幕間 五拾参話 噂の正体は その4
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オークの群れに襲われ苦戦していた俺達は、援護要請受諾から数秒で終わった現実をすぐには受け入れられず、しばらくの間唖然とした表情を浮かべながら放心し立ち尽くしてしまった。
いやっ、流石にコレは放心しても無理はない状況だよな?
「ふぅ……お怪我はありませんか?」
「えっ? ああ、うん、大丈夫……だ」
その原因を作った……援護要請を受諾してくれた若い男性探索者(恐らく高校生)は、少し心配気な表情を浮かべながら俺に怪我の有無を確認する。体的には無傷だけどさ、精神的にはかなり重い一撃を受けてる気がするよ。
しかし本音をそのまま口にするわけにも行かないので、俺は軽く頭を縦に振りながら特に問題ないと言葉短く伝える。
「そうですか、それは良かった。それじゃぁ向こうも終わったようですし、合流しましょうか?」
「えっ?」
一瞬何を言ってるんだ?と思ってしまったが、思い返してみると俺達蘇我班はオークの群れに挟撃され乱戦状態だったのを思い出す。つまりは、他の班員達も戦闘中だったはずなのだ。俺はハッとした後、体ごと振り返り他の班員達の無事を確認する。
すると俺の視界に映ったのは、同じように唖然とした表情を浮かべ援護に入ったと思わしき2人の探索者の姿を眺めている班員達の姿だった。うん、まぁそうだよな。
「ああ、そうだな」
そうとしか返せない。実際既に戦闘と言える状況は終わっている……というか、彼等が終わらせた。もうする事が無い以上、合流して損害確認や援護要請受諾に関するお礼や謝礼について話し合うべきだろうな。
しかし、こうまで見事な援護?をされたら、どう謝礼を用意したら良いやら……蘇我さん、頑張って話を纏めて下さいね。明らかに彼等の方が高レベル探索者なんですから、人数差をいかした威圧的な交渉を……とか絶対に出来ませんからね。確実に、やり合ったら俺達が負けますから。
「ん? ああ、どうやら粒子化が始まったみたいですね。向こうとの合流は、ドロップアイテムを回収してからにしましょう」
「ああ、了解した。香川、お前も回収作業を手伝ってくれ」
「りょ、了解」
周囲に散らばる切り裂かれた10体ほどのオークの死体が、時間経過と共に粒子化を開始していた。コレだけの数のモンスターが、一斉に粒子化を始める光景は初めて見る。恐らく向こう側でも、同じ光景が広がってるんだろう。ある意味この光景も、一種の威圧行為になるよな……。
そして粒子化が終えた場所の跡には、複数のドロップアイテムが転がっていた。回収した結果は……。
「スキルスクロールが1個、回復薬?が2個、ブロック肉が1個、コアクリスタルが3個ですか……まぁまぁのドロップ率ですね」
「そうだな。とは言え、1つではあるが当たりが出たのは運が良いんじゃないか?」
「ですね。じゃぁドロップアイテムも回収した事だし、合流しましょう」
「ああ」
と言うわけで、俺と香川は援護に入ってくれた探索者の少年と共に向こうと合流する事になった。はぁ、穏便に話が纏まると良いな。
蘇我さん達と合流を済ませ辺りを見渡してみると、特に大きな怪我や運搬物の破損もなかった。どうやら無事に、オークの襲撃を凌ぎ切れた様だ。……高レベル探索者の援護有りだけどな。
その援護に入ってくれた高レベル探索者の3人組は、蘇我さんと話し合いを行っていた。
「危ない所、援護をありがとうございました」
「いえいえ。コチラこそお節介かと思いましたが、苦戦されていたようでしたので」
「ははっ、情けない所を見られてしまいましたね。言い訳になるかもしれませんが、運搬物資の護衛がなければもう少し上手く立ち回れたんですがね。ですが仕事柄、依頼され収集した物品の確実な輸送が第一なので、グダグダになってしまいました」
「そうですか。確かに護衛対象があるとモンスターとの戦闘は難易度が一気に増しますからね。その上、今回の様に多数の敵から挟撃されたら……」
表面上、蘇我さんと3人組の話は穏やかな様子で進んでおり、今の所は問題ない様だ。そして話は進み、とうとう援護に対する謝礼の話に触れる。
話している姿を見る限り、あの三人組は高額報酬を強請る様な質ではないと思うが……注意は必要だよな。
「それで、今回の援護の謝礼の話に関してなんですが……」
「ああ。そう言えば、その話もしないといけませんね」
蘇我さんの謝礼という言葉を聞き、3人組のリーダーらしき小太刀を装備した少年が、軽く顎に手を当てながら考える様な仕草をする。今回の様に援護要請をして相手が受諾し手を貸したと言う場合だと、戦闘で手に入れたドロップ品の一部を貢献具合に応じて譲渡するというのが通常だ。
しかし、今回の場合は……どうするんだ?
「正直私としては、今回の戦闘で手に入れたドロップアイテムは全て君達に譲渡しても良いと思っている。何せ、敵の7割以上は君達が倒してくれたからね」
「それは……」
そう、今回のケースで問題になるのは、援護に入ってもくれた彼等が襲撃してきたオークの群れを7割以上討伐してしまっているという事実だ。7割……どっちがメインで戦闘をしていたのか分からなくなる数字だ。確かに俺達もオークの迎撃に中り、それなりの消耗……体力や装備品の摩耗的な話だが……をしている。全く戦闘に寄与していないというわけでもないので、ドロップアイテムを全て譲渡し報酬を得られないというのは少々癪に障る話だが……蘇我さんの意見も理解出来る。
つまり現状、報酬の割合の決定権は3人組に委ねられているのだ。
「……」
「悩ませる様な提案をして心苦しいが、こう言う場合どうすれば良いのか分からなくてね。なので、君達の好きなドロップアイテムを持って行ってくれ。勿論、全て貰うというものでも構わない」
「少し、相談しても良いですか?」
「ああ、勿論だ」
少年は蘇我さんに無言で軽く一礼した後、パーティーメンバーのもう一人の少年と少女と相談を始めた。まぁ、いきなり報酬に関してフリーハンドを渡されたら困惑するよな。今回の戦闘で回収出来たドロップアイテムは、スキルスクロールが2個、マジックアイテムが1個、回復薬?が3個、ブロック肉が3個、コアクリスタルが5個だった。スキルスクロールやマジックアイテムは鑑定依頼をして中身を確認してみないと幾らになるか分からないが、全部換金すれば数十万かあるいは百万近い額になると思う。コレを考えると、まぁ悩むよな。
蘇我さんが提案する様に全部持って行けば良い儲けになるが、俺達との間に些細ではあるが不満という亀裂が出来る。かと言って、要らないと拒否すればしたらしたで馬鹿にしているのかと別種の不満が募る。なので今彼等がしている相談は、ドコまでアイテムを貰うかという匙加減についてだ。さて、彼等はどんな判断を下すのか……。
「どうやら話が纏まった様だね?」
「はい。今回の援護に対する謝礼としては、マジックアイテムを一つ頂きたいと思います」
「一つだけで良いのかい?」
「ええ。今回援護に入ったのは、報酬を目的とした物では無いので。マジックアイテムの1つでも貰えれば十分です。それに、もしかしたら鑑定結果で大化けするかもしれませんしね」
どうやら彼等は、最低限貰う分だけを貰う事にしたらしい。今回のドロップアイテムで高額換金出来そうなのは、スキルスクロールかマジックアイテムだからな。賭けにはなるが、どちらかを得れば十数万の報酬は得られる可能性は高い。
どうやら彼等も、報酬配分で揉め事は起こしたくないらしい。若さに見合わない、堅実な判断をしてくれて良かった。
「ははっ、確かにそうだな。分かった、では今回の援護要請に対する謝礼はマジックアイテムの譲渡という事で……良いかな?」
「はい」
どうやら上手く話は纏まった様だ。今回は素直に揉める事無く決まったが、結構この手の報酬の話で揉める事があるからな。だから普段は中々、援護要請を出しづらいと言う事情がある。特に若い学生探索者パーティーが相手だと、彼等の様に相手の事情等も考え堅実な選択をしてくれるのは少数派だ。今回の様に報酬配分決定にフリーハンドを与えたら、自分達で全部持って行くか換金価値の高いアイテムの大半を持って行くだろう。それをすると、後々どうなるかを考えずにな。
少し考えれば、何時か共闘するかもしれない相手との間に揉め事の種を残す事が、どれだけデメリットある行動か分かるだろう。こうした通路での共闘だけではなく、ベースキャンプを張る階段前広場で防衛の為に複数のパーティーで共闘する時もあるんだ。その中に、報酬配分にがめついパーティーと言った評価があれば、信用出来ない面倒くさい相手と共闘を拒否される事態に陥るかもしれない。先の事ばかり考えていても仕方ないと言う意見もあるが、目先の事ばかり考えていては積み重ねの先にある信用は得られなくなる。要はバランスを考えろって事なんだけど、若い探索者にはその判断は中々に難しいだろうからな。その点で考えると、彼等は双方に利がある様に堅実な選択をしてくれた。
「では、自分達はお先に行かせて貰いますね」
「ああ、私達は荷物のチェックを済ませてから出発させて貰うよ。道中気を付けてな」
「はい、ありがとうございます。皆さん、お気を付けて」
ドロップアイテムの受け渡しも終り、3人組は一足先に地上に向かって出発する事になった。俺達の方は積み荷のチェックをしてから移動する事になる。特に戦闘で被害は受けていないが、万一があったら拙いからな。移動する前に、一通りは確認はしておかないと。
そんな訳で、彼等3人組は俺達に見送られる形で出発していった。
あのオーク集団の戦いから数時間後、俺達は漸く地上に戻ってくる事が出来た。幸いあの戦闘で積み荷に影響はなく、すぐ出発出来たので行程予定表通りの帰還だ。
はぁ、今回の探索は色々と疲れたな……。
「良し。それでは10分ほど休憩を取った後、今回の積み荷を査定窓口に持ち込む。各員、出し忘れがないように持ち物のチェックをしておけよ」
「了解です」
蘇我さんの指示に従い、ダンジョンを出た俺達は近くの自販機コーナーで休憩を取る事にした。まだ仕事は終わってないが、ダンジョンも出た事だし少しばかり気を抜いても良いよな。
そしてコーヒーを飲みながら田森達と雑談をしながら休憩を取っていると、田森がふと何かを思い出したらしく口を開く。
「そう言えば先輩。ふと思ったんですけど、あのオーク襲撃の時に会った3人組って、あの噂の3人組なんじゃないですか?」
「……噂? ああ、あの行き道で話してた、あの与太話か」
「ほら、彼等も3人組だったですし、26階層まで潜ってこれてたじゃないですか。その上……帰り道なのに防具に目立つ傷一つもありませんでしたよ?」
「言われてみれば、そうだな……」
田森にそう言われ、俺は14階層で出会った3人組について思い出す。薄暗くて詳細までは確認出来ていなかったが、確かに田森が言うように彼等が身に纏っていた防具に目立つ傷は一つもなかったな。ついでに……あんなにオークを切り倒したのに返り血一つ浴びてなかったな。それだけ彼等が戦い慣れた高レベルの探索者だったって事なのだろう、俺達とは比べものにならないな。
そんな彼等の事を考えると、確かにあの噂の元が彼等だったとしても違和感はない。
「話を盛った与太話、じゃなかったみたいですね」
「そうだな。彼等なら噂通り、いや、アレを見た後だと噂以上の成果を上げていると言われても信じられる」
「ですね。どうやったら、あんな真似が出来るのやら……」
俺達は、一瞬で複数のオークの首を刎ね飛ばした彼等の姿を思い出した。確かにあんな姿を見たら、噂されるのも当たり前だよ。それにアレだけの実力だ、仲間になってくれたら心強いだろうし、卒業後は是非ウチにって誘ってみるのも良いな。会社のスカウト連中に話して、今度スカウト出来ないか調べて貰うか。
そして休憩を終えた俺達は運搬物を持って、企業向けの査定カウンターへと移動する。
「では、査定の方を始めさせて頂きます。少々お待ち下さい」
「よろしくお願いします。あっ、それと此方の方は……」
「了解しました。では、そのように手続きさせて頂きます」
企業向けのカウンターが出来たお陰で、昔は時間が掛かった査定もスムーズにして貰えるようになった。俺達の場合、提出した殆どの物品は換金せず持ち帰る上、1度に持ち込む量が多いからなぁ。それと蘇我さんは収集リスト外、臨時ボーナス用の物品も換金手続きもお願いしていた。臨時ボーナス用は1度換金し会社の指定口座に振り込まれた後、幾ばくかのマージンを引いた上で班員に分配される仕組みになっている。今回は結構持ち込んだので、幾らになるか楽しみだ。
そして30分ほど掛かったが査定が終了、俺達は引き取った品物を持って会社の車が待つ駐車場へと移動する。
「皆、お疲れ様! 今回の探索は色々予想外の事が起きたが、収集ノルマも達成出来たし、皆怪我もなく無事に帰還出来て良かった。後は、この荷物を会社に持ち帰れば仕事も終わりだ。皆、疲れているだろうが後少しだ。最後まで気を抜かずに頑張ってくれ」
「「「はい!」」」
蘇我さんの締めの挨拶も終わり、俺達は荷物と共に車に乗り込んでいく。積み込みを終え椅子に座ると、急に疲労感が溢れ出してくる。会社までの道程は凡そ1時間弱……少し眠るか。
はぁ、今回の探索は疲れたな。




