幕間 壱話 政府の動き
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虫も眠る丑三つ時、首相官邸の会議室の一室に臨時召集され主立った閣僚が集まっていた。
「それで総理、臨時招集の理由を聞かせて頂けますか?」
「分かりました……官房長官、説明を」
「はい」
内閣総理大臣に促され、官房長官は臨時招集に至った経緯の説明を始める。若干、官房長官の顔色が優れない事が出席者達には気掛かりであったが、取り敢えず大人しく説明を聞く事にした。
「本日午前0時、我国を含め世界各国で特殊な地下構造体が複数出現しました」
「地下構造体?」
「はい。特殊地下構造体……我々はダンジョンと呼称しています」
「「「ダンジョン!?」」」
会議室内に、閣僚達の困惑に満ちた声が上がる。無理もない。
「米国からの緊急連絡でダンジョンの出現を知った我々は、全国の警察に指示を出し確認しました。そして、事実であるという事が判明しました」
「ちょ、ちょっと待って下さい! ダンジョン!? 官房長官、正気で言ってるんですか!?」
官房長官は参加閣僚達に正気を問われ心外そうな表情を浮かべるが、無理もないと言った表情を浮かべながら端末を操作し、一つの映像を設置してある大型モニターに映し出す。
モニターに、日本国内で発見されたダンジョンが映し出された。
「我が国内で発見されたダンジョンは14個、この数は今後の搜索過程で増加すると見込まれています。現在発見されたダンジョンは警察が封鎖、民間人の侵入を排除していますが根本的な対処は出来ていません」
「……本当に本当なんですね?」
「ええ、残念ながら。確認する限りにおいて、世界中に国家の分け隔て無く満遍なくダンジョンが出現しました。現在米国を始め、複数の国がダンジョン調査に軍を送り込んでいます。少々刺激的な映像ですがこちらを……」
官房長官は端末を操作し、次の映像を映し出す。米国から提供された、ダンジョンに潜行した部隊の視線カメラ映像だ。映像にはダンジョン内部の映像が映し出されており、複数の隊員が隊列を組み警戒しながら進んでいる様子が映し出されている。暫く薄暗い石造りの通路を進む映像が続いていたが、映像の端に大型犬程の大きさの4足歩行動物が現れた。
「……アレは?」
「見ていれば分かります」
映像に映る4足歩行動物は雄叫びを上げた後、猛烈な勢いで部隊に突撃する。部隊指揮官の命令に即応した隊員達が銃撃戦を開始したのだが、4足歩行動物は複数の銃弾を浴びても中々動きを止めず、部隊先方まで後1歩と言う所まで近付いた所で漸く力尽き倒れた。
「……これは」
「米国部隊がダンジョンの内部調査を行った際の記録映像です。映像は後、数十分続きますが割愛させて貰います。ダンジョン内部には他にも複数種の敵性動物が生息しており、ダンジョン内部に侵入した者を無差別に攻撃しています。幸い、現在の所ダンジョン外への進出は認められておらず、中に入らなければ襲われる事はなさそうです」
「「「……」」」
会議室内に沈黙が舞い降りた。総理と官房長官を除く誰もが、頭を抱え込み必死に状況を理解しようとする。
「……ご苦労だったね、官房長官。まぁコレが、君達に緊急招集をかけた理由だよ」
沈黙を破る総理の言葉で、漸く閣僚達は動き出す。
「認めがたいですが、これが現実に起こっている事ならば、我々は即座に対応しなければなりません。自衛隊出動の許可を」
防衛大臣がダンジョンへ自衛隊の出動を求める。
「そうだとしても、どう言う理由で自衛隊を派遣するおつもりですか? 治安出動ですか? 災害出動ですか?まだ我が国では、ダンジョンによる直接的な被害は出ていませんよ?」
「そうですね。今はまだ、警察でも対処は可能です」
「それに状況が判明する前に自衛隊が不用意に動けば、諸外国に要らぬ警戒をさせる事になります」
法務大臣が自衛隊の出動に法の観点から難色を示し、警察庁を所管に置く国家公安委員長と外交を担う外務大臣も同意する。
「ウチからも良いですか?先程の映像から見るに、ダンジョン内には未知の生物が居ます。これは衛生の観点から見るに、未知のウイルスの存在を懸念せずにいられません」
厚生労働大臣が小さく手を挙げながら、不用意にダンジョン内の生物との接触を危惧する意見を述べた。
ダンジョンに関する様々な意見が噴出し、自省の既得権と新しく得られるであろう利益を守ろうと臨時閣議は踊る。
暫く喧々囂々のすったもんだの末、一定の結論に達した。
「それでは明朝に臨時の政府放送を行い、国民にダンジョンの存在とダンジョンへの立ち入りが制限される事を公表する物とします。異議のある方は?」
「「「……」」」
「無い様なので決定とします。各々ダンジョンに関する情報収集を行って下さい、結果は明日の閣議で」
総理の宣言を以て臨時閣議は終了し、それぞれ自分達の仕事を開始する。
政府放送があった日から1週間後、再び臨時閣議が招集された。
「……どうだね?」
「良くはないですね。米国の調査部隊を始め、幾つかの国のダンジョン調査隊が壊滅状態に陥っています」
「そうか」
深刻な表情を浮かべる総理は、外務大臣の報告を聞き頭を抱える。
関連各省庁の調整が遅れ、自衛隊を中心にした調査隊の出発が遅れていたのが幸いし、日本の調査隊は無傷ではある物の調査計画は行き成り暗礁に乗り上げた形になった。
「調査隊壊滅の原因は判明しているのかね?」
「はい。凡そですが」
外務大臣に代わり、防衛大臣が調査報告を行う。防衛大臣は手元の端末を操作し、会議室の大型モニターに映像を出す。
「原因は単純に、現用銃火器の威力不足です。米国調査隊が使用していたM4カービンでは、5階層以降のモンスターの防御を撃ち抜く事が出来ませんでした。結果、モンスターの初撃で指揮官を失った調査部隊は混乱を来し、組織だった反撃を行えず壊滅に至りました」
モニターには、全身に百発以上の着弾痕がある熊の様なモンスターの死体が映し出されていた。
「ご存知の通り、ダンジョン内で倒されたモンスターの死体は残りません。この映像は、調査隊の生き残りがモンスターの死体が消える前に記録した物です。つまり、銃弾自体は当たっていたのですが、モンスターに対してはロクに効いていないと言う事です」
「つまり、銃火器を用いてダンジョンを攻略する事は……」
「無理です。少なくとも、歩兵が持てる銃火器程度では火力が足りません」
防衛大臣は調査結果の元、現用武器を用いてのダンジョン攻略は不可能と断じる。
それを聞いた他の閣僚達は残念そうな溜息を漏らす。
「そうか。自衛隊の調査隊がダンジョンに潜る前に分かっただけでも、他国に比べ私達はまだマシと思うべきなのだろうな」
「はい。ダンジョンの調査を行わない訳にはいきませんが、少なくとも、効果的な対処法が見付かるまでは、深い階層に潜る事は控えた方が良いかと」
「そうだな。無理に潜って壊滅しましたでは目も当てられないからな」
防衛大臣の提案に首相も同意する。
「では、ダンジョンの存在を発表してからの世論の動きを、各省庁毎に報告して貰えるかな?」
「ではまず私から」
国家公安委員長が説明を始める。
「現在未確認ダンジョン発見に全国の警察を動員し鋭意捜索中ですが、市民からの通報と合わせ現在50を超えるダンジョンが確認されています。未確認の山岳地帯を含めれば恐らく100に迫る数が我が国領土内に存在する可能性があります」
「100……」
「発見されたダンジョンは現在機動隊を中心とした警察によって封鎖されていますが、既にダンジョンへ侵入しようとした民間人が数十名逮捕されています」
「他国のダンジョンに入った者達の結果は、ネットや報道で知っているだろうに……」
国家公安委員長の報告で総理は遠い目をし、逮捕者の話でため息をつく。
話を締めた国家公安委員長の次に、防衛大臣が報告を始めた。
「現在世界各国、特に先進国では出現したダンジョンに対し国軍を送り込み制圧しようと言う動きが主流であり、大半を占めていました。ですが、先の複数国の調査隊が壊滅すると言う報が流れると共に、各国軍の動きは停滞しています。現在は出現したダンジョンの封鎖に注力し、防衛施設の構築に入っています」
「……我国でもダンジョンの封鎖施設を兼ねた、防衛陣地を構築した方が良さそうですな。報告にあった、侵入者対策にもなりますし」
「はい。陸自の施設科を動かせば、短期間で防衛陣地の構築にかかれます」
「検討してみましょう」
防衛大臣の報告が終わり、経済産業大臣が報告する。
「経団連から、民間へのダンジョン開放を要請されました」
「経団連ですか?」
「ダンジョンから産出されるアイテムに目を付けたようです」
経済産業大臣は手元の端末を操作し、大型モニターに映像を映す。モニターには調査隊がダンジョンから回収した各種アイテムが映し出され、説明者が経済産業大臣から文部科学大臣に変わる。
「例えば、モンスターを倒した時に得られるコレらの鉱石ですが、成分を分析した所、鉱石に含まれる含有金属率は全質量の99.9%でした。つまり、コレは精錬もしていない原石なのに、純金属塊と言って差し障りがない物という事です。無論、他のアイテムも分析中ですが、驚く様な報告が上がっています」
「……」
「恐らく経団連は、これらの情報からダンジョンを、危険はあるが見返りの大きい宝箱か何かに見えたのでしょう」
「面倒な時に面倒な皮算用をしおって……」
両大臣の報告に、総理は頭を抱える。
経団連の要請を完全に無視する事も出来ず、かと言って即時ダンジョンの民間開放など出来る訳がない。
頭を抱え今後の舵取りに頭を痛める総理に、申し訳なさそうに財務大臣が声をかけた。
「あの、総理。私からも良いでしょうか?」
「……どうぞ」
「ダンジョンが出現した土地の地権者から問い合わせが来ています。ダンジョンが出現した土地を国が買い取るという事はないのか? 更地に出来たダンジョンは課税対象になるのか? と、似た様な問い合わせが幾つか。総理はどの様にお考えですか?」
「……土地の買取に付いては、何れ検討しなければならないでしょう。また、ダンジョンが超常現象で出現した以上、課税対象にするのは控えた方が良いと思います。ですが、何れにしても其の辺の事はキチンと法を定めて対処した方が良いでしょう。法務大臣」
総理は頭を振りながら、財務大臣に持論を説明した後、法務大臣に声をかける。
「はい」
「ダンジョン関連特別法の草案作成の検討を行ってください。出来るだけ早く国会審議に掛け、成立させます」
「分かりました。早急に草案を提出します」
「お願いします」
一通りの報告と検討を終え、総理は疲労困憊に成りながら臨時閣議を終了した。
「あのバカ共が! 今が非常時と言う事を認識しているのか!?」
総理は自分の執務室に戻ると、側近達を部屋から出した後に不満をブチまけ始めた。
「今は先ず、出現したダンジョンをどうにかする事が先決だろうが! 馬鹿な追求をする前に、対案を出せ!」
そして、総理は国会答弁で野党が持ち出した、ダンジョンに入り込んだ民間人が死傷した件を思い出す。
「大体、入るなと何度もTVで警告した上、警察が封鎖するダンジョンに強引に侵入し死傷した者達の事で、何故我々が責任を持たねばならん! 自業自得だろうが!」
答弁の場では言えなかった胸の内に溜まった物を、他に誰も居ない広い執務室内でぶちまけ荒い呼吸を繰り返す。
胸に溜まった物を吐き出し頭が冷えた総理は、野党が出した提案書を検討し舌打ちをしながら放り捨てた。
「法整備も整っていないのに、ダンジョンの即時民間への開放など不可能だ。それに、完全武装した特殊部隊が警護する調査隊が壊滅しているんだ。ロクな装備も訓練もしていない民間人が情報不足の現状、ダンジョンに入るなど、自殺と大して変わりない。死体の山でダンジョンが埋まるだけだ」
どうせ何時もの人気取りのパフォーマンスの一環だろうが、迷惑極まりない行為だと総理は思った。総理としても、ダンジョン開放を求める世論を完全に無視する気はないが、時期尚早。最低限の情報と環境を整えるまでは、無闇に開放はしないほうが良いと考えていた。
「何れはダンジョンに潜る者達が出てくる事は確定している。だがそれは、無秩序かつ済し崩しの状況で行われていい物ではない。最低限国がサポート出来、国益に繋がる形でなければ……」
総理は窓から見える光景を眺めながら、ダンジョンの出現で激動の時代へ突入した日本の未来を案じた。
今回はダンジョン出現からの政府の動きを大雑把に少し。
他国や企業の動きの話も今後、書こうと思っています。