第374話 2度目の不動産屋
お気に入り32200超、PV72000000超、ジャンル別日刊80位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に掲載中です。よろしくお願いします。
コミカライズ版朝ダン、コミックス第2巻が7月7日に発売されました。よろしければお手に取ってみてください。
美佳達とのダンジョン探索を終えた翌日、俺達3人は桐谷不動産に向かって歩いていく。夏休み最後に訪れた時は、簡単に話は纏まるだろうと甘い見通しをしていたせいで失敗してしまった。
うん。改めて考えてみると、土地購入なんて話は1日2日で決めるような話じゃ無いもんな。
「約束してはいるけどさ、前回行った時からさほど時間経ってないし……大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろ、多分。向こうだってプロの不動産屋なんだぜ? 今度はちゃんとある程度相談して要望は伝えているんだし、そこそこ要望にあった物件を紹介してくれるはずさ」
「そうね。前回は互いの認識に齟齬があったまま……まぁ、重蔵さんの企てだったみたいだけど。そのせいでアレな結果になってしまったわ。でも今度はちゃんと話し合った上でお願いしてるんだもの、心配ないわよ」
確かに重蔵さんの企みもあったけど、俺達が土地購入を簡単に考えすぎてたってのが、そもそもの原因だった気もするけどね。ド素人の癖して、プロの桐谷さん達にロクデモない条件ばかり挙げ連ねてたからな……ほんと申し訳ないことをしたよ。
まぁ向こうも探索者が求める物件については手探り状態だったみたいだったので、互いに良い経験をしたと思えば……思ってくれていると良いな。
「そうだね。そうだと良いけど……やっぱり不安がこう、ね?」
「まぁ、その気持ちは分からないでも無いけど、素人があれこれ心配するだけ無駄だろ。無理なら無理で、事前に連絡をくれているはずだろうしな。それが無いって事は、何かしらかの物件は見付かってるって事だろうさ」
「だと良いんだけどね」
「なに、もうすぐお店に着くんだ。大樹の疑問の結果もすぐに分かるって」
そう言って裕二は右手を軽く前に出し、指先を通りの先に向ける。その指の先には一軒の建物、桐谷不動産の入るビルが聳え立っていた。
うん、まぁ確かにすぐに答えは分かるよな。
「そうだな……良い物件があると良いんだけどな」
「そうだな」
と言う訳で、俺達は若干の不安と期待を抱きつつ足を進める。ビルに到着した俺達は階段を上り、2階の事務所の扉前で一旦足を止めた。
普通に扉を開け中に入れば良いのだが、少々の不安も有り一瞬躊躇してしまう。
「……どうした?」
「あっ、いや、何となくね? ……ふぅ、お邪魔します」
一呼吸入れてから、俺は声を掛けつつ扉を開き事務所の中に入る。
「ああ、やっぱり誰も居ないか……じゃぁ」
事務所の中に入り辺りを見渡してみると、やはり前回と同様に無人。緊張で軽く肩に入った力を抜きつつ俺は受付カウンターの前に進み、前回の経験を生かし躊躇無く呼び出しブザーのスイッチを押す。ブザーを押すと同時に短い軽い音が鳴り、正常にスイッチが作動したことを知らせてくれる。後は待っていれば、すぐに誰か来てくれるはずだ。
「コレで良しっと。 どうしよ? 向こうの応接テーブルの方に座っておく?」
「そうだな……と言いたいけど、流石にな? 誰か来るまでココで物件情報のチラシでも眺めながら待ってようぜ」
「そうね。案内される前に席に着いてるってのもあれだし……」
と言うわけで、入り口近くの壁一面に張り出されている物件情報紙を眺めながら待つ事にした。まぁ2、3分も待てば、誰か来るだろうし急がなくても良いか。
そしてブザーを押して凡そ3分後、事務所の入り口の扉が開き湯田さんが姿を見せた。
「お待たせしました! ようこそ桐谷不動産へ、広瀬様、九重様、柊様!」
俺達の姿を確認した湯田さんは、軽く頭を下げつつ元気よく挨拶をしてくる。
「あっ、湯田さん。今日はよろしくお願いします」
「はい! あっ皆さん、立ち話も何ですので、まずは応接テーブルの方へどうぞ」
「ありがとうございます」
湯田さんに促される形で、俺達は応接テーブルに向かい腰を下ろす。
俺達が椅子に腰を下ろしたのを確認し、湯田さんは少々遠慮気味に口を開く。
「では本日御案内させて頂く物件の資料を持ってきますので、少々お待ち下さい。あっ、お飲み物は如何なさいますか? コーヒー、紅茶、緑茶などがありますが……」
「あっ、じゃぁコーヒーをお願いします」
「俺もコーヒーでお願いします」
「私は……紅茶をお願い出来ますか?」
「はい。では、コーヒーをお二つと紅茶をお一つで」
飲み物の希望を確認し、湯田さんは軽く頭を下げ一旦事務所を離れていった。
そして湯田さんの姿が見えなくなったのを確認し、裕二は俺に向かって口元を安堵に緩めつつ話し掛けてくる。
「どうやら、大樹が心配していた様な事態にはなって無さそうだな?」
「ああ、そうみたいだ。資料を持ってくるって事は、おすすめ出来る物件が見付かったって事だからな」
「後はその中に気に入る物件があるかだけど……まぁそれは、この後の説明や現地見学に行ってからだ」
「今度は確り要望は伝えてあるんだ、多分そこは大丈夫じゃ無いか? 後は条件面で納得出来るかだけど……うん、それも話を聞いてからだな」
心配していた事態は避けられ不安は解消出来たがその分、どんな物件を紹介して貰えるのかと期待が大きくなってきた。我ながら現金な事だと思うが、まぁ良い物件があると良いな。
そして湯田さんが事務所を出てから5分後、資料と飲み物を持った湯田さんは桐谷さんを伴って再び事務所に姿を見せた。
湯田さんが持ってきてくれた飲み物は俺達の前に配られ、応接テーブルの対面の席に湯田さんと桐谷さんが腰を下ろしていた。
そして準備が整ったタイミングを見計らい、桐谷さんがゆっくりと頭を下げつつ口を開く。
「いやぁ、ようこそ皆さん。先日ご来店されて振りですね」
「はい、先日はお世話になりました。素人考えで色々とご迷惑をお掛けしてしまい……」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。ご迷惑も何も、こう言った業界の職に就いている人以外だと、土地を売買する事なんて滅多にありませんからね。ご来店される方皆さん、具体的にどう言った要望を出せば良いのかなんて分からない方ばかりです。寧ろ私達の方こそ、キチンと要望をお聞きし適した物件をご紹介出来なかった事を恥じ入るばかりです」
「ははっ、そう言って貰えると少しは気も楽になります。でも元々家のじ、祖父が妙なことを企んだことが原因ですしね。桐谷さん達には、本当にご迷惑をお掛けしています」
「いえいえ、良いお爺様では無いですか。失敗をしても大丈夫な場を整え若者に経験を積ませる、中々出来ない事ですよ」
互いに重蔵さんに振り回され大変でしたねといった話題で緩い雰囲気を醸しつつ、桐谷さんと裕二の挨拶が交わされ穏やかに話し合いが始まる。
「それでは挨拶はこの辺にして、早速物件の方を紹介させて貰いたいと思いますが……良いですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「では湯田君、説明の方を頼むよ」
「はい、お任せ下さい」
と言う訳で、挨拶も早々に済ませ本題に入る。この後現地に移動し物件の見学も行う予定なので、余り挨拶に時間を使う余裕は無いからな。
湯田さんは持ってきた資料から、幾つかの物件情報が記載された紙を俺達に手渡してきた。
「前回ご来店頂いた際に伺った条件を加味し要望に添う物件を探した結果、3件の物件が見付かりました」
「3件ですか……」
「3件と言いましても、今の条件での3件と言った感じです。この後ご紹介した物件を見学されにいかれた後、条件を変更されたりすれば件数は変わっていきますからね」
確かに実際に見学して、やっぱりこの方がやあの方がと言った感じで条件も変わるだろうからな。現状では、今から説明して貰う3件が要望に近い物件だという事か。
まぁ条件を変えるかどうかは、まずは湯田さんの話を聞いてからだな。
「では、物件紹介の方を始めさせて頂きたいと思いますが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「では先ず、一件目の物件なのですが……」
俺達は手元の物件情報紙を見ながら、湯田さんの説明を聞く。
一件目の物件は、前回紹介して貰った物件と似た感じのある程度整備されたキャンプ場といった感じの山だった。ただし、ある程度整備されているという言葉がクセ物だ。確かある程度整備された道があり、ある程度整備された広場が有り、ある程度整備された山林がある。
「元々林業系の山だったらしく、切り倒した木を運び出す為の道や、今はありませんが作業道具を保管する小屋が建っていた跡地などがあります」
「へぇー、確かに雑然とした感じではありますけど、ある程度整備されているって印象の山ですね」
「山に生えている木々は基本的に植林された物ですが、元のオーナーが林業を廃業されて以来長年放置状態で下草なんかは生え放題です。整備された山林とは言えませんが、天然の山林よりはある程度整備されている状態と言えますね」
前回見た山のように整然と整えられている訳では無いらしいので、ある程度俺達の出している雑木林のようなと言う要望に合致はしているのかな?
「そうなると広場……元小屋跡や道なんかは大丈夫なんですか?」
「小屋跡周辺に植林された木々は無いので、再整備はある程度楽だと思います」
確かに広場を作る為に木々の伐採から入るとなると労力が掛かるが、下草の処理だけで済むというのなら再整備も楽だろうな。
「道に関しても車……運搬台車が通れるくらいの幅が確保されているので、舗装こそされていませんが再整備は可能です」
「運搬台車……と言う言葉が引っ掛かるんですが、車じゃ無いんですか?」
普通、車が通れる道があるって言うよな? 何で態々、運搬台車なんて単語を使ったんだ?
すると湯田さんは若干表情を引き攣らせつつ、裏事情を話してくれ始めた。
「ええっと……実はこの山、放置され始めたのが明治の終わり頃になるんです」
「明治の終わりって……つまり放置され始めて百年近く経つんですか?」
「はい。ですので、現在この山は殆ど人の寄りつかない前人未踏と言っても過言では無い山になります。この山に行くだけでも、山を越え谷を越えと言った道程を行く必要があります」
「それは……随分山深い場所にありますね」
流石にそんな秘境を紹介されてもな……と、俺達は一瞬遠い眼差しで手元の物件情報紙を眺めた。
「ええ、ですが思われているより交通の便は悪くないですよ?」
「……はい?」
えっ、秘境じゃ無いの?
「実はこの山の近く……と言っても10km以上離れていますが、鉄道駅があります。何度か乗り換える必要はありますが、この町から出る電車で移動は可能です」
「鉄道駅……ですか」
「はい。そこからなら険しい山道を行く道程にはなりますが、前回皆さんと一緒に見学に行った際に見せて頂いた探索者ならではの運動能力を加味すれば問題ないと思われます。無論、一般人には装備を調えても過酷な道になっていますが……」
「ああ、なるほど……」
確かに俺達の運動能力なら、山道が10km程度続いたとしても問題なく短時間で走破可能だ。無論、プロの登山家というわけでは無いので急斜面や崖、幅広い谷なんかがあると対処に困るが……一応走破可能なルートがあるのなら大丈夫だろう。
何なら山、目的地に着くまでの道程も不整地走破訓練の一環と思えば……まぁ有りかも?
「ですので、この山は目的地までの道程を無視して良いと言われる方でしたら中々好物件だと思われます」
「確かに道程の難易度を無視出来る……この場合探索者ですね。探索者なら、好物件と言えますね」
「はい。それと要望の中にあった、野生動物は訓練になるので居ても問題ない寧ろ居ると良いという件も、場所が場所なので野生動物がいます」
「どんな動物が居るんですか?」
「……主に鹿や猪が出没するとの事ですが、大型の熊を見たという目撃情報もあります」
まぁほぼ秘境にある山なら、当然野生動物の住処になっているよな。それにしても熊か……湯田さんは表情を顰めながら危ないですよと無言で伝えてくるが、今更熊が出ると言われても然程危機感は湧かない。大型の熊と言われても、素材ほしさにダンジョンで熊狩りをした身だからな俺達。
うん……やっぱり問題ないな。
「なるほど、ますます探索者が訓練として使うには都合が良い場所ですね。熊が出るというのなら適度に緊張感を保ちつつ、常時周辺の状況を警戒する訓練に使えます」
「……そう、ですか。ええっと、はい。この物件に対する大体の説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」
湯田さんは一瞬、驚きと疲れが入り交じった表情を浮かべていたが、何かを飲み込むかのように軽く目を閉じ小さく深呼吸をしていた。何か、すみません。
そして俺達は湯田さんに何個か質問を交わした後、前回出した要望と大きな齟齬が無い事を確認した。こんな短時間で良くこんな物件を見付けてくれたものだ。
「では、次の物件の説明に入りたいと思いますが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
そして俺達は、2件目の説明に耳を傾け始めた。




