第380話 流石に居た堪れないって……
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隠れている何かの存在に気付いた俺達3人はそれとなく警戒を続けつつ、気付いている様子が無い湯田さんがしてくれる物件説明を聞く。
無駄に戦いたくは無いので、このまま隠れてくれていると良いんだけど……。
「ココがさっきの話にあった、元作業小屋の跡地だよ。道具置き場と宿泊小屋も兼ねていたそうで、だいたい20㎡くらいの小屋が建っていたそうだ」
「20㎡と言うと……6畳部屋が2つ分くらいですか? 結構大きな建物だったんですね」
「山奥だからね。基本、泊まり掛けの作業だったみたいだよ。生活物資を背負い1日掛けてココまで来て、数日間にわたって間伐や伐採作業をした後、切り出した木材を日の出と共に持って帰る……まぁ実際は伐採や運搬と言った作業を分担してやっていたんだろうけどね」
「確かに生活の場を整える為にも、そうなるとそれなりの大きさの建物は必要になりますね」
湯田さんの説明に、俺達は納得の表情を浮かべつつ軽く何度か頷く。俺達の場合、車を停めた場所からココまで1時間と掛からず到達できたが、探索者でも無い一般人では山道に慣れていたとしても、移動だけで一日掛かりそうな場所だからな。日帰りが出来ないのなら、何人で滞在していたかは分からないが最低限の宿泊設備は必要だろう。
ただ、そうなってくると道具を収納していた作業小屋という表現より、収納庫付き宿泊小屋と言っておいて欲しかったかな? 収納庫的作業小屋と言われると、1、2畳程の小さなモノを想像してしまうからさ。森の中にヒッソリ建っていたのかと思っていたが、この広場だって予想よりかなり広い空間だ。バスケットコート1面分はあるか?
「ああそれと、今は撤去されているけど昔は近くに井戸が掘られていたらしいよ。少し手間は掛かるだろうけど、メンテしてやれば復活出来ると思う。撤去したとは聞いてるけど、水が枯れたとは聞いてないからね」
「井戸ですか……そう言えば、近くに川とか湧き水は無いんですか?」
「無くは無いらしいけど、確認されているモノはかなり離れてるね。何度も水を汲みに行ったり、水源からパイプを通すことを考えると、井戸が復活出来るのなら井戸を使った方が楽だと思うよ。水くみの時間や、パイプの管理を考えるとね」
「なるほど、でも、井戸の復活となると……」
水源確保の為に井戸を復活させるという湯田さんの提案に、裕二は頭を掻きながら渋い表情を浮かべる。詳しい作業内容は憶えていないが昔、バラエティー番組で古井戸を再生させるという企画をやっていたのを思い出すと、かなり面倒な清掃作業と結構長い期間が掛かっていた事を憶えている。
「専門の業者を紹介することは出来るので、多少費用は掛かりますけど復活させる事自体はそれほど難しくは無いと思うよ。まぁ、ココまで来て貰うのに結構苦労するだろうから、出張費は掛かるかもだけど……」
「山奥ですからね。あっそうだ、井戸の復活作業って自分達で出来る作業なら自分達で行いますよ?」
「ああそれは、やめて置いた方が良いと思うよ。古井戸って変なガスが溜まってたり、酸素濃度が下がっていて酸欠になったりする場合があるから、メンテは専門業者に頼んだ方が良いかな」
確かにその手の事故は偶にニュースなんかで聞くな。作業中の事故リスクを考えると、確かにニワカ知識の素人が手を出すより専門の業者に任せた方が良いだろう。
とは言え俺達の場合、土魔法系スキル練習も兼ねて新しく井戸を掘るって選択肢もアリな気もする……古井戸があるって事は、水脈が近くにあるって事だしな。多分いけるだろう、最悪スコップ片手に手掘りになるかもだけど。
「最低限、水さえ確保出来れば色々生活面での問題点は解決出来る。建材搬入なんかは最悪ヘリで空輸って言う手段も取れるけど、水はココで生活する場合は恒常的に大量消費するから何時も空輸って訳にはいかないからね。できることなら、現地調達出来る環境を構築しないと」
「ええ、その点は重々承知しています。ダンジョン探索においても、水の確保は重要課題ですからね。普段、蛇口を捻れば直ぐに飲料可能な水が調達出来る環境にいると勘違いしてしまいますけど、町を一歩離れると十分な量の水を確保するは困難な事ですから」
「君達はそれを経験から学んでるんだね。まぁそれを理解して貰えているのなら、これ以上言わなくても大丈夫そうだ。いやぁ、ココが車なんかで普通に来れる場所なら深く考えなくても良い問題なんだけど、真面な道の無い山奥だからね。安易に考えてると本気で危ないからさ」
「湯田さんの心配は理解出来ます。キャンプをする場所としては、ココは人里離れた山奥過ぎますからね」
湯田さん達にしても、売ったは良いが1年経たずに購入者が山で遭難し死亡したなんて寝覚めの悪い話は聞きたくないだろうからな。売るにしても、最低限の忠告はしておきたいのだろう。
そして元小屋跡の現広場に関する説明も終わり、一通り山の中を見て回ろうとし始めた所、遂に隠れていた何かが俺達の動きにつられるように動き出した。はぁー、最後まで隠れてろよ。
隠れ潜む何かの存在に気付いていなかった湯田さんも、俺達が突然残念気な雰囲気を漏らしたことに怪訝気な表情を浮かべた後、何かを察した表情を浮かべ周辺の草むらを見渡し始める。少し前に、似たような出来事があったので、察しが付いたのかもな。
そして湯田さんは暫く周辺の草むらを観察した後、不安げな表情を浮かべながら固い声で俺達に察した疑問を尋ねてくる。
「もしかして……何か居る?」
「ええ、残念ながら。大人しく隠れてくれていたら良かったんですけど……」
「……」
裕二の返答を聞き、湯田さんは緊張した面持ちで唾を飲み若干血の気が引いた表情を浮かべていた。恐らく先程のクマとの遭遇を思い出しているのだろう。俺達としては大した事では無かったが、湯田さんからすると命の危機を感じる体験だっただろうからな。
湯田さんは今、もしかして再びクマが……と思っているのだろう。
「とりあえず湯田さん、俺達の後ろにいて下さい。多分大丈夫だとは思いますけど……」
「えっ、ああ、頼むよ」
湯田さんは少し慌てるように裕二の後ろ、俺達が湯田さんを守るように三角形に布陣する陣形の真ん中に移動した。コレなら最悪隠れている何かが襲い掛かってきたとしても、湯田さんを守ることが出来る。
もちろん、クマの時のように何事も無いのが一番だけどな。
「さて、どうもあちらさんは、このまま隠れて見過ごす気は無いらしい」
「そうだな、残念だけど」
「あのまま隠れてくれたら良かったのに……」
湯田さんの退避を確認した後、俺達は視線をとある草むらの一点に向ける。草むらは風が吹いてもいないのに揺れており、明らかに何かが隠れながら近付いてきている事を示していた。
逃げてくれたら良いなと淡い期待を持っていたのだが、どうやら逃げてはくれないらしい。
「だ、大丈夫か? 段々近付いてきてるけど、もしかしてまたクマが……」
湯田さんが裕二の背中から覗き込むように視線を草むらに向けながら不安気な声で尋ねてきた時、それは草むらから姿を見せた。
クマでは無い、クマでは……。
「イ、イノシシ? って、デカ!?」
草むらから出て来たのはイノシシ、しかも先程遭遇したクマを超える巨体を誇る大物だ。流石、数十年単位で人が立ち寄らず放置されていた山、想定外の大物が居やがる。
前例があったからか湯田さんは先程クマと遭遇した時より冷静さを保っては居るが、見たことも無いような巨大イノシシの登場に信じられないと言った様子で驚愕の表情を浮かべていた。
「うーん、思わぬ大物の登場だな」
「主……かな? この山の」
「そうじゃ無いかしら? こんな大きなイノシシ、滅多に居ないでしょうしね。さっきのクマと戦っても、このイノシシが勝ちそうよ」
100kgは楽に超えており、150~160kgはあるんじゃ無いか? 恐らく、イノシシとしては最大級の大きさだろう。こんなのが勢いを付けて体当たりしてきたら、人間なんか一溜まりも無いだろうな。
俺達3人は姿を見せたイノシシから視線を逸らさずに、敵意が無いとアピールする様に友好的な笑みを浮かべて見せる。あれ? 何かイノシシの警戒感が増したような気が?
「で、どうする? 大樹、柊さん? 俺としてはこのまま、お帰り頂ければ良いんだけど……」
「俺もそうだよ、今の段階では態々敵対する必要は無いしな」
「私もそうね。それにこのイノシシが本当にこの山の主だったら、尚の事軽々しく倒したら拙いわよ。このイノシシの亡き後を巡って縄張り争いがとか、敗れた獣が山を下りて人里にとかって事になったら面倒だわ。私達がこの山を購入して所有するって話なら討伐も考慮に入るけど、今の段階ならこのままお帰り頂く方が良いわ」
とりあえず俺達3人の意見はイノシシにはこのままお帰り頂くという事で決まったが、コチラを警戒するイノシシ側が如何反応するやら……。
因みにこの間、湯田さんはイノシシの威容に絶句し青い顔で黙り込み、イノシシは警戒を緩めない様子でジッと俺達の出方を観察していた。
「とりあえず、クマ君の時のように交渉してみるか」
「交渉ね……上手く行くと良いんだけど」
「今日はただ山の中を見て回るだけなんだ、敵対し合ってるわけでも無い。俺達がこの縄張りを荒らす云々って話じゃ無いんだし、多分大丈夫だよ」
「そうかな……?」
裕二は軽い足取りで一歩前に出て、一瞬警戒感を強めたイノシシに先程のクマの時のように優しく話し掛ける。
「やぁ、イノシシ君。少し話を……」
「プギィ!」
気合いを入れるかのように鋭く鼻を鳴らした後、イノシシは話し掛けた裕二目掛けて突進を開始した。どうやらこのイノシシ君とは、話し合いは無理らしい。
裕二は突撃を開始したイノシシを悲しげな眼差しで見た後、俺と柊さんに指示を出す。
「大樹、湯田さんを頼む。柊さんは周辺警戒を、俺がやる」
「了解。湯田さん、ちょっと抱えますね。ジッとしてて下さい」
「ええ、あっ、うん」
「了解、任せるわ」
俺は素早く湯田さんをお姫様ダッコで抱え上げ、イノシシの突進コース上から退避する。柊さんもサイドステップで突撃コース上から退避しつつ、増援が来ないか周辺警戒を行う。
そして裕二はと言うと……。
「さてと……下手に怪我はさせない方が良いよな、と!」
裕二は俺達が退避したのを確認すると、突撃してくるイノシシの正面に陣取ったまま右手をイノシシに向け伸ばす。
そして……。
「プギィィ!?」
「おっ? 中々力強いな」
間合いが近く加速距離が余りなかったとは言え、裕二は伸ばした右手をイノシシの額に添え軽く後退しつつ衝撃を吸収し突撃を受け止めていた。裕二がその場に留まって正面から受けると、衝撃が全てイノシシの首に集中して下手をすると骨折、受け止めただけで仕留めちゃうからな。
俺の腕の中で湯田さんが余りの衝撃映像に絶句しているけど、まぁ両者が怪我無く収めるにはあの対処しか無いよな。見た目はかなり非常識な光景だけどさ。
「まぁ落ち着いてくれ、イノシシ君。俺達は別に君の縄張りを荒らす為に来たんじゃ無い、少しこの山を見学させて欲しいだけなんだ」
「ブモッ!?」
優しく諭すように話し掛ける裕二、地面を何度も蹴り抉り裕二を押し切ろうとするイノシシ。対称的な対応だが、この時点でどちらが上であるかを如実に表していた。
激しい鳴き声を上げつつ全力で抵抗しているイノシシ、微動だにせず微笑みを浮かべ落ち着かせようとする裕二……あれ? 傍から見てると、魔王に立ち向かう勇者って単語が浮かぶんだけど?
「どうやら話を聞いてくれる気になったみたいだね」
「ブモッ……」
暫く見せかけの均衡状態が続いた後、幾ら渾身の力で押しても微動だにせず微笑む裕二の姿に、ついにイノシシは踏ん張っていた足から力を抜き抵抗を止めた。先程までは敵意と負けん気に満ちていた瞳から光が消え、絶望と諦念に満ちる淀んだ瞳を裕二に向けている。
そしてイノシシは数歩後退し額から裕二の手を離した後、目を閉じ鳴き声一つ上げずに地面に仰向けに転がり腹を見せた。全面降伏を示す動作である、うん。
「「「……」」」
想定外のイノシシの行動に、俺達の間に居た堪れない沈黙と気まずい雰囲気が漂う。
うん、完全に心が折れたな、あのイノシシ。俺達が立ち去った後、元の生活に戻れるのか心配だよ。
「ああ、何だ? さっきも言ったけど、俺達には君と争う意思はないから。縄張りを荒らす気もないし、ただこの山を見て回らせてほしいだけなんだ」
「……ブモッ」
「ああ、本当だよ」
何故かさっきのクマと同様に話が成立しているっぽい、動物と意思疎通を取れるスキルなんて裕二は持ってたっけ? 後で確認してみるか。
だけどもし持っていたとしたら、こうなる前に使って話を通して欲しかったものだ。何せ先程の最後まで気丈だったクマと違い、全面降伏の腹見せ体勢で縋るような眼差しを向けるイノシシの姿なんて見たくなかったからな。見るに堪えないと言うか、居た堪れなさすぎる光景だって。




