第384話 川上りは意外と楽?
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順調な船出を経て、俺達は増水した川を勢いよく遡上していく。増水で急流になっている部分も変に流される事も無く、船先を真っ直ぐ川上に向かい船は進む。俺達に掛かれば、例え急流と化した川と言え障害になり得ないって事だな!
……と言うのは嘘で、到底順調な船出とは言えないな。
「九重君漕ぎすぎ、船が左側に曲がってるわ!」
「えっ、ゴメン!? 裕二、もう少し強く漕げない!? 」
「もう少し!? ……これ位か!?」
「強すぎるわ、今度は右側に流れてる!」
増水し急流と化した川という事もあり、ゴムボートの舳先は流されに流され真っ直ぐ川上に向けておくという事だけでも困難という状況だ。特に俺と裕二には、まともに船を漕いだ経験が無いと言う事も相まって、中々バランス良く両側を漕ぐという事が上手くいかない。まぁ推力自体は十二分にあるので、蛇行こそしているけど川下に流されるという事は無いんだけどさ。
やっぱり探索者だから力任せでも乗り越えられそうだからと言って、練習無しにいきなり出航したのは無謀だったかもしれないな。
「ううっ……あっ、柊さん! 前から流木が!」
振り落とされないように姿勢を低くし必死にゴムボートにしがみついていた湯田さんが、船の前方を指差しながら流木の存在を柊さんに伝えてくる。正直この状況だと、湯田さんに出来るのは振り落とされないようにする事位だからな。
そして湯田さんの報告を耳にし、柊さんは素早く船の前方を確認し指摘された流木を発見する。
「前っ!? アレね……えいっ!」
柊さんは蛇行し安定性を欠いている船の状況でありながら、タイミングを見計らい手に持っているオールを使い流木を弾き船の針路上から排除する。
強度不足から推進には使えないプラオールだが、長さがあるので進路上の漂流物排除には使えるんだよな。その上、普段から槍を主武装に使っている柊さんなら、多少長くなるが障害物排除くらいなら苦も無くやってくれる。
「ありがとうございます湯田さん! また漂流物なんかに気付いたら、直ぐに教えて下さい!」
「勿論、漂流物がぶつかって船に穴が空いたら一大事だからね!」
俺達が乗っているのはゴムボート、金属製や強化プラ製と違い漂木等が当たると直ぐに穴が空いてしまう。レジャー用途のゴムボートより生地が分厚いとは言え、脆い事に違いは無いからな。
その為、俺達が推進役を受け持つ代わりに、柊さんには障害物の回避排除役をやって貰っているのだ。漕ぎ手に俺と裕二、安全確保に柊さん、そして水先案内人として湯田さんというのが今回の役割分担である。
「何となく、まっすぐ行ってるような気がするんだけど、どう柊さん!? まっすぐ行ってる!?」
「ええ、大分真っ直ぐ進むようになってきたわ! この調子でお願い!」
「了解! 裕二、この力加減で良いみたいだぞ!」
「おう、じゃぁこの力加減を維持だな!」
5分ほどオール(スコップ)を漕ぎ続けていると、俺も裕二もだんだんコツを掴み慣れてきて、船も真っ直ぐ進むようになり出した。まだまだ舳先が左右にぶれる事はあるが、8割方川上に向かって真っ直ぐ進めるようになれば十分だろう。
そして10分ほど経つ頃には、周囲の風景や様子を窺い感想を述べられる程度には落ち着けるようになった。いやー、始めはどうなるか心配だったが、慣れれば結構いけるものだな。
「周りは崖壁ばかりですね。船から直接上がるのは、少し難しそうですね」
「そうだね。でも、もう少し進めば上陸しやすい河原もあるよ。それと今日は増水してるから見えないけど、普段の水量なら幅は狭いけど河原が両サイドにあるから、途中下船することはそう難しくは無いかな?」
「幅が狭い……ゴムボートを片付ける位の広さはありますか?」
「うーん、多分大丈夫だと思うよ。とは言え、1、2m程度の幅だから大人数でとかの無理は利かないかな?」
「なるほど、了解です」
湯田さんの答えに裕二は納得したと言う表情を浮かべながら、短く返事を返す。崖上りは必要だろうけど、途中から山に登るのも可能って事だな。多少手間はとるだろうが、1、2mも幅があれば、ゴムボートの撤収も出来なくは無いだろう。今回みたいな増水時は例外だろうが、上陸して休憩出来る場所があるのなら、一般人でも流れが穏やかなら休憩を取りつつ川の遡上は可能だな。と言うか実際、昔は切り出した木材運搬の為に船で遡上していたみたいだしいけるか。
「それにしても、結構木々が整然と並んでますね。この辺りの山も、やっぱり林業用の植林された山なんですか?」
「ああ、この辺の山は大体植林がされてるよ。元々林業が盛んな地だったみたいだからね。とは言え、輸入木材に押され国産木材の需要が減った頃から、今回行く山みたいに利便性が悪い所は放置されてるみたいだよ。今も林業が続けられてる山は、もっと手前の利便性が良い山が中心だね」
「なるほど、確かに一々船を使わないと木々の運び出しが出来ない場所となると利便性が悪いですからね。需要があるならまだしも減ってと言うのなら、維持管理する手間を考えれば……」
「そう言う事。まぁ結果として、売りに出されてるけど交通の便が悪すぎて今の今まで残ってるんだけどね……」
俺の質問に湯田さんは、苦笑を浮かべながら返事を返してくる。まぁ売る方としても管理に手を焼くから売りに出すのであって、使い勝手が良ければそもそも売りに出さないよな。売りに出すという事は、必要に迫られているか、何かしらかあり不要になったから売るのだ。増して売れ残るとなれば、ほぼ確実に見過ごせない何かがあるという事だものな。
今回の物件で言えば、交通アクセスが駄目駄目って所だろう。
「国産木材に需要が増えれば昔に比べ運送技術も向上しているから、山も売りに出されず利用されるんだろうけど、需要が無いとね……」
「需要、増えそうには無いんですか?」
「一時期に比べれば国産木材推奨とかって風潮で増えてるとは思うけど、大規模増産って程に需要は増えては無いかな? 基本的にビル系は鉄筋コンクリートが主流だし、どうしてもコスト面では輸入木材に負けてる部分があるからね。見た目や話題性を重視したりしてる物件ならまだしも、大半はコスト優先だろうから……」
「そう、ですよね。話題性だったり見た目と言った余裕があれば多少コストが上がっても使うでしょうけど、普通はコストを下げる為に質に問題が無いのなら安い方を使っちゃいます。そう考えると、中々需要は伸びませんよね」
湯田さんは軽く左右に頭を振りながら、残念気な表情を浮かべつつ柊さんの質問に返事を返す。確かに建物なんて言う高額商品、余程の拘りが無ければ基本的な機能を満たしていればコスト優先になるよな。そうなったら、国産木材の需要増なんて望めない。需要が増えないとなれば、大量生産によるコスト低下という事にもならず、高いから使わない使わないから高いという悪循環に嵌まったままだ。
何か住宅補助名目など公的補助等で、国産木材使用の方が輸入木材使用住宅より明確に安く仕上げられるようにでもならなければ、一気に需要増とはならないだろうな。もしくは建築木材の関税引き上げ……やったら多方面に影響が出て別問題が発生するか。
「……なので、今ではここら辺の山は野生動物たちの良い住処ですよ。多少の維持管理こそされているでしょうけど、基本は放置みたいですからね」
「つまり午前に行った山と良い勝負の山、って事ですね?」
「まぁね。とは言え、あんな大物が目の前に出てくるとは思っても見なかったんだけどさ」
「ははっ、大物……ですか」
湯田さんの信じられないものを見たよと言いたげな眼差しを向けられ、俺達は若干バツの悪い表情を浮かべながら一斉に視線を逸らした。
いや、だってさ? まさかクマが失神?卒倒?し、イノシシが腹見せ降伏してくるとは思わないじゃない。俺達だってアレは驚いたって。
「普通ならそんな状態の山が周りに沢山ある物件、ウチでは余程の理由が無いとオススメしないんだけど、君達と一緒に内見を回っていると探索者相手なら遠慮無く紹介しても問題ないと思えてくるよ。実際、問題なかったし、今も余り問題になってないみたいだしさ」
「ははっ……」
半目で諦めにも似た表情を浮かべる湯田さんの言葉に、俺達は何とも言えない表情を浮かべた。因みに現在、増水し流速が普段以上に早まった川を、豪快に水飛沫を上げながら川下りをする船のように勢い良く遡上している。
うん、反論出来ないな。
「でも良かったよ。初めは無茶だと思ったこの川上りも探索者なら、耐えられる道具と事前に練習していれば問題なくクリア出来るって事がハッキリしたからね。貴重なデータが取れたよ」
「さ、参考になったのなら幸いです。あっ、でも、探索者だからと言って、全部が全部俺達と同じぐらいだとは考えないで下さいね? 結構レベル差によって、強化の度合いに大きな差が出ますから。それこそ探索者を始めたばかりの新人と、高レベル探索者では身体能力に天と地ほど差がありますからね?」
「分かってる。君達の内見に付き合ってたら、嫌でもその点は肌感覚で理解したからね。今度社長に別の探索者……レベルが低い探索者にも内見に行って貰ってデータをとった方が良いって進言するつもりだよ。ああ勿論、君達のデータが役に立たないって話じゃ無いけど、君達の忠告を聞いてると君達は結構上澄みに位置する探索者みたいだからね。比較対象に出来るデータは多い方が良いと思うしさ……」
良かった。もし湯田さんが俺達が探索者の平均だなんて思っていたら、低レベル帯の探索者にレベルが合わない物件を紹介しエラい事故を引き起こした可能性もあったからな。そこそこ……10階層を余裕を持って超えられる探索者なら、今回の物件の様に野生動物溢れる物件でも問題なく利用出来るだろう。でも、それが出来ない探索者だと事故が起きる可能性がある。
流石にクマやイノシシの集団に襲撃されるという事は無いだろうが、大型野生動物単体と遭遇しても無事にさばける程度の力は必要だろうからな。
「それが良いと思います。自分達で言うのもアレですけど、俺達は探索者の中でも結構上位層に位置してると思いますから。比較対象を用意出来るのなら、やって置いた方が良いと思います。百聞は一見にしかず、論より証拠って言いますし」
「そうだね……今回の内見映像を見て貰えば、社長も賛成してくれると思うよ」
ああそれ、確かに論より証拠ですね。動物たちの対話シーンや近道シーンを見て貰えば、きっと桐谷さんも比較案に賛成してくれると思います。
……ホント、映像を外部流出させないで下さいよ?
和気藹々とお喋りをしつつ川を遡上しはじめ20分ほどした頃、湯田さんが多少首を傾げつつ前方を指差しながら声を上げる。
「もうソロソロ到着の筈なんだけど……ああ、もしかしてアレかな?」
湯田さんが指差した先には少々狭いが河原が見え、川の中に細目の丸太が数本突き出ていた。
……もしかして、あの丸太がある所に桟橋が?
「どうやら増水の影響で、桟橋は水没しちゃってるようだね」
「ええっ、水没してるんですか?」
「そうみたい。普段に比べて見える河原も大分狭くなってるし、支柱だけが水上に見えるって事は水没しちゃってるって考えるのが無難かな?」
「そうですか……じゃぁ、あそこに見えてる河原に乗り上げて上陸ですか?」
湯田さん曰く、大分狭くなっていると言ってはいるが、それでも4、5mの幅はあるので上陸するには十分な広さだ。桟橋近くまで行けばそこそこ水深も浅くなるだろうから、河原まで程々に近寄って下船しボートを引き上げるべきだろう。下手に勢い任せで河原に乗り上げて、底に穴でも空いたら大変だしな。帰り道では使わないとは言え、壊すのは勿体ない。
と言う訳で俺達はボートのスピードを落とし、柊さんがオールで底の深さを確かめつつ河原まで程々に近寄って行く。そして……。
「大分浅くなってきたわ、これ以上進むと底を擦る可能性が高いと思うわよ。もう立って歩ける深さだから、ココで下船しましょう」
「じゃぁ皆、下船しよう。流れが速いから、足を取られないように気を付けて」
柊さんの水深限界という報告を聞き、湯田さんは下船の指示を出す。
そして乗る時とは逆の順番で柊さんに最初に降りて貰い、推力を失ったボートが下流に流れないようにロープを引っ張って保持して貰ってから俺、裕二、湯田さんの順番でボートを下りた。
「無事到着、だね。まさか増水した川を遡上したのに、ココまで早く移動出来るとは思っても見なかったよ。全く、君達には何度も驚かされる」
「ははっ、まぁ無事に到着出来たんですし、細かい所は気にしないでおきましょうよ。それより湯田さん、ココが?」
何か悟った眼差しで腕時計の時間を確認する湯田さんに、裕二は話を進めようとする。
すると湯田さんは軽く頷きながら、確りとした口調でそれを告げる。
「ああ。ココが2件目の物件、川が近くを流れる山だよ」
増水という予想外の出来事を乗り越え川を遡上した先、俺達は2件目の物件へと到着した。




