第351話 山見学へ向かう車内で
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お茶を飲みながら暫く待っていると、扉が開き桐谷さんが戻ってきた。桐谷さんの後ろには少しラフな作業着姿をした20代半ばの男性がついており、恐らく彼が山見学への同行者なのだろう。
まぁ今から山登りをしようというのだ、流石にスーツ姿というわけにはいかないからな。
「お待たせしました。紹介します、皆様の見学に同行してくれる湯田良治君です」
「湯田です。よろしくお願いします」
桐谷さんに紹介された男性、湯田さんは軽く頭を下げながら挨拶をしてきた。
「コチラこそ、よろしくお願いします。広瀬です」
「九重です。よろしくお願いします」
「柊です。お手数をお掛けします」
俺達は椅子から腰を上げ、湯田さんに軽く頭を下げながら自己紹介と挨拶をすませる。
そして俺達が挨拶をすませたのを確認し、桐谷さんは湯田さんに車の鍵と地図を手渡していた。
「では湯田君、御客様の案内を頼むね」
「はい社長、お任せ下さい」
「では皆様、湯田君の後に付いていって下さい。建物の裏手にある駐車場に営業車がありますので御案内します」
「ありがとうございます、桐谷さん。湯田さん、よろしくお願いします」
「はい、コチラこそよろしくお願いします」
と言う訳で、俺達は桐谷さんに一言断りを入れてから湯田さんの後に続いて事務所を後にし、建物の裏手にあるという駐車場へと移動する。駐車場には桐谷不動産と書かれたステッカーが貼られた2台の白いワンボックスカーが止まっており、コレが桐谷さんが言っていた営業車なのだろう。
「どうぞ、手前の車を使います」
「あっ、はい」
湯田さんに促され、俺と柊さんがワンボックスカーの後ろの席に座り、裕二が助手席に座る。重蔵さんの紹介で訪ねているので、一応メインは裕二だからな。
そして湯田さんは俺達が乗り込み終えた事を確認してから、運転席に乗り込んだ。
「では出発します、お手数ですが後席もシートベルトを着用してください」
「あっ、はい」
全員がシートベルトを着用したのを確認した後、湯田さんの運転する営業車は駐車場を出発した。
山へ向かう道中、営業車の中で俺達は湯田さんの投げかけてくる質問に答えていた。やっぱり俺達のような高校生が山を買うと言うのは珍しい……と言うかまず無いので、それを実行できる資金力を得られる探索者業について気になるようだ。まぁ一回りも年齢差が無い若者が、不動産屋の客になったら気になるよな。さっきまでは社長の湯田さんが一緒に居て控えていたようだが、誰の監視も無い車内だから気が緩んだらしい。俺達は別に気にしないから良いけど、他のお客さんにはしないように気を付けてくださいね?
湯田さんは事務所で見せていた営業マン然とした姿ではなく、年の近いお兄さんと言った感じで話しかけてくる。
「へー、やっぱり探索者って儲かるんだね」
「うーん、どうでしょ? 確かに初期の頃はどんなドロップアイテムでも希少品扱いで高値で買い取ってもらえましたけど、今は探索者の数も増えて供給量が増えたので、買い叩かれる……は言い過ぎかもしれませんけど、大体の品物はかなり安値で買い取られてますね。例外的に今も高額で買い取られるのは、スキルスクロールやマジックアイテム系だけですね」
「なるほど、確かに供給が需要を上回れば価格が下がるのは経済の基本だもんね。俺達側から見ると最近は色んな所でダンジョン産の食品とか扱うようになってきたなで済むけど、探索者側から見たら競争相手が多くなって安くしないと買い取ってもらえないって事か……」
「ええ。俺達は初期組に近い立ち位置で探索者を始められましたから、その恩恵を受けられ早い段階で初期投資分を回収して、ある程度資金を貯められました。だけど、今から探索者を始める人は……」
裕二は湯田さんから視線を逸らしつつ、気まずげな表情を浮かべながら窓から車外の景色を遠い目で見ていた。うん、裕二がそういう表情を浮かべるのも理解できる。今の低階層帯のドロップアイテムの買取相場って、初期の頃に比べたら何分の1だ? 必死にモンスターと戦って得たドロップ品が、下手したら数百円にしかならないからな。ベテラン勢ならまぁそんなモノかで納得できるけど、新人探索者からしたらたまったものじゃない。ほんの数ヶ月、1年に満たない期間で天国と地獄だからな。数ヶ月先輩の探索者の羽振りの良さを見て探索者を始めてみたら、高価な装備を整え戦えど戦えど何時になったら初期投資分だけでも回収できるか分からない日々……。
余程運が良いかベテラン勢の手厚いサポートが無いと、今から始めて儲かる仕事とは言えないよな探索者って。
「今と昔……数か月前とでは、そんなに差があるのかい?」
「ええ、はい。2月……いえ、3月くらいですね。その辺りから始められていたら、まだ大分マシな探索者デビューが出来ていたと思います。年度が明けてから、企業系が本格的にダンジョン産業に参入してきましたからね。本格的に商売としてやるとなると個人では……少し厳しいですね」
「なるほど……でも、君達はそんな中で専用練習場を作ろうとしているって事は、それなりに利益が出せる上位の探索者って事なんだろ?」
「運が良かっただけですよ。偶々上手くスタートダッシュが決められたお陰で、今があるんです。湯田さんもご存知でしょうけど、家って武術道場を経営しているじゃないですか? お陰で他の探索者が手探りでモンスターと戦っていたのに対して、俺達は戦うための基礎が出来ている状態だったので皆の一歩先を行けたんですよ」
裕二は俺達が成功出来ている本当の理由を、それっぽい理屈を並べて誤魔化そうとする。俺達が隠しておきたい秘密を知らなければ、裕二の家の道場で前から鍛えていたから俺達は成功出来たのだと思って貰えるはずだ。特に重蔵さんの事を知っている人であれば、その孫である裕二が一角以上の腕前の持ち主であり、パーティーメンバーとしてダンジョンに同行する俺と柊さんも並以上の腕前が元々あったと、武術関係者以外は誤解してくれる可能性は高い。流石に幻夜さんの所レベルの武術関係者はだませないだろうけど、重蔵さんの事を知っていても武術に関係ない人なら重蔵さんの孫なら……と言う思い込みもあって誤魔化せるはずだ。
現に話を聞いていた湯田さんも、真剣な表情を浮かべながら語る裕二の話を疑った様子も見せずにいるしな。そうそう念の為に言っておくけど、裕二は言っていない事はあっても嘘は言ってないぞ。
「なるほど……。やっぱり探索者になるなら、武術経験も必要なんだね」
「ええ。武術経験が無くても探索者を出来なくは無いでしょうけど、本格的に探索者を目指すのなら基礎レベルだけでも習得はしておいた方が良いですね。確かに探索者になればレベルアップと言う強化方法を取得し、常人以上の身体能力を得られます。ですが、あくまでも常人以上の身体能力を得られるだけであって、常人以上の身体能力を使いこなせる訳ではありません。武術経験がある探索者はそれなりに使えている人が多いですが、武術経験が無い探索者は持て余して振り回されてる感じの人が多いですね。武術とは体の動きを正しく認識し自覚した上で操る操作技術ですので、基礎を知っていればレベルアップ強化で得た身体能力に振り回される事は少なくなります。俺達が他の探索者達と差を付けられたのは、武術を学んでいたお陰で強化された体の動かし方をいち早く習得出来たのが大きいですね。だから先程、運良くスタートダッシュが決められたと言ったんですよ」
「他の探索者達が強化された体の制御に四苦八苦している間に、君達はいち早く混乱を抜け出たと言う事か……確かにスタートダッシュに成功したと表現出来るね」
「はい。お陰で入場制限が掛けられた混乱期も、特に巻き込まれる事もありませんでした。まぁ流石に、探索希望日の抽選には漏れましたけどね」
裕二は苦笑を浮かべつつ、湯田さんに軽く冗談っぽい言葉を漏らして話を締めくくった。
すると湯田さんは小さく溜息を漏らしながら、若干羨ましげな表情を浮かべながら口を開く。
「はぁ……俺も探索者をやってみようかと思ってたんだけど、そう甘い物じゃ無さそうだね」
「湯田さん、探索者をやるつもりだったんですか?」
「ああ。元々探索者にはダンジョン協会設立時の頃から興味自体はあったし、大学時代の友達も探索者をやってるって話を聞いてたからね。最近になって時間も出来はじめたから、趣味か副業レベルで探索者をやってみようかと思っていたんだよ」
「へー、そうなんですか。でも、なんで今頃になって? 話から察するに、ご友人に誘われた事もあったんじゃないですか?」
「そう言う誘いもあったよ? でもこの仕事柄、ダンジョンが出現してから最近まで天手古舞いの状態が続いてね……。ダンジョンが出現した最初の頃は、近所にダンジョンが出現したから引っ越したいんだけど良い物件はないのかって問い合わせが殺到。引っ越し騒動が落ち着いたと思ったら、ダンジョン特需を見込んだ企業系の新規出店先の土地や建物を探す依頼が殺到して、つい最近まで落ち着かなくてね……ホント忙しかったよ」
湯田さんは全身から疲れ果てたと言った雰囲気を醸し出しつつ、ダンジョン出現騒動から不動産業界で起きた裏話を俺達に愚痴混じりに話してくれた。
例えば初期の頃、近くにダンジョンが出現したので規制がかかり商売上がったりだから店を畳みたいと売買を依頼した人がいたそうなのだが、事情が事情な為に当然その様な訳あり物件がすぐに売れるはずもなく、ダンジョン特需の兆しが見え売れるまで依頼人から、まだ売れないのか!?と言った怒りの電話が連日鳴り続けたそうだ。他にもダンジョン特需が見込める様になった頃にも色々あったらしく、一例としてはダンジョン近辺の土地が高騰し始めたのを目にし、売買契約締結間際で売り渋りを始めたオーナーがいたそうで大問題となり、両者を宥め賺し和解させるのに大変手間が掛かったらしい。
「世間がダンジョンブームで湧いてる頃、不動産業界ではそんな事が起きていたんですね……」
「一般的には知られ無い事なんだろうけど、当事者としてはたまったものじゃない騒動だったよ。まぁその流れも、最近では落ち着きを取り戻し始めたんだけどね。お陰で趣味や副業に回す時間も取れる様になり始めたから、話題の探索者ってのをやってみるか!って考えていたんだけど……」
「俺達の話を聞いて、辞めといた方が良いかもと考え直したと? ……すみません、何か湯田さんの意欲をへし折っちゃう形になってしまったようで……」
「いや、そこは気にしないでくれ。寧ろ俺は今の時点で探索者業がどんな状態になっているのかを聞けて、良かったと思ってるんだからさ。もし何も知らずに探索者になっていたら、趣味だ副業だって言ってられない状態になってたかもしれないから」
「……そう言って貰えると幸いです」
口では参考になったと言う湯田さんだが、その顔には力の無い笑みを浮かべており、裕二は申し訳なさげな表情を浮かべながら視線を窓の外に逸らしていた。うーん。何と言うか、意図せず人の夢を壊してしまっていたって感じだな。
この後、しばらくの間車内には何とも言い難い沈黙が広がってしまった。
簡易舗装された林道を進んだ先に、少し広めに切り開かれた駐車場兼広場が広がっていた。湯田さんは車を止め、俺達に降りる様に言ってくる。どうやらここから先は、徒歩移動になるらしい。
まぁ山の中腹辺りまで車で来れるだけ、十分道は整っていると言って良いんだろうな。
「さて、先ずは皆様お疲れ様です。目的の売り地は、ここから少し徒歩移動した先になりますので、私から離れない様に付いてきて下さい。あまり離れられますと道に迷ったり、怪我を負われたりする危険がありますのでお気をつけ下さい」
車から降りた湯田さんは車内で崩していた態度を改め、事務所で初めて会ったときのような営業マン然とした姿……気合いを入れ直した姿を俺達に見せる。まぁあまり整備されていない山の中で気を抜いていたら危険だからな、湯田さんが行った雰囲気切り替えも俺達……見学客に対する一種の警告を兼ねているのだろう。車内での親しげな態度と今との落差があるほど、見学客も気を引き締めないとなと感じるからな。そう考えると湯田さんの先程までの親しげな態度も、見学客の安全確保を確かにする湯田さんなりのテクニックなのかもしれないな。
そして俺達は歩き始めた湯田さんの背中を追いながら、本格的な売り山見学を始めた。




