第370話 対多数戦訓練
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援護報酬の話も終わり、助けた4人組のパーティーは地上への帰還準備を始めた。どうやら肉体的疲労は勿論、精神的疲労もあり今日は早々に引き上げるとの事だ。
まぁ俺達が援護に入らなかったら、かなりギリギリの戦いだったろうからな。少なくとも、誰かが大なり小なり怪我を負っていただろう。仕切り直しの為にも、1度引き上げると言う選択は有りだ。
「いやー、それにしてもホント助かったよ。あんな数のゴブリンが出て来たのは不運だったけど、君達みたいな強くて善良なパーティーが側に居てくれたのは幸運だったね。助けを求めたとしても、中にはすぐに援護に入ってくれないパーティーも居たりするからさ」
「えっ? そんな事があるんですか?」
「ああ、そんな事があるんだよ。と言っても勿論、本当に危なくなったら助けに入ってくれるんだけどね。いわゆる、報酬の釣り上げ行為ってやつさ」
「釣り上げ……ですか」
俺は帰還準備を進めるパーティリーダーらしき男性と、沈黙が続くのが嫌なので時間潰しがてらに雑談をしていた。その雑談の話題で援護報酬の話が持ち上がり、詳しく聞いてみると中々興味深い話が耳にとまる。何でも援護要請をしたとしても、報酬のつり上げの為に援護に入るのを渋るパーティーがいるそうだ。
基本的に他パーティーに援護して貰った場合、ドロップアイテムの一部を譲渡すると言うのがベターな報酬支払いなのだが……もっともっとと欲を掻く者は何処にでも居るらしい。
「ギリギリまで手を出さずに、高額報酬の支払いを要求してくるんだよ。例えば、ドロップアイテムの全譲渡とかをね?」
「全譲渡って、それは流石に強欲すぎるのでは……」
「ああ、本当にね。でも、モンスターに追い詰められ今にも袋叩きに遭いそうだったら? 目の前に、怪我で苦しむパーティーメンバーがいたりしたら? ついつい、そんな条件でも援護を頼んでしまうよね? しかも御丁寧に、戦闘終了後は素早く回復薬なんかで怪我に苦しんでいるメンバーを治してくれる……報酬が高すぎるって文句は言いづらくないかい?」
「うわぁ、それは……」
報酬のつり上げ行為に苛立ちを覚えるが、援護してくれた事実と素早く治療してくれたと言う事実……中々に強かというか、小狡い立ち回りをする輩がいるもんだな。
基本的に他パーティーに援護を要請するのは、追い詰められていたり勝てない敵と遭遇している場合だ。事前に合意……まぁ合意だな。合意の上で支払う報酬とは言え、アレな状況下で決められた高額報酬を持って行かれれば少なくない遺恨は残る。しかし、同時に小さくとも恩を売られたら? 内心はどうであれ、表立っての反発は抑えられる。何せ、助けた上に治療して貰ったという事実は事実だからな。仮に他のパーティーに愚痴を漏らしたとしても、自分達が身の丈に合わない探索をした結果だろうと切り捨てられるのがオチだ。
「まぁ褒められた行為では無いと思うけど、メンバーの誰かが大怪我を負ったりする前に助けに入ってくれる分マシなんだけどね。それに、逆に助けて貰ったのに報酬を値切るようなパーティーも未だに居るから……」
「ああ、それって助けを要請したくせに、“助けはいらなかった!”とか“勝手に手を出しやがって!”とか言い出す輩ですね」
「そっ、そう言う奴ら。確かに報酬を値切りたいって気持ちは分からなくも無いけど、援護に入ってくれるパーティーも相応の危険を承知の上で助けに入ってくれるんだから報酬の出し渋りはね……。仮に1度成功したとしても、次に援護要請をした時にソレを理由に断られる可能性だって出てくる。一時の利益を得る為に、自分達の首を絞める結果になったら意味ないよ」
「本当にそうですよね……」
パーティー制度が始められた最初の頃、そう言った輩が多く出ていたという話を聞いた事がある。色々揉め事を起こした結果、最終的には自浄作用が働き殆どの悪質パーティーは自然淘汰されたと聞く。
と言っても、新規パーティーがすぐに結成補充されるので、そう言う輩が居なくなる事は無いんだけどな。ソレに居なくなったのはタチの悪い悪質なパーティーであって、報酬について細々とした問題はまま発生している。危険を冒して得た報酬だ、誰だって無闇に稼ぎを減らしたくは無いからな。
「それを思うと、今回は本当に運が良かった。君達はすぐに要請を受け援護に入ってくれた上、正直しょっぱいドロップアイテムばかりだったのに文句一つ漏らさないでくれた。場合によっては、他のモノを要求されても仕方ないと思っていたからね……」
「まぁ査定に出すまで分かりませんけど、アレはアレで当たりかもしれませんし……」
「だとしても、数十体のゴブリンと戦って貰った報酬としては安すぎるんじゃないかな?」
「いえいえ、特に消耗も無いので報酬はアレで問題ありませんよ」
男性は申し訳なさと心配が混じった眼差しで俺を見てくるが、俺は苦笑を浮かべながら問題ないと返した。正直あの程度の戦闘なら、俺と裕二にとっては何ら負担になっていない。どちらかと言うと、余りのドロップアイテムのしょっぱさに報酬を受け取る事が申し訳なさすぎる。
そして暫く話している間に、彼ら4人組の帰還準備が整った。
「それでは、俺達はそろそろ出発させて貰います。本当に助かりました、援護ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
「いえいえ。では、道中お気を付けて」
軽く頭を下げながらお礼を述べた後、トラップ部屋を立ち去っていく彼らを俺達は見送った。
さてと、後はトラップのリキャスト時間を待って俺達の番だな。
部屋の外でトラップのリキャスト時間を待つ間、俺達は美佳と沙織ちゃんを中心に作戦会議を行っていた。
まぁ作戦会議と言っても、実際は単なる時間潰しの雑談なんだけどな。
「少々予想外の事があったけど、この後はトラップ部屋のリキャスト時間を待ってから美佳と沙織ちゃんに戦って貰うよ。俺達3人も一緒に部屋の中には入るけど、基本的に手出しはせずに見守っているから」
「うん!」
「はい!」
俺はこの後の予定について確認すると、美佳と沙織ちゃんは力強く頷きながら返事を返してくる。それに軽く頷き返しつつ、俺は視線を美佳達から外し裕二と柊さんに視線を向ける、
「裕二と柊さんもそれで良いよね?」
「ああ、勿論。二人がどれくらい出来るか見せて貰うよ」
「頑張ってね、二人とも」
「「は、はい!」」
薄らと笑みを浮かべながら放たれた裕二と柊さんの激励に、美佳と沙織ちゃんは若干緊張しつつ返事を返す。ここに来るまでの道程でも何度かモンスターとの戦闘は見ていたので、美佳と沙織ちゃんがどの程度成長したかは既に見ている。
後は今日の目標で課題、多数の敵との戦闘でどれくらい上手く立ち回る事が出来るのかをみるだけである。俺達が手を貸さないといけないと言う立ち回りは論外だが、一撃必殺を上手く熟せる立ち回りか、怪我を負う事無く立ち回れるか、返り血を受けずに倒しきれる立ち回りか等々……どのように立ち回りをとれるのか楽しみである。
「ああ、そうだ。念の為に言っておくけど今回の戦闘、もしかしたらゴブリンが数十体出て来るかもしれないって事を念頭に置いておけよ。どうも彼らの話を聞いた限り、理由は分からないけど普段よりかなり多くのゴブリンが出るみたいだからな」
俺は美佳と沙織ちゃんに、今回の戦闘における注意……懸念事項を改めて伝えておく。事前に万一の事態を予想しておけば、予想より遙かに多い敵が出現したとしても冷静に対処できるからな。先程助けた彼らも、予定外の敵の数に動揺し連携が乱れたので助けを求めるハメになったって感じだしな。横目でチラチラ見せて貰った感じだと、冷静に立ち回っていられれば時間は掛かっただろうけど対処できていたかもしれなさそうだった。まぁ、最後まで体力が持つかは分からないけどさ。
「うん、分かった。気を付けておくよ」
「はい。でも、あんまり多く出て来たら……」
「ああ勿論、あんまり多く出て来たら俺達の方で少し数減らしはして調整はしておくよ。練習で来てるのに、過剰な数の敵は相応しくないからね。裕二も柊さんもそれで良いよね?」
前提として、今回の戦闘には手を出さず見学していると言っていたので、練習に相応しくない数が出たら狩っても良いよな? と裕二と柊さんに確認を取る。
「それが良いだろうな。流石に対多数戦の練習に来てるのに、敵が多すぎたら練習どころじゃ無くなる」
「そうね。練習目的なら、程々の数と戦うのが良いわ」
「そうだね。じゃぁどのくらい出て来たら手を出して、どのくらい残したら良いかな?」
敵の数調整には賛成してくれたので、具体的にどれくらい残すのか3人で相談する。
「そうだな。道中の戦いっぷりを見せて貰った感じだと……20体前後が良いんじゃ無いか?」
「私は2人なら30体前後でもイケると思うわ。でも……最初だから広瀬君が言うように20体前後が良いかもしれないわね」
「俺も今回の戦闘では20体前後が良いと思う。十数体だと多分、手間取るかもしれないけど苦戦はしないだろうからな。練習なら、多少苦戦した方が良い経験になると思う」
だいたい皆、20体前後が良いんじゃないかと意見が揃う。対多数戦に慣れていないという2人が、多少苦戦するだろうと言うラインだ。
と言った感じでだいたい話が纏まったので、俺は美佳と沙織ちゃんに視線を向け話し掛ける。
「まぁ、そういった感じだ。2人には20体前後のゴブリンと戦って貰おうと思うけど……いけそうか?」
「20体……うん、やってみる」
「……やります」
俺が確認を取ると、美佳と沙織ちゃんは気合いの入った表情を浮かべながら力強く頷きつつ短く返事を返してきた。難しいだろうが、やってやると言う気迫が伝わってくる。
そして程良く緊張感を保ちつつ雑談をしつつ待っていると、トラップ部屋のリキャスト時間が経過した。
「そろそろ大丈夫そうだな、2人とも準備は良いか?」
「うん!」
「はい!」
「良し。じゃぁ、行くか」
と言うわけで、俺達は美佳と沙織ちゃんを先頭にしトラップ部屋の中へと足を踏み入れる。
慎重にトラップ部屋の中に足を踏み入れると、部屋の中央部辺りの床が薄く輝きを放っている。どうやらトラップは予定通り、無事に復活しているらしい。
と言う事は、すぐに始まるな。
「美佳、沙織ちゃん。すぐに始まるぞ、俺達は後ろで控えてるから頑張れよ」
「まず怪我をしない事を第一に考えて立ち回れよ」
「常に連携と逃げ道を考えておくのが集団戦でのポイントよ。敵に囲まれないように頑張ってね、2人とも」
俺達は入り口近くの壁際に移動しつつ、美佳と沙織ちゃんにアドバイスをしつつ見学の態勢に入った。
「うん、ゆっくり見ててよ!」
「はい、頑張ります!」
美佳と沙織ちゃんは部屋の中央に視線を向けたまま、応援の声を掛ける俺達に返事を返してくる。
そして美佳と沙織ちゃんはそれぞれ武器を構えつつ、俺達から距離を取るように部屋の中央部へと近付いていく。
「「!?」」
美佳と沙織ちゃんが入り口の壁際に居る俺達と、薄く輝く部屋の中央部と丁度中間あたりに近寄った時、それは起こった。薄く輝いていた床が一瞬輝きを増した後、床から這い出るようにして何かが出てこようとし始めたのだ。
「トラップが起動した、ゴブリン達が来るぞ!」
「うん!」
「はい!」
トラップの起動に驚き一瞬硬直していた美佳と沙織ちゃんに気付けの声かけをした後、俺は部屋に出現してこようとしているゴブリンの数に気を配る。
20体……30体近く出てくるようなら数を調整しないといけないからな。
「24、25体か……どうしよう? 2、3体削った方が良いのかな?」
「……いや、このままでも良いんじゃないか? 道中で見せた程の実力を発揮出来るのなら、多少の苦戦が苦戦するに変わるくらいだ、と思う」
「そうね……もう少し敵が居たら削った方が良いんでしょうけど、この数なら手を出さなくても良いんじゃないかしら?」
トラップの発動で出現したゴブリンの数は25体、削るか静観するか決めかねる微妙な数である。ゴブリン達が動き出す前に俺達は素早く話し合い、今回は静観と結論を出した。
少々訓練のハードルは上がったが、美佳達なら乗り越えられるだろう。と言う訳で……。
「美佳、沙織ちゃん! 俺達は手を出さないから、頑張れよ!」
「無理しなければいけるから、焦るなよ」
「頑張ってね、2人とも!」
このまま訓練続行だと、美佳と沙織ちゃんに伝えた。
「了解! じゃぁ行くよ、沙織ちゃん!」
「うん! 頑張ろうね、美佳ちゃん!」
美佳と沙織ちゃんは武器を構え、ゴブリン達の群れへと走り出した。
さぁ今日のダンジョン探索の目的、対多数戦訓練開始だ。




