第350話 不動産屋さんへ
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昨日のバーベキューの余韻に浸りつつ俺と裕二、柊さんの3人はスマホの地図アプリを片手に町中を歩いていた。今日は不動産屋と約束していた、専用練習場候補地の下見の日だ。
当初は重蔵さんも一緒に来てくれるのかと思っていたのだが、話は通しているので3人で行ってこいとの事。まぁ自分達で買おうとしているのだから、一から十までオンブにダッコでは情けないからな。
「ええっと? 地図だと……もう少し先かな?」
「どうなんだろな? 普段は用事は無いから、ドコに不動産屋さんがあるとか目に入らないから……正直ドコにあるのか分からないよ」
「そうね。私達の年代だと不動産屋さんに行くなんて……進学とかでアパートを決めるときくらいしか行く機会は無いんじゃないかしら?」
重蔵さんに紹介された不動産屋さんは、聞いた事もない名前の不動産屋さんなので、本当にこの先にあるのか不安になりつつ、地図を頼りに歩みを進める。駅前に大手不動産屋さんが、幾つか店を構えているのは見た事あるが、今いるのは町中の一角、と言った感じの場所……信じてはいるけど、本当に大丈夫なのだろうか?
そして暫く歩き続け地図上での目標地点、紹介された不動産屋さんの前に到着した。
「ここ、だよな?」
「ああ、地図ではそうだけど……」
「何か、思ってた不動産屋さんとは違うわね……」
俺達の目の前にあるのは、特に物件紹介の貼り紙が出ているわけでもない、小さめの3階建て雑居ビルだった。建物の入り口にある入居状況の看板を見てみると、1階に別会社が入っていて、2、3階に不動産屋さんが入居している様だ。
アレかな? 一般人相手じゃなく、専門家とか業者向けの物件を扱ってる系の不動産屋さん?
「まっ、まぁとりあえず行ってみようか? 話は通ってるって事だしさ……」
「そ、そうだな。とりあえず行ってみるか」
「そう、ね」
と言う訳で、不安を抱えつつ俺達は階段を上り店舗?受付事務所?があると思われる2階へと向かう。うーん、駅前の大手不動産屋さんみたいに正面ガラス張りの開放的な感じじゃない上に、只でさえ不動産屋さんという普段関わりの無い店なので余計に緊張するな。ほら、何と言うか……階段を上るに従って圧迫感?みたいなモノを感じる。
そして緊張した面持ちで階段を上がった先に、少々薄暗い照明に照らされた会社名が書かれたプレートが貼られた簡素な鉄扉があった。
「桐谷不動産……うん、確かに重蔵さんに紹介された不動産屋さんだね」
「そうだな。でも、もう少し照明明るくしてくれないかな? 何と言うか、妙な雰囲気が出てるんだけど……」
「日の当たる角度のせいじゃない? 採光窓もあるし、タイミングが違えば明るいはずよ」
安堵と不安を感じつつ、裕二が軽く扉をノックする。ドア横にチャイムがないので、そのまま中に入っても良いのだろうけど流石にね? いきなり扉が開いて、知らない人が立ってたら中の人も驚くしさ。
そしてノックをしてから1、2秒の間を開けてから、ユックリと扉を開きつつ裕二は声を掛ける。
「失礼します、来店の連絡をしていた広瀬です」
扉が開き中を覗くと、受け付けカウンターが見えた。店員さんの姿は見えないが、中に足を踏み入れてみると、至って普通の事務所、と言った感じの作りになっている。壁には、幾つもの不動産案内の紙が貼られており、掲載されている物件のラインナップは、一般向けと言うより、店舗に利用出来る物件が多めの、業者向けと言った感じだ。
予想していた通り、この不動産屋さんは業者や専門的な人向けの店と言った感じらしい。
「誰もいないな……」
「そうだね……って、あっ。裕二、そこのカウンター。御用の方は、呼び鈴を押して下さいって書いてあるよ」
「えっ? あっ、本当だ。じゃぁ、押してみるか」
俺の指摘に従い、裕二はカウンターの上に置かれた呼び鈴を押した。すると、店内に軽い電子音が響き渡る。ファミレスとかで良く聞く、店員さんの呼び出し音だな。
そして電子音が響き1分程すると店の外から人の気配が近づいてきて、俺達が入ってきた扉が勢いよく開いた。
「いやぁ、お待たせしましてすみません! 少々所用で席を外しておりました!」
「あっ、いえ。ええっと、来店の連絡をしていた広瀬です」
「!? それは、申し訳ありません!」
扉を開け中に入ってきたのは、40代半ばあたりのスーツ姿の中年男性だった。待ちぼうけに遭っていた俺達の姿を確認した男性は、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ軽く頭を下げてくる。
しかし、裕二が名乗ると男性は更に深々と頭を下げてきたのには驚いた。重蔵さん、ココと一体どんな伝手があるんですか?
「いやいや、別に気にしてないので頭を上げて下さい」
「いえいえ! 広瀬さんによろしくと言われていたのに、とんだ不手際を……」
気にするな、すみませんの応酬が繰り返され、男性が謝罪体勢から復帰するまで少々時間が掛かってしまった。
重蔵さんの名前を聞いてこの態度、ホントいったいどんな伝手なんだ?
俺達は男性の案内で漸く商談席らしきテーブルに腰を下ろし、初顔合わせなので自己紹介を行う事になった。先ずは男性が俺達の前のテーブルに名刺を出しながら、自己紹介を始める。
「いやぁ、醜態をお見せして申し訳ありません。私、この桐谷不動産の社長を務めます、桐谷春樹と申します。本日はよろしくお願いします」
申し訳なさげな表情を浮かべるスーツ姿の男性は、桐谷さんと言う社長さんだったらしい。来客対応はまず、従業員さんがやるモノでは?と思ったが、俺達は疑問を表に出さない様に抑えつつ自己紹介を始める。
「広瀬重蔵の孫で、広瀬裕二と言います。コチラこそ、若輩者ですがよろしくお願いします」
「九重大樹です。今日はよろしくお願いします」
「柊雪乃です。よろしくお願いします」
俺達は座ったままの体勢で、軽く頭を下げつつ挨拶をした。桐谷さんは一瞬裕二に警戒というか緊張の視線を向けたが、重蔵さんの孫という部分に引っ掛かったんだろうな。
そして桐谷さんは軽く咳払いを行った後、話を進めようとする。
「ええと、広瀬さんのお孫さんと、そのご友人の方達ということですか?」
「はい。本日コチラを訪ねたのは、3人で話し合った案件の結果です。その際、祖父に頼み桐谷さんという伝手を紹介して貰ったという感じです」
「なるほど、一応広瀬さんの方からお話は聞いておりますが、念の為に確認だけさせて頂きますね。本日のご用件は、山の購入に関してご相談したいとお伺いしているのですが……」
落ち着きを取り戻した桐谷さんは、今日の用件を思い出し俺達に怪訝気な視線を向けてきた。だが、それも無理はない。だって紹介があるとは言え、高校生が山を買うと言い出してると知ったら誰だって、桐谷さんと同じように疑いの眼差しの1つでも向けてくるというものだ。イタズラと思われても仕方ないよな、普通は。
なので……。
「はい、それで間違いありません。実は俺達3人、探索者をやっているんですよ。それでダンジョン外でも練習をしようと思っているんですが、中々場所が無くて……。勿論、探索者向けの練習場もあるんですが、人気が凄くて全然予約も取れないんですよ。なので……」
「山を購入したいと?」
裕二が力強く頷き肯定し、山購入に至った経緯を軽く説明する。すると怪訝気な表情を浮かべていた桐谷さんも、俺達が山を購入したいという話に納得がいったという表情を浮かべた。
「はい。それでいっそ山でも買って、俺達専用の練習場を作ろうと言う話になりました」
「なるほど……確かにそういうご事情でしたら、お若いお三方が山を購入したいという話も探索者をされているのでしたら合点がいきます。ここ最近、そう言った用件で山を購入したいと尋ねてこられる企業様も幾つかありましたからね」
「そうなんですか……やはり企業と言うのはダンジョン系の?」
「はい。流石に会社名は申せませんが、お三方の様に自社の探索者達が自由に練習出来る場所を探していると……」
やっぱり、ある程度の資金力がある所は自前で練習場を確保する傾向みたいだな。まぁ今の練習場の予約が中々取れない現状を考えると、自社の社員の練度を上げる為に自前で用意しようと考えるか。ダンジョン系企業において、探索者社員の練度向上=収益増加だからな。
って、あれ? と言う事はもしかして、山の値段って今上がってるんじゃないか? 需要と供給の関係で。
「そうなると、俺達に紹介して貰える物件って残ってますかね?」
「はい、勿論ですよ。それでは事前に条件をお聞きしてますので、コチラで候補地を5つほどピックアップさせて頂いています。先ずはそちらの方を、軽く紹介させて頂きますね」
「あっ、はい。お願いします」
桐谷さんは手元に置いていたバインダーから、5つの物件情報が書かれた用紙をテーブルの上に並べた。
「コチラに出させて頂いた5つが、ピックアップさせて頂いた物件になります。どうぞ、お手にとって御覧になって下さい」
「ありがとうございます」
俺は目の前に並ぶ用紙から一枚手に取り、軽く流し見して内容を確認する。先ず一番最初に目に付いた項目は金額、俺達が事前に掲示した予算枠内で480万円という物件だった。広さは凡そ2haで、人工林で程良く手入れされているらしい。簡易舗装された林道もあるので、平地に建物も建てようと思えば建てやすいとの事。また交通の便も良く近くにバス停があり、俺達の様に車がなくても通えるらしい。
普通の用途で言えば、かなり好物件じゃないかなコレ?
「中々良さそうな物件ですね。……と言っても、素人なので本当の所は分かりませんけど」
「はははっ、まぁそういうモノですよ。いきなりコレを見せられて、どう言う物件なのかを把握出来るようでしたら、それは同業者くらいですね。勿論、説明させて頂きますし、気になる物件があれば現地をご見学なさって下さい。では、1つずつ説明させて頂きますね?」
「はい、お願いします」
疑問符を浮かべつつ物件情報を見ていた俺達に、桐谷さんは苦笑を浮かべつつ説明を始めた。
一通りピックアップされた物件について桐谷さんから説明を聞き終え、俺達はお茶を飲みつつ休憩を挟む事にした。重蔵さんの紹介という事もあり、説明を聞く限り中々良い物件を紹介してくれている様だ。予算内、好立地、交通の便良し、付加価値あり……ホントにコネって大事だなと思ったよ。
ただし……目的がキャンプ場や別荘の建築とかだったらだ。
「どうです? 気に入った物件はありましたか?」
「うーん、そうですね……。確かに良い物件ばかり紹介して頂けているとは思うんですけど、俺達の利用目的としてはちょっと……と言う感じがします。勿論、現地を直接確認した訳ではないので、断言は出来ないんですけど」
桐谷さんの質問に、裕二は渋い表情を浮かべながら俺と柊さんの顔を確認してくる。多分、俺も柊さんも、裕二と同じく渋い表情を浮かべているのかもしれない。
すると桐谷さんは少し残念気な表情を浮かべながら、とある提案をしてくる。
「そうですか……では1度、現地の方を確認して見ませんか? 実際に見てみれば、考えも変わるかもしれませんよ?」
「確かに現地を肌で確認すれば、考えも変わるかもしれませんね。正直添付されている写真だけでは、中々イメージがつきません」
「そうですね。多くの御客様も購入をお決めになるのは、ご自身の目で現地を見学してからですし……」
と言う訳で桐谷さんの勧めもあり、ピックアップして貰った物件の中で一番近い物件を見学しにいく事になった。車で向かえば3、40分程で現地に行けるそうなので、ご厚意で車を出してくれるそうだ。事前にネットで確認した時に、山を見学する場合は大体不動産屋さんの同行はなく地図だけ渡される事が多いらしいとの事だったので、どれだけ上客対応してくれるのかが窺える。
ただ、桐谷さんは別件の仕事があり事務所を離れられないらしいので、見学に同行してくれるのは従業員さんとの事だ。
「では、見学に同行する者を呼んできますので、少々お待ち下さい」
「はい、分かりました。よろしくお願いします。 ああ、それと……」
「ええ、分かっています。御希望の物件の方も皆様が見学に行かれている間に、幾つかピックアップしておきますのでご安心下さい」
「折角良い物件を紹介して頂いてるのに、面倒な条件を付けてしまいすみません。御手数ですが、よろしくお願いします」
「いえいえ、御客様の望まれる物件を紹介するのが私達の仕事なのでお気になさらないで下さい」
小さく笑みを浮かべながら軽く会釈をして、桐谷さんは入り口の扉を出て3階の事務所へ案内役を呼びに向かっていった。
ふぅ。始めはどうなるか心配したけど、まぁまぁ上手くいってるって感じかな? それにしても現地見学か……幻夜さんの所の山を想像してたら良いのかな?




