幕間 五拾四話 夏の思い出は……
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雲一つない、青々とした夏空。公園に林立する木々から蝉が五月蠅いほどに鳴き、肌を焦がすような日差しが燦々と降り注ぐ。だが俺達は今、そんな物は障害にもならないぜとばかりに燃え上がっていた。
何故かって? それは……。
「野郎共! 夏休み終了直前、打ち上げバーベキューの始まりだぁ! 乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
夏休み期間中、高校のクラスメートの男5人でチームを組んで行ったダンジョン探索で予想外にタップリ稼いだ事を記念して開く、お疲れ様打ち上げバーベキューパーティーが始まるからだ。いやー、ヤッパリ長期休暇は良い。普段は学校があるから、今回の様にがっつりダンジョンに潜り続けるなんて出来ないからな。
そのお陰で、一夏で純益30万円近く稼げた。それもチームとしてではなく、一人一人がだ。
「いやぁ、がっつりダンジョン探索が出来れば、探索者ってこんなに儲かるんだな!」
「ははっ、そうだね。まぁ普段は学校があるから、どうしても土日以外は短時間しか潜れないから」
「とは言え、一月潜っただけでコレって、俺達ってかなり凄くないか?」
「そうだな。まぁ今回は、運良くマジックアイテムが高く買い取って貰えたからってのもあるぞ」
「運も実力の内って言うだろ? つまり、俺達の実力の賜って事さ!」
俺達はジュース片手に、今夏のダンジョン探索の成果について話を弾ませる。普段は学校があるのでどうしても非効率……翌日の事を考え控え目な探索しか出来なかったが、夏休み期間中は毎日土日並みの探索が出来た。1日8時間の探索……普段学校がある時じゃ出来ないからな。
流石にまだ泊まり掛けの探索が出来るレベルではないが、今回の探索のお陰でレベルも相応の物に上がったので近々行える目処は立った。泊まり掛け探索が出来るようになれば、ますます稼げるようになるな。
「うん、まぁ、確かに実力もあるだろうけど、過信は禁物だぞ? 自分達の実力を過信して、勝てない戦いで怪我をしてる奴らなんて幾らでも見たしな」
「ああ確かに、そんな奴等も居たな。手出し無用とか言って、最後は泣きながら助けを求めてきたヤツ。まぁ助けたけどさ……」
「アレは見てて、無いなと思ったよ。確かに、自信は持っても過信は禁物だな」
ばっちりフラグを立てお約束のような展開と結末を見せた、同年代らしき探索者チームの無様な姿を思い出し、俺達は自嘲気な笑みを浮かべ、ああは成りたくないよなと頷き合った。
そう言えばアイツら、助けてやったけど無事に戻れたんだよ、な?
「まぁそれはそれにして、やっぱり夏休み期間は人が多かったよな」
確かめようの無い嫌な予想が頭に浮かんだが、俺は軽く頭を左右に振り思い浮かんだ予想を振り払いつつ、話題を変えようと別の話題を振る。あの時名前もチーム名も聞いてないから、今となっては確かめようもないしな。なので、彼等は無事に地上に戻れたと思っておこう。
「ああ、それは俺も感じた。普段の倍は来てるんじゃないか?と思ったよ」
「夏休み期間中だからな、俺達のような学生が殺到したんだろ」
「そうだろうな。それに1年生も夏休みにもなったら結構な数誕生日を迎えてるだろうし、新規参入組も増えたんだろさ」
火が起こったバーベキューコンロの上に肉と野菜を置きながら、俺達は少々眉間にしわを寄せながら、ダンジョンの混雑具合に苦々しげな表情を浮かべた。昔……と言っても半年ほど前だが、1度人口集中問題で入場規制が行われた頃を思い出す。あの時に比べればまだマシな混雑具合だったが、夏休み何かの入場人口が急増しそうな時は、ある程度は規制を掛けても良いんじゃないかなとは思う。
確かに入場規制のせいで稼ぎは減るかもしれないが、人口過密状態でも稼ぎが減るのは同じだからな。
「おー、焼けた焼けた。頂きます」
網の上で炙られていた肉が良い感じに焼けたので、俺達は嬉々とした表情を浮かべながら次々に箸を延ばしていく。今回の探索では大儲け出来たので、肉は奮発し和牛の少し良いお肉を用意した。100g900円程したが、今回の儲けを考えたら大した額ではない……と思う。懐が温かいからと言って、調子に乗って散財しないように気を付けないとな。
俺達は焼けたお肉を取り皿のタレに漬け、肉汁滴るお肉を頬張った。
「おお、美味い! 流石和牛だな!」
「他の肉に比べて、高いだけあるな!」
「肉が軟らかいし、肉に旨味があるぞ!」
「ダンジョン探索頑張った甲斐があったな……」
「美味い美味い」
焼き上がった肉を次々頬張りながら、新しい肉を網に乗せ焼いていく。結構沢山用意したけど、このペースだとそう掛からず食べ切りそうだな。俺達は夢中で焼き上がる肉を次々食べていき、暫く碌な話もしないまま腹を満たしていく。あっ肉だけじゃなく、ちゃんと野菜なんかも食べてるからな。
そしてある程度お腹が満ちて落ち着きを取り戻した頃、俺達は会話を再開する。主に今後の活動方針についてだ。
「そう言えば、夏休み以降の探索はどうする? 前のようなスケジュールに戻すか?」
「前って言うと、平日は放課後にちょっと、土日はガッツリって感じにか?」
「夏休みが終わったら、時間的に今みたいな探索は出来ないからな」
「疲労を抜く為にも、休みも入れないといけないから今みたいなペースでは探索は無理だよ」
「疲労が溜まった状態で学校やダンジョンに行くのは、流石にな……」
「「「「「とは言え……」」」」」
俺達は一瞬顔を見合わせた後、示し合わせたように溜息を漏らしつつ愚痴?をこぼす。
「「「「「稼ぎが減るよな」」」」」
肉や野菜を摘まみつつ、俺達は頭を悩ませた。1度儲ける味を知ってしまったので、以前と同じ状況に戻る事に些か忌避感を覚えてしまうのだ。何せ夏休み前は、稼げたとしても一月に純益で十万円いくかいかないか程度だったからだ。目に見えて額の違う大金を手に入れてしまったので、どうしても俺達にはそれだけ稼ぐ能力があるのにな……と思ってしまう。
せめて今夏で稼いだのが倍程度の額だったら諦めも付いたかもしれないが、3倍近く違うからな。どうしても、惜しいなという気持ちが湧いてくる。そして暫く場に沈黙が広がった後、俺はとある意見を口に出す。
「土日、泊まり掛けで探索をやってみるか? 深く潜れば換金率の高いドロップアイテムも手に入るし、何より長時間探索出来ればそれだけレア物をゲット出来る確率も上がるしさ……」
「「「「……」」」」
俺の提案に皆一瞬、それだと言わんばかりの表情を浮かべたが、すぐに考え直したのか曇った表情を浮かべ視線を逸らした。泊まり掛け探索をするデメリットが浮かんだのだろう、俺だってデメリットを考え提案するのを躊躇したしな。
「確かにリスクもあるけど、やってやれない事はない……と俺は思う」
「いや、確かにやれるかどうかならやれるだろうけど……なぁ?」
「あっ、ああ。流石にいきなりってのは……」
「そ、そうだよ。それに泊まり掛けの探索となると、色々買い揃えないといけない物だって多くなるし……」
「で、でも確かに、何時かやる気ならレベルも上がってるし感覚が鈍る前に経験を積んだ方が……」
否定的な意見が多く出るが、賛同する声もあった。今の俺達は資金的に余裕が有り、新しい事を始めるなら今と言ったタイミングでもあると俺は思う。新しい装備品を買い揃えるにしても、資金的に余裕がないと買い揃えようという気が湧かないからな。
なので俺は、提案した理由として余裕がある内に始めるべきだと語った。すると……。
「た、確かに……。新しい事を始めるのなら、余裕がある内の方が良いかもしれないな」
「前にチラッとショップで見たけど、寝袋とかテントとかってそこそこ高かった様な……」
「で、でも、今なら資金的に余裕があるから買い揃えられるだろ? 何か変なのに使っちゃう前に、新装備に当てるってのは……まぁ悪くない選択じゃないかな?」
「そ、そうだよな。揃えるなら今だよな……」
どうやら説得に成功したらしく、泊まり掛けでの探索をすると言う方向に意見が傾いたようだ。実際問題、これ以上探索で成果を上げようとすると学校を辞めて専念するか、ダンジョン泊探索をするしかないからな。今の所皆、学校を中退して専念という考えはないので、ダンジョン泊探索しか選択肢はない。無論、以前の稼ぎで満足すると言うのなら話は別だけど……まぁ無理かな。
そして暫く話し合った後、俺達は今後の方針についての結論を出す。
「じゃぁ夏休み明けの探索は、ダンジョン泊探索に向けて準備を進めていくって事で……良いよな?」
「「「「賛成」」」」
若干不安げな色が混じる表情を浮かべた俺の問いに、真剣な眼差しを浮かべた全員が揃って頭を縦に振って同意した。一先ず穏便に、全員の意思統一が行われたと思って良いだろうな。
そして難しい話に結論が出た事で俺達は安心感から空腹感を覚え、再びペースを上げて肉や野菜を頬張り始めた。
難しい話も終わり皆でバーベキューを楽しんでいると、新しいバーベキュー客が到着したのが見えた。どうやら俺達と同年代で、男2人女5人の7人グループのようだ。しかも、女の子達は皆可愛いし。クソっ、何で俺達の所は野郎だけなんだ……羨ましい。
等と若干やさぐれた感情をいだきつつ、俺は時折、嫉妬と羨望が入り交じった眼差しを送りながら仲間とのバーベキューを楽しんでいた。すると……。
「どうやらあそこの奴らも、同じ探索者っぽいな」
「ああ、それもどうやら俺達より経験豊富な探索者みたいだぞ。ダンジョン泊の時、どんな食事をしてるのかって話してるのが聞こえてくるしさ」
「確かに所々聞こえないけど、そんな感じの話をしてるみたいだな」
マナー違反だが、興味ない素振りをしつつヒトの会話に聞き耳を立てる。どうやら男2人と女1人の3人が先輩探索者らしく、後輩の4人の質問に答える形で話をしてるらしい。漏れ聞こえる話を聞くだけで、ダンジョン泊探索は中々大変らしい事が察せられた。
だが、ダンジョン泊探索を目指す俺達としては凄く為になる話っぽいので、どうにか切っ掛けを得て経験談を聞かせて貰えない物かと思案していると……。
「ん? 何か凄い良い匂いがしてきたな……」
「ホントだな……」
鼻を鳴らして匂いを嗅いで見ると、凄く香ばしい芳醇と言える香りが漂っていた。何だ、この匂いは? 凄くお腹を刺激する匂いなんだが……。俺達は目の前の網で美味しそうな香りと脂を沸騰させながら焼ける和牛の事を尻目に、匂いの発生源を探る。……発生源は、あそこか!
発生源を特定し視線を向けると、ソコには先程のどうにか接触を持てないかと考えていた先輩探索者達の姿があった。
「……あれ、ミノタウロスの肉だってよ」
「ミノタウロスの肉って、あんな良い匂いがするのか。って言うかあの美味しそうなリアクション、俺も食べてみたい……」
後輩の女の子4人組が美味しそうにミノ肉を頬張る姿に、ついつい生唾を飲みつつ物欲しげな表情を浮かべ羨望の眼差しを送ってしまう。お願いしたら、一切れ譲ってくれないかな? 俺達はそんな事を考えながら、自分達の肉を食べる手を止め彼等がミノ肉を食べる姿を眺めていた。
まぁそのお陰で、網の上で焼いていたお肉や野菜が炭に変わっちゃったけどな。焦がしちゃってごめんなさい。
「次はラーメンが出て来たぞ……」
霜降りミノ肉という名の暴虐の嵐が過ぎ去り、俺達はつい30分程前は豪華なバーベキューだと思っていた物が急に色褪せた物のように感じていた。あんな物と比べたら、な?
そして、そんな俺達……いや周囲でバーベキューをしていた者達の心情等無視するように、彼等は次にラーメンを取り出した。バーベキューでラーメン?と思わなくもないが、疑問を呈する気力など既に微塵も沸いてこない。
「美味そうだな……」
「ああ、美味そうだ」
辛旨ラーメンと言っていたが、誰も顔を歪め辛そうに表情を浮かべる事無く美味しそうに完食しきっていた。俺達はそんな彼等を、無気力な眼差しと力の無い笑みを浮かべ観察するしかないのだが、既に霜降りミノ肉でノックアウトされているというのに更に追い打ちを受けた気がする。
帰り……ラーメン食べて帰るかな。
「メロン……しかもアレ、絶対にスーパーとかで売ってる安物じゃないだろ」
「ああ、専門店の贈答用のヤツじゃないか? これ見よがしに金シールみたいなの貼ってあるし……」
探索者はレベルアップの恩恵で身体能力など色々と強化されるが、今日ほどこの強化が恨めしく思った事はない。この強化がなければ詳細は見えず聞こえず、ここまで苦悩する必要も無かったのに……。
俺達は今度こそトドメを刺されたかのように、メロンを頬張る彼等の姿を死んだ目で眺めながら、持ってきた食材の残りを焼いて食べていく。今日は、楽しい打ち上げバーベキューの筈だったんだけどな……。
バーベキューを行っていた公園を後にし、俺達5人は揃って重い足取りで帰路へとついていた。こんな重苦しい足取りで帰路についた事なんて、ダンジョン探索で成果ゼロだった時以来じゃないか? 何でバーベキューをしてきただけなのに、惨敗したような気分で帰らないと行けないんだ? まぁ、原因は分かってるんだけどさ。
そして暫く無言で歩き続けていると、誰かがポツリと小声だが力強い口調で言葉を漏らした。
「ダンジョン泊探索、絶対に成功させるぞ。そして霜降りミノ肉をゲットして、女の子を呼んで見せつけるようにバーベキューをしてやる……」
誰が漏らしたのか定かではないが、その言葉は俺達5人全員の心からの言葉だった。俺達は誰が合図したわけでもないのに立ち止まり、肩に手を回し円陣を組み強い決意の宿った眼差しで互いの顔を見合わせる。
そして……。
「「「「「絶対に成功させるぞ!」」」」」
決意の言葉を口にした時、コレまでのダンジョン探索でも感じた事がない程に俺達の心は一つになる。この時俺は、絶対にダンジョン泊探索を成功させられると確信した。
ああ因みにこの後、5人でラーメン屋に寄って帰ったんだけどさ、醤油ラーメン頼んだ筈なのに食べたら塩味しかしない……何でだろうな?




