第383話 スコップ最強!
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俺達は予想外に水流が増した川を眺めながら、このまま予定通り川を進むかどうするか相談し始めた。流石にこの早さで流れる川を手漕ぎボートで遡るのは、ね?
無論、出来るか出来ないで言えば、出来るだろうけどさ。
「どうします湯田さん? この状態の川を手漕ぎボートで遡るのは、結構辛そうですよ?」
「そうだね……ちょっと予想以上に水流が速いよな。コレは手漕ぎ……小型エンジン付きのボートでもキツいかもしれない」
「ああ、そうそう。一応言っておきますけど、出来る出来ないで言えば、遡上自体は出来るとは思いますよ? でも……」
湯田さんに遡上の可否の可能性を伝えつつ、裕二は手に持ったオールに視線を落とし言い淀む。
そう、問題はコレなのだ。
「このオール……軽量化の為にプラスチック製ですからね」
「水流に船が負けない強さで漕いでいたら、直ぐに折れそうですよ」
「多分、一発で折れるわね……」
軽量化と収納性を優先しているので、俺達の漕ぐ力に耐えられないだろう。増水しておらず、水流の早さも普通の時ならコレでも問題なかったのだろうが、現状では頼りなさ過ぎる。
このままだとオールが折れて、船が下流域まで流されてお終いだろうな。
「とは言え、オールはコレしか無いからね……どうしよう?」
「「「……」」」
正直に言って、手詰まりと言った状況だ。俺達の力に耐えられる金属製のオールか、代用品が無いとこの状態の川を遡上するのは無理と言える。うん、素直に山道を行った方が良いんじゃないか……?
そして暫く頭を悩ませながら打開策……誰かが川を諦めないかと口にするのを待っていると、裕二が何かに気付いたように小さく声を漏らす。
「……そう言えば、ここに来るまでの道程に合った集落にアレがあったな」
「ん? 如何した裕二、何があったって?」
「いや、ほら。確か少し前に通った集落に、金物屋の看板があったじゃ無いか。そこならオールの代用品が手に入りそうだな……って」
「代用品? 金物屋にか?」
町の金物屋にオールの代用品ね……ガラス越しに店内にビニールプールが飾ってあるのでも見えたのか?川近くの集落だから、無くは無いだろうけど……。
「ちょっと一っ走りして買ってくるから皆、車の所で待っててくれよ」
「えっ、ああ、うん。良いけど……車で行かなくて良いのかい? 来る途中にあった集落って言ったけど、アソコって確か車でも10分位は掛かるよ?」
「ああ、大丈夫です。そんなに離れてませんし……直ぐに戻ってきます」
と言うわけで、裕二は手に持っていたオールを湯田さんに渡し、柊さんとボートを担ぐのを代わると駆け足気味に金物屋へと買い出しに向かった。
来る時は集落から車で10分位掛かってたけど、道は結構蛇行してたし所々ショートカットすれば、裕二の足なら往復でも15分位有れば行って帰って来れるだろうな。何を買いに行ったか分らないけどさ。
「行っちゃったね、広瀬君……」
「ええ。でもまぁ、直ぐに戻ってきますよ。それより湯田さん、一旦車の所に戻りましょう。何時までもココにいてもしょうが無いですし」
「ははっ、そうだね。とりあえず一旦車に戻って、もし広瀬君がオールの代用品を手に入れられなかった時の次善策でも考えていよう」
「そうですね。……それはそうと、川上りはどうしても、しないといけないんですか? こんな状況ですし、山道移動だけで良いんじゃ……」
「うーん、それでも良いとは思うんだけど、そうなると後日改めて川上りだけ検証に来るって事になるんだよ。君達的には、後日改めって事は出来るかな? 後、今日みたいな状況でも探索者なら遡上可能だって実例があると、ウチとしても探索者物件における条件緩和検証の参考になって色々助かるって面もあるんだよね」
湯田さんは若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、出来れば今の状況の川で川上りをやっておきたいと主張する。確かに理由を聞いてみると、納得出来ない話では無い。何せ今回の紹介物件の内見は、探索者ならドコまでの物件なら紹介しても大丈夫なのか?を検証する意味合いも含まれている。
そうなると、出来るだけ困難な条件が揃った物件を俺達で見て回った方が、探索者向け物件の紹介基準策定がはかどるからな。後、条件が緩和出来る範囲が広がれば広がるほど、不動産屋として紹介出来る物件は増え販売利益も上がる。今回の件も、どの位の流速までなら探索者なら問題なく手漕ぎボートで川を進む事が出来るのか?と言うデータをとる意味では良い機会だからな。無論、余りに危険な状況なら流石に断固拒否するけど。
「そうですね。確かに出来れば今日中にココの内見は終わらせてしまいたいですし、川の遡上も丈夫なオールさえあれば出来ない事は無いですからね……多分。裕二が代用品を手に入れて来れるのなら、川の遡上自体は出来ると思います。でも、裕二が代用品を手に入れてこれなかったら、無理せず山道を通って移動して、後日改めて川の遡上を試した方が良いと思います」
「……分かった、確かにその方が無難だね。広瀬君が代用品を手に入れられなかったら、今回はそうしよう」
「はい」
と言うわけで、ある程度今後の方針は決まった。後は裕二の代用品入手の成否で変わるけど……ホント何を代用にするつもりなんだ?
買い出しに出発してから20分程経った頃、裕二は何かを持って帰ってきた。買い物時間を考えると、往復移動時間自体は10分弱程度か……ショートカットはしただろうけど早かったな。
その証拠に、裕二の声を聞き腕時計で時間を確認した湯田さんは、信じられないといった眼差しで何度も裕二と腕時計の間を行き来させている。
「ただいま、買ってきたぞ」
「お帰り、随分早かったね」
「目的の物が直ぐ買えたからな」
裕二は軽く手を上げ、俺達に見えるように買ってきた物を掲げて見せる。
裕二が買ってきた物、それは……。
「……スコップ?」
「ええ。オールの代用になりそうな、頑丈な物です」
湯田さんは少し驚いた様な声を上げつつ、裕二の買ってきた物に目を見開く。裕二が買ってきた物、それは柄まで金属製のスコップだった。確かにアレなら、滅多に折れる事も無さそうだな。形状的に多少効率は落ちるだろうけど、十分な水を掻けるだろうからオールの代わりにはなるだろう。
確かにスコップなら、大体の金物屋で売ってるだろうな。
「なるほど、スコップか。確かにそれなら俺達の力にも耐えられそうだな。多少効率は落ちるだろうけど、漕ぐ回数でカバーすればいけるか」
「まぁオールと違ってそこまで長く無いから、慌てて漕いでボートに穴を開けるなんて事が無い様に気を付けないといけないけどな」
「確かにレジャー用と違って厚手の生地で出来てるとは言え、ゴムボートだもの。金属製のスコップが勢いよく当たったら、簡単に穴が空くでしょうね」
裕二と柊さんが心配する事は十分にあり得る事態だ。分割構造になっているので、一カ所穴が空いたからといって即沈没とはならないだろうが、間違っても体験したい事態では無いので、漕ぐ際には十分に気を付けるとしよう。多分、俺達の力で漕ぐスコップが当たったら、何の抵抗もなくゴムボート程度なら切り裂けるだろうな。
と言った感じで俺達がオールの代用品としてスコップを受け入れていると、若干不安気な表情を浮かべながら湯田さんが遠慮気味に声を掛けてくる。
「えっと……皆、それで良いの?」
「? ええ、多分大丈夫ですけど……何か拙いですか?」
「いや、そう言う訳じゃ無いんだけど……コッチのオールに比べると長さとか形とか使いづらそうだから、大丈夫かなーって」
「大丈夫ですよ。漕ぐ回数は増えるでしょうけど、俺達……探索者の強化された身体能力なら問題ありません」
湯田さんの心配は当然の事だが、俺達からすると些細な問題でしか無かった。寧ろ、オールに比べ柄が短いので、漕ぐ時の水飛沫でずぶ濡れにならないかどうかの方が心配である。
まぁ、全くの無傷で遡上する事は出来ないだろうな……。
「そ、そうなんだ……じゃぁ皆に任せるよ」
「ええ」
ココで湯田さんは漕がないんですか?とは聞かない。先ず以て探索者ではない、何の強化もされていない湯田さんの力では、増水で流れる速さの増した川を遡上する事は出来ないだろうからな。
この場合、案内係と撮影係に徹して貰った方がマシだ。
「じゃぁ、早速行きましょう。買い物に行って時間をロスしてますし、早くしないと日が暮れてしまいますよ」
「あっ、ああ、そうだね。行こうか」
こうして、俺達は2度目となる河原へと細道をボートを担いで下っていく事になった。
河原へ降りてみると、相も変わらず増水で川幅と水流を増した川が俺達の眼前に広がっていた。うん、一般人なら普通こんな状態の川をゴムボートで遡上しようとは思わないだろうな。
改めて考えてみると、コレまで色々な無茶な所を湯田さんには見せているが、普通にコレは無茶振りだと思う。
「それじゃボートを川に浮かべよう、流されないように気を付けてくれ」
「「「了解」」」
俺達は川の中に足を踏み入れ、縁のロープを掴みながらボートを川へと浮かべた。胴長を着ているので足が水に濡れる事は無いが、川の水だけあって中々ヒンヤリとした水温である。
そして川に浮かべたボートは水の流れで上下左右に暴れるが、制御しきれず押し流されるほどでは無い。こうして水の流れを肌で体感してみると、苦労はするが遡上出来ないほどの流れではないかな?
「じゃぁまずは湯田さん、押さえてるんで舳先の方に乗り込んで下さい」
「ああ、じゃあお先に乗らせて貰うよ」
俺達が動かないように押さえている間に湯田さんは慎重な足取りで川に入り、ボートに転がり込むようにして乗り込む。まぁボートって不安定で乗りづらいからな、多少不格好な乗り方になるのは仕方ないだろう。
そして四苦八苦しながらバランスをとりつつ舳先のスペースに腰を下ろしたのを確認して、裕二は湯田さんに声を掛ける。
「無事に乗れましたね、湯田さん」
「ああ、中々バランスをとるのが難しいよ」
「そうですか。じゃぁ俺達も乗り込みますので、コレを持っていて貰えますか?」
「分かった、気を付けて」
裕二は湯田さんに持っていた2本のスコップを渡す。乗り込む時にぶつけて、ボートに穴が空いたら一大事だからな。乗り込み体勢が安定するまで、湯田さんに持っていて貰った方が安全と言う物だろう。
そしてスコップを預け終えると、次に裕二がボートへ乗り込もうとする。
「じゃぁ次は俺が乗るぞ、しっかり持っていてくれよ」
「了解」
「早く乗り込んでよ、長く浸かると冷たいんだから」
「よっと」
裕二は軽く飛び越えるようにして、俺と柊さんが押さえるボートへと乗り込む。飛び乗ったので軽く揺れたが、裕二は特に体勢を崩す事も無く素早く後方右側の床に座り込み体勢を整える。
そして裕二の体勢が安定したのを確認、俺はボートから手を離し湯田さんからスコップを受け取り裕二へと渡す。このボートは大人数が乗れる縦長タイプなので、座り込んでいると舳先と船尾では微妙に遠いんだよな。下手に手を伸ばし受け渡しをすると、最悪スコップを床に落として穴が空くかもしれないから、中継して手渡しするのが無難な対応だ。
「じゃぁ俺も乗り込むね。柊さん、押さえよろしく」
「ええ」
「よっと」
そして次に乗り込むのは俺だ。ボートは裕二と俺が後方で漕ぐ事が決まっているので、先に乗って漕ぐ態勢を作っておかないといけないからな。左右で漕ぐバランスが崩れると、ボートが真っ直ぐ進まない。こんな早い流れの川でそんな事になったら、直ぐに下流へと流されてしまう。
その為、今回ボートに乗り込む順番は柊さんが最後になる。
「ほいよ、スコップ」
「ありがとう。もう良いよ柊さん、コッチの準備は出来たよ」
「了解、じゃぁ私も乗り込むわよ。3,2,1、ゼロ」
カウントダウンしながら、最後の押さえ役をしていた柊さんがボートへと乗り込む。
そして、それと同時に川に浮かぶボートは水流に乗り、段々と川下へと向かって流れ始めた。
「大樹!」
「了解、裕二。1,2の……」
「「3!」」
息を合わせる為の掛け声と共に、俺と裕二は手に持ったスコップで水面を勢いよく掻いた。水の流れに乗って川下へと流れていたボートは一瞬動きを止め、俺と裕二は舳先が川上へと向いたタイミングを見計らい再度水面を最初よりも勢いよく掻く。すると、ボートはユックリと川を遡上し始めた。どうやらスコップはオールの代用品として使えるようだ。
俺と裕二は手に持つスコップが壊れていない事を確認し、力加減しつつ息を合わせ漕ぎ始めた。
「良いわよ2人とも、ボートが川上に進み始めたわ」
「どうやら行けそうだな」
「うん。湯田さん、行けそうですよ!」
「そうみたいだね! 大変だろうけど、2人ともよろしく頼むよ!」
「「任せて下さい!」」
どうなるか不安だったスコップだが、やってみると意外に上手くいった。
やっぱりスコップこそ文明の利器! 万能道具の代表格だな、うん!




