第32話 大乱戦と微妙に使えないスキル
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手痛い教訓を学んだ俺達は暫くの間、7階層に居るゴブリンを相手に対人型モンスター戦の経験を積んでいく。良くファンタジー物のゲームや漫画で、新人冒険者がゴブリン狩りに精を出す意味を身を以て知ったからだ。
確かに、十分ゴブリンで人型モンスター戦の基礎を積んでいなければ、コレ以上の敵となど戦えないな。
「ふう。こっちは終わったぞ?」
「コッチもだ」
「私も」
俺達の足元には、首筋から血を大量に流すゴブリン達の死体が複数転がっている。落ち着いて対処できれば、これぐらいの芸当はさほど難しくはない。
俺と裕二が武器の手入れをしつつ周辺を警戒している間に、柊さんがゴブリンの死体に剥ぎ取りナイフを次々に突き刺していく。
しかし……。
「やっぱりダメね、あんまり良い物が出ないわ。コアクリスタルや鉱石が少し有るくらいよ」
「そっか。と言う事は、ゴブリン肉ばかりか」
「かなり安く買い取られるからな、ソレ」
裕二の言う様に、ゴブリン肉はかなり安価で買い叩かれる。2度目のゴブリン戦で手に入れたゴブリン肉を持って行った時には、1kg50円と言われ抗議した物だ。
すぐに抗議を取り下げたけどな。
「まぁ、需要がないのなら高値で取引される事はないわよ。癖が強い上に肉質は固いから、煮込み料理にも適さないとなると食品名目での需要はないわ」
抗議した時、受付の事務員さんに試食にと渡されたゴブリン肉の燻製を食べた時の味を思い出す。アレは実に不味かった。口の中に広がる何とも言えないエグ味、北九州土産で貰った堅パンに匹敵する歯応え。とてもではないが、もう一度口にしたいとは思わない味だった。
「飼料用になら使えるんじゃないか?」
「飼料用? 動物でもアレを食べるのは避けるんじゃないか?」
あの不味さは、流石に雑食の動物でも避けるんじゃないかな?まぁ、敢えて生産者が採用するとは思えないけど。
ゴブリン肉の活用法について、ああだこうだと俺と裕二が討論していると、柊さんはドロップアイテムを回収し終え俺にドロップアイテムを渡してくる。それを受け取った俺は手早く、ドロップアイテムを空間収納に収納した。
再びダンジョン探索を再開した俺達は暫く歩き、前回の探索で発見した8階層へ続く階段の前に到着する。
「じゃぁ、降りましょう」
柊さんの声に後押しされ、俺達は8階層へと続く階段を下りていく。
俺は不知火を振るい、次々に襲いかかってくるゴブリン達を切り裂いて行く。もう、10体近くは切り殺したと思う。既に辺りにはゴブリンの死体が山積みになっており、行動を阻害する障害物に成り下がっていた。
「裕二! 大丈夫か!?」
「ああ! 大丈夫だ!」
「柊さん!?」
「私も大丈夫よ!」
俺と同様にゴブリンを殺している裕二と柊さんに、安否を確かめる声をかけると。まだまだ余力を残している声が帰ってき、少しホッとする。
「ったく、とんだモンスター部屋だな!」
「ああ、全くだ!」
「ホント、一斉ポップとか無いわよ!」
モンスターに遭遇すること無く8階層を探索していると、俺達は少し開けた部屋の様な空間を発見した。広さは大体、20~30m四方だ。俺達が部屋の中を探索していると突如、部屋の床からゴブリンが生える様に次々と出現してきた。
運の悪い事に部屋の出口は、ポップしたゴブリンを挟んだ反対側。つまり、俺達が部屋から脱出するには、出現したゴブリンを倒すしか無かった。
「まぁ、運が悪かったって事だろな!」
内心、元日に引いた大凶御籤の御利益か!?と思いもしたが頭を振るい忘れる。戦闘に集中しなければ、思わぬ所で足を取られかねないからな。
また1体ゴブリンを不知火で切り裂いていると、裕二が声を上げる。
「残り5体! 気を抜かずに仕留めるぞ!」
「おお!」
「ええ!」
やっと終わりが見えて来た。俺達は気合いを入れ直し、残ったゴブリン達に切りかかる。
既に不知火の刃はゴブリンの脂で塗れマトモに切れなくなっているので、ゴブリンの喉元目掛け突きを繰り出す。不知火は大した抵抗もなくゴブリンの喉元を突き破り、大量の血を噴き出させる。俺は素早く不知火を捻りトドメを刺し、ゴブリンの体に蹴りを入れ不知火を抜く。そして、棍棒を振り上げながら俺に近付いて来ていたもう一体のゴブリンの首元目掛けて、不知火を水平に薙ぐ。脂に塗れた不知火の刃はゴブリンの肌に食い込みこそしなかったが、首骨をヘシ折る感触を俺の手に伝えてくる。不知火によって吹き飛ばされたゴブリンは床を転がり、動かなくなった。
他のゴブリンはと思い周囲を探ると、既に戦闘は終わっており、俺が倒したゴブリンが最後の1体だったようだ。
「ふうっ……終わった。二人共、大丈夫だった?怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。少し疲れはしたが、怪我もない」
「私も疲れてはいるけど、怪我はないわ」
「と言う事は全員無事だね。まぁ、見た目はかなり酷い事になっているけど……」
返り血の事など考えずにゴブリン達を切り殺していったので、俺達は全身ゴブリンの血で酷く汚れていた。
「まぁ、数が数だったからな。これは、仕方ないさ」
「そうね。でも、早く洗い落としたいわ」
「じゃぁ、今日はこのゴブリン達からドロップアイテムを回収して、引き上げようか?」
「賛成だ」
「私も賛成よ。今日は疲れたわ」
全員の合意が取れたので早速帰り支度をする。
柊さんがゴブリンの死体に剥ぎ取りナイフを刺していき、俺がドロップアイテムを空間収納に回収、その間の周辺警護を裕二が担当すると言う役割り分担で手早く済ませていく。
そして、柊さんが最後の一体に剥ぎ取りナイフを刺すと、珍しい物が出た。
「? 九重君、ちょっとコレ確認してくれないかしら?」
「ん? 何か珍しいのが出たの?」
「ええ。スキルスクロールよ。中身が何かわからないから、確認して」
「分かった、ちょっと待ってて」
俺は急いで残りのドロップアイテムを回収し、柊さんが持つスキルスクロールの鑑定解析を行う。結果はすぐ判明、今回出現したスキルスクロールは“洗浄”のスキルが封入されたスクロールだった。
ピンポイントと言うかご都合主義と言うか……。俺は鑑定解析の結果を柊さんと裕二に伝える。
「“洗浄”のスキル!」
「また、ピンポイントなスキルだな」
「俺もそう思うよ」
柊さんは喜びスキルスクロールを持ってはしゃいでいるが、俺と裕二は顔を見合わせ何とも言えない表情を浮かべ合う。
「ねぇねぇ。これ、わたしが使っても良いかな?」
「俺は別にいいけど……裕二は?」
スキルスクロールを売れば、数十万円は手に入るからな。それを使っていいかと聞かれると、即答するのは少し躊躇する。
一応調べた所、消費EPも極小量のアクティブスキルなので柊さんが使用する事自体に問題はない。俺はどうしよう?と言う疑問を眼差しに乗せ裕二を見る。
「俺は別に使っても良いと思うぞ? これからも返り血なんかの処理の事を考えれば、柊さんが“洗浄”のスキルを持っているのは悪い選択じゃないと思うしな」
「確かに、裕二の言う事にも一理あるな」
裕二の言う通り、これからもダンジョンに潜り続ける事を考えれば、柊さんが“洗浄”のスキルを持っている事は悪い事じゃない。今は未だ直ぐに上に帰れる浅い階層にいるが、深い階層に潜れば行き来だけで一苦労だろう。深く潜った所で今回の様に血塗れになれば、どうしようもない。俺の空間収納に着替えを入れれば持ってはいけるが、俺達が今着ている服は防具だ。そう簡単に着替えると言う訳にもいかない。
それらを考えれば、柊さんが“洗浄”のスキルを持つのは有りだ。
「と言う訳で柊さん、そのスキルスクロールは使って貰って構わないよ」
「……ホント?」
「ああ、勿論」
俺と裕二が揃って頷いたので、柊さんは嬉しそうな笑みを浮かべスキルスクロールを開く。スキルスクロールが発光し、光の粒子が柊さんの体に入って行った。
「“洗浄”」
早速、柊さんは洗浄スキルを使った様だ。柊さんの顔や髪に付いていたゴブリンの血が綺麗に消えていく。
だが、それだけだ。服や防具に付いた血は消えていなかった。
「えっ? 何で? 九重君?」
「ああ、ええっと、熟練度が足りないんじゃないかな?」
柊さんが鋭い眼差しを俺に向けてくる、話が違うじゃないかと。
俺は口吃りながら、洗浄しきれなかった原因を推測し伝える。
「熟練度……つまり、持ち物や他人をスキルで綺麗に出来る様になるには、回数を熟さなければならないと言う事か?」
「多分ね。多分使い熟していけば段階的に洗浄出来る範囲が広がって行くんじゃないかと思う。自分の体、装備品、他人みたいにさ」
「なる程な。と言う事は、現状血塗れの俺達の役には立たないって事か?」
「残念ながら、そうだと思う」
「はぁ……そう言うオチね」
俺と裕二の話を聞いていた柊さんは、深い溜息を吐きながら落ち込む。
中々随分都合が良い展開だとは思ったが、流石にそこまで都合良くは行かなかった様だ。俺達は取り敢えずゴブリンが再び大量ポップするかもしれないこの場所を移動し、体に付いた血をキッチンペーパーで粗方拭き取って行く。大量のキッチンペーパーが真っ赤に染まる光景は、中々衝撃的な光景だが最近は大分なれて来た。
後処理作業を終えた俺達は休憩をとった後、階段を上りダンジョンの外を目指す。帰り道には比較的順調に進み、数度のモンスターとの戦闘を行なっただけで済んだ。
ダンジョンから出た俺達の姿に、一瞬ゲートの周辺がざわめいた。どうやら、新人探索者が、血塗れになった俺達の姿に、驚きの声を上げたようだ。ふと、声のする辺りに視線を向けてみると、怯えた眼差しを向けてくる瞳や、嫌悪感を露にする眼差しなど、様々な眼差しが俺達に、特に俺と裕二に向けられていた。
まぁ、俺達の方が洗浄を使った柊さんより大分汚れているからな。
「居心地が悪いな、ここ」
「サッサと行こうぜ」
「あっ、ちょっと待ってよ」
俺と裕二が足早に更衣室に向かって進むと、柊さんが慌てた様子で後に付いてくる。
更衣室に着いた俺達は先ず、着ていた服をコインランドリーに放り込んだ。血が固まる前に、さっさと洗って血抜きをしないと、頑固に跡が残るからな。同じ様に防具も、コイン式の高圧洗浄機を使って血を洗い落としていく。さすが高圧洗浄機、早い早い。洗い終えた防具は布で拭き上げ、ロッカーに収納する。
最後に、ランドリーが回っている間に自分達の体を洗う。シャワールームが洗い落とした血で真っ赤に染まって行く。うん、追加でコインを入れてしっかり洗わないと拙いな、これ。
血と汗を落としサッパリした俺は、上半身裸の姿で更衣室内に設置してある自販機でビン入りコーヒー牛乳を購入、一息で飲み干す。渇いた体に染み渡るな。
「ふぅ、やっと人心地が付いた」
「オヤジ臭いぞ、大樹。お前、高校生だろ?」
「ん? 裕二も人の事言えないだろ?」
俺の後ろに立っている裕二も上半身裸のまま、腰に手を当てながらフルーツオレをチビチビと飲んでいた。
「それにしても、今日の戦闘は厳しかったな」
「ああ。全くあんな数のゴブリンが一斉にポップするとは思っても見なかったよ」
「まぁな。でも御陰で、色々問題点も見えたけどな」
「確かに」
今回のゴブリンとの大量遭遇は、俺達にとって想定外の事態だった。今まで多くても1度に遭遇するモンスターの数は5~6体だったので、30体以上のモンスターと一度に戦う事は想定していなかったのだ。
油断と言えばそれまでだが、御陰で色々問題点が浮き彫りになった。
「一度にアレだけのモンスターと戦う事になったら、日本刀系の切り裂く方式の武器は使い勝手が悪いな」
「だな、7~8体のモンスターが相手なら切れるけど、それ以上になると刃に脂が付いてまぁ切れなくなるよ。最後には、打撃用の鈍器として使ったし」
「俺の小太刀も、似た様な状態だったよ。手入れをすれば切れる様にはなるけど、まさか戦闘中に道具を出して、脱脂なんかの手入れをする訳にはいかないからな」
「それを思うと、柊さんが習得した洗浄スキル。俺達も取っておいた方が良くないか?」
戦闘中、随時武器の洗浄が出来れば連戦での切断能力の低下と言う問題は解消出来る。そう考えると、洗浄スキルは下手な戦闘系スキルよりも重要なスキルの様な気がして来た。
「そうだな。だが、どうやって手に入れるんだ?」
「……協会のオークションサイトを覗いてみるとか?」
「……金銭で購入するか? 少なくとも数十万はするぞ?」
裕二の言う通り、スキルスクロールの相場は数十万円から数百万円だ。購入しようにも、軍資金が足りない可能性が出てくる。
「でも、まぁ、一応……な?」
「まぁ、見るだけなら良いか」
「じゃあ、見てみるか」
で、スマホで協会のホームページにアクセスしオークションサイトを覗いてみた所、洗浄のスキルスクロールは1本、凡そ87万円で取引されていた。流石にこの金額では、俺達には直ぐ手は出せない。俺と裕二は二人揃って嘆息の息を吐いた。こうなると柊さんの洗浄スキルに期待するしかない。今はどうしようもないと結論づけ、気分転換に俺達は他にも今回の戦闘で感じた事を議論しながら洗濯が終わるまで時間を潰していく。
乾燥まで終了しランドリーが止まったので、俺達は洗濯物を回収し更衣室を出る。少し待受のソファーに座って待っていると、柊さんが更衣室から出て来たので、さっき裕二と話した内容を含めて軽く反省会を開く。柊さんも俺達と同様の懸念を持っていた様で、洗浄スキルの熟練度上げに賛成してくれた。
そして、ドロップアイテムを換金し今日のダンジョン探索は終了だ。ふう、今日は何時もの倍以上疲れた気がするよ。
ゴブリンの大集団との乱戦です。乱戦中に切れない剣は、鈍器にするしかありませんよね?




