第34話 スプラッタ劇場
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俺達は今日もオーク狩りに、汗を流していた。
柊さんが希望した、オーク素材のストックを貯める為だ。ここ数回の探索では、10、11、12階層を回遊しながら、階層中のオークを狩り尽くす勢いで狩りを行っている。俺の空間収納庫があれば、オーク肉等を腐敗させずに長期間保管し続ける事が出来るからな。超低温の、大型業務用冷凍倉庫になった気分だ。
今の段階でも、俺の空間収納庫の中には1t近くオーク素材が保管されているのに、今もまだ貯蔵量は増えている。何故ならば、今も目の前で柊さんがオークの首を刎ねているからだ。
「柊さん、オーク素材も結構溜まったと思うんだけど……」
「そうね。コレだけストックがあれば暫くは大丈夫ね」
柊さんは、倒したオークに手馴れた手付きで剥ぎ取りナイフを突き立てながら俺の質問に答える。
しかしその柊さんの返事に、俺が不穏な物を嗅ぎ取った。
「暫くは持つって……何れ位?」
「そうね。1回スープを仕込むのにオーク素材を5㎏近く使うから……半年分って所かしら?」
「……コレだけ集めて、半年分かよ」
裕二が柊さんの返事の内容に驚き、思わず唖然と言葉を漏らす。
しかし、それは俺も同じ。まさかこれだけの量を確保していても半年持たないなんて……。
「あら? 2人共、知らなかったの?普通のスープの仕込みでも、豚骨や鶏ガラを1度に10~20㎏は使ってるから、月換算すると1t近くは消費しているのよ? オーク素材関係は隠し味って扱いだから、消費量はまだまだ少ない方なのよ?」
「……げっ」
「……マジか」
「だから、私がダンジョンに潜ってるのよ」
柊さんは溜息を吐きながら、俺達にとって驚きの事実を知らせてくる。まさか、ラーメンを作るのに、そんなに材料が必要だったなんて……。
「材料費で言えば、普通のスープを作るのに比べて、10倍じゃ効かないコストがかかってるわ。……それをロクに値上げもしないで商品として提供するなんって……お父さんたら、もう」
何かを思い出した柊さんは、小声で愚痴を漏らす。俺と裕二は何とも言えず、周辺警戒をしながら顔を見合わせ柊さんが落ち着くのを待った。
1分程で柊さんは正気を取り戻し、醜態を晒した事に気が付き頬を少し赤く染めながら誤魔化す様に、咳払いをする。
「この階層まで潜れる探索者の数が増えて、オーク素材が大量に流通する様になれば仕入れ単価も下がるんでしょうけど……今の状況を思うと値下がりするのには、まだまだ時間が掛かりそうね。それまでは私が頑張って、オーク素材を集めないと。……だからお願い、仕入れ値が下がるまでの間、二人共協力してくれないかしら?」
「ああ、うん、分かった。出来る限りの事はするよ」
「ああ、俺も」
柊さんの詳しい事情を知って、俺と裕二はNOとは言えなかった。
確かにそんな量を日常的に消費し続けていれば、直接調達でもしなければ何れお店の財政が破綻するのが目に見えている。そんな事態を回避しようと思えば、確かに柊さんが探索者としてダンジョンに潜る必要が出てくるな。
「ありがとう、二人共。このお礼は必ず」
柊さんが俺と裕二に頭を下げながら、嬉しそうにお礼を言う。まぁ、お礼に関しては期待せずに気長に待つか。
オーク狩りを一時終え、俺達は13階層に降りて来ていた。
この階層まで降りてこられる探索者は少ないのか、まだ1組ともスレ違っていない。罠を回避し解除しながら通路を進んで行くと、とあるモンスターと遭遇する。
ヌメヌメとした粘液を纏った緑色の肌をした、犬程の大きさのカエル型のモンスター、ジャイアントフロッグだ。ゲロゲロと喉を鳴らしながら、俺達に威嚇してくる。
「……エアーボール!」
柊さんがまず、ジャイアントフロッグ目掛けてエアーボールを放つが、ジャイアントフロッグは大きく跳躍し、躱した。風の弾丸は、ジャイアントフロッグには当たらず、ジャイアントフロッグが居たであろう床に当たり霧散し消え、辺りに圧縮していた空気を撒き散らすだけだった。
慌ててエアーボールを躱したジャイアントフロッグの移動先を目で追うと、ジャイアントフロッグは天井に上下逆さまの状態で張り付いており、今にも俺達目掛けて突撃してきそうにしている。ジャイアントフロッグの攻撃先を見定めようと観察していると、俺とジャイアントフロッグの目が不意にあった様な気がし軽く重心を落とす。すると次の瞬間、ジャイアントフロッグは俺目掛けて天井を蹴って襲いかかって来た。
「大樹!」
「大丈夫!」
裕二が警告を発すが、俺は既に動いていた。
俺目掛けて突撃してきたジャイアントフロッグを横に飛んで躱し、ジャイアントフロッグが着地した瞬間、俺は無防備に晒されたジャイアントフロッグの脇腹めがけて思いっ切り蹴りを叩き込んだ。蹴りが脇腹に決まった瞬間、俺の足先にジャイアントフロッグの内臓を幾つか蹴り潰した感触が伝わって来る。ジャイアントフロッグは口から血液混じりの唾液を吐き出しながら壁目掛けて飛んで行き……壁にブツカリ血潮をまき散らしながら爆散した。
うわっ!グロ!
「おいおい、大樹。やり過ぎじゃないか?」
「ええ、ちょっとこの光景は……」
二人は口に手を当てつつ、俺に抗議して来た。最近のダンジョン探索で俺達も血にはなれているが、ダンジョンの壁に肉片が張り付き真っ赤な血の花が咲いた光景はこみ上げてくる。
一度、ゴブリンの集団との戦闘で似た様な血の海を作り出した事があるが、アレは未だ死体がちゃんとした形を保ち残っていた。ミンチ状の死体など見たのは、今回が初めてだ。
「ああ、そうだな。ちょっと力加減を間違ったかもしれない」
思いっ切り蹴りをモンスター相手に叩き込んだのは今回が初めてだが、攻撃力が高過ぎて低層階にいるようなモンスターに対しては過剰だった。ゲームなら会心の一撃とかクリティカルヒットとか言って、モンスターのHPを一撃で削りきるだけで終わりだろうが、現実に行ったらこの有様だ。
ある程度深い階層に居るモンスターじゃないと、ジャイアントフロッグと同じ様に爆散するだけかもしれない。つまり、俺が低層階にいるようなモンスター相手に思いっきり打撃や足撃を繰り出せば、漏れ無くスプラッタシーンが展開されるという事だ。
ジャイアントフロッグの死体が消えるまで、俺達は死体が張り付いた壁から目を逸らす。当然、ドロップアイテムは出なかった。
「それなりに血にもなれた心算ではあったけど、こう言う死に様の死体はちょっとキツイな」
「ええ。それにモンスターが爆散してしまったら、このナイフを刺す事も出来ないわ」
柊さんは剥ぎ取りナイフを取り出し、アイテムを得られなかった事を不満そうにしていた。まぁ、ミンチになったら剥ぎ取れないもんね。今回はジャイアントフロッグだったからまだ良かったけど、これがオークだったらお肉を得られなくって柊さん的には最悪だもんな。
「九重君」
「はい!」
柊さんが鋭い目付きで俺を見る。
「オーク相手に戦う時は不知火を使って戦ってくれないかしら? 今回みたいに爆散してしまっては……」
「はい! 分かりました」
釘を刺された。まぁ、柊さんの立場からしたら当然だよな。
俺と柊さんのそんな遣り取りを見ていた裕二は、何か思う所があったのかポツリと漏らす。
「まぁ、大樹の蹴りの威力は置いとくとしても、こう言う光景にも慣れとかないと拙いよな?」
「……そうだな」
「……ええ」
裕二が言う事も尤もだろうけど、気が滅入る話だ。
生物が爆散死する光景にも慣れておかなければならないなんて、下手をしなくてもトラウマレベルの話だ。しかし、否定しようがない事実と言うのが、更に救い様がない。
これも序盤でレベルが高過ぎる弊害の一つだろうか?少なくとも、他の探索者達の様に順序立てて強くなっていけば、敵対しているモンスターが1撃で爆散する事態に遭遇する事はないはずだからな。
俺は溜息を吐きつつ、気の進まない提案をする。
「じゃぁ、なれる為にも、もう何体かに蹴りを入れる?」
俺は上げた右足をプラプラとさせながら、二人に意見を聞く。内心、断ってくれたら良いなと少し思いつつ。
しかし、まぁ、その願いは叶わなかったけど。
「……そうだな」
「……ええ」
「……分かった」
消極的な賛成だったが、3人の意見が揃った以上やるしかない。
はぁ、カエルどこに居るかな?
ジャイアントフロッグや他のモンスターをミンチに変えた後、俺達は探索を終了した。
久し振りに、胃の中の調子が悪い。嘔吐こそしなかったが、今日は食欲不振確定だな。剣や槍で切り殺したり突き殺す方法って、結構綺麗な殺し方だったんだなと実感するとは思っても見なかったな。
予想通り、俺の蹴りに耐えられる様なモンスターはいなかった。例外としては、オーク等の大型モンスターだ。自重ゆえ吹き飛び壁にぶつかって爆散こそしなかったが、蹴りを入れた腹が爆散し上半身と下半身に分断するという事態が発生。中身が漏れてきて、別種のスプラッタシーンが誕生した。しかも、オークが即死せずそのままの状態で床を暫く俺達に向かって這いずり寄って来る光景は、軽くホラーだった。アレには、恐怖と嫌悪感を感じたのを覚えている。
まだ壁にぶつかって、爆散してくれた方が見るに耐えられた。
「今日は思い掛けず、とんでも無い探索になったな」
「ああ、そうだな。ここ最近では一番キツかったぞ」
「ええ。正直、暫くお肉は見たくないわ」
「そうだね」
今日明日は、スーパーの精肉コーナーに近寄れないな。見たら今日のスプラッタシーンを思い出す、絶対。
「それにしても、爆散したモンスターの肉片に剥ぎ取りナイフを刺してても効果が無いと言う事が、早い段階で分かったのは良かったよ。これからは、モンスターの倒し方についても考えないといけないからね」
前に沙織ちゃんと話した時に思いついた推論は、どうやら的を射ていたようだ。爆散したモンスターからは、何もアイテムがドロップしなかった。剥ぎ取りナイフを使っても一度もドロップしなかったところを見ると、やっぱりモンスターを倒すまでに負わせた損傷率がアイテムのドロップ率に関係しているらしいな。爆散て事は損傷率100%、つまりドロップ率は0%って事になるだろうし、そうなると剥ぎ取りナイフで幾ら確率補正があったとしても無駄って言うものか。0には何をかけても0だからな。
この辺も後日検証しておかないといけないな、要確認事項だ。
「そうね。苦労してモンスターを倒しても、アイテムがドロップしないとなったらたまった物じゃないものね。只働きはゴメンよ」
「ダンジョン探索にも、それなりに経費が掛かるからな。丸損て言う事態は、流石に勘弁してもらいたいな」
「そうだな」
裕二の言う様に、ダンジョン探索にはそれなりに金が掛かる。ここに来るまでの交通費に飲食代、装備品の整備費用など、安く済む物から高額出費まで。今は日帰りでダンジョン探索を済ませているので、宿泊費用等は考慮せずに済むのが幸いだ。
しかし、最低でも1回のダンジョン探索で、1万円程度はリターンが無いと収支のバランスが辛いからな。
俺達は駄弁りながら、1階層に上がった。階段付近に他の探索者が居ない事を確認し、俺は柊さんに声をかける。
「さてと、ダンジョンを出る前に……柊さん。洗浄魔法をお願いしても良いかな?」
「ええ、良いわよ。二人とも、そこに並んで」
俺と裕二は柊さんの指示に従い、2m程距離を取って柊さんの前に立つ。
「行くわよ。“洗浄”」
俺と裕二に頭上から、光の粉が降り注ぐ。5秒程で光の粉は消えたが、返り血や汗で汚れていた俺達の体は入浴と洗濯をしたかの様に綺麗になっていた。ここ最近熟練度上げを頑張っていた、柊さんの成果だな。
俺と裕二が互いに汚れのチェックをしている間に、柊さんは自分の洗浄も済ませていた。
「ありがとう柊さん。それじゃ裕二、はい何時もの」
「ああ、分かった」
俺は空間収納から保冷バッグを3つ取り出し、一つを裕二に渡し残りの2つを俺が担ぐ。柊さんには万全の態勢を整えて貰い、周辺警戒をして貰わないといけないからな。
いくら弱いモンスターの上、出現数が少ない1階層とは言え、最低限の備えは必要だ。ここまで戻って来て、モンスターに後れを取るなんて嫌だからな。
「さっ、行こう」
「ああ」
「ええ、行きましょう」
早足で1階層の最短距離を進んだ俺達は、モノの5分と掛からず1階層を抜けダンジョンを出る。
ダンジョンを出た後、俺達は手早く着替えと換金を済ませ、報酬の分配を行う。最近は柊さんがオーク素材全般を、俺と裕二はオーク素材以外のドロップアイテムの換金代金を分けあうと言った流れだ。少々俺と裕二に数万円分ほど配分が傾いているので、差額分を柊さんに渡そうとしたが柊さんは手間賃だと言い断るので、差額分はパーティー資金として今の所プールしている。
配分を終え、最寄り駅行きのシャトルバスに乗り帰路へと就いた。
今日は色々あって疲れたよ、ホント。
頑丈さが足りなかったら、壁に叩き付けられた水風船見たいに爆散しますよね?