第372話 自制心は大事
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いっぱい仕入れたドロップアイテムの買取額に期待し、ホクホク顔で帰路につく美佳と沙織ちゃん。まさかの4回連続で利用出来たトラップ部屋戦の成果は、かなりの物になる。
無論、コアクリスタルなんかの余りお金にならないアイテムも結構出たが、それ以上に高価値換金アイテムが色々と手に入った。
「いやぁ、大量大量。コレは期待出来るね!」
「うん! 今日は1回でもトラップ部屋で練習出来れば良いかなって思ってたから、まさかこんなにドロップアイテムをゲット出来るなんて思っても見なかったよ!」
道中モンスターの奇襲を警戒はしているモノの、美佳と沙織ちゃんの足取りは軽く浮ついているように見える。嬉しいのは分かるが、帰り道こそ気を付けないと時に大火傷をする事になりかねない。
なので……。
「おおい美佳、沙織ちゃん。嬉しいのは分かるけど、周辺警戒が疎かになってるぞ?」
「そうだぞ、2人とも。そんなに浮ついてると、トラップの見落としや襲撃への対処が遅れて痛い目を見るぞ?」
「嬉しいのは分かるけど、大成果を上げた時こそ普段以上に周辺に気を配らないとダメよ。ほら良く、帰るまでが遠足だって言うでしょ?」
「「あっ」」
喜んでいる所に水を差すようで心苦しいが、落ち着かせる為に俺達3人で注意しておく。戦闘力的には軽い不意打ち程度なら多分大丈夫だろうが、もっと下の階層を探索するようになった頃に今のような状態だと最悪致命傷になりかねないからな。注意できるときに注意しておくに限る。
そして俺達に今の状態は拙いぞと注意された美佳と沙織ちゃんは、一瞬驚いた表情を浮かべた後、気まずげに視線を逸らしつつ意気消沈した。
「大量のドロップアイテムが手に入って嬉しいのは分かるけど、喜ぶのはダンジョンの外に出るまでお預けだぞ。先ずは怪我をせずにダンジョンから出る事、それが優先だ」
「「はぁい……」」
少々不満げだが自分達の行動の至らなさは理解はしているらしく、美佳と沙織ちゃんは素直に返事を返してきた。いや本当、嬉しい気持ちは分かるんだけどね。
「良し、じゃぁ気を付けながら帰ろう」
「「はい!」」
美佳と沙織ちゃんは静かに頷くと、先程までの浮ついた感じは消え注意深く周囲を探りながら一歩一歩確実に足を進め始めた。
うん、どうやら大丈夫そうだな。
トラップ部屋を出て歩く事2時間、特に寄り道をする事も無く移動の流れに乗ったので結構早くダンジョンの外に出られた。とは言っても、上層階は混んでいるので8階層上がるだけで2時間も掛かってしまったんだけどな。夏休みに比べればまだマシだけど、本当にどうにかならないかな、この移動時間……。
「ふうっ……ようやく出られたな」
「夏休み明けで少ないとは言っても、コレだからな……まぁ普段に比べればマシなんだろうけどさ」
「上層階の混雑は仕方ないわよ、中は広くても結局出入り口は一カ所しか無いんだし……一カ所に人が集中すればこうなるわ」
確かに柊さんの言う通り、混雑の原因は一カ所しか出入り口が無いのが問題なんだよな。出入り口が複数箇所あれば、分散して入退場出来るから行列も少しは解消出来るのかもしれない。
とは言っても、それはそれで怖いからやっぱり出入り口はダンジョン1つに付き一つの方が良いか……。
「やっと出れたね」
「凄く時間掛かったよ」
愚痴を漏らしつつ少し疲れた様な雰囲気を出している美佳と沙織ちゃんだが、ダンジョンを出ると同時に若干嬉しげな表情を浮かべていた。既にダンジョンを出たので、もう嬉しさを抑える必要は無いからな。存分に喜んでくれ。
「さて、無事にダンジョンも出られた事だし、さっさと着替えを済ませてしまおう。まだまだやる事もあるしな」
「そうだな。今日は大成果だから、査定にも時間掛かるだろう」
「そうね。楽しみの為にも、早く着替えは済ませてしまいましょうか」
「うん!」
「はい!」
ドロップアイテムの査定額に期待する美佳と沙織ちゃんは、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
そして衛生エリアを抜けた俺達は更衣室の前で別れ、それぞれ着替えを済ませる。先に着替えを済ませた俺と裕二は、更衣室近くの待合席に座りながら暇潰しがてらに今日の探索について話し合う。
「それにしても、今日は本当に運が良かったな。まさかトラップ部屋を、連続で使えるとは思ってもみなかったよ」
「そうだな。まぁそのお陰で、美佳ちゃん達には良い練習になっただろうさ」
「ああ、対多数戦は不安だって言ってたけど、今日の練習で自信も付いただろう。それに、今回は豪華なお土産付きだ」
豪華なお土産、多分査定額は百万は超えるだろうな。
「豪華なお土産か……ソレで変な味を覚えなければ良いんだけどな。大樹、ちゃんと2人には忠告しておけよ?」
「もちろん。コレで欲に目が眩んで無謀な探索をするような事は、絶対にしないように言い聞かせるつもりだよ」
たまたま大勝ちした事を切っ掛けに、あの幸運よもう一度と縋る……ギャンブルに嵌まる典型的なパターンだからな。普通のギャンブルの場合は掛けるモノはお金になるが、探索者の場合は探索者の命だ。1度の幸運に味を占めて……と言うにはリスクがかなり高い。
美佳達も探索者を始めて初めて大金を得る訳ではないので大丈夫だろうが、もう一度厳しく念を押しとかないとな。
「今回はたまたま運が良かっただけだ。今回みたいなのをもう一度と思ってやったら、無謀な探索を繰り返した上で大怪我をするだろうからな」
「そうだね。今回みたいな数のモンスターとトラップ部屋無しに戦おうと思ったら、十数回戦うしかないかな? 今の上層階のダンジョン事情を考えると、かなり厳しい回数だね」
「まぁ、最低でもそれ位は掛かるだろうな。戦う回数が増えれば増えるだけ怪我のリスクは上がる。その上、俺達みたいな学生系探索者の多くは1回の探索で潜れる時間に制限があるから、戦闘回数を熟そうと思えば休息時間を減らし、無茶攻めをして戦闘時間を削るしかなくなるからな」
「そして欲を掻いて無茶をして戦った結果……とかってなったら最悪だよ。うん、美佳達には厳しく忠告しておかないとね……はぁ」
俺はこの後、ドロップアイテムの査定を終え喜び舞い踊っているであろう美佳達の姿を思い浮かべつつ、言い聞かせるのは難儀だなと思わず溜息を漏らす。いや、査定する前に軽く言っておくのも手だな。
そして暫く裕二と話しながら待っていると、更衣室から柊さん達が出てくる姿が見えた。
「お待たせ、遅くなったわね」
「そんなには待ってないよ。それじゃぁ皆揃った事だし、お待ちかねの査定の方に行こうか?」
「うん!」
「はい!」
俺と裕二が待合席から腰を上げながらコレからの予定を口にすると、美佳と沙織ちゃんが目を輝かせながら元気よく返事を返してきた。
今回の探索は稀に見る大成果だ、やっぱり査定額を期待せずには居られないよな。
ダンジョンの入り口がある建物を出て、換金受付がある建物へ向かう道すがら、俺は先程裕二と話し合っていた事を口にする。
今回の換金結果を知った美佳と沙織ちゃんが、舞い上がり欲目をかきすぎないように忠告する為だ。
「ああ、そうそう。2人には査定前に言っておかないといけない事があるんだけど……いいか?」
「言っておかないとイケないこと?」
「何ですか?」
「ゴホンッ、今回の探索は大成功だった。元々の目標も達成した上、豪華なお土産も確保したからな」
先ずは今回の探索成功について褒めておく。俺の称賛の言葉を聞いた美佳と沙織ちゃんは、一瞬驚いた様な表情を浮かべたがすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「だが、今回の探索における一番の問題……課題か? 課題はまだ残っている、何か分かるか?」
「課題? うーん、何だろ?」
「課題ですか……この後と言うと、後はドロップアイテムの査定しかありませんよ?」
「そう、それが正解。残る課題ってのは、査定及び換金の事だ」
「「??」」
美佳と沙織ちゃんは俺の言っている言葉の意味が解らないのか、首を傾げながら裕二や柊さんの表情を伺っていた。まぁ、その反応も無理ないか。
俺は軽く咳払いをし、2人の思念を俺に引き戻してから話を続ける。
「査定と換金が課題だと言ったのは、今回の成果が成果だからだ。詳しい結果は鑑定待ちで分からないけど、恐らく今回のドロップアイテムの査定結果は数百万になると思う。多分2人で分割しても、一人頭百万を超えるだろうな」
「「百!?」」
俺の推測を聞き、美佳と沙織ちゃんは目を見開き驚愕と言った表情を浮かべた。まぁ今まで良くて二人で数十万の稼ぎだった所に、いきなり一人頭百万超えのお金が手に入ると言われたら驚きで硬直するよな。
でも、恐らく今回のドロップアイテムの内容を考えると、百万超えは難しくないだろう。
「だからこそ課題なんだ。今回の事を今回は運が良かっただけなんだと割り切る。実際に換金したお金を手にした時に、こういう風に考えられなかったら後々の探索でも、今回みたいな高額ドロップをって考えに何時までも取り憑かれる事になるからな。それがどれだけ危ない考え方なのか、二人は分かるか?」
「……欲目をかいて無茶をするようになるって事?」
「儲けようと思って、実力に合わない探索をするようになるって事ですか?」
「正解」
俺の問いに少し考えてから、美佳と沙織ちゃんは探るような眼差しを向けつつ答えを口にする。
そしてその答えを聞き、俺は表面に出さないようにしながら内心安堵した。舞い上がっていそうな姿を見ていたので心配だったが、どうやら大丈夫そうだと。
「苦労して手に入れたドロップアイテムが高額査定され、大金が手に入る事を喜ぶ事は間違ったことじゃない。探索者としての仕事の正当な報酬だ、寧ろ誇って良い事だ。但し、喜び誇る事と、舞い上がって欲目をかく様になる事は一緒じゃない。欲目をかいて無茶をするようになれば……分かるだろ?」
「うん」
「はい」
俺の忠告を聞き、先程までの査定に期待してウキウキとしていた雰囲気は消えうせ、しょんぼりとしている美佳と沙織ちゃん。二人の姿を見ていると心苦しくなってくるが、言っておかないと後々支障が出てくるかもしれない事だからな。
そして俺は落ち込んでしまった二人を励ますように、努めて明るい口調で話し掛ける。
「まぁ要するに、自制心は大事って事だ。今回の探索の結果、二人は今までには無い大金を手にする事になる。だけど、それの扱い方、受け取り方次第で二人のコレからを狂わせる可能性を秘めているって事は重々承知しておいて欲しい」
「うん」
「はい」
と言った感じで話している内に、換金受付のある建物に到着した。
さぁて、幾らの査定になるか楽しみだな。
受付待ち番号札を受け取ると、どうやら俺達の順番は3組後らしい。昔に比べて受付窓口も増えているので、3組待ちぐらいならすぐ順番は回ってくるな。
そして俺達は受付近くの壁際に待機し、番号が呼ばれる事を待つ事にした。
「今日はココも思ってたより利用者が少ないな」
「そうだな。俺達も今回は少し早く引き上げてきたし……うん、今回は本当に運が良かったって事だろうな」
「ははっ、こうなってくると反動が怖くなるな」
「まぁ、なる様になるさ」
と言った感じで雑談をしながら暇を潰していると、5分と経たずに俺達に査定順が回ってきた。
「「お願いします」」
「はい。では、カードと査定物の提出をお願いします」
今回のメインは美佳と沙織ちゃんなので、少し緊張した面持ちで二人はカードと今回の探索で得たドロップアイテム群を査定受付台の上に並べていく。スキルスクロール5本、マジックアイテム4つ、薬瓶十五本、その他モンスター肉やコアクリスタルが複数個である。
次々と並べられていくドロップアイテムの数に、受付係の人も軽く目を見開き薄く驚きの表情を浮かべていた。
「コレで全部です」
「お預かりします。査定の方に入らせて頂きますので、暫くお待ち下さい」
ドロップアイテムを提出し終えた俺達は、一旦査定窓口を離れる。査定にどれくらい掛かるか分からないからな。まぁ、今回はスクロール系の鑑定待ちの品が多いから、そんなに時間は掛からないだろけど。
そしてその予想は当たり、俺達はすぐに呼び出しを受け査定結果を受け取る事になった。
「今回の提出されたアイテムの査定結果ですが、鑑定の方に回す品々以外の物の査定になります。スクロール等の査定結果は、後日通知が届くと思いますので手続きをお願いします」
「はい」
「では、コチラが今回提出して頂いた鑑定持ち越し品以外の査定額になります。コチラでよろしければ、サインをお願いします」
受付係の人に渡された明細表を見てみると、そこには1万3千円と言う査定額が記載されていた。鑑定待ち品以外のモノの査定額と言えば、まぁまぁの額かな。
そしてそれは美佳達も同じだったらしく、二人は視線でこれで良いと合意した後に美佳が代表し書類にサインをした。
「ありがとうございます。では買取金の方は分割し、お二人の口座の方に振り込ませて頂きます。鑑定待ち品の査定通知は後日、2、3日中に届くと思いますので、お手続きの方よろしくお願いします。御利用、ありがとうございました」
「「ありがとうございます」」
こうして今出来る査定は終了、最終結果は後日となったが……うん、どうなる事やら。スキルスクロールやマジックアイテムは少なくとも1つ十万は超えるだろうから、回復薬系を加えると百万超えは確定。後は内容や機能で変動するので幾らになるかだ、まぁ期待して良いだろうな。
いやホント、今回の探索は運が良い。




