第381話 お宝(仮)だと良いな……
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裕二の説得が成功したのか、仰向けに寝転んでいたイノシシは体を起こした。だが、裕二の前で頭を下げた体勢で微動だにしない。微妙に体が震えているが、気付いて無いフリをしてあげた方が良いよな……。
そして、そんなイノシシを前にし裕二は困ったように後頭部を手で掻きながら、優しげな口調で話し掛ける。
「ああ、そんなに畏まらないでくれイノシシ君。さっきも言ったけど、俺達はこの山を見て回りたいだけだなんだからさ」
「……ブモッ」
イノシシは伏せていた顔を上げ、遠慮気味な眼差しで裕二の顔を見る。何か、目がスッゴく澄んでるな……まるで、全てを悟り受け入れているような眼差しである。
裕二はそんな眼差しを向けてくるイノシシに困ったような笑みを浮かべながら、軽く頭を撫でながら別れを告げる。
「山の中を荒らして回る気は無いから、心配しないでくれよ。暫く俺達がいる事に目を瞑ってくれ、用事が終わったら早々に退散するからさ」
「ブモッ……」
「ああ、君達から襲い掛かって来るような事が無ければ、俺達から手を出すことは無いよ。約束する。出来ればで良いけど、他の子達にも周知させておいてくれるとありがたい」
「ブモッ!」
イノシシは裕二の言葉を聞き、頭が取れるんじゃ無いかと思うほど頭を上下に何度も振りながら頷き勢いよく返事を返した。……あれ、絶対言葉理解しているよな。仮にして無くても、意図は確実に伝わってるって。
俺は裕二とイノシシのやり取りに一瞬遠い眼差しをしてしまったが、その間に交渉?は無事に終了したらしく、イノシシは裕二に何度も頭を下げ去り際の挨拶をしながら全力で山の中へと走り出した。恐らく他の仲間に忠告……警告をしに行ったんだろうな、絶対。アンタッチャブル……手出し厳禁だ!ってさ。
「まぁ、とりあえず穏便に終わった……って事で良いよな?」
「あっ、ああ。お疲れ様、裕二」
「お疲れ様、広瀬君。中々面白い絵面になっていたわよ?」
「ああ、ええっと、お、お疲れ様? ……そ、それと九重君、そろそろ降ろして貰えると嬉しい、かな?」
「えっ? ああ、すみません。今、降ろします」
どうにか穏便?に事態は収束し、俺達はホッと一息付きつつ気苦労感たっぷりの溜息をついた。何でこんな事になったんだろうか?と。
イノシシが走り去った後、俺達は気拙い雰囲気を纏いながら見学の続きをしようと山道を歩き出す。流石に何年何十年とロクに人の手が入っていなかった山、不規則に生えた木々は方々に枝を伸ばし行く手を塞ぎ歩きづらい。下草も時期のモノだろうが、かなり背高く生えており足下を確認しづらくなっている。地面自体も踏み固められていないので、堅かったり柔らかかったりと多彩だ。
確かに訓練場としては良い環境と言えるが、本格的に利用しようと思えば元小屋があった広場周りはある程度手を入れないと使いづらいだろうな。
「遠目で見た時は分かりづらかったですけど、結構急坂が続きますね」
「ええ。でもこっちの方はまだ、なだらかな方だよ。反対側の方には、先程より小規模だけど崖もあるからね」
「そう言えば資料にありましたね、崖があるって。小規模なんですか?」
「一部の山肌が崩れ落ちて出来た崖だよ。それと先程の崖と違って土崖って感じだから、表面が崩れやすくて降りるのはオススメ出来ない感じかな?」
裕二と湯田さんの話に耳を傾けながら、俺は下草を掻き分けつつ山道を登る。先程のイノシシと遭遇して以来、山に住んで居るであろう野生動物とは遭遇していないので、あのイノシシは上手くやったのだろう。
毎回毎回、顔に絶望を浮かべた腹見せ動物の姿を見なくて良いってのは、本当に助かる。精神的にキツい光景だって、アレは。
「土崖なんですね。と言う事は、この山の土質って崩れやすい感じなんですか?」
「特別そう言う訳では無いんだけど何でも以前、地震で亀裂が入った所に大雨で水が大量に入り込み山の一部が崩れたそうだよ? 土質的にはこの山、大部分は砂岩系では無く粘土質って言っていたしさ」
「そうなると、基本的には崩れにくいと考えて良いって事ですかね?」
「基本的には、そう考えて貰って大丈夫だと思うよ。でも、建物を建てる事を考えているのなら、事前に調査をして崩れ易そうな所は避けて置く方が良いだろうね」
1度崩れている以上、2度目がないと安易に考えるのは拙いだろう。最低限の安全を確保する為にも、コンクリート壁などの最低限の土避けは設置して置いた方が良いかな?
まぁ建てる場所を確り調べた上で考えれば、必要ないかもしれないけど。
「まぁ、その辺は購入する事になったら考えます」
「まっ、そうだね。今は一件目の物件の見学中なんだし、青写真だけ描いていても仕方ないか」
「はい。でも、参考にはさせて貰うので、その手の情報は出来るだけ教えて下さい」
「もちろん。気になったことは、ドンドン聞いてくれ」
と言った感じで実に平和な見学が続いたのだが、見学を続け山を歩き回っている内に俺達はとあるモノを見付けてしまった。
薄暗く多少日当たりのある斜面の一角で、松っぽい木が群生している場所だ。
「「「「……」」」」
俺達は思わず絶句しながら、目の前に広がった光景を凝視する。何故なら俺達の目の前には、松茸らしきキノコが大量に木の根元付近の地面から生えていたからだ。
パッと見渡しただけでも、4、50本は生えているんじゃ無いか?
「ゆ、湯田さん。こ、これって……」
「もしかして……松茸、かな?」
予想外の光景に湯田さんは、頬を引き攣らせながら目元を手の甲で何度も拭っていた。どうやら目の前の光景は、信じられないものらしい。俺達もそうだしな。
確かに山でキノコが生えているってのは然程珍しくも無い光景だ、だが流石にコレは……。
「この山って、松茸が採れるんですか?」
「いやいや、確かにココら辺に松が生えているのは知ってたけどさ! まさか、生えているなんて……」
「テレビとかで旬は秋口って聞きますけど、この時期にも取れるんですね……」
「一応ピークが秋口ってだけだから、完全に時季外れって事は無いと思うんだけど……嘘ぉ」
どうやら松林自体の存在は湯田さん達も知っていたらしい、だが松茸が採れる事までは知らなかったようだ。
「でも、目の前に大量に生えてますよ、松茸っぽいキノコ……」
「ああ、そう、だね。確かにそうなんだけど……信じられないな」
暫く唖然とした眼差しで松茸の山を眺めていた俺達だったが、時間が少し経ち冷静さを取り戻すと検証作業に取りかかる。何時までも唖然としていては、話が進まないからな。
と言う訳でまず、俺達は地面から生えている松茸?を一本引き抜き観察してみることにした。
「見た目は……キノコですね」
「いやいや、裕二。キノコってのは分かってるって! 問題なのは、本物の松茸かどうかだって!」
如何にも分かっていますと言った感じで松茸を見ていた裕二に、俺は思わず突っ込みを入れる。
「仕方ないだろ、俺は専門家じゃ無いんだ! 見ただけで、山に生えているキノコの種類なんて分かるか!?」
「だったら何で、自信満々に眺めてるんだよ!? 紛らわしいだろ!」
「雰囲気だよ、雰囲気!」
言ってることは正しいのだが、だったら最初からでしゃばるなよと俺は言いたい。確かに山に自生しているキノコの種類なんて、専門家でも無いとその場で判断は出来ないよな。事実、素人が安易に手を出し、食中毒で死亡なんてニュースは毎年見る事だ。見栄張って、コレは松茸だと断言されるよりはマシだけどさ。
そんな俺と裕二の漫才染みた掛け合いを尻目に、柊さんと湯田さんは真剣な眼差しを松茸?に向けていた。
「見た目と……香りは松茸ですね」
「分かるのかい?」
「ええ。前に家のお店で入荷した時に触ったものと、殆ど違いは無いと思います。ただ、素人目から見たモノなので、断定は出来ませんけど。先走って食べる事はせずに、専門の検査機関に持ち込んで判断して貰うことをオススメします。キノコって、食用キノコに似た毒キノコだったって事が良くありますから」
「そうだね、君の言う通りだ。幾つかサンプルを採取して、専門機関に持ち込んで判断して貰おう。この手のことを碌な知識の無い素人が適当に判断すると、ほぼほぼ痛い目を見るからね。事後承諾にはなるけど、地主さんにはウチから一言断りは入れておくよ」
俺と裕二が巫山戯ている間に湯田さんと柊さんが話し合った結果、この松茸っぽいキノコの取り扱い方針が決まった。まぁ妥当な結論だったので、俺と裕二にも特に反論する所は無かったけどな。
正体が確定していない怪しいキノコ、流石に高級品とは言え安易に食べたりはしないよ。
予想外のお宝候補を発見する事になってしまったがサンプルを回収した後、俺達は当初の予定通り見学を続行する。だが、当初の予定では利便性の悪い人里離れた山奥の山の見学というモノが、お宝候補がお宝だった場合は意味が変わってくる。
確かにこの山は利便性は悪いが、俺達が証明したように探索者なら多少道程の険しい山でしかない。探索者に限ると但し書きは付くが、多少利便性が悪いと言うだけの山にお宝があるのだ……売って貰えるかな?
「まさかの発見でしたけど、何で今まで見付からなかったんですかね?」
「恐らく、時期的な物も有るんじゃ無いかな? 一般的なピーク期間前に生えそろうから、一般的なピーク期間に取りに来ても枯れてたとかさ。後は、さっき遭遇したイノシシとかみたいな動物たちが食べちゃったとかね」
「ああなるほど、確かに毒さえ無ければキノコは格好の食料ですもんね。見て回った感じ色んな木々が生えているから、食料に乏しいって感じはしませんけど、安全に食べられる食料は貴重でしょうし」
「そうだね。でもそうなると俺達人間があのキノコを勝手に取り尽くす様なことをしたら……」
余り良い事にはならないだろうな、やっぱり。
「得られるはずだった食料が得られず、仕方なく縄張りの外に食料探しに出て……って所ですかね? 山中で別の食料を得られれば良いですけど、そうで無かったら人里に出てくる様になるかもしれませんよ」
「人里にか……あの熊や猪が出てくるようになるのか。それは流石に遠慮願いたいな、どちらにとっても為にならない」
「ええ。仮に松茸?を採取するようにするのなら、別の形で補填して上げた方が良いでしょうね。ドングリの木を植えるとか言った形で」
「確かに」
裕二の補填という言葉に、湯田さんも賛成するように頷く。そりゃ食べるものがなくなれば動物たちだって山を下りてくるよな、生きる為には食べるしか無いんだからさ。逆に言えば、山の中に食べ物さえあれば、動物たちだって態々人間の領域までは足を踏み入れることは無いだろう。まぁ与えすぎればまた別の問題が出てくるので、どうバランスをとるのかって問題はあるんだろうけどな。
そしてこの後1時間ほど掛け山の中を散策し続けた俺達は、元の場所である元作業小屋があった広場に戻ってきた。
「とりあえず、コレで一通り山は見て貰えたと思うけど……どうだったかな?」
「俺達が示していた条件にも合致しますし、中々面白い山だと思います。確かにココまで来る道のりは険しいモノだとは思いますけど、探索者であれば問題ない程度だと思いますよ」
「少々手を入れる必要はありますけど、基本的な部分に問題は無いと思います。野生動物とかも出ますが、それ自体は問題ありません」
「私も特に問題はないと思います。林道を整備して道程をもう少し容易にすれば、一般向けの物件としてもイケると思います。まぁ整備費用が凄いことになると思いますけど……」
概ね、俺達の一件目の物件に対する評価は良好だった。山に来るまでの道程こそ一般人にとっては過酷なモノだが、そこそこレベルのある探索者なら特に問題にならない程度の道程だ。少々野生動物と多めに遭遇したが、一応和解?も出来たし問題ないだろう。共存?……向こうから涙目で断られそうな予感がヒシヒシとするなぁ。
そして断定こそまだ出来ていないが、お宝候補も発見した。もしあのキノコが本物の松茸であり、毎年収穫出来るのなら、収穫量次第では山の購入金額を充当出来るかもしれないな。
「中々の好評を得られたみたいだね、紹介した身としては嬉しい限りだよ」
「いやホント、一件目から素晴らしい物件を紹介して貰えましたよ。こうなってくると、残り2つの物件も期待度が上がりますね……」
「ははっ、期待を裏切らない物件だとは自負しているよ。……さて、それじゃぁ暗くならない内に帰るとしようか?」
「「「はい!」」」
そう言う訳で色々あったが一件目の物件見学は終了、俺達は再び湯田さんを背負い帰る事になった。来た道とは違い、帰り道は崖を尾根沿いに迂回するルートを使い移動する事になったのだが、特に問題となる道程は無く、来る時に飛び降りた崖の上まで10分と掛からず移動出来た。
そして帰り道の途中でクマの気配を感じたが、顔見せするのはクマに悪いと思ったので挨拶はせずにスルーし俺達は車を停めた駐車場まで戻った。




