幕間 五拾弐話 噂の正体は その3
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26階に新しく降りてきた3人組の姿を見て思考が停止してしまっていた俺と田森は、数秒立ち尽くしたがすぐに正気を取り戻した。少々予想外の来訪者だが、ココまで潜れるような探索者なら、外見的年齢など些細な問題だと思い返したからだ。
レベルが高ければ線の細い子でも、筋骨隆々の大男相手に力比べをしても楽々と勝てるからな。
「ええっと、珍しいですね、3人組のパーティーなんて。……先行偵察ですかね?」
「ああ、かもしれないな。3人とも軽装だしな……」
俺と田森は少々唖然とした眼差しで階段を下りてきた3人組を観察し、どこかの学生パーティーの先行偵察班だと判断した。何故なら3人とも探索者として基本的な装備は整っているものの、長期間ダンジョン内部にとどまり活動するには携行している保有物資が少なすぎるからだ。持ってる荷物が背中のリュック一つってのはなぁ?あれだと日帰り、良くて一泊二日の物資を所持するのがせいぜいだろう。折角こんな深い階層まで潜って来てるのに、そんな物資量では碌な探索時間が確保できないからな。探索費用もタダではないのだ、それなりのアイテムを収集しなければ探索にかかる費用さえペイ出来ない。
その上、3人では収集したアイテムの積載量にも制限がある。即ち、コスパが悪いのだ。
「ですね。まぁそもそもこんな階層まで、3人で来られる訳……ないですよね?」
「そうだな。無くは無いだろうが、さすがに……なぁ?」
こんな所まで3人で潜ってくる、来られる。それは即ち、このダンジョンでも指折り探索者パーティーという事になるからな。さすがに、彼らがそんなパーティーのはずはないだろう。
もちろん可能性は無くは無いだろうけど、それはかなり低い可能性だ。
「あっ、拙いなぁ……」
階段を下りてきた3人組についてあれこれ考察を述べながら眺めていると、不意に俺達の視線と彼等の視線が交差しあう。まぁコレだけ好奇心が入り混じった不躾な眼差しを向けていたんだ、ココまで下りてこられるような探索者なら、まぁ気が付くよな。
その証拠に彼らが俺達に向ける視線には、自分達を探る眼差しを向ける俺達に対する嫌悪感の色がありありと浮かんでいた。ああ、こりゃ拙いな……悪印象を持たせちゃったかもしれない。
「「「……」」」
「「……」」
俺達と彼等は無言で視線を向け合う、牽制合戦の様相が出来上がってしまった。俺と田森は一瞬気まずげな眼差しを向けあった後、彼らが警戒する原因を作ってしまったのが自分達にあると認めた。うん、これは素直に謝罪した方が良いな、それも今すぐ。
と言う訳で、俺と森田は視線を彼らに向け戻した後、軽く頭を下げ謝意を示す。
「ああ悪いな君達、不躾な視線を向けちゃって。最近ベースキャンプを狙うモンスターの襲撃が多くってつい、な?」
「あっ、いえ……」
俺達が素早く謝意を示したことで彼らの警戒を和らげることには成功したが、未だ疑わし気な色が色濃く残る眼差しを向けて来る……まぁ、俺達が原因を作ってしまったので仕方ない。甘んじて受けるしかない。
とは言え、だ。何時までもこうして対峙している訳にはいかないからな。話しかけてみる事にする。
「いや、本当にすまない。さっきも言ったけど、ここ数日引っ切り無しにモンスターが襲撃してきていてさ、ちょっと神経過敏気味になってたんだ。君達に対して、何か含むことはないからね。いや、ホント悪いね」
「あっ、いえ。こちらも特に何かされたわけでは無いので、そうお気になさらないでください」
「ははっ、そう言ってもらえると助かるよ」
彼等のパーティーリーダーと思わしき小太刀?を装備した少年が、俺と田森の謝意を受け軽く胸の前で両手を前後に動かしながら了承してくれた。どうやら、悪印象を少しは払しょく出来た……と思う。
俺はこの調子で自己紹介でもして場の雰囲気を和らげ情報交換でもしようかと思ったのだが、それよりも先に彼らが行動を示す。
「じゃぁ俺達先を急ぎますので、失礼させて貰いますね」
「ん? 今着いたばかりじゃないか、少し休憩を取った方が良いんじゃないか?」
「ああ、いえ。俺達の目標はもう少し先の階層なんで、休憩はもう少し先でとらせて貰うつもりです」
小太刀?を装備した少年は、やんわりとした口調ではあるが俺の誘いをキッパリと断る。どうやら敵では無いとして警戒は緩めてもらう事には成功しているが、厄介者としては認識されているらしい。
まぁ初対面の相手に探るような眼差しを向けられていたら、何か仕掛けてくるのかもしれないと俺達でも警戒する。その上で可能なら距離を取ろうとはするだろうからな……初手で対応を誤った俺達が悪いなコレは。なので、今の俺が出来る対応は……。
「ああ、そうなのか? それじゃぁ、引き止めたら悪いね」
「いえ、ではお先に行かせてもらいます」
彼らはそう言って、少々早歩き気味の歩調で26階層の階段前広場を去っていった。今度どこかで……ダンジョン外で会う様な事があったら、もう一度無駄に警戒を煽ってしまったと謝らないといけないな。
ああ、そう言えば彼等、こんな階層まで潜ってきた割には身なりが随分綺麗だったな……。
7日目、待望の交代班がベースキャンプに到着した。帰還行程が残っているものの、ダンジョン内滞在勤務も終了だ。俺達蘇我班は安堵のため息を漏らしつつ、交代班との引継ぎ作業に取り掛かった。
いやはや、長くつらい7日間だったよ、ホント。
「お疲れ様、蘇我さん。随分お疲れのようですね?」
「ああ、今回は本当に疲れたよ権田」
「という事は、何かあったんですか?」
「ああ、あったんだよ。実はだな……」
蘇我さんは交代班の班長である権田さんと引継ぎ事項……いや、アレは愚痴かな? 愚痴交じりの注意事項を、渋面を浮かべながら権田さんに伝えていく。
まぁ滞在期間中に、50回近くベースキャンプが襲われたら、誰だって愚痴の一つも漏らしたくなるよな。
「へー、そんな事になってたんですな」
「ああ、だからこれからは滞在人数……いや、活動中の探索者数を考慮に入れて探索計画を策定しないといけないと思う」
「そうですね。今回は盆休みで急に活動する探索者が減ったという事が原因で起きた事なんでしょうけど、ベースキャンプの階層移動した時なんかは同じことが起きる可能性は濃厚です。対策は考えておいた方が良いですよね」
「そうだな。今回の事は報告書に仕上げて、会社にきちんと提出しよう。そして他の班長などを交えて、早急に幾つか対処法を考案しないといけないな」
今回の様にベースキャンプが度々襲撃される様なら、安心して休息が取れなくなるからな。早急な対策は必須だろう。安心して休息が取れる場所が無いという事は、何時か限界を超えて誰かが倒れる、死ぬ可能性も出てくるからな。会社的にも、現場の俺達的にもそんな事態は何が何でも避けたい。
パッと思いつく対策としては、一班当たりの人員増員が妥当なのだろう。だが、この深さまで潜れる探索者となると、簡単には増員できない。既に主だった民間探索者は、どこかのダンジョン系企業に所属しているだろうからな。無論、企業に属していない探索者もいるだろうが多くは兼業、本職とは別に趣味としてダンジョンに潜る様な者達だ。レベルも専業の探索者に比べれば低く、本職が別にあるとなればスカウトも難しいだろう。
となると、卒業見込みの学生探索者を囲い込み、スカウトすればいいのだろうが戦力として扱うには時間が掛かる。今回の探索のように卒業していない学生を、合意があるとはいえ一週間もダンジョンに連れ込む? 何回もそんな事が続けば、出席日数が足りず留年……退学する事になるかもな。退学してまでスカウトを受け、ダンジョンに潜るモノなんてどれくらいいるか……あれ?意外といそうな気がするな。……まっ、まぁだが、そうだとしてもレベル上げ・連携訓練・野営訓練などを考えると戦力化は数ヶ月は掛かるだろうな。
「増員……はすぐには難しいだろうから、装備方面で考えた方が良いかもしれませんね。自分も帰るまでに、いくつか考えておきます」
確かに権田班長が言うように、増員が難しい以上は装備面の充実と言った方向性で対策は考えておいた方が良いかもしれないな。広場につながる通路にセンサー式ブザーを設置するだけでも、警戒行動はかなり楽になるだろうからな。
「そうしておいてくれ。……念の為言っておくが、状況が落ち着くまで暫くは同じことが起きるかもしれないからな、お前も気を付けておけよ?」
「ええ。ご忠告、ありがとうございます」
こうして愚痴交じりの引継ぎ作業は終了し、俺達蘇我班は権田班に後を任せ地上に戻る為の準備を始める。具体的には、収集したドロップアイテムの積載などだ。俺達はノルマ表……チェックリストを確認しつつ、ドロップアイテムの積み忘れが無いか確認していく。ここで積み忘れて行ったら、何のために潜ったのか分からなくなるからな。
しかも、今回はオマケが一杯あるので臨時ボーナス……お盆出勤手当は期待できる。
引継ぎ作業を終えて2時間後、荷物の積み込みや休憩を済ませた俺達蘇我班は、後任の権田班に挨拶をしてから地上を目指し26階層を出発した。途中、20階層辺りまでは人も少なく順調に移動できたのだが、やはり20階層より上ともなると次第に人も増え移動速度が落ちてくる。
「来る時より大分混んできましたね、予定より遅れるかもしれませんよ」
「まぁ、遅れると言っても来る時より遅れると言うだけで、元々の行動予定表の時間と比べればそう遅くはないので問題ない。このまま、周辺を警戒しつつ進むぞ」
「了解」
7日ぶりにダンジョンから出られると思うと、ついつい気が逸り班員達から愚痴が漏れる。時間的には蘇我さんが言うように、元々の行動予定表通りなので問題ないが、来る時のスムーズさを思うとひどく遅く感じてしまうな。
だが、ここで気を抜いてモンスターの襲撃を許し機材やドロップアイテムの破損、怪我を負ってしまっては意味が無い。最後まで気を引き締めて……と思い直し隊列を組んで帰路を進んでいたのだが、問題が起きる時は唐突に起きるものだ。
「オーク、しかも集団だと!? 糞っ! 1班は迎撃に当たれ! 2班と3班は機材と物資を守れ!」
「1班了解!」
「2班了解!」
「3班了解!」
14階層の通路を進んでいると、10体近いオークの群れが左右の通路から挟み込むように襲い掛かってきたのだ。俺達は蘇我班長の指示の元、速やかに展開し迎撃に当たったのだが数が多く苦戦を強いられる。普段なら、俺達のレベル的にオークを相手に苦戦する事はなく、普通に倒せるのだが今は状況が悪い。敵の数が多い上、護衛すべき物品があり有利な位置取りがしにくいのだ。結果、俺達1班は2名ずつ左右に分かれ、襲い掛かってくるオーク達を迎撃せざるを得なくなった。
だが、流石に多対2は!
「くそ、数が多い! 蘇我班長、どっちかの班をこちらの迎撃に回してください!」
「すまん、飯田! 脇を抜けたヤツの処理で手いっぱいだ! そちらに人手を割くと、収集したアイテムが荒らされる危険がある。もう少し粘ってくれ。こっちが片付き次第、増援を回す」
「っ!? 了解! 急いでください!」
「ああ!」
俺と香川のペアも必死に迎撃に当たるが流石に数が多く、脇を抜け蘇我班長達の元に向かうオークが増えていく。倒すだけなら問題ないのだが、このままでは折角収集したドロップアイテムを荒らされ収集ノルマを達成できなくなってしまう。そうなったら損害補填の為にもオマケ、臨時ボーナスは減るか無しだよな……。
そんな事を考えながら迎撃に当たっていると、少し離れたところから大声である質問が投げかけられて来た。その声曰く、「援護は必要ですか?」と。必要か必要じゃないかで言うと必要ないが、運搬物の安全を考えると援護は助かる。なので、蘇我班長の返事は……。
「ありがたい、手を貸してくれ!」
「了解です、周りに散開している奴らから始末しますね」
と、緊張感のない淡々とした声で援護受託の返事が返ってきた。そして次の瞬間、俺が刃を交えている相手以外の周囲にいたオーク達の首が一斉に刎ね跳んだ。
……はぁ?
「ちょっと動かないでくださいね」
「えっ?」
余りの光景に唖然とし体が硬直してしまった一瞬後、警告が聞こえると共に俺が交戦していたオークの頭も刎ね跳んでいた。えっ、はぁ? な、何が起きた!?
俺……いや、俺達は援護要請受託の言葉が聞こえると共に数秒でオークとの戦いが終わった事に唖然とし、援護に駆けつけてくれた者達を驚愕の眼差しで見つめる事しか出来なかった。
「大丈夫ですか、皆さん? 余計な手出しだったかもしれませんが、運搬物を守る為に苦戦しておられたようなので参戦させていただきました」
「皆さん、お怪我がないようでよかったです」
「すみません、返り血が飛び散っちゃって……」
たった今、オークの群れを一瞬で殲滅したとは微塵も感じさせない声で、援護に駆けつけてくれた探索者……26階層で出会った3人組は若干申し訳なさげな表情を浮かべながら話しかけてきた。
ええっ? 君達って偵察役じゃなかった……あれ?




