第371話 お土産は期待出来るかな?
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俺達の見守る中、美佳と沙織ちゃんはゴブリン達との戦闘を開始した。2人は先ずゴブリン集団の外側に位置する5匹ほどの小集団……集団Aとするか。包囲されないように別集団の動きに気を付けつつ、集団Aに狙いを定め攻撃を始める。
うん、正解だ。集団戦を行う場合、相手に囲まれないようにする事が重要だからな。
「行くよ、沙織ちゃん!」
「うん! 手早く片付けちゃおう!」
「私は右端から行くから、沙織ちゃんは左側からお願い!」
「任せて!」
美佳と沙織ちゃんは一気に集団Aとの距離を詰め、槍の射程に入ると同時に攻撃を始めた。
「やぁっ!」
「えいっ!」
美佳と沙織ちゃんが繰り出した槍は狙い違わずゴブリンの眉間を貫き、貫かれたゴブリンは一瞬苦悶の表情を浮かべた後、体から力が抜け始め姿勢が崩れ始める。
そして2人はゴブリンの眉間を貫いた後、素早く槍を抜き隣で突然の強襲に慌てるゴブリン目掛けて素早く槍を繰り出す。一息で2殺か……中々の連続攻撃速度だな。
「ラスト!」
そして美佳は強襲の驚愕から立ち直り迎撃の体勢を整える前に、最後のゴブリンの眉間を槍で貫いていた。集団戦は苦手と言っていたのに、相手に反撃の暇も与えずに全滅させられてるじゃないか。
まぁ、まだ初撃で小集団を一つ潰しただけだから、この後も上手く出来るか分からないけど……この手際なら大丈夫だろうと思えてくる。
「良し、次に行くよ!」
「うん!」
美佳と沙織ちゃんは地面に倒れ伏した集団Aを一瞥した後、次の目標、集団の後方に居る7匹の小集団……集団Bに向かって走り出した。相手はまだ集団Aへの強襲に対する驚きが残っているのか、美佳達への対処する動きが鈍い。どうやら美佳達はゴブリン集団が統制を取り戻し体勢を整える前に、出来るだけ外側から相手戦力を削っていく作戦をとる様だ。
そして美佳と沙織ちゃんは集団Bとの距離を詰めて行くが、流石にゴブリン集団も強襲の驚愕から落ち着きを取り戻し迎撃態勢を整え始めていた。
「沙織ちゃん! 右端の2体を倒した後、私は他の集団へ牽制するから残りをお願い!」
「任せて! 美佳ちゃん、無理はしないでね!」
「うん! 牽制と言っても遠距離攻撃でチクチクするだけだから大丈夫だよ!」
どうやら目の前の集団の動きだけでは無く、他の集団の動きにも目はいっているようだ。集団戦において目の前の戦闘だけに集中しすぎると、視野狭窄に陥って見ていないといけないモノを見落とすって事がおきるからな。目の前の敵集団を倒したと思ったら他の敵集団に囲まれ進退窮まっていた、なんて事例は幾らでも耳にした。
その点を思えば、美佳と沙織ちゃんは目の前の戦闘に集中しつつ周りを見渡すと言う、集団戦における基本は出来ていると言える。
「やぁっ!」
「えいっ!」
先程の集団Aとの戦闘と同様、美佳と沙織ちゃんは左右の端からゴブリン達に攻撃を仕掛け仕留めていく。素早く眉間を一撃で貫き、迎撃態勢を取っているゴブリン相手に反撃の暇も与えない。
そして美佳は右端のゴブリン2体を倒した後、バックステップで軽く集団Bから距離をとり牽制行動に入る。
「えいっ!」
美佳は腰のポーチに右手を入れ中から投矢を取り出し、集団Bの援護に入ろうとしている6匹のゴブリン集団……集団Cに目掛けて腕を振り抜いた。投げられた矢は真っ直ぐゴブリンへと向かって飛翔し、狙い違わず駆け寄ってきていた先頭のゴブリンの胸の中心に突き刺さる。胸に投矢が突き刺さったゴブリンは痛みに耐えきれず、苦悶の表情を浮かべながら転倒。先頭を走っていたせいもあり、運良く後ろに付いてきていたゴブリンを巻き込みながら盛大な将棋倒しを起こした。
こうして、美佳は見事に援護集団の足止めに成功する。
「美佳ちゃん、コッチも終わったよ!」
「了解! じゃぁ次は、そこで倒れてる集団は無視して、アッチの動きを止めてる方を先にやるよ!」
「えっ!? そこの倒れてる方じゃなくて良いの!?」
「うん! 向こうを先にやった方が、今ならコイツらに援護に入られる心配が少ないから!」
「なるほど! 了解、じゃぁ急ごう!」
理由を聞いた沙織ちゃんは美佳の意見に納得し、将棋倒しを起こし転んでいる集団Cを無視して少し離れた位置に居る7匹のゴブリン集団……集団Dに狙いを定め早足で移動を開始する。集団Cが態勢を整え直すまでに、集団Dを潰す為だ。
うん、その選択が正解だ。今なら集団Cは短時間ながら行動不能。確かに仕留めるには簡単な場面だが、無傷の集団Dが確実に援護に入ってきて悪ければ乱戦、集団Cが素早く態勢を整え直したら挟撃の危険さえ出てくる。安全性を取るなら、先ずは集団Dへの攻撃からだ。
「苦手だと言っていた割に美佳のヤツ、中々上手い立ち回りをするじゃないか」
美佳の判断に感心し、俺は思わず独り言を漏らしてしまう。
「そうだな。特に今の美佳ちゃんがした優先順位の判断なんか、周りがよく見えてないと中々出来るモノじゃ無いぞ。普通なら沙織ちゃんが言うように、目の前の敵を倒すチャンスに飛びつきたくなるからな」
「確かに今は対多数戦の経験が少なくて不安でしょうけど、数を熟して自信を持てるようになれば優秀なリーダーになれるわ」
「ははっ、そうかもね」
そして俺の独り言に反応し、裕二や柊さんからも高評価を美佳は貰えていた。目の前で妹が友人達からベタ褒めされると、何となく照れ臭く感じるな。
とまぁ、そんな遣り取りをしつつ視線を美佳と沙織ちゃんに戻すと、2人は既に集団Dのゴブリン達を倒し終えていた。
「コレで残るのは、あそこの6体だけ!」
「もう少しだね、頑張ろう!」
集団Dを倒し終えた美佳と沙織ちゃんは、漸く将棋倒しから立ち上がり態勢を整えようと四苦八苦している集団Cのゴブリン達を見定めながら、もう一踏ん張りだとばかりに気合いを入れ直していた。
まぁ確かに集団の敵としては集団Cでお終いなのだが、仕留め切れていないゴブリンも居るだろうから、最後のゴブリンが粒子化するまでは気を抜かないようにな?
「行くよ、沙織ちゃん!」
「うん!」
美佳と沙織ちゃんは集団Cとの間合いを詰め、未だ立ち直り切れていないゴブリン達に切り込んでいった。
ゴブリン達との戦闘も終わり、地面に倒れ伏していたゴブリン達の粒子化も……今終わった。改めて振り返ってみると、戦闘を始めて正味10分と掛からなかったな。
視線を美佳達に向けると粒子化が終わった事を確認し、漸く大きく息を吐き出し緊張を解いている所だった。
「お疲れ様、2人とも。慣れてないって言ってた割りには、中々良い立ち回りだったよ」
俺は美佳達に歩み寄りながら、労いの言葉を掛ける。2人も俺が近寄って来ている事に気付き、ゆっくりと振り向く。
うん。呼吸は乱れてないみたいだから肉体的疲労はそんなには無さそうだ。若干疲れた様な表情を浮かべているので精神的に疲労してるって感じだな。
「ありがとう、お兄ちゃん。でも、今回はたまたま上手く出来ただけだよ」
「そうか? 3つ目に撃破する集団の優先順位を判断した時なんて、周りをよく見て冷静に判断出来てたじゃないか」
「アレはたまたま、相手が将棋倒しになってくれたから後回しでも良いかなっ……て。相手が転けてなかったら、私が足止めしつつ沙織ちゃんには援護か別集団の足止めをして貰ってたかな? でも、そうなると……」
「相手の方が数は多いから、結局は分散してそれぞれの集団と戦う事になってただろうな。1人で5,6体を相手にする事になるから、怪我を負うリスクは上がるな」
あの時将棋倒しが発生していなかったら、投矢で倒れたゴブリン以外の集団Cの残敵と美佳は交戦状態になっていただろう。その上沙織ちゃんもその時点では完全にB集団を倒し切れて居なかったので、集団Dへの牽制もままならず援護の機先も制せずに合流を許していた可能性は高い。
そうなったら十数体のゴブリンとの乱戦……うん、連携もままならない個人戦闘能力頼りに対多数戦って状況は望ましくないな。美佳達もそれなりに戦えるけど、一切怪我をせずに全てを相手取って討ち取れるかと言えば……難しいか? 下手をすれば、俺達も参戦しないといけなくなるかも……。
「うん。だから、今回は運が良かったかな、って」
「まぁそうだな。でも、その運を上手く使いこなせたって事は立派な事だぞ? 冷静に周りの状況を見てなかったら、その運も生かせないからな」
「うん」
ある程度戦い方は想定は出来るが、結局は臨機応変に対応するしか無いからな。突飛な事が起きたとしても、咄嗟に判断出来なければ意味は無い。特に対多数戦に於いては、対応力と判断力が求められるからな。
そして俺と美佳が話してる内に裕二と柊さんも近づいてきており、美佳と沙織ちゃんに労いの声を掛ける。
「お疲れ様、中々良い感じだったよ。自信が無いって言ってたけど、経験を積めば十分に対多数戦もやっていけるようになると思うよ」
「そうね。少しは心配してたけど、2人とも上手く立ち回れていたと思うわ」
「「ありがとうございます」」
美佳と沙織ちゃんは、裕二と柊さんの高評価なコメントに嬉しそうな笑みを浮かべる。
とは言えだ、良い気分になっている所に水を差す事になるが、言っておかないといけない事もある。
「とは言えだ美佳、沙織ちゃん。今回はあくまでも、自分達で出現の切っ掛けを作った上で広い部屋の中での集団戦だ。30階層までの戦いは基本、ココより狭い通路での戦いがメインになる。今回は部屋の広さを生かして、素早く移動して小集団を各個撃破する戦い方だったけど、通路だと中々取れない戦法だよ」
「うん」
「はい」
美佳と沙織ちゃんは少し落ち込んだような表情を浮かべる。少し可哀想な気がするが、今回と同じ戦法を通路でしようと思ったら、場合によっては痛い目を見る事になるからな。ちゃんと指摘はしておかないと……。
そして俺は一瞬通路の入り口の方に視線を向けた後、再び美佳達の方に視線を戻してから口を開く。
「だから今度戦う時には、自分達が相手に合わせて動くんじゃ無く、相手の動きを誘導する方法を試してみると良い」
「……誘導?」
「ああ。今回は上手い具合に小集団に別れて出現していたけど、一カ所に纏めて出現する場合もある。通路で戦う時なんかは、特に一方向から出現する事が多いからね。そうなった場合、十数体の敵と正面から戦う事になるけど、流石にソレは厳しい。だったらどうするか? ソレは相手をコチラに都合が良いように動かし、出来るだけ1度に戦う相手を少なくして戦うんだ」
「誘導して……」
美佳と沙織ちゃんは俺の話を聞き、考え込むように目を伏した。
いやホント、広範囲攻撃出来る手段でも持っていれば話は別なんだろうけど、そんな都合が良いモノは持っていない。攻撃魔法スキルを上げていけば習得出来るのかもしれないけど、今は無いので考慮にいれなくていいだろう。となると、出来るだけ多対一の状況は避け、1対1が連続する状況を作るのが対多数戦で取るべき戦法である。幸い探索者は持久力も強化されているので、持久戦もそこまで苦にはならないしな。
「幸い、今日は俺達の他にココを使うパーティーはまだ居ないようだ。他のパーティーが来るまで、暫く使わせて貰うとしよう。今言ったような事を、2人で工夫しながら色々と試してみると良い」
「うん」
「はい」
今日は運が良いんだか悪いんだか。少々面倒事に巻き込まれはしたモノの、全体的には運が良かったといえる。普段なら長蛇の順番待ちの列があるだろう場所を、連続で使用出来るんだからな。
と言うわけで、先程の戦闘の反省会をしつつトラップのリキャスト時間を待つ事にした。あっ勿論、ドロップアイテムは回収するけどな。
結局次のパーティーが中々現れず、俺達は追加で3回ほどトラップ部屋を使う事が出来た。お陰で美佳と沙織ちゃんは対多数戦にもある程度慣れ、最後の方はある程度ゴブリン達の動きを上手く誘導出来るようになっていた。
うん、やっぱり経験を積む事って大事だよな。
「さてと、じゃぁそろそろ帰るとしようか? 今回は沢山戦えたから、練習としては十分だろうしさ」
「そうだな。まさかココを4回も連続して使えるとは思っても見なかったからな、ホント運が良かったよ」
「そうね。普段なら長蛇の列に並んだ上で、1回使ってその日はお終いって感じでしょうから」
「お陰で対多数戦のコツが、何となくだけど掴めた気がするよ」
「まだまだ完全じゃ無いですけど、少しは自信が持てそうです」
美佳と沙織ちゃんは自信ありげな笑みを浮かべながら、何かが掴めた気がすると嬉しそうにしている。どうやら練習の成果はバッチリのようで、今日の目標は達成と見て良いだろう。
と言うわけで、俺達は満足げな表情を浮かべつつ帰路へと付いた。沢山のお土産を抱えて、な。




