第352話 内見終了
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獣道に近い道を通りながら、俺達は湯田さんの後を追って山の奥へと進んでいく。まぁ獣道と言っても、それなりに手が入ってるのか枝や下草を切り分けて……と言った様な道ではない。単なる未整備の山道と言った具合だ。
とは言え、山道になれていない一般人には普通に歩きづらい道だろうけどな。
「売りに出されている区画の中央は、もう少し先になります」
「? 中央って事は、ここら辺も売られてる区画って事ですか?」
「はい。車を置いた広場から、今歩いてきた道沿いは全て売りに出されている区画に含まれてます」
湯田さんに続いて数百メートルは歩いているので、売りに出されている区画はかなり広い土地って事になる。もしかしたら、一辺当たり1キロ程はあるかもしれないな。
俺達は、湯田さんの説明を聞いた後、辺りを見回し、山中を観察する。それなりに均等に立ち並ぶ、統一された同種の木々、山肌への採光を考え、適度に間伐されているらしい空間。周囲の状況から察するに、俺達はある考えに達する。
「あの湯田さん、ココって植林されてる山なんですか?」
「ええ、はい。オーナーさんが林業をされてる方で、この辺りの木々は何十年も前に植林されてると聞いてます。ですが昨今の国産材木の不振のせいで、若干放置気味になっているらしいですよ」
「なるほど、そうなんですね。道理で、綺麗に木々が並んでると思いました……」
湯田さんに質問をした裕二は答えに納得した様に軽く頷いた後、辺りを見回し少し目を細めていた。まぁ、何となく裕二の考えている事が分かるけどな。そこそこ手入れされている植林エリア……つまりは、気が付くと人がいる可能性がある場所って事だ。
俺達は人目は避けたいので、普通の買い手にはプラスポイントでも俺達にとってはマイナスポイントになるって事だな。
「ええ。それに定期的に手を入れているお陰か、危険な野生動物も滅多に出て来ませんしね」
「野生動物からすると、定期的に人の手が入ってるから縄張りにし辛いって事ですね」
「はい。と言っても、滅多に出ないのであって、絶対に出て来ないという訳ではないので、気を抜く事は出来ませんけどね。今はいなくても、他の山から移ってくるって事は十分ありますから」
「そうですね、気を付けます」
危険な野生動物の有無は確かに重要なポイントだよな。幾ら広く安くても、危険な野生動物が多数出没する山とか怖くて仕方が無い。まぁ一般人にとっては、って但し書きが付くけどな。
俺達? 俺達は普段から敵対的な危険野生動物?が多数いるダンジョンに自分達から潜ってるんだ、今更気にする様なポイントではない。
「あっ、そろそろ中心部ですよ」
先を進んでいた湯田さんがそう呟くと、俺達の前に山の中に切り開かれた30メートル四方ほどの広場が姿を現した。
「駐車した広場から結構歩きましたね……500メートルくらいですか?」
「大体そのくらいですね。ココはオーナーさんが切り開かれた場所です。元々は休憩小屋を建てようとされていたらしいんですけど、色々あって切り開いただけで終わり……」
「この広場だけが残ったと?」
「そうらしいです」
開拓済みの広場があるというのは中々高ポイントだな。と言っても、ここに至るまでの道が未整備なので、資材搬入や機材搬入が中々難しい立地だ。ココに何か建物を建てようと思えば、先ずは道の整備から始めないといけないんだろうが……500メートルの道か。
業者に頼んだら、幾らかかるんだ?
「さて、じゃぁ次の内見ポイントに移動しようと思いますけど……休憩挟みますか?」
「いえ、コレくらいなら全然大丈夫ですよ。寧ろ、湯田さんこそ大丈夫ですか? 結構山道を歩きましたし、疲れた様でしたら遠慮無く言って下さいね」
「ははっ、ありがとうございます。まだ大丈夫ですので。では、次の内見ポイントに移動しますね」
と言う訳で、まだまだ大丈夫だとアピールする湯田さんに率いられ、俺達は次の内見ポイントへと移動する事になった。それにしても、駐車場、建築可能な広場、付加価値のある植林エリア、危険な野生動物無し……本当に良い物件を紹介してくれてるな。
まぁ今の所、俺達の評価としてはマイナスよりの物件だけどさ。
1時間ほど掛け散策し内見を終えた俺達は、駐車場に戻ってきた。初めての内見だったが、中々面白かったかな。まぁ面白かったからと言って、買うかどうかは別の話だけど。
それよりもだ、問題は俺達に特別疲労は無いが、意地を張ったせいで湯田さんがダウンしている事だ。暫く休憩を取らないと、帰りの運転はきついだろう。
「……大丈夫ですか?」
「ははっ、すみません。ちょっと休憩させて下さい」
「ええ、勿論良いですよ。十分休んで下さい」
「ありがとうございます」
湯田さんは扉を開け車の運転席に腰を下ろしタオルで汗を拭きながら、肩を落とし背中を丸め全身で疲れたと表現していた。そんなに疲れていたのなら、意地を張らずに途中で休憩を挟めば良かったのに……俺達はそんな事を思いながら、息を整える湯田さんを眺める。
そして少し休んだ後、湯田さんは俺達に向かって質問を投げ掛けてきた。
「それより、どうでした? 内見してみた感想は?」
「そうですね……とても良い物件を紹介してくれているんだなと思いました」
「俺もそう思いました。ココまで環境が整っている物件は、そうそう無いんじゃ無いんですか?」
「私も、ココまでの好物件を紹介して下さるなんて思っても見ませんでした」
俺達は口々に、内見した物件の感想を述べていく。本当に、ココまで良い物件を紹介してくれているとは思っても見なかったよ。中心部へ向かう道すがらに見た場所だけではなく川や岩壁、見晴らしの良い高台なんて場所もあったしな。普通に良い物件だ……一般の購入希望者にとっては。
「そうですか。良かった、好印象だったようですね」
「ええ、ですが……」
「ですが?」
「ちょっと希望していたのとは違うかな?って……」
「ええっ!?」
湯田さんは裕二のまさかの回答を聞き、驚きの表情を浮かべていた。まぁコレだけ好物件を紹介し、手応えも良さそうだったのに、まさかのお断り……何故!?って思うよな。
裕二は詰め寄ってきそうな雰囲気の湯田さんを軽く手を上下させ押さえつつ、理由を説明する。
「ええっと、落ち着いて下さい。幾つか理由はあるんですけど、何と言うか、ちょっと整備されすぎてるかな……って感じなんです」
「……整備されすぎている、ですか?」
「はい。俺達が求めているのは、どちらかと言うと整備されていない山です。それこそ、人の手が殆ど入っておらず野生動物も沢山いる様な……」
「ええっ? ですがそれでは……」
湯田さんは裕二の回答に困惑した様な表情を浮かべ、言葉の意味を考え込む様に視線を泳がせる。まぁ普通の客だったら、断るにしてもあり得ない回答だからな。
だが、俺達は普通とは違うお客だ。
「俺達が今回買おうとしているのは、探索者としての練習が出来る山なんです。不整地の走破訓練や不意打ちに慣れる練習としては、起伏の激しい荒れ放題の雑木林の方が練習になりますし、野生動物がいるのも索敵や警戒の練習になります。ですが、そうなると今回案内して貰った山はその、練習場としてはちょっと……」
「はっ、ははっ、な、成るほど……」
裕二の回答に、湯田さんは若干頬を引き攣らせていた。まぁ、そうなるよな。いま挙げた購入希望条件は普通、購入を断る時に挙げる理由だ。いま挙げた条件の山だと、不動産屋としては不良債権的な山でしかないからな。余程悪質な不動産屋でもなければ、先ずお客に勧めたりしない。
そんな不良債権的な山を、好物件を内見の後に買いたいと言われれば顔の1つも引き攣るというものだ。
「ですので、折角案内して頂いたんですけど、今回の山は購入は見送ろうかな、と」
「そ、そう言う理由でしたら仕方が無いです……よ。ええっと、コチラこそ条件に合う物件を紹介出来ず、申し訳ありません」
「いえ。コチラこそキチンと条件を伝えきれず、すみません」
納得がいかないと言った表情と困惑した表情を浮かべつつも、希望する物件を紹介出来なかったと頭を下げ謝る湯田さん。それに対し俺達も変な条件を出し申し訳ないと、バツの悪い表情を浮かべながら揃って軽く頭を下げた。
何と言うか……事前に互いの認識を擦り合わせるのって大事だよな。
休憩を終えた湯田さんは、再び俺達を車に乗せ事務所へと走り出す。内見はある意味失敗に終わってしまったが、今回内見したお陰でどう言った感じで山が売りに出されているのかが良く分かった。区分けされ売りに出されているのが気になっていたが、実際に見てみるとアレだけ広い範囲だと山丸々1つ購入出来ないのかとか気にしなくても良いかなと。まぁ可能であれば、山丸々所有の方が都合は良いんだけどな。とは言え、内見をしたお陰で具体的なイメージが出来るようになってきたな。
そして湯田さんと俺達との条件の擦り合わせが出来たお陰で、車内で具体的にどんな山があるのかと言った話を行っていた。
「それにしても君達が希望していた山が、そんな条件の山だなんて考えもしなかったよ」
「ははっ、まぁそうですよね。普通に考えると、かなり劣悪な条件を挙げてますから」
車に乗ったせいか、湯田さんの口調も再び砕けた感じになっていた。まぁ、こっちの方が話し掛けやすいので良いんだけどさ。
「でもその条件だと、逆に見付けるのが難しいかもしれないね。人里近い山は、大なり小なり人の手が入っているからね」
「まぁ、そうなりますよね」
「山奥の中の山奥とかいった場所なら条件に合う山はあるかもしれないけど、今度は交通の便がなさ過ぎる様になっちゃうからね。徒歩で片道1日とかってなると、流石に君達でも購入を見送るだろ?」
「徒歩で片道1日、ですか……」
片道徒歩1日、疲労や高低差を無視して時速4キロとすると96キロか……96キロ? あれ……問題なく移動出来る距離じゃないか? フルマラソンだと一般人でも4時間半くらいだから、探索者なら……うん行けるな。俺は思わずそう思い、裕二と柊さんに確認の視線を送る。すると裕二と柊さん、同じような視線を俺に向けてきていた。
あっ、やっぱり二人もそう思ったんだ。
「ほら、無理だろ?」
「あっ、いえ……その、無理って言う程の距離じゃない、かも? 多分走れば、2,3時間で到着出来ると思います」
「……はぁ!?」
湯田さんは思わず驚きの声を上げ、驚愕の表情を浮かべながら顔全体を裕二の方に向け見つめてきた。って! 危ない!危ない! 今は運転中なんだから、前を見て前を!
「湯田さん、危ないですって! 前見て運転して下さい!」
「っ!? ああ、すまない!」
俺達の焦った声で発した警告に、湯田さんはすぐに正気を取り戻し前を向く。幸い直線で道路も空いていたと言う事もあり、事故にはならなかったが危ない真似は止めて貰いたい。まぁ、その原因を作ったのは俺達なので、何とも言えないけど。
湯田さんは前を見ながら何度か深呼吸をした後、顔を前に向けたまま質問を口にする。
「100キロ近い距離を本当に、2、3時間で移動出来るのかい?」
「え、ええ。高レベルの探索者なら、原付並の速度を数時間は維持出来ますから。100キロ程度なら、問題なく移動出来る距離ですよ」
「そ、そうなんだ……高レベル探索者って凄いんだね。テレビの特集とかで探索者の事はある程度知ってたけど、まさかそれほどの能力があるなんて……」
「まぁ、あまり大声を出して宣伝する様な事じゃありませんからね。知らなくても仕方ないと思いますよ」
「ははっ……はぁ。成るほど、そんな事が出来るのなら確かにあんな条件の山を買おうとしているのにも納得がいくって感じだね」
湯田さんは何かを悟った様な表情を浮かべ、疲れた様に溜息を漏らした。自分が信じていた常識が崩された、そんな表情にも成るか。
そして湯田さんは一瞬ハンドルから手を離し自分の両頬を叩き気付けをした後、目線だけ俺達に向けて口を開く。
「良し分かった! 君達が望む物件は、俺が必ず見つけ出してみせる! 社長にも、俺を担当にしてくれってお願いしてみるよ」
「えっ? えっ?」
「なぁに、これからは探索者向けの物件も扱うケースも増えていくだろうから良い経験だよ。どうも探索者が求める物件は、普通のケースとは大きく違うみたいだからね。君達の依頼を通して、ノウハウを蓄積しようって事さ。だから君達も遠慮無く物件に関する条件を言ってくれ、全力で対応させて貰うよ!」
「えっ、はい。あの……ありがとうございます?」
何か良く分からない内に、気合いを入れ直した湯田さんは何時の間にか俺達専属の担当を買って出てくれた。いや、まぁ確かに専属で対応して貰える方が何かと便利だけど……良いのかな?
そして湯田さんが運転する営業車は、困惑する俺達を乗せたまま事務所裏の駐車場に到着した。




