第33話 念願のオーク肉ゲット
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柊さんの洗浄スキル熟練度が上がり汚れを気にしなくて良くなった俺達は、10階層の手前の階段まで辿り着く。苦節3ヶ月、やっと当初の目的階層に辿り着けた。
もうすぐ1月も終わり、2月に入ろうかとしている。
「やっと此処まで来れたわ」
「そうだね。レベル的には、もう少し早く到達出来ると思っていたんだけど……」
「レベルが高ければどうにかなるって問題じゃなかったからな、実際」
「そうね。レベルが高いとは言っても、それは基礎能力が高いと言うだけで、使い熟す為の経験が私達には圧倒的に足りていなかったわ」
柊さんの言う通り、レベル的には全く問題なかった俺達が此処まで来るのに、これ程時間が掛かった原因は経験不足の一言だった。確かに、俺達が学生であるので週末の土日位しかダンジョン攻略に時間を取れなかった事も到達が遅れた一因ではあるが、経験不足が一番の原因だ。
何しろ、資格試験講習やゲーム等でダンジョンのにわか知識はあれど、実際にダンジョンに潜った事はないので初めてづくしだったからな。適切な装備品の選定に手間取り、マッピングの不備を起こし、モンスターの討伐……数えればキリがない。
俺達はコレまでの事を思い出し、少しシンミリとした雰囲気に浸った。
「さ、それじゃぁ、行こうか?」
「ああ、何時までもこうしてるって訳にもいかないからな」
「そうね。行きましょう」
俺達は階段を下り始め、10階層を目指す。
10階層に到着すると、俺達はいきなり返り血塗れになった30代程の探索者達とすれ違う。5人パーティーの様だが、内2人が仲間に肩を担がれ運ばれていた。俺達が彼らの姿を目で追っていると、リーダーらしき男性に話しかけられる。
「ん? お前らこの階層は初めてか?」
「あっ、はい」
「そうか。この階層に居るオークはかなり強敵だ。無理と思ったら直ぐに身を引け、下手に意地を張ると危険だからな」
「はい! アドバイスありがとうございます!」
「まぁ、頑張れよ」
彼らは俺達に一言アドバイスを残し、9階層に続く階段を登っていった。
彼らの後ろ姿を見送った後、俺達は顔を見合わせ彼らの事を口にする。
「マトモな人達だったな……」
「ああ。この位の階層になると、ああ言う人達が多くなるな」
「危ない人達や変な人達もね」
「まぁ、仕方ないんじゃないかな? ここまで来るまでに、さんざん篩いがあるから」
10階層まで到達出来る様な探索者になると、妙な探索者の数が大幅に減っていた。
大体、人型のモンスターが跳梁跋扈する階層で、探索者達は篩いにかけられる。人型モンスターを倒した事によって、ゲーム感覚で来ていた者達は現実を知らされるからだ。
精神的に弱い者は探索者自体を辞める者やカウンセリングを受ける者、人型モンスターと戦う事を諦め表層階で獣型モンスターを狩っているらしい。中途半端に強い者の中には、人型モンスターを殺した事を気に病む余りトラウマを抱え、狂った様に人型モンスターを狩りまくる者も出ている。
ここまで……10階層近くまで潜れる様な探索者になると皆、現実を直視し何かしらの覚悟を決めた者が多い。
「さて、じゃぁ忠告された様に気を抜かずに行こうか?」
「ああ、ここで気を抜いて怪我をするのも馬鹿らしいからな」
「ええ、やっと念願の物が手に入るんだから、気合を入れていくわ」
俺達は気合いを入れ直し、注意深く10階層の探索を開始した。
内装自体はあいも変らず石造りのシンプルな物だ。暫く通路を進んでいくと、俺は二人に声をかけ進行を止める。
「二人共止まって!」
「? 罠か、大樹?」
「ああ。 前方の床に落とし穴がある」
俺は空間収納から拳大の石を取り出し、罠がある通路中央部に投げる。石が地面に落ちると床に、2mx2m程の穴が空き石を飲み込んだ。
10秒程で開いていた床の穴は閉じ、見た目には落とし穴がある様には見えなくなった。
「彼処に落とし穴があるから、通路の左端に避けて通って」
「右はダメなのか?」
「右側には別のトラップが仕掛けられているから、ダメ。右側を通ると壁がせり出して、通行者を落とし穴の方に押し出すから」
「段々罠が悪辣になってきたな」
「だね。でも、まだ即死トラップは仕掛けられていないみたい」
この落とし穴にしても只、下の階層に落ちるだけで、上手く使えば下の階へのショートカットコースとして使える類の物だ。下に剣山やモンスター部屋がある様な物ではない。
まぁ、高さが高さだから常人には致命傷になるかも知れない物ではあるけど。
俺達は罠にも注意を払いつつ、更に慎重にダンジョン探索を続ける。
30分程10階層を探索していると、遂にそいつらは現れた。
「前方にモンスターの気配があるわ。数は2体。伏兵は今の所ないわ」
柊さんの警告の声を聞き、俺と裕二は剣を引き抜く。柊さんが手持ちのズームライトで前方を照らすと、2体の人影が見えた。
2m程の大きさの黄緑色の肌色をした豚顔の人型モンスター、オークだ。
「オークだ」
「オークだな」
「オークよ!」
柊さんが喜びの声を上げた。まぁ、探索者になって3ヶ月、やっと念願の獲物に出会えたのだからしょうがないだろう。
喜びの勢いそのままにオークへ飛び掛かりそうになっていた柊さんの肩に俺は手を置き、機先を制す。
「落ち着いて柊さん。そんな状態で突っ込んでも、要らない怪我をするだけだよ」
「そうだな。まずは深呼吸でもして気を落ち着かせた方が良い」
「……すぅ……ふぅ。大丈夫よ、心配かけてゴメンなさい」
深呼吸を数回繰り返し頭が冷えたのか、少々興奮気味ではある物の行き成り飛び掛る様な雰囲気はなくなった。
「それじゃぁ、取り敢えず最初は何時ものやり方で、良いよね?」
「ああ、やってくれ」
「私も良いわ」
ライトを当てられた事で俺達の存在に気が付いたオーク達は、ハンマーの様な突起の付いた棍棒を持って既に俺達から50m程の位置まで向かって来ていた。俺は何時もの様にバックパックから胡椒玉を取り出し、オーク達目掛けて投擲する。
胡椒玉は狙い違わずオーク達の少し前方に落ち、中身を辺りに散布した。
しかし……。
「うーん、効き目が薄い?」
「状態異常耐性でも持っているのか?」
胡椒の煙幕に突っ込んだオーク達は足取りが鈍った物の、これまでのモンスター達の様にむせび泣きながら完全に足を止めるような事はなかった。目と鼻の辺りを何度も拭い足取りが遅くなってはいる物の、俺達との距離は30mを切っており目と鼻の先だ。
俺はバックパックからもう一つの物、ホットソース入りのウォーターシューターを取り出し構える。
「こっちなら効くかな?」
「大樹。それが効かない事を前提に、直ぐ動ける様にしておけよ?」
「分かってるよ。柊さんも大丈夫?」
「ええ。何時でも良いわ」
裕二と柊さんは俺の左右に分かれ、武器を構えたまま少し前方に位置取りしている。コレが効かなかった場合、オーク達の攻撃に即応出来る位置取りだ。
「……2、1、発射!」
オーク達がウォーターシューターの射程に入ったので、俺はオーク達の顔目掛けてホットソースを吹き付けた。すると、コレの効果は抜群。オーク達は顔を押さえながら地面に転がる。棍棒は放り出し転げ回りながら絶叫する様は、これまでのモンスター達と同様だ。
どうやら、オークたちが持つ耐性も、コレは許容範囲外だったようだな。
俺達は転げまわるオーク達から目を離さず、少し距離をとりながら様子を見る。
「コレは効いたな」
「ああ。まだ暫くソレは使えそうだな」
「でも胡椒玉の方は、この階層以降は使えそうにないけどね」
「九重君、これから耐性持ちのモンスターが出て来るって事は、その内ソレも使えなくなるって事よ。どうするの?」
「どうしようか? このまま別の物を考えても良いけど……」
これまでかなり活躍してくれたけど、コレにしても胡椒玉にしても、どちらかと言えばチュートリアル武器に近い。モンスター相手に何時までも使い続けられる様な物だとは思っていなかったので、このまま御蔵入りにしても良いと思っている。
まぁ、対人戦にはかなり有用だろうから破棄はしないけど。
「大樹、そろそろソレ等を使わない様にしていっても良いんじゃないか?」
「……裕二もそう思う?」
「ああ確かにソレは便利だけど、最近は初遭遇モンスターとの初戦にしか使っていないしな。これからは耐性持ちのモンスターも増えていくだろうから、余裕を持って対処出来るうちに初遭遇モンスターとの対処法を身に付けた方が良いと思うんだ」
「そう、だな。柊さんはどう思う? 俺も裕二の意見には賛成なんだけど……」
「そうね、私も広瀬くんの意見に賛成よ。確かに初遭遇モンスターとの対処法も、これまでの様に通り一辺倒のままでは危険ね」
「分かった。じゃぁ、コレ等は空間収納に仕舞い込んでおくよ」
俺は二人の合意が得られたので、胡椒玉とウォーターシューターを空間収納に仕舞い込んだ。
「よし。じゃぁ、そろそろコイツ等にトドメを刺すか」
「そうね。早くしましょう」
裕二が地面で動かなくなったオーク達を小太刀で指しながら、ケリをつけようと言う。柊さんは裕二の言葉に即応し、興奮気味に喜々として槍をオークの首筋に突き刺した。どうやら、ドロップ品が待ちきれないといった様子だ。裕二も柊さんのその行動に小さく溜息を吐きながら、小太刀をオークの首筋に突き刺す。
数秒残心し、オークが死んだ事を確認した柊さんは剥ぎ取りナイフをオークたちの死体に突き刺した。
「やった! オーク肉よ!」
死体が消えた場所には大きなオーク肉の塊と太い骨、コアクリスタルが出現した。柊さんはオーク肉と骨を手に取り、飛び跳ねる様に喜んでいる。やっと手に入れたオーク肉だ、喜びもひとしおと言った所なのだろう。
俺は残ったドロップアイテムを回収しようとして、それを手に持ち首をひねる。
「柊さん、この骨はどうするの?」
「えっ!? ああ、それはスープの出汁取り用に使うの」
「えっと……豚骨の出汁?」
「ええ、そうよ。豚骨より癖は強いけど濃厚なスープが作れるの」
「そうなんだ……」
俺はオークの姿を思い出し、アレで出汁を取るのかと微妙な表情を浮かべながら逃避する。ふと裕二の顔を見てみると、俺と同じ様な表情を浮かべていた。目があった俺達は、互いにどこか疲れた笑みを浮かべ合った。
「それじゃあ二人共、早く次のオークを見付けに行くわよ!」
手に持っていたオークの肉と骨を俺に渡した柊さんは、俺と裕二に号令を掛けダンジョンの奥へと軽い足取りで進んで行く。俺と裕二は滅多に見ない柊さんの姿に苦笑を漏らしつつ、置いていかれない様に後に付いて行った。
その日の俺達の成果は、オーク素材を中心にかなりの量を手に入れた。
オーク素材は柊さんの希望の品と言う事もあり、10階層を3時間程探索した結果、肉と骨を合わせ保冷バック1つ分でおよそ30㎏程。受付での換金手続きでは、査定額が40万円を超えた。
今回のオーク素材は引取り希望だったので、品質検査の為オーク肉等の品をあずけ1時間ほど待つことになったのだが、無事検査はパス。柊さんは念願のオーク素材を、今度こそ本当に手に入れた。
帰りのバスの中で、柊さんは俺と裕二に深々と頭を下げながら何度も感謝の言葉を言ってくる。
「ありがとう、2人共。2人が一緒にダンジョンに来てくれたから……」
「いや、そんなに何度も頭を下げて感謝しなくても大丈夫だよ、柊さん」
「ああ。俺達も俺達で目的があってダンジョンに来てるんだから、柊さんが何度も頭を下げる必要はないよ」
「でも……」
「はいはい、この話はここまで」
まだ何か言いたそうに口ごもる柊さんの様子に、俺は強引に話を終わらせ別の話題を振る。
「そう言えば裕二。柊さんは目的の品物を手に入れて一応目標は達成したけどさ、裕二の目標はどうなってるんだ? 重蔵さんからダンジョンで実戦経験を積んでこいって言われて、ダンジョンに潜る事になったんだよな?」
「ああ」
「どこら辺が目標かって言うのは、決められているのか? モンスター相手の実戦経験は結構積んでいると思うんだけど……?」
「……」
俺の質問に裕二は、言いづらそうに顔を顰め口ごもる。そして十数秒の沈黙の後、裕二は口を開いた。
「爺さんから一本取れる様になるのが、一応の目標だってさ」
「はぁ?」
「えっ?」
重蔵さんから1本取る?何、その無理ゲー。
基礎能力で圧倒して、それなりに経験を積んだ今でも、俺達は稽古では重蔵さんに良い様に弄ばれている。そんな爺さんから1本を取るって……。
「だから暫くは、ダンジョンに潜り続けて実戦経験を積んで腕を磨くしかない」
「ああ、そう……」
自身の不甲斐なさに苛立つように、そう吐き捨てると裕二は目を閉じ黙り込んでしまった。
はぁ、これはまだまだ先は長そうだな。俺と柊さんは顔を見合せた後、同じタイミングで苦笑を漏らしあった。
オーク肉ゲットしました。




