第353話 内見2件目決定
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営業車を駐車場に止めた後、俺達は湯田さんの後に続いて2階の事務所へと移動する。事務所に入った湯田さんは俺達を応接スペースに案内した後、社長を呼んでくるので少し待っていて欲しいと言い残し3階へと向かった。
そして俺達は湯田さんを見送った後、事務所を出て行く前に湯田さんが用意してくれた冷えた麦茶を飲み喉を潤す。
「ふぅ、やっと帰って来れたね。大体……2時間ちょっと掛かったって所かな?」
「そんな感じだな。でも、山を歩き回って内見した割りには、早いほうじゃないか?」
「そうね。一応午前中の内に帰って来れたんだし、十分早足の内見よ」
俺達は麦茶を飲みつつ、湯田さん達が戻ってくるまで内見の感想を述べ合う。それにしても今回は運が良かった。湯田さんに車で案内して貰わなかったら、多分ココまで素早く内見を終える事は出来なかっただろうな。湯田さんに現地まで送迎して貰ったお陰で目的の山まで迷わず移動出来たし、無理をさせてしまったがノンストップで内見を終える事も出来た。恐らく地図片手に自分達だけで内見した場合、今の様に午前中で事務所まで戻ってくる事は出来なかっただろうな。
とまぁ、そんな事を口にしながら湯田さんが戻ってくるのを待っていると、大体15分ほどして湯田さんと桐谷さんが事務所に姿を見せた。
「すみません、お待たせして。湯田君からの報告を聞いていて、ちょっと時間を使ってしまいました」
「ああ、いえ。コチラこそ、湯田さんを案内に付けて下さりありがとうございました。お陰でスムーズに内見を行う事が出来ましたよ」
軽く頭を下げながら謝罪の言葉を口にする桐谷さんに、裕二も軽く頭を下げながら湯田さんを同行させてくれたお礼を述べる。
そして桐谷社長と湯田さんが向かいの席に座り、話し合いが始まった。
「ははっ、そう言って頂けると幸いです。ですが今回、私共が紹介させて頂いた物件が皆様のご要望にそぐわなかったと湯田君からの報告を聞き、申し訳ないという思いで……」
「いえ、コチラこそ要望をちゃんと伝え切れていなかったので申し訳ないと思っています。それに今回紹介して下さった物件は、自分達の要望にこそあいませんでしたが、とても素晴らしい物件だったと思います。寧ろ自分達の様な者に、こんな良い物件を紹介して頂いて貰えるなんて……と恐縮する思いです」
「いえいえ、コチラこそ確認不足で皆様に無駄足を運ばせてしまって……」
「無駄足だなんてとんでもない。今回内見をさせて頂いたお陰で、山を買うという事がどう言う事なのか実感させていただきました。普段触れない分野なので、どうしても世間に流れるイメージが頭にありますから」
「そう言って頂けると助かります」
裕二と桐谷さんは互いの不手際に不平不満を述べるでもなく、この経験を次に生かしましょうと笑みを浮かべ今回の内見に対する話を終わらせる。まぁ文句を言い合っても互いの益にはならないからな、落としどころとしてはこんなものだろ。今回の内見は双方で要望を確認し切れていなかった故に、希望の物件ではなかったというミスが起きたが、結果として擦り合わせを行う上で双方の認識を改めるという意味で良い糧になったと思うしな。
そして話に一段落が付いた所で、桐谷さんは持ってきたファイルを机の上に置いた。
「では、出発前に伺っていた条件の物件についての話をしましょう。時間があまりなかったので、2件ほどしかピックアップ出来ませんでしたが御覧下さい」
「ありがとうございます」
桐谷さんが出した物件紹介書を俺達は各々受け取り、素早く目を通していく。1件目の物件は、内見させて貰った山から近い場所にある山だ。山奥の中の山と言った物件らしく、生えてる木々も殆ど手入れの手の入ってない雑木林で木材としての価値はさほど無いらしい。その上、傾斜がキツく殆ど平地らしき平地はないとの事。確かに価格は安くかなり広い範囲が売りに出されてるけど、これは一般向けには売れない物件だな。
桐谷さんは、俺達が一件目の物件紹介書に大体目を通したタイミングを見計らい、補足説明を始めた。
「そちらの物件は、今回内見して頂いた山の奥にあります。内見して頂いた山は植林もされ、ある程度手入れの手も入っていましたが、今回ご紹介させて頂く山は、立地が厳しく、殆ど人の手が入っていません。未開の山、と言う表現が正しいでしょうね」
「と言う事は、野生動物も?」
「はい、駆除なども殆どされていないので居ると思います」
つまり、俺達の要望に合致する山という事だな。人の手が入っていない不整地で、コチラを警戒し敵対するかもしれない野生動物が豊富な山……練習場には丁度良い感じだな。
ただ……。
「なるほど……この、近隣に施設有りってありますけど、何の施設なんですか?」
「ああ、それは……」
紹介書の備考欄に書かれた項目を指差しながら尋ねる裕二の指摘に、桐谷さんは一瞬目を泳がせ言い淀む。何その反応? えっ、この施設って何かヤバめの施設なのか?
最初は桐谷さんも何とか誤魔化そうといった感じの表情を浮かべていたが、俺達の問い掛ける眼差しに根負けし施設についての説明を始めた。
「先に言わせて頂きますが、施設自体は今回紹介する山からそれなりに離れていますし、管理もされているので周囲に影響はありません」
「……そんな念を押した前置きをされるという事は、何か都合の悪い施設なんですか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。社会的にも必要な施設という点では、確実に必要な施設である事は間違いありません。実はですね、この施設というのは……産業廃棄物の最終処分場なんです」
「……最終処分場?」
最終処分場という言葉に、俺達は顔を見合わせ若干の嫌悪感を浮かべつつ眉を顰め合う。そんな俺達の反応に桐谷さんはヤッパリと言った表情を浮かべ、軽く溜息を吐いてから施設について説明を始める。
「はい。もちろん先に言いましたが、ちゃんと管理されている施設なので、周囲に影響はありません。ですが、多くの方は往々にして、この手の施設に嫌悪感をもたれますので……」
「ああ……まぁ、そうですね」
桐谷さんの台詞に、俺達は曖昧な表情を浮かべて視線を逸らす。実際、俺達も文字ヅラを聞いただけで嫌そうな表情を浮かべたからな……。
「この施設にゴミを搬入する車両が通る道も、今回紹介させて貰った山とは別の場所を通りますので、恐らく搬入車両を目にする事はありません」
桐谷さんは問題ないと主張するが、やはり心配になる。偶にニュースなどで、この手の施設に過剰にゴミが搬入され、管理しきれず汚染物質が流出した……等と言った話を聞くからな。
しかも、その手の悪徳業者は摘発されるとそのまま倒産し、ゴミの処分も曖昧になるとかあるらしいし……近くに有害物質がそのまま放置される可能性があると思うと、安全だと言われても躊躇する。
「……どうやらお気に召されないと言った感じですね」
「ああ、えっと、その……すみません」
「いえ、お気になされないで下さい」
最終処分場の説明を聞いてから無言で手元の紹介書に視線を落とす俺達の姿に、桐谷さんは残念気な表情を浮かべながら軽く頭を左右に振る。
まぁ桐谷さんも俺達が選ばない可能性がある事が分かっていた様で、俺達が軽く頭を下げて断ると一瞬だけ残念気な表情を浮かべたが、すぐに表情を笑顔に戻し気持ちを切り替えていた。
1件目の物件は条件に合ったものの、周辺施設のせいで却下となった。価格に対し売りに出されている面積もかなり広かったので、中々良かったんだけど……まぁ、気になるものは気になるんだからしょうが無い。
と言うわけで、気持ちを切り替え2件目の物件紹介書に目を通していく。
「2件目の物件は、少し離れますが廃坑になった元鉱山地帯を中心にした場所になります」
「廃坑……何を採掘していた場所なんですか?」
「主に採掘していたのは金や銀だったそうです。明治の終わりには採掘し尽くしたらしく、鉱山地帯だったのは、100年近く前の話ですね」
「100年前の鉱山ですか……」
資料を見る限り、山奥の山と言った場所ではあるが元鉱山地帯という事もあり、小さな建物が建てられるくらいの平地はある様だ。1件目の物件に比べ少し離れているが、近くにローカル鉄道の駅もあるので車がなくても行けない事もないかな?
まぁ、俺達なら自転車移動の方が早そうだけど。
「はい。廃坑辺りまで道は一応通っていますが、細い人道があるだけですので車で現地まで行くのは無理です。麓から徒歩で移動する事になりますが、山を幾つか越えるので歩いて4時間は掛かりますね」
「山道を4時間ですか……」
まぁ、その程度なら問題ないかな? 山道を4時間、高低差を考えると……12、3キロくらいだろうし。
それくらいなら走れば、30分もかからないと思う。
「移動に時間が掛かる分、条件に有った様に、殆ど人は来ないと思いますよ。基本的に、廃坑を目指して登らない限り、到達する様な場所じゃありませんからね。近くの山も、登山目的で利用されている山ではありませんし。それに……自然豊富で多種多様な野生動物の住処にもなっています」
「そうですか……それは助かりますね」
人が来ないという点はプラスポイントだ。俺達の場合、本気で訓練している姿は色々な意味で見せられる様なものじゃないからな。あと、多種多様な野生動物って言って誤魔化しているけど多分、熊や大型のイノシシなんかも出るんだろう。
「それとコレは補足になるんですが、元々鉱山があった関係で地下には坑道が張り巡らされています。皆さんの利用目的的には問題ないと思うのですが、整地をして大型の建物を建てようと思った場合、かなり大規模な地盤補強工事が必要になるかと」
「つまり、足下は穴ぼこだらけという事ですか? もしかして、突然陥没するとか……」
俺達は穴ぼこだらけと聞き、陥没事故多発地帯なのかと思ったが、桐谷さんは少し慌てて右手を顔の前で左右に振って否定する。
「いえいえ、そんな事はありませんよ。坑道だらけと言っても、地下深くの場所です。そうそう地表に影響が出る事はないです。ですが、一応ご注意をと」
「なるほど、そう言う事でしたら了解しました。あの……それと、もう一つ確認したいんですが、鉱山という事は、鉱害とかって大丈夫ですか? 歴史の教科書とかで、昔の鉱山開発は鉱害との戦いだった、みたいな事が書かれていたと思うんですが……」
鉱山と聞くと、真っ先に心配したのは鉱害だ。採掘する際に、有害物質を含んだ地下水が地表に流出し周辺環境を汚染していたという現象。現在では処理施設などが鉱山に併設され解決しているらしいが……明治時代に操業していた鉱山。鉱毒対策が万全に整っていたとは考えづらい。この手の鉱害は長期間影響が残るというので、閉山から100年経っているとは言っても……不安だ。
「確かにその心配は当然だと思います。ですが、ご安心下さい。ウチで管理する様になってから、調査を行っておりますよ。地表を始め、地下数十メートルの土壌、地下水、動植物等々、国が定めている環境基準値は全てクリアしています」
「と言う事は、鉱毒関係は考えなくても大丈夫と言う事ですね?」
「はい。少なくとも、地表部は先ず問題ないと思われます。勿論、坑道跡に入られたりしなければ、ですけど……」
「ははっ、流石に、管理されていない廃坑が、危険な場所だと言うのは理解してますよ」
廃坑に入った場合、ウチでは安全は保障しきれないと念押ししてくる桐谷さんに、裕二は軽く笑みを浮かべながら当然だと返す。確かに廃坑なんてものがあったら、俺達の様な若者だと好奇心で中に入ろうとするかもしれないと思うよな。そして事故が起きた時、桐谷さん達が売ったから悪いとか言われたら溜まったものじゃない。予防線を張るのも、無理はないな。
そして俺達は物件紹介書を改めて見ながら、桐谷さんに色々と確認していく。
「売りに出されている面積が、ほぼ山が丸々1つって感じの広さなんですけど……コレでコノ値段って本当ですか?」
「はい。元々この山を所有し鉱山経営をしていたオーナーさんが手放したいとの事で……廃坑含め山一つ分と言う事になります。既にウチに預けられ十年以上経ちますが、モノがモノだけに売れずに価格もドンドン下がり……」
「この値段に落ち着いたと?」
「はい。元々鉱山という事もあり植林等もされておらず、価値がある木々も余り生えていません。それと採掘の影響か岩肌が剥き出しの部分も多く、場所によっては脆くなっていて落石の危険もあります」
ハッキリ言ってコノ山は、桐谷さんが言い淀むように塩漬け物件だ。一般的な購入希望者では、ココまでの悪条件が揃っていると購入に二の足を踏む。オーナーさんに預けられてから、十年以上売れなかったのも無理はない。
だが、俺達からすると購入の検討に値する好物件である。と言う事で……。
「あの、この物件……内見出来ますか?」
「!? えっ、ええ、もちろん。 ですが、よろしいんですか? 紹介した私が言うのもアレですが、結構アレな物件ですよ?」
「ええ、勿論分かってますよ。寧ろ俺達の要望に添う物件が、こんなにすぐ出て来るとは思っても見ませんでした」
「はっ、はぁ……」
桐谷さんは裕二の返答に、困惑と罪悪感が入り交じった表情を浮かべるが、同席していた湯田さんはそうだよな!と言った、納得いったという表情を浮かべていた。湯田さん、俺達に慣れたというか染まったというか……普段の営業で支障出ないかな? 大丈夫だよね?
とまぁ少々ゴタついたものの、昼食休憩を挟んでから再度湯田さんに同行して貰って、本日2度目の内見を行う事になった。さぁて、この辺りに何か美味しいモノ食べられるお店ってあるかな?




