第354話 夢を見るのは自由だよな
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俺達は桐谷さんに紹介して貰った事務所近くの洋食屋さんで昼食を取った後、セットに付いてきたコーヒーを飲みながら今後の事について話をしていた。
流石に桐谷さん達の前では、気を使って本音で話す事が出来ないからな。
「で、二人はどうだった? 実際に内見してみた感想は?」
「そうだな。思ったより良い感じだったと思うぞ、まぁ条件的には不適合だったけどさ」
「そうね。レジャー目的で使うのなら、申し分ない所だったわ」
「俺もそんな感じだね。まぁ……練習場としてはちょっとアレだったけどさ」
全員の意見として、条件にこそ合致しなかったモノの、内見した山は良いモノだったというのが結論だ。まぁ元々が植林されていた山という事もあり、色々手が入っていたのでレジャー目的なら申し分ない山なんだよな。俺達の場合、練習場目的で山を探しているので余り整備されすぎているとなぁ……。
そして1件目の山についての結論が出た後、俺達の話は内見2件目の山について移る。
「1件目の山も良さそうだったけど、2件目の山も良さそうな感じじゃないかな?」
「そうだな、まぁ元鉱山って所が引っ掛かるけど。それに1件目の山もどれくらい処分場から離れているかによっては、再検討するのも有りかもしれないぞ」
「そうね。今は問題ないって言われているけど、もし買った後に地震や何かで鉱害混じりの水が地下水に流出、下流域が汚染されて……とかってなったら、私達じゃ責任取れないもの。購入してから数年は大丈夫かもしれないけど、所有期間が十年二十年って長期に渡るとしたら、その辺のリスクも考えないとイケないと思うわ」
「「「……」」」
一口に山を購入すると言っても、住宅地にある土地の様に売りたいと思った時にすぐ売れる様な代物では無いので、購入するとなれば慎重に検討しないと後々後悔する事になるだろう。コレから内見に行く山も元鉱山の為、売りに出されるも何年も売れ残ったと言う話だ。余程付加価値がある山でも無い限り、1度買ったら長期的に所有し続けなければいけないと思った方が良いだろうな。
特に今回俺達が求める山の条件は、一般的には買わない山の為の条件ばかり並んでおり、売値が安かろうが転売はほぼ不可能な物件になる。まず、買い手の需要がないだろうからな。
「それを考えると、購入より賃貸……年間を幾らとかで土地を借りた方が良いかもしれないね」
「そう、だな。今までは購入を前提で考えてたけど、条件的に転売不可能な物件に近い。別にリゾート開発をするとかじゃないから、賃貸出来るなら賃貸利用の方が良いかもしれないな」
「そうね……でも、山の賃貸利用なんて出来るのかしら?」
実際に売買の場に直面してみると、購入と言う選択肢に若干の躊躇を覚えてしまう。別に金額的には予算内で問題ないのだが、後々まで所持し続けるとなると、ね?
「……一応、その線でも桐谷さんに相談してみようか」
「そう、だな。素人の俺達だけで悩むより、専門家を交えて相談した方が良い案が出てくるかもしれない」
「そうね。まぁ無理だったとしても、少し条件を変えればマシな物件も出てくる筈よ……多分」
仮に賃貸は無理と言われたとしても、柊さんが言う様に多少条件を変えれば多少はマシな物件も出てくるだろう。何せ、今だしてる条件は一般的には劣悪な条件だからな。
「そうだね。まぁ2件目の内見もまだなんだし、賃貸の話を切り出すのは2件目の内見をすませてからにしよう」
「ああ。これから湯田さんに山まで案内して貰うんだ、その方が良いだろうな」
「ええ」
「「「はぁ……」」」
また面倒な頼み事をしなければいけない事に溜息を漏らしつつ、俺達はカップに残ったコーヒーを飲み干した。気になる事があったら遠慮無く言ってくれと言われているが、ヤッパリ言い出しづらい事を頼むとなると気が重くなるな。
そして何気なく店の壁に掛けられた時計を確認すると、集合の約束した時間の10分前になっていたので、俺達は慌てて会計を済ませ店を後にした。湯田さんに山まで案内して貰うのに、遅刻するのは不味いよな。
約束の5分前に駐車場に到着した俺達は、営業車の前で待っていた湯田さんに軽く謝罪混じりの挨拶をしてから車に乗り込む。別に約束の時間に遅れたわけではないけど、俺達が来るのを待っていて貰ったからな。
そして車は動き出し、2件目の内見へと向かった。
「今度の山がある場所までは、車でも1時間半から2時間はかかるよ」
「結構掛かりますね」
「まぁ1件目と違って、本当に山の中の山って場所だからね。直線距離ではそうないけど、山越えで峠道とかを通るからスピードは余り出せないんだよ」
「山道……悪路で道が悪いんですか?」
「いや? 悪くないよ、ちゃんと舗装されてるしね。だけど、道が細くなったり急カーブが多いから……」
助手席に座る裕二の質問に、湯田さんは正面を見ながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ答える。
どうやら内見する山は、向かうだけでも一苦労する場所にあるらしい。まぁ俺達が出した条件的には仕方ないんだろうけど、コレにプラスして徒歩で4時間か……まぁ売れないよな。
「そうですか……」
「一応、近くにローカル線の駅もあるんだけど……そのローカル線に乗るまでの移動にも時間が掛かるんだよ。事務所からだと、移動は車の方が便利だね」
「はぁ、なるほど……」
そんなんじゃ使えないな、駅は。移動する為の移動に時間が掛かるって……。もしこの山を購入する事になったとしても、俺達の使う移動手段は自転車だな。
「まぁその分、君達の希望通り殆ど人は来ないよ」
「それはありがたいですね。万が一、練習中に登山客とかが入り込んだら怪我をさせちゃう可能性がありますからね。確かに通りは不便ですけど、人が来ない方がどちらにとっても良い事ですよ」
「怪我を負わせちゃう可能性か……そんなに君達の練習は危ないのかい?」
練習場に迷い込んでくる招かざる客人の安全を気に掛けていると、湯田さんが練習風景に興味が出て来たらしく興味深げな声色で尋ねてきた。
まぁコレだけ安全の為に、人気が無い場所が良いと言ってるので気になるよな。
「そうですね……俺達自身はそうは思わないんですけど、端から見ると危険でしょうね。例えば俺達がピンポン球位の石ころを思いっきり投げたら、当たった人は確実に大怪我を負います」
「えっ?」
「それなりにレベルを上げた探索者なら、柊さんのような見た目華奢な女の子でもプロ野球選手以上の速さで投げられますからね」
「ええっ?」
裕二の返事を聞き、湯田さんはルームミラー越しに後部座席に座る柊さんに視線を向ける。湯田さんから無遠慮に怪訝気な眼差しを向けられた柊さんは、何とも言えない苦笑を浮かべながら小さく頷く。まぁ、探索者について詳しくない人がいきなりそう言われても、簡単には信じられないよな。
そして柊さんは苦笑を浮かべたまま、湯田さんの無言の問いに答える様に口を開く。
「本当ですよ。測った事はないので、正確な数字は分りませんけど、学校のテニス部が打ってた、サーブの球よりは速かったと思います」
「テニスのサーブよりって……確かアレって200km/hとかって言われてないかな?」
「確かそんな風に言われてたと思います。まぁ高校生のテニス部員が打つ球ですから、もう少し遅いとは思いますけど……」
「はっ、ははっ……そ、そうなんだ」
淡々と何でも無いかの様に答える柊さんの回答に、湯田さんは頬を少し引き攣らせながら小さく乾いた笑い声を上げていた。まぁ当然と言えば当然の反応か。
湯田さんは軽く頭を数回左右に振った後、軽く深呼吸しながらハンドルを握り直した。
「た、確かに君達の言う通りなら、人気が無い場所の方が良いという条件も理解出来るな。登山をしていたら突然、200km/h近い石が飛んできたら避けられる訳が無いからね。もしも当たりでもしたら、大怪我間違い無しだ」
「ええ。勿論そんな事故が起きない様に気を付けますけど、居ないと思っている所に人が入ってきたら絶対に起きないという事はありませんからね。それなら最初から、人気がない場所に練習場を作った方が良いに決まっています」
「そ、そうだね……」
湯田さんは動揺を隠せないと言った感じの表情を浮かべているが、なぜ俺達が辺鄙な場所にある物件を希望しているのか納得してくれたようだ。
そして暫く車内に何とも言えない空気が流れたが、何とか雰囲気を切り替えようと湯田さんがこれから内見する物件について話題を振る。
「そ、そう言えば、これから向かう物件なんだけど、元鉱山だったってのは知ってるよね?」
「えっ、ええ、事務所の方で説明を受けましたね」
「う、うん。それでなんだけど実はその鉱山、操業停止してから今まで一度も埋蔵資源の再調査がされてないらしいんだ」
「ええっと? それはどう言う意味なんですか?」
突然湯田さんから振られた話題に、俺達は意図が読めず首を傾げる。再調査がされていないと言っても、廃鉱にされたのならそれは当然の措置なのでは?
だが、そんな風に思っている俺達に向かって、湯田さんは愉快げな笑みを浮かべながら口を開く。
「慌てない慌てない、経緯を順番に話すね。実はこの鉱山、昔はこの辺りを治めていた領主の隠し金銀山だったらしいんだ」
「隠し金銀山? つまり、コッソリ掘っていた裏金的鉱山って事ですか?」
「そう、だから大規模な採掘が行われ始めたのは明治に入ってからになるんだけど、色々あって明治の終わりには採掘も停止、そのまま廃鉱になったっていう経緯なんだ。だ、か、ら……もしかすると鉱脈がまだ残ってるかもしれないんだ」
「「「えっ!?」」」
突然湯田さんから放り込まれた情報に、俺達は目を見開き驚く。
そんな俺達の反応に満足しつつ、湯田さんは更に情報を口にする。
「操業停止された明治の頃と比べて、今の採掘技術は進歩してるからね。昔は採掘不可能だった資源も、今の技術なら採掘が可能かもしれないんだ」
「ええっと、それはつまり……掘れば金銀が出てくるかもしれないって事ですか?」
「もしかしたら、だけどね。でも、夢はあるだろ?」
「「「……」」」
良い笑顔を浮かべそんな事を言う湯田さんに、俺達は少し呆れの混じった唖然とした眼差しを向けた。いや、まぁ確かに夢はあるかもしれない話だけど、流石に高校生に金銀の採掘の可能性を示唆するのは如何なんだろ? 話を本気にして、廃鉱に入ったらどうするつもりなんだ? まぁ微妙だった場の雰囲気を変えようと話の種として言い出したって事は分かるけど、若者の好奇心をイタズラに煽る話題は、ね?
それに……。
「あの、湯田さん?」
「なんだい?」
「説明の中にあった、色々って何ですか?」
半目になった裕二の指摘に、湯田さんは若干残念気な表情を浮かべながら視線を逸らす。
「……ああっ、気付きました? まぁ隠してないんで気付く人は気付きますよね」
「ええ。で、その色々って何ですか?」
「まぁ、お察しの通り、って所ですね。採掘中にちょっとしたトラブルが起きて、操業停止になったんですよ」
「そのトラブルって言うのは……地下水の漏水とかですか?」
裕二の質問に湯田さんは頷き、説明を続ける。
「ええ。採掘中に地下水脈に当たったそうで、採掘現場が水没し多数の死傷者が出てしまったらしいです。無論、水を汲み出し採掘を再開する事も考えられたそうですが……」
「汲み出した水に鉱毒が大量に含まれていて……って所ですか?」
「その通りです。当時は鉱毒の除去技術が未熟であり、大量の地下水問題もあって操業再開は難しいと判断され明治の終わりには廃鉱となりました」
「そんな所じゃ、例え金銀の鉱脈が残っていても、採掘再開なんて出来ないじゃないですか……。それに例え現代の技術で採掘可能だとしても、初期投資で幾ら掛かるか……」
軽く億は超えるだろうな。ゴールドラッシュの夢を見て安易に手を出したら、先ず間違いなく地獄を見る事になるだろう。そこまで考えた俺達は警告を兼ねて、変な煽り方をするなと湯田さんを軽く睨む。まぁ睨むと言っても、殺気や敵意の籠もっていない単なる非難的な眼差しだ。俺達が本気で威圧したら、一般人にはオフザケや洒落にならないからな。
すると湯田さんは少し肩をすくめながら、申し訳なさげな表情を浮かべつつ口を開く。
「すみません。一応依頼主からアピールポイントとして、この点も伝えておいてくれと言われているんですよ。ですので、ウチとしては煽る意図はありません。まぁ多少、ロマン感は込めましたけど」
「そうですか……でもアピールポイント、になるのか?」
「さぁ? 感じ方は受け取る人によって違いますからね……金銀の夢にロマンを感じた人はいるかもしれません」
どうやら湯田さんも採掘再開は現実的では無いと思っているらしく、アッサリと俺達の意見に同調する。まぁ夢を見るのは自由だけどね……。
そして俺達は湯田さんが運転する車に揺られて、1時間半ほど掛け目的の山の麓に到着した。さぁてと、本日2度目の山登りだな。




