかな? でも探索者視点からすると、多少の勾配では移動時に大した負荷にはならないので、広々とした練習場の方が良いのかもしれない。……あれ? 使用目的がハッキリしていても迷うぞ、コレ。
そして暫くの間、回答の出ない問題に頭を悩ませながら進んでいくと、何かに気付いた様に湯田さんが声を上げる。
「あっ、頂上に着くよ」
湯田さんの言葉の通り、勾配が無くなり平坦になった場所に到着した。どうやらココが、この山の頂上らしい。頂上には特にコレと言った物は無く、木々が生い茂っており下の景色もロクに見えない有様だ。景色を見ようと思ったら、山頂付近の木々を少しばかり伐採しないといけない。
まぁ見えたとしても、周囲は山ばかりだから大して面白いモノは見えないだろうけどな。
「ココが頂上ですか。聞いてた通り、さほど高い山じゃないみたいですね」
「うん、大体100mちょっとぐらいかな? 1個目の山と比べると大分低いけど、その分裾野が広いって感じだね」
「傾斜もそこまでキツくなかった感じですし、確かに広い別荘が建てられるって意味も分かります」
うん、アレだよアレ。この山のイメージとしては、山を切り開いて作る新興住宅地のある山。整地こそ必要だけど、作ろうと思えばそこそこの数の建物が建てられそうって感じだ。逆に1個目の山だと傾斜がキツいから、大きく作ろうとすると傾斜に合わせた多段式の山荘を作るって感じだな。
建物を建てるという意味ではどちらでも問題は無さそうだけど、少人数で使う合宿場なら1個目の山が、大規模合宿施設を作るのなら2個目の山が適しているって感じだ。
「じゃぁ下山しようか? 反対側の方には、色々な設備跡なんかがあるからさ」
「設備跡と言うと、作業小屋とかがあった場所って事ですか?」
「そう。井戸跡なんかもあって、大体1個目の山と似たような感じだよ」
「まぁ両方とも林業山だったって聞きますし、設備が似るのは当然ですね」
1個目と似たような感じなのか。何か特徴的な物、陶芸窯や炭窯跡とかあると面白そうなんだけど、湯田さんの口ぶり的にそう言った物は期待出来そうに無いかな。スキルの練習がてらに作るのはアリかもしれないけど。
とまぁそんな事を考えつつ、湯田さんの指示に従い俺達は下山していく。
山を下りていく途中、俺達の前に立ち塞がるように毅然とした表情を浮かべながらも足を震わせる雄鹿が姿を現す。その上、雄鹿の背後というか裾野の大分下の方に集団が足早に移動する気配があった。
コレってつまり、アレだよな?
「……」
「「「「……」」」」
雄鹿は真っ直ぐ俺達の顔を見た後、ユックリとした動作で仰向けに寝転がり目を瞑った。つまりアレだ、腹見せイノシシの再来である。
2度目という事もあり、気を保っていた湯田さんが引き攣った表情を浮かべながら俺達に視線を向けてくる。
「……えっと」
「何も言わないで下さい」
「あっ、うん」
湯田さんが何が言いたいか察した裕二は、右手の手の平を湯田さんに向けながら、左手の指で眉間を揉みながら顔を俯かせていた。因みに俺と柊さんも、眉間を揉みながら顔を俯かせている。
何でこうなるかな……。
「コレってアレだよな? 自分が犠牲になるから、群れは勘弁して下さいって言うアレ」
「うん、多分そうだろうね。あの鹿からは、俺達と一切争う気配が無いみたいだし、寧ろ何かを覚悟というか決意?と言った物を感じるよ」
「多分……と言うか間違いなく、二人が思ってる通りだと思うわ」
仰向けのまま微動だにしない雄鹿を前にし、俺達の意見は一致した。何で1日で2度もこう言う場面に遭遇するのかな!? 俺達は別に、見境無く殺気を巻き散らかしてたりなんかしてないぞ! 何をどう判断して、俺達の前に出てくるかな!?
正直何度も山奥の物件へ赴く事よりも、覚悟を決めた動物達への対応の方が何倍も辛い。特に精神的にな!
「ああ、鹿君? 雰囲気出してる所悪いんだけどさ、別に俺達君達を襲う気は無いからね? そんな腹見せポーズを見せられても、襲い掛かったりしないから。だからさ、ソレ辞めてくれない? もの凄く、見てて居たたまれない気持ちになってくるからさ……」
「……」
裕二は熊や猪にやったみたいに雄鹿に対しても説得を行っているが、雄鹿は目を閉じたまま微動だにしない。正に不退転の覚悟を決めているんだと言わんばかりに、雄鹿は態度で示していた。
このまま無視し先に進もうかと思ったが、恐らく説得出来ないまま俺達が先に進もうとすれば、この雄鹿は自滅覚悟で襲い掛かってくる未来が目に見えている。そうなったら説得は絶対に不可能になるよな。
「君達の群れには手を出さないし、縄張りを荒らす気も無い。俺達は只この山を見て回りたいだけなんだ、君が立ち去ってくれるのなら何もしないって約束するよ」
「……」
裕二の説得?が通じたのか、雄鹿は少々不審げな眼差しをしつつ、俺達に向かって1度軽く頭を下げてから足早に山を下っていった。恐らく、先に避難?した群れと合流しにいったのだろう。
そして雄鹿が立ち去った後、俺達は大きな溜息と共に胸に溜まった色々なモノを吐き出した。1日に2回は辛いって。
「もう、何かさ? どうしてこうなるんだろうな?」
「さぁ? 野生動物には、俺達が恐ろしい何かに見えてるんじゃ無いか?」
「私達、只山の中を歩いただけなのよ? 何に見えるって言うのよ……」
「……」
俺達の漏らした愚痴を聞き、湯田さんは何か言いたげな表情を浮かべていたが結局、喉奥まで上ってきていた物を飲み込んだような表情を浮かべながら、俺達から視線を逸らした。何を言いたかったのか何となく察せたが、何も言わないでくれた湯田さんに胸の中で小さく感謝しておく。いや本当、声に出されてたら中々辛いからな。
そして暫く休憩を挟んでから、俺達は再び下山を再開した。
「もう少しで、小屋跡に到着するよ。まぁ小屋跡と言っても、切り開かれた広場があるだけなんだけどさ」
「昔小屋があったって事は、建物を建てるのに適した場所って事ですかね?」
「うん、多分ね。山の麓で川が氾濫した時でも水没しない場所、って感じだと思うよ。そこより下にも何ヶ所か切り開かれた場所があるし、建築場所は何度も試行錯誤したのかもしれないね」
「なるほど、じゃぁ新しく小屋を建てる場合は同じ場所にした方が良いかもしれませんね。先人の知恵を拝借するって感じで」
「そうだね、そこに建てたって事は何らかの理由はあるだろうし……」
そして俺達が到着した小屋跡は、山の麓と中腹の間と言った位置にあった。やっぱり川の氾濫対策として、ココに建てたのかもしれないな。
因みに小屋跡には何も無く、只切り開かれた広場があるだけだった。




