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幕間 玖話 お肉を求めてダンジョンへ

お気に入り8660超、PV 2100000超、ジャンル別日刊7位、応援ありがとうございます。

 

  

  

 

 その日、私……柊雪乃は自分の耳を疑った。

 ダンジョンが出現したと言う放送を、政府の報道官が真面目な顔で流していたから。繰り返し放送されるその放送に、私は次第に本当の事なんだなぁと納得しつつ、一歩引いた気持ちでボンヤリとTVを眺めた。

 学校に到着するまでの私が道すがら、周りの会話に耳を傾けているとその多くの話題はダンジョンについての事。


「ねぇねぇ、朝のTV見た?」

「うん。ダンジョンが出たらしいね」

「でも、本当かな? ダンジョンなんてファンタジーな物が出るなんて……」

「エイプリルフールにしても時期ハズレだし、政府が冗談であんな事言わないと思うよ?」 


 などと皆、半信半疑と言った様子で話してはいたが、どこかダンジョン実在への期待感の様な物を抱いているのが見て取れた。まぁ、分からないでもないが、今は様子見といった所だろうか?何しろ突然の発表で、ダンジョンについての情報が少なすぎる。

 そして、学校に近付き学生の数が増えるに従い、ダンジョン熱とでも言う物が加熱しているのが分かった。生徒は友達や仲良しグループで活発にダンジョンについて話しており、ゲームや漫画知識をもとに話しているので些か過激と言うか向う見ずな内容が多く、教室に辿り着いても状況は変わら無かった。

 カバンを自分の机に置いて、グルリと教室の中を見回してみる。すると、深刻そうな表情を浮かべながら、ダンジョンについて話し合っている、男子二人組が目にとまった。確か、九重君と……広瀬君だったかな? 他の集まりと雰囲気が違っていたので、私は彼等に話しかける事にした。


「あら? 貴方達もダンジョン危険視派なの?」

「……柊さん?」


 名前を呼んでくれた。どうやら、私の名前は知っているらしい。入学式からまだあまり時間が経っていないので、会話も2、3度した位なので覚えていないか心配したのだが、杞憂だったようだ。


「さっきから皆あの調子なのよ。ダンジョンに興味があるのは分かるんだけど、如何にも現実のダンジョンをゲームや漫画に出て来る物と同一視しているらしいの。警察じゃなくて、自衛隊がダンジョン封鎖に出張っているって言う意味を考えて欲しいわ」


 ほんと困った物だと思う。

 彼らの話の中には冗談だろうが、封鎖を突破してダンジョンに入ろう等と言うものもあった。それは普通に不法侵入、犯罪でしょうが。彼らを見る目がどうしても、呆れた物を見るようになってしまうのは仕方がないと思いたい。

 九重君は時間が経てば彼等の頭も冷えるだろうと言っているが、ホントそうであって欲しいわ。

 その日の放課後に全校集会でダンジョンについての話があったのだが、実りある話は一切聞けなかった。

 

  


 

 

 

 

 ダンジョンブーム到来といった所だろうか?

 連日TVに雑誌、新聞にネットと言ったありとあらゆるメディア分野で、ダンジョン活用を推奨するような情報が流れている。


「まぁ、確かにコレだけ目に見える成果があれば、そう言う風に世論も動くわよね」


 朝食の後、私が広げた新聞の1面には新方式の発電方法、コアクリスタル発電成功の文字が躍っていた。未だ実験炉ではある物の100万kWh近い発電能力が有り、継続か撤廃で議論が分かれる原発の代替を担える将来性が十二分にある。何より絶賛しているのが、発電コストの安さ。従来の発電方法では大体1kWh辺り10~30円していた物が、0.1円以下になる計算だとの事。

 その上、放射線や二酸化炭素等の従来の発電方法が抱えていた問題点も無いとなれば、環境問題の面から見ても歓迎されている。新聞には原発廃炉支持者や環境保護団体も、コアクリスタル発電を支持しているとのコメントものっていた。

 

「電気代が100分の1以下になるって聞けば、一般大衆はダンジョンの活用に賛成するよね」


 新聞の内容も大体、コアクリスタル発電を歓迎する内容だった。同時に、発電実験が成功したコアクリスタル発電所を全国に複数建設する事業計画も発表されており、来年までには1000万kWhクラスの発電所を建設するとの事。

 直ぐに電気料金が下がることはないだろうが、数年後には電気料金の値下げは確実だろうと私は思った。

 1面に目を通し終わった後、新聞の次のページを開く。


「米国各地でダンジョンの開放を求めて、一般大衆による大規模デモ。中国では警告を無視してダンジョンに潜る民衆によって毎週大量の死亡者が発生、既に確認されているだけで2000人を超える、か。欧州の一部では、警備部隊と衝突し銃撃戦が発生して死傷者も出てるね」

 

 ウンザリする様な記事だ。日本では未だ大規模デモや警備部隊との衝突は発生していないが、この過熱具合だと何時大規模デモが起きる事やら……。

 学校でのクラスメート達の盛り上がり具合を見ていると不安になる。


「死傷者が出る様な所に入りたがるなんて、リスクを上回るリターンが大き過ぎるのかしら?」


 世間一般で知られているダンジョン産の物品は、全て高額で取引されている。それがこのダンジョン熱の原動力ではないかと思った。

 米国のSNSに載った金塊や、ロシアが売りに出した巨大ダイヤモンド。そしてなにより、動画サイトにアップされた魔法の動画。確かに惹かれる物ではあるが、命の対価として釣り合っているか私には疑問だ。

 しかし、世論は釣り合うか上回ると判断したからこその、このダンジョンブームなのだろう。

 

「まぁ、最終的には自己責任の領域だから、私が兎や角言う様な問題じゃないんでしょうけどね」


 半眼になりながら新聞の続きを読んでいると、お母さんが声をかけてくる。


「雪乃、そろそろ出ないと学校遅刻するわよ?」

「あっ、はぁい」 

 

 新聞を畳んでテーブルの上に置き、カバンを持って玄関へ行く。


「行ってきます」


 見送ってくれるお母さんに声をかけ、私は学校へ向かった。

 

  

  

  

  

 ダンジョンが出現してから半年後、ダンジョンが民間人にも開放された。日本ダンジョン協会が設立され、ダンジョン産のアイテム類が一般市場にも流通する様になり始める。高額ではある物の流通する様になり始めたソレらによって、私達の生活は緩やかではあるが変わり始めた。 

 そしてダンジョン協会が設立された1月後、私はお母さんからトンデモない提案を受けている。


「えっと、お母さん? もう一度言ってくれないかな……?」

「……雪乃、ダンジョンに行って来て貰えないかしら?」

「……」 


 絶句するとは、こう言う事だろうか?私の頭の中には何故?と言う疑問符が幾つも浮かび上がる。

 まさかお母さんからこんなセリフを聞くなんて……。学校で九重君や広瀬君とはたまに、ダンジョンの危険性や有用性について話していたけど、まさか自分がこう言う場面に直面するなんて考えてなかった。

 取り敢えず、私の正面で申し訳なさそうな表情を浮かべるお母さんから、どう言う事情でダンジョンへ行くと言う選択肢が出てきたのか理由を聞かないと。一度深呼吸をして、お母さんに質問を切り出す。


「……何で、って聞いても良いかな?」

「雪乃も最近、お店の近くにダンジョン産の食材を使ったラーメン屋さんが出来たのは知ってるわよね?お父さんが、敵情視察に行って来るって言ってたお店よ」

「ええ、知ってるわ。最近口コミで美味しいって評判になってるって言ってたわね」


 ダンジョン産の食材使用と言う物珍しさもあるのだろうが、ここ数週間の間、店先に連日で行列が出来ている。近所の同業者と言う事もあって、気にはしていたけど……。


「それでね?試食に行ってきたお父さんが帰ってくるなり“ウチでもダンジョン食材を使ったラーメンを作るぞ”って言い出したのよ」

「それと、私がダンジョンに行く事と、どう言う関係があるのよ? 普通に問屋さんから材料を仕入れれば済む事じゃない」


 確かにお父さんは料理バカって言えるほど、料理の事となると拘りを見せる人だ。ダンジョン食材を使った料理に衝撃を受け、自分もダンジョン食材を使うと言い出しても不思議ではない。現に過去何度か似た様な事をやらかしているし。 


「……それが問屋さんに問い合せた所、ダンジョン食材は今の所仕入れる数量が少なくてかなり高額になるって言われたのよ。ホント、聞いてビックリの値段よ」

「高額って幾らよ?」 

「……有名高級ブランド牛肉A5ランクと同じくらいかしら?」

「……えっ?」


 つまり、100g2000~3000円近くすると言う事だろうか?

 それをラーメンに使う?お父さんバカじゃないの?うちは高級料理店じゃなくて、庶民相手の町のラーメン屋よ?誰がそんな高級ラーメンを食べるのよ。


「お父さんに仕入れ値の事を言った方が良いんじゃない?」

「言ったわよ。私もお父さんに問屋さんに問い合わせた結果を、仕入れ値が高すぎて家で使うのは無理だって。でも……」

「……やるって言ってるの?」

「……ええ」


 最悪だ。こうなるとお父さんは、テコでも動かない頑固者になる。普段はお母さんや私の意見に流されるのに、料理に関してはこうだと決めたら絶対に意見を変えない。

 私とお母さんは深い溜息をつく。 


「そんなラーメン、お父さんは1杯幾らで売るつもりよ? 家に来るお客さんの客層だと、誰も頼まないわよ?」

「ええ、雪乃の言う通りよ。少なくとも2000円以上は貰わないと、採算が合わないわ」

「2000円……誰も食べないわよ、そんな高級ラーメン。ネタメニューよ」

「私もそう思うんだけど、お父さんが……」


 お母さんの浮かべる表情に、私は嫌な予感がした。


「値段は変えない。そう言うのよ、お父さんは」

「……はぁ!?」

「最近例の店にお客さんを取られて客足が落ちてるから、値段を変えたらお客さんが来なくなるって。ダンジョン産の食材を使うのはスープの材料だから問題ないっていってるのよ」

「ちょ、ちょっと待って。お父さんの言ってる事も分かるけど、そんな事したら……」

「売れれば売れるだけ赤字になるわ。仕入れ値が下がって、採算が合うようにならないのなら……」


 閉店、倒産。その2文字熟語が、私の頭の中に浮かんだ。


「確かにお父さんの言うように、これからダンジョン産の食材が多く流通する様になればお客さんの味に対するニーズも変わっていくわ。何の変化もなかったらお客さんも家のラーメンの味に飽きて、他の店でって客離れも進むはず。今の時期から材料費が高くてもダンジョン食材を採用するメリットは、確かにあると思うわ」

「でも、赤字を出すのが確定している様な物を……」

「貯蓄もあるから、半年位ならなんとか凌げると思うんだけど……」


 それまでに、ラーメンに使うダンジョン産の食材が値下がりしなかったら……。

 ……なる程。


「だから、私にダンジョンへって言う話に繋がるのね」


 お父さんが意見を変えないと言う事が決まっている以上、どうにかしてダンジョン産食材を安く仕入れる必要があると言う事だ。つまり少しでも仕入れを安くする為には……。


「ええ。雪乃も探索者資格試験を受けられる年齢じゃない? 探索者なら、ダンジョンから産出する品を安く買えるって特典があるって言うし」

「確かにそうTVや雑誌でも言っていたわね」


 確かに、探索者資格があれば協会員特典で問屋から買うよりダンジョン産食材を手に入れられるわね。

 でも……。


「でも、お母さん。ダンジョンにはモンスターが沢山いるのよ?」

「ええ。でも、TVや雑誌ではそれ程危ない様には言ってないじゃない? お父さんも、何人かで行けば大丈夫だろうって」

「……」


 お母さんの軽そうな口調で言い切る姿を見て私は思う、最悪だと。

 九重君や広瀬君と話していた様に、家の両親は世論誘導に見事に掛かっている口のようだ。お母さんやお父さんは、マスコミが作っている世論と言う流行を鵜呑みにしているらしい。


「TVでも高校生が多くダンジョンに行ってるって言うし、それなら雪乃にお願いしようって」

「……」

「だからお願い、雪乃。資格を取って、ダンジョンに行って来てくれないかしら?」


 お母さんやお父さんに悪気がない事は分かっているが、コレが娘を死地に送り込む提案だと言う事を理解していない事が悲しい。

 私はふと、九重君や広瀬君と話し合っていたことを思い出した。今の世の中の動きは、戦前に近いのでは無いのか?と。民衆は良く分からないまま世論と言う形の無い雰囲気に乗って熱狂し、企業は得られるかもしれない利益を皮算用し暗躍、世論に流されダンジョンを開放する政府。……的を射ている様にしか思えなかった。

 私は暫く沈黙した後、お母さんの顔を真っ直ぐ見て返事をする。


「……分かったわ。行くわ」

「ホント? 良かった。雪乃に断られていたら、銀行に融資の相談をしに行こうと思っていたのよ」


 台所に歩いて行く嬉しそうなお母さんの後ろ姿を見送りながら、私は深い溜息を吐いた。どうしようと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、学校の帰りに役所によって探索者試験の申込書を貰おうとしていると、私と同じ様に書類をもらっている広瀬君と出会った。ロビーの椅子に座って話を聞くと、広瀬君も私と同じ様に家庭の事情でダンジョンに潜る事になったとの事。私は広瀬君の話を聞き、丁度良いと思い一緒にダンジョンに潜らないかと誘った。返事はOK。ただし、もう一人一緒に潜るメンバーが欲しい広瀬君の提案で、よくダンジョンについて議論した九重君を誘うと言う事で話がまとまり、次の日の放課後、広瀬君と一緒に九重君を説得した末、九重くんも一緒にダンジョンに潜ってもいいと言う返事が貰えた。


「明日が探索者試験本番か。頑張らなきゃ」 

 

 筆記試験と実技試験の2部構成だった。筆記は何時もの学校の授業のようで簡単だったが、実技のトラップ講習には困った。あんな悪辣な罠が本当にダンジョンでもあるんだろうか?幸い、九重君がこういうトラップ物に強いらしく、軽々講習をクリアしていたのでダンジョンでは彼に任せよう。私程度が下手に手を出すより、九重君に任せた方がよっぽど安全だ。

 試験も終わり、無事登録を済ませ探索者になれた私達だが、武器が購入出来ないと言う事を知って広瀬君の家で武器を譲って貰う事になった。広瀬君の実家が本物の武術家だったと言う事を、私はこの時初めて知る。武人然とした広瀬くんのお爺さんの重蔵さんに、私は五十鈴と言う名前の槍を譲って貰った。手に持った五十鈴の良く切れそうな白銀の穂先を見て私は、自分がこれから何をしようとしているのかを改めて自覚し五十鈴の柄を強く握り締める。


「はぁ……トンデモない事を聞いたわね」

「そうだな。大樹の奴、もう少し早く相談してくれれば良い物を……」

「そうね。軽々しく口に出来なかったって言うのは分かるんだけど……」


 九重君の告白には、正直参ったわ。突然自宅にダンジョンがあると言われて、私達はどう反応すれば良いのよ?下手に騒ぐ事も出来ない案件だから、結局私達も秘密を守るって約束はしたけど……ああ、もう!

 まぁ、何れは何らかの形で公的機関に知らせる事になるかもしれないわね。九重君のダンジョンの価値を考えれば、バレれば国が直接動く筈だわ。あれだけ簡単にドロップアイテムが得られるんだもの、上手く条件交渉が纏まれば穏便に済ませられる筈よ、多分、きっと……だったら良いわね。はぁ……バレない事を祈るしかないわ。


「はぁ、こんな体たらくで大丈夫かしら……」


 初めてのダンジョン探索は散々な結果だった。装備品周りの不備は次回の探索までに修正すれば良い問題だが、本命の問題は別よ。生き物を自分の手で殺す事が、これ程精神的に来るなんて思ってもみなかったわね。料理の手伝いなんかで血には慣れているつもりだったんだけど……食材と生き物では大違いだったわ。九重君や広瀬君も結構参っている様子だったし。慣れるしかないんだろうけど、これから上手くやっていけるか些か不安になる出だしになってしまったわ。はぁ……。


「オーク肉……やっと手に入れたわ!」


 苦節3ヶ月。やっと目的だったオーク肉が手に入ったわね。ここまで苦労の連続だったけど、やっと努力が実を結んだわ。九重君と広瀬君には感謝の念が絶えないわね。2人と一緒にパーティーを組んでダンジョンを探索をしていなければ、オーク肉を得るのに何程時間がかかっていた事か……考えたくないわ。間違い無く倍で済まない時間が掛かっていた筈よ。今回の探索でオーク肉を私が持ち帰ったおかげで、家のお店の財政は一息が吐けたわ。二人も暫くの間、店で使う分のオーク肉を集めるのを手伝ってくれると言ってくれた。本当に彼らに協力を求めて、正解だったわ。

 この恩は何れ、絶対返さないといけないわね!

 

 

 

 

 

 

 

柊さんが、オーク肉を獲得するまでの過程です。



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― 新着の感想 ―
下手したら死ぬんやが・・・この両親・・・
大丈夫。 こうゆう人の意見全く聞かないで店を潰すオヤジさん本当にいるから
やっぱり赤字でも提供するは頭バグってるw 倒産したらその料理すらできなくなるのに、どうして強行するんだよw
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