第356話 調子に乗ってたな……。
お気に入り30780超、PV64450000超、ジャンル別日刊47位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
コミカライズ版朝ダン、コミックス第一巻が12月7日に発売されました。よろしくお願いします。
俺達と湯田さんは暫く無言で見つめ合った後、湯田さんが気まずげに視線を逸らした事でぎこちないものの会話が動き出す。
まぁ、思わず俺達の口から溜息が漏れたけどな。
「あるんですね、ボタ山……」
「ええ、まぁ……」
「えっと、ソッチも安全なんですよね?」
「……」
……何です、その沈黙は? えっ、マジですか?
裕二の質問に、沈黙で返す湯田さんの態度に俺達は不安が込み上げてくる。
「……湯田さん?」
「えっと、その……微量なんですけど、その……基準値を超えてる箇所も……本当に微量なんですよ?」
「「「……」」」
湯田さんの返答に、俺達の頬が一斉に引き攣る。おいおい、マジかよ……。
そんな俺達の反応に、湯田さんは少し慌てた様子で弁解を始める。
「も、勿論、基準を超えているとは言え、人体に深刻な影響が出る様な値ではありません。元々の定められた基準が厳しいですから……」
「……でも、基準は超えているんですよね? 人体に影響は無いとは言っても、周辺環境に影響が出ているのでは?」
「私どもが把握している範囲では、そのような事は無いと思うんですが……」
把握している範囲、ね? つまり把握していない範囲では、影響が出ているかもしれないという事だ。まぁ本気で影響調査をするとしたら、年単位で人員と予算を使う事になるからな……明確な影響が出ていなければ、まず長期にわたる本格調査の実施とはいかないか。
しかもこの辺りは過疎地帯……鉱山の操業が終了してからは破棄されたと言っても良い場所だ。環境影響調査を依頼する近隣住民なんていなかっただろうからな。
「鉱山の調査をする時、一緒にボタ山とかの周辺環境調査はされなかったんですか?」
「ウチに売買を依頼されている地主さんから預かっている土地は、鉱山周辺の土地だけなんですよ。範囲外の土地の調査まで、勝手にウチが行うと言うのは……」
湯田さんは歯切れが悪そうに、ウチの干渉出来る範囲外ですと言う。まぁ依頼されても居ないのに、勝手に人の土地まで調査は行えないよな。明確な影響が発生し、国や自治体が強制調査を行うとかなら話は別なんだろうけど。
俺達は納得はいかないが理解はしたと言った表情を浮かべながら、湯田さんに更に質問を行う。
「そうですか……。そのボタ山周辺の土地も、同じ地主さんの持ち物なんですか?」
汚染検査の値が基準値を超えているという話がある以上、少なくとも1度は検査が行っている筈だ。地主さんが何らかの対処をしている、その対処の話を聞いておきたい。
だが、予想は大きく外れる。湯田さんは裕二の質問に、困った様な表情を顔に浮かべながら言い淀む。
「えっと、その……分かりません」
「? どう言う事ですか?」
「その……この鉱山を含め、この周辺の土地は複数の方が分割所有されている状態なんです」
「えっと……それってどう言う?」
複数の所有者って……依頼主の地主さんって元鉱山経営者の末裔の人じゃないのか?
俺達が首を捻っていると、湯田さんがこの周辺の土地の問題点を教えてくれた。
「元々この周辺の土地は、鉱山を経営していた方が所有されていました。勿論、ボタ山周辺なども含めてです。そして鉱山閉山後に売りに出されたんですが、曰く付きの土地という事もあり長年に渡り売れませんでした。ですが1960年代から80年代の頃に、今の所有者の方々の手に渡ります」
「60年代から80年代……あっ、それって」
「ご存じでしたか。はい、原野商法が横行していた時期です。この辺りの土地も、その時期に売られていた土地の一部です」
まぁ確かに曰く付きの元鉱山なんて土地、普通に考えれば価値の無いもしくは低い土地だからな。俺達の様な用途を見いだす人でない限り、積極的に買う必要はない。そうなるとヤッパリ、そう言った目的の対象になり易いか。
「この土地の売買を依頼されている地主さんも、その時期にこの土地を購入した親の遺産とした土地を相続されたそうです」
「……そして相続後に、厄介な土地だと気付き売ろうとしたけど売れずに今に至っている、と言う事ですか?」
「はい。同様にこの周辺の土地を購入された方も、親族が相続されたり相続財産管理人が管理中だったりと……」
「「「……」」」
頭を掻きながら面倒くさげな表情を浮かべる湯田さんの様子に、俺達は思わずこの土地の面倒さに言葉を失う。
そして数秒後、俺の頭にある可能性が思い浮かび、引き攣りそうになる頬を押さえつつ俺は口を開き湯田さんに質問する。
「あの、湯田さん? ちょっと疑問に思ったんですけど……良いですか?」
「何ですか?」
「今聞いた状況だと、俺達がこの土地を買ったって情報が広まったら、俺も私もと周辺の土地を所有している人が押し寄せて来ませんか?」
「……無いとは言い切れないですね。現在所有している方からすると、売値は二束三文でも良いので所有権が他の方に移れば良いと考える人は居るでしょうから。例え相続を拒否して土地の所有権を放棄したとしても、土地の管理義務までは放棄出来ませんからね」
「「「……」」」
始めは良いかなと思った物件だったのだが、急に雲行きが怪しくなり始め購入前の段階で既に尻込みしそうになる。しかも、購入したらしたで更なる厄介が押し寄せてきそうな気配がする物件……うん。
だがそれはそうと、湯田さんの説明に気になる点があった。
「あの、湯田さん。土地って所有権を放棄しても、管理義務は放棄出来ないんですか?」
「ええ、法律でそう定まってます。例え相続人が相続を放棄しても配偶者や子供、親兄弟なんかに相続権が移ります。また全ての相続権保有者が相続を放棄し所有権を放棄したとしても、相続財産管理人を立てる必要がありますし、土地の管理義務は残ります。そして所有権を放棄した土地であっても、万一何かしらかの損害発生させた場合、売却されていなかったり、国が引き取ってくれていなかった場合は最終所有者に損害賠償が請求されるケースがあります」
「「「……」」」
真剣な表情と眼差しで淡々と返答してくる湯田さんの姿に、俺達は思わず自分達の認識の甘さを思い知る。元鉱山だが自分達が挙げた条件に合うし、心配した汚染も基準以下なら問題ないと思っていたが、湯田さんの話を聞いた上で万一を考えると、とてもではないが手を出せるような物件ではなかった。桐谷さんや湯田さんが渋い顔をするのは当たり前だろう。こうして現物を前にしてリスクを説明されると、自分達が如何に考え無しだった事か……午前中に桐谷さんが紹介してくれ湯田さんが案内してくれた山は、程良く整備されたうえ不要になったら売れる物件だったからな。
俺達はバツが悪い表情を浮かべながら、湯田さんの向けてくる眼差しから目線を逸らした。
俺達は湯田さんに一言断りを入れてから、少し離れた場所で集まり苦々しげな表情を浮かべながら話し合いをしていた。コレからの方針について、話し合わないと行けないからな。
そして俺は自分達の浅慮さに自己嫌悪を感じつつ、何とか口を開き言葉を絞り出す。
「少し、考えが甘かったね……」
「そう、だな。土地を買うって事を、少し簡単に考えすぎてたかもしれない。買った後にどんな手続きがあるかは調べてたけど、買った後……いらなくなった時にどうなるかとかまでは考えが及んでなかったよ」
「私もよ。1度所有したら、売れないのなら持ち続けるしか無いのよね。それこそ、子々孫々まで……」
俺達は顔を見合わせた後、自嘲の笑みを浮かべながら溜息を漏らす。練習場を作ろうと思い立った時、ダンジョンで稼いだからお金ならあるから簡単だ、そう思って俺達は気が大きくなって調子に乗りすぎていた。色々事情があるので専用練習場を作ろうとした考え自体は悪いモノでは無いと思うのだが、お金があるだけでは問題を解決する事は出来ない。確りとした知識を備えた上で、立地条件や処分する時の事を吟味する必要がある……俺達は準備不足過ぎた。
今思えば、重蔵さんの仲介のお陰で一足跳びに不動産業者と直接交渉出来ているが、この状況はある種異常な状況だ。不動産屋とのコネどころか、アパート賃貸契約などの経験も無い子供が、いきなり土地売買に手を出そうとしているのだ。普通にあり得ないだろ。
「コレは……重蔵さんに一杯食わされたのかもな」
「ああ、その可能性はあるな。俺達が安易な考えで土地売買に手を出して手遅れになる前に、知り合いの不動産屋に頼んで1度痛い目を見せておこうって……あの爺さんならやりかねないな」
「そして私達は思惑通りに重蔵さんの手の平の上で転がされていた、って訳ね」
頭痛を堪える様に額に手を当てる俺達の脳裏に、イタズラが成功したと重蔵さんが笑みを浮かべながら高笑いしている姿が目に浮かんだ。若干……いや、結構腹立たしいが、もし俺達が考えていた通りなら納得もいく。俺達が重蔵さんの話に安易に乗った段階で、重蔵さんなら俺達が調子に乗って浮ついている事に気付いただろうからな。
「「「はぁ……」」」
俺達は溜息をつきながら、疲れた様に頭を左右に振った。確かに気が大きくなって調子に乗っていた俺達の目を覚まさせるには、目の前に現実を突きつけるのが一番手っ取り早いよな。とは言え、まんまと術中に嵌まってしまったのは情けない限りだ。
若干疲れた半笑いを浮かべつつ、俺達は頭を切り替え前向きな話を始める。
「とりあえず、重蔵さんが何か企んでいたかって話は一旦脇に置いといて、コレからの事について話を進めよう」
「そうだな、その方が幾分気が楽になる。と言っても、既に結論は出ている様な気もするけどな」
「そうね。まぁ結論としては……ココは無いわ」
「「うん」」
疲れた様な表情を浮かべながら漏らした柊さんの意見に、俺と裕二は頭を縦に振って同意する。まぁ当然だな、湯田さんの話を聞いた上でココを買おうという気にはなれないよ。
俺達はそう結論を出すと、少し離れた場所で一人待たせてしまっている湯田さんの元に移動する。
「お待たせして、すみません」
「いえ、お気になさらないで下さい。それで、話は纏まりましたか?」
「ええ、はい」
裕二は若干緊張しながら、話し合いで出た結論を湯田さんに伝える。
「えっと、その……話し合いの結論としては、ココの購入は控えさせて貰いたいと思います」
「……理由をお聞きしても?」
「条件的にココは、私達の希望する条件に合致しています。ですが、やはり鉱山の存在がネックになりますね。検査の結果で現段階で汚染は基準値以下と聞いていますが、操業停止の理由が地下水による水没と聞いています。万が一地震等で汚染水が地下水に流入し、下流域に拡散した場合の被害が想像出来ません。ココの土地を購入した所有後に損害賠償請求された場合、とてもではありませんが私達の手に負えませんので」
「鉱山が操業停止してから半世紀以上経過していますが、今まで一度もそのような事態は発生していませんよ?」
「今まで無かったからと言って、コレからも起きないとは限りませんからね。特にこの災害大国と呼ばれる日本の場合は。そして次の理由としては、微量とは言え汚染源になり得るボタ山の存在ですね。近くにあるのでは流石に……」
裕二は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、湯田さんにココを購入出来ない理由を説明していく。
そして5分ほど掛けて理由を説明した後、俺達は軽く頭を下げながらお断りの言葉を口にする。
「折角遠い所まで案内して頂いたのですが、すみません」
「「すみません」」
「いえ、お気にならないで下さい」
頭を下げ断る俺達に湯田さんは、まぁ無理も無いなと言いたげな笑みを浮かべつつ軽く頷き了承する。湯田さんも流石に、この物件がスンナリと売れるとは思ってなかった様だ。
と言う訳で、内見2件目も購入断念という形で終了となった。いや、場所的には良い所なんだけど流石に、ね?
1度通った道という事もあり、帰り道は15分程で車を駐めた広場まで戻って来れた。まぁ当たり前だけど、背中に背負った湯田さんは行き道より気持ち悪そうな表情を浮かべ、車の運転席に座って休んでいる。2度目なのでオンブダッシュにも耐性が付いたかなと思ったど、寧ろ悪化した様な気がするな。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ、ありがとうございます。でも、もう少し待って下さい」
裕二は湯田さんに声を掛けつつ、持ってきていたお茶のペットボトルを手渡す。水分を取れば少しは気分も落ち着くからな……とは言ってもすぐに運転するのは無理だろう。と言うわけで、俺達は湯田さんの体調が戻るまで自然豊かな森を眺めながらのんびりと時間を潰す事にした。
それにしても事務所に戻ったら、桐谷さんにも謝っておかないといけないな。そんでもって今度こそ、ちゃんとした物件探しに協力して貰おう。ヤッパリ素人があれこれ一人で考えるより、ちゃんとプロの意見を聞いてからの方が良いよな。




